38話 エドガーは恥知らず3
求婚騒ぎを聞きつけ玄関ホールに集まった人たちが皆、ほんわかと微笑み。私とエドガーを祝福する雰囲気の中でお母様だけが顔を曇らせた。
「エドガー……男爵はおそらく、あなたたちの結婚を許可しないわ」
ニコニコと甘い笑顔を振りまいていたエドガーが。王都で王太子殿下の側近を務める時のように、キリッと凛々しい姿に切り替わる。
「叔母上、その話なら昨日ジョナサンから聞きました」
「まぁ、それで……何か考えはあるの?」
心配そうに顔を曇らせたお母様は、エドガーにたずねた。
「……!」
(あっ! 私もそのことが、心配だわ。お父様から男爵家に残れと言われた時は、『嫌だ』と答えたけれど。でも家の助けが無い状態で嫁ぎ先を見つけて結婚するのは、難しいと思っていたわ)
口では反抗しても。きっと最後にはお父様の言う通りになると、結婚は諦めていた。でも、エドガーが私を欲しいと言ってくれるなら、話が変わる。
私も本当に結婚出来るのかと心配でエドガーを見あげると。キリッとしていたエドガーが私の不安に気づき。『心配しなくて良い』と、また甘い笑みを浮かべた。
「実は……あまり使いたい手では、無かったのですが。男爵にはすべて事後承諾ということで、進めてみてはどうでしょうか?」
通常通り、エドガーは求婚の許可を男爵に申し込むが。それで本当にお父様が許可を出さなかった場合のことだ。
私はすでに成人の儀を終えた大人で。お父様の許可が無くても、結婚する権利を持っているから。
「あらあらっ! エドガー、あなた……本気でジュリーを攫う気なのね?」
「ええ、まぁ……先程も言いましたが、すべて書類は整えてありますから。それも可能なのです」
エドガーはポンッ、ポンッ、と内ポケットに書類を入れた、上着の胸を叩く。
「ど、どういう意味?」
いまいち話の意味が理解出来ずにいた私は、二人の会話に口を挟んだ。
「ジュリー、私の胸ポケットには神殿で『婚姻の儀』を執り行なってもらうための申請書もあるんだよ。これさえあれば、今すぐにでも結婚できるだろう?」
エドガーが王都で用意したのは、婚前契約書だけでは無かったということだ。
貴族籍に入っている貴族同士の結婚では、神殿へ提出する申請書は王国が二人の結婚に許可を出したという証明にもなるのだ。
『婚姻の儀』を行った後は神殿が婚姻証明書を発行し。それを王国の貴族籍を管理する機関へ提出すると、結婚が無事成立するという仕組みである。
「……そんなモノまで用意してあるの?」
(だって、ジョナサンと婚約を解消する前。私の結婚のためにお父様が、その申請書を王都から取り寄せようとしたら、確か数ヶ月かかったのよ?)
「あるよ」
「すごいわエドガー! いったい、どんな魔法を使ったの? あなたは本当に仕事が早くて完璧なのね」
(素敵っ!)
ジョナサンでは絶対に感じられなかった安定感がエドガーにはある。この調子ならサクサクと話を進めて行けるだろう。面倒なご機嫌取りをして、ジョナサンの時のように私が媚びる必要も無い。
思わずキラキラと瞳を輝かせて、私がエドガーに惚れ直していると。その横で、お母様とエドガーは話をまとめて行く。
「良いわ、エドガー。その手で行きましょう」
お母様はニッコリとほほ笑み、満足そうにうなずくと。その場に集まっていた使用人たちにテキパキと指示を出す。
「ありがとうございます叔母上!」
エドガーはニヤリと笑う。
「エドガー、あなたは男爵に求婚の許可を申し込む時間を、なるべく長く引き伸ばしてね。その間に準備をしておくから」
「叔母上が味方になってくれるのなら、こんなに心強いことはありません!」
「……ちょっと待って! あ、あの……もしかして、今から神殿で『婚姻の儀』をする気なの?」
あわてて私は話に割って入った。すでに窓の外は陽が落ちて暗くなっているというのに。
「急なことだから『婚姻の儀』は地味になってしまうけれど。その代わりファゼリー伯爵夫人のお披露目は、日を改めて盛大にやろう、ジュリー!」
「大丈夫よ。あなたの花嫁衣装は、私のクローゼットにしまってあるから」
自分の結婚が流れてしまった私の目に、着るはずだった花嫁のドレスを触れさせないよう。気づかったお母様はドレステーラーから密かに受け取っていたのだ。
「私の……あのドレス?」
(いろいろあったから。ドレスのことなんて、すっかり忘れていたわ!)
あのドレスは何度もデザイナーと話し合い、私に似合う“白”を探して。外国の生地で少し金色がかった“白”を見つけて大喜びした。
「あの綺麗なドレスを私は着れるのね……」
「それに……ほら! 花嫁のブーケもここにある。それも『奇跡』、『神の祝福』と呼ばれる青い薔薇のブーケよ? なんて素敵なの、ジュリー!」
お母様は私の手にある青薔薇と白薔薇の花束を指差した。
「……っ」
(まさに『奇跡』だわ!)




