40話 花嫁のエスコート
神殿へ向かうために自室を出ると。私はふと、妹のアリアーヌのことが気になった。
「……アリアーヌは?」
(あの子は急に決まった私の結婚を祝福してくれるかしら?)
私に付き添い、手を引いてくれる使用人のマディは、困り顔でヒソヒソと声を落として私の質問に答えた。
「アリアーヌお嬢様は……また微熱が出ているため。今夜のことは後からお伝えすると、奥様はおっしゃられていました」
「まぁ、そうなの? それでは仕方ないわね……」
(アリアーヌが私とエドガーの結婚を祝福しても。反対しても。……きっと自分の感情を抑えられずに、あの娘は泣いてしまうのでしょうね)
今夜はみんな忙しくて、アリアーヌをなだめているヒマなんて無いから。可愛そうだけど、お母様の言う通りにした方が良さそうだ。後からアリアーヌに責められるだろうけど。
――でも、その時はすでに私は伯爵家に嫁いだ後だから。たぶんアリアーヌを慰めなくて済む。今まで何かと頼られて、面倒をみてきたけれど……それも今夜で終わりなのだ。
もっと感慨深い気持ちになっても良さそうなのに、意外に何も感じない。今の私に感傷に浸る余裕が無いからだろう。
心の中で妹に別れを告げた。
(私は行くわ。元気でね、アリアーヌ。お母様や皆にあまり我がままを言ってはダメよ。あなたはもう、大人の女性なのだから)
アリアーヌの部屋の前を静かに通り過ぎ、私は階段を下りて玄関ホールへ向かった。
神殿へ到着すると、日頃から懇意にしている老齢の女性神官が、満面の笑みを浮かべて祝福をくれた。アリアーヌを厳しく叱り、説教をした神官である。
花嫁の控室へ行くと一足先に神殿へ来て私を待っていたお母様に、祭壇までのエスコート役を引き受けてくれた男性を紹介された。本来ならエスコートはお父様の役目だけど。
私とエドガーの結婚を反対するであろうお父様には、ギリギリまで『婚姻の儀』を行うことを伏せておきたいため。エスコート役の代役を立てるしか無かったのだ。
「ジュリー、王都からエドガーに会いにいらしたお客様が、お父様の代わりに祭壇までエスコート役をして下さるそうよ」
「ジュリー嬢、私のことは気軽にマクシミリアンと呼んでくれたまえ!」
にこやかに笑うエスコート役の男性は、姓は明かさず名前だけを名乗った。見るからに上級貴族だと分かる服装で、そのうえ護衛の騎士が五人も背後に控えている。
「マクシミリアン様、お会い出来て嬉しいですわ」
(エドガーが職場の上司が突然、ファゼリー伯爵邸に遊びに来たと言っていたけれど。この方がそうなのね)
この忙しい時に“招かれざる客”が来たと、エドガーは渋い顔をしていたから。何となくもっと年齢が上の人かと思っていたけれど。以外にもマクシミリアン様はあまりエドガーと変わらないように見えた。
それよりも……お母様がマクシミリアン様の後ろで、顔を強張らせて緊張を隠せない様子なのが気になったが。そのことを追求する暇も無く、私はマクシミリアン様にエスコートの手を差し出された。
「さてと……ジュリー嬢、心の準備は良いかな?」
私はスゥ――…、ハァ――…と深呼吸をして呼吸を整えてから、マクシミリアン様の手を取った。
「お願いします」
エドガーの上司をチラリと見上げると。花嫁のベール越しに視線が合った。
「やっと会えたね、ジュリー嬢。君の話はエドガーから聞いているよ」
「まぁ、私の話をですか? お恥ずかしい……」
(嫌だわ……エドガーは職場で私の話をしていたなんて。どんな話をしたのかしら。やっぱりお転婆だった子供の頃の話かしら?)
「君からも、いつかエドガーの話を聞きたいな」
「ふふふっ……取って置きのお話をすると誓いますわ、マクシミリアン様。私のエスコート役を引き受けて下さり、ありがとうございます! 祭壇までドレスの長い裾を踏んで、転ばずに済みそうですわ」
(子供のころ、エドガーが井戸に落ちて一晩中過した話を、教えてあげようかしら? それともエドガーが転んだ時に、馬糞に手を突っこんだ話が良いかしら?)
私はニヤニヤと笑った。
「任せてくれ、ジュリー嬢。エドガーの宝物を、転ばせたりしないよ」
「はい」
神殿まで手を引き付き添ってくれた使用人のマディが、花嫁用にアレンジし直した、青薔薇と白薔薇のブーケを私に手渡しながらヒソヒソと報告する。
「お嬢様、エドガー様が神殿に到着されたそうです!」
「そう。ありがとう」
お母様の指示通りに準備の時間を絞り出すため。エドガーはギリギリまで結婚の許可を得るための説得で、お父様を執務室に足止めした。
使用人たちが慌ただしく結婚の準備をしていることに気づかれないよう時間を引き延ばしたのだ。
――それはつまり。
(……予想通りだわ。やっぱりお父様はエドガーの説得にも耳を貸さずに、私たちの結婚を反対したのね……)
お父様に信頼を裏切られ落胆したけれど。落ち込んでいる余裕など無かった。神殿に着いてから私はほとんど待たされることなく、『婚姻の儀』が始まったからだ。




