39話 花嫁の準備
使用人たちの手を借りて大急ぎで入浴を済ませると、腰まで伸ばした赤みが強い金の髪を綺麗に結い、後頭部の高い位置でシニヨンにしてもらった。
エドガーから贈られた花束の中から、花が開きかけの白薔薇をいくつか選び髪に飾る。
お化粧は唇と目元に薄くのせ、顔色を良く見せる程度でとどめた。
そして私が選んだ金色がかった白色の、美しい生地で仕立てられたドレスを着て。最後の仕上げにお母様が用意した、足元まである長い長いベールをフワリと頭からかけて顔を隠す。
「……」
(こんなふうに、私の好き勝手に進めてしまって……本当に大丈夫かしら? もう少し慎重に考えてからの方が良かったのでは……)
これまでずっと長女として義務と責任に縛られて、自分のことは我慢しながら男爵家のために生きて来た。私は自由に行動することに慣れていないから、今は躊躇いを感じている。
(人生を左右する決断を、自分勝手に情熱の赴くまま、本当に進めてしまっても良いのかしら?)
普段の自分からは考えられないほど、無鉄砲になっていると自覚がある。
――だから、準備が進むにつれて段々と不安になって来たのだ。
(この先何か、落とし穴がありそうで嫌な予感がする)
「さぁ、お嬢様……」
「ええ…」
使用人のマディに手を引かれ、私は姿見(全身を映せる鏡)の前に立つ。
(エドガーの妻になるなんて……まだ、信じられないわ。目覚めたらやっぱり全部、夢だったりして?)
それにここまで、あまりにも順調に進み過ぎて。それがまるで嵐の前の静けさのようで怖い。
でも、ありがたいことに女性の使用人たちは全員、私の味方をしてくれている。婚約解消騒ぎの時、同じ女性として私に同情し胸を痛めていたからだ。
何より私にとどめを刺すように『他家へ嫁がせない』 ……と命令したお父様の仕打ちに、皆は腹を立てていた。
男性の使用人たちは、全員が味方というわけでは無かった。だが、男爵夫人(お母様)の命令には逆らえず。見て見ぬフリをしている。
姿見の前に立つ私の隣で、年の近い使用人のマディはうっとりと溜息をつき、鏡に映る私を褒めちぎった。
「ファゼリー伯爵夫人に相応しい美しさですわ、ジュリーお嬢様!」
「ありがとう」
「それに伯爵様はとても情熱的な男性だとお見受けしました。あんなに素敵な求婚をされるなんて……ハァ~…羨ましいです」
「まぁ、マディったら! ふふふっ……」
(素敵なドレスのおかげね。本当に自分で言うのはおかしいけれど、いつもより何倍も綺麗に見えるわ)
燥ぐマディの顔を見るうちに。不安感で緊張していた私の顔から強張りが少し解けた。
コンッ! コンッ! コンッ! 扉が廊下側から叩かれる音が室内で響き。マディが応対に出る。
「お嬢様、馬車の用意が出来たそうです!」
「分かったわ」
(どれだけ不安でも。……今、この部屋を出て行かなければ、私は一生男爵家に囚われてしまうわ)
私はもう一度、姿見に自分の姿を映し。クルリと回って上から下まで見つめて、最終の確認をする。
これまで男爵家と領地を守ることに、私は何の疑問も感じなかったけれど。ジョナサンがアリアーヌと結婚したら……私は都合よく道具のように使われる身となる。
(私のモノにはならない領地と男爵家を守るために、身を粉にして働かなければいけないなんて! そんな自分の将来を想像すると、あまりの虚しさで背筋が寒くなるわ!)
今まで愛着を持って守って来たけれど。それは私が後を継ぎ、私が産んだ子供や子孫に伝えるためだと信じていたからだ。
(……それに、ジョナサンとアリアーヌの幸せな姿を眺めながら、一人孤独に一生を過ごすなんて嫌よ!)
ジュリーは空色の瞳を閉じて、静かに深呼吸をして気持ちを整えると。覚悟を決めて、勇ましく鏡の前から扉へと向かった。
「さぁ、神殿へ行きましょう!」




