4話 男爵と伯爵2
セイフォード男爵家の領地とファゼリー伯爵家の領地は隣接している。……つまり、男爵家は隣家ということになる。
そう言った事情もあり、ファゼリー伯爵家の次男ジョナサンをセイフォード男爵か欲しがり、男爵家の長女ジュリーとの婚約が決まった。
「セイフォード男爵。弟が多大なご迷惑をおかけして、深くお詫びする」
「いや……こちらこそ王宮の忙しい職務を置いてまで、わざわざ来てもらって申し訳ない」
私はセイフォード男爵夫人の甥にあたり、男爵家と近い親戚関係ではあるが。男爵自身とは血の繋がりは無く。容姿に関しても、性格に関しても少しも似たところは無い。
幼い頃からの顔見知りではあるが、男爵があまり気安く他人と打ち解けて、付き合うような人ではないせいか。昔からの顔見知りで親戚と言っても、ほとんど話したことも無く。
実質的にはまったくの他人と言っても良い印象なのだ。
――そのうえ二年前に父上が亡くなり、私はファゼリー伯爵家を継いだ。その頃の私はすでに王太子殿下の側近を務めていたため、男爵はそんな私に対して敬意を表し、丁寧な対応をするようになっていた。
それで増々、私たちの間に距離が出来てしまった。
セイフォード男爵家の使用人が、応接間のロー・テーブルにお茶を用意して退室すると。私は出されたお茶には手を付けず口火を切る。
「早速ですがセイフォード男爵、ジュリー嬢と弟ジョナサンの婚約は、すぐにでも解消しましょう」
(とにかく私はこんな話は早く終わらせて、さっさと王都へ帰りたい)
こうしている間にも王宮内に与えられた私の執務室で、処理待ちの仕事が山積みになって増えていると思うとゾッとする。
私は無駄な雑談をはぶき、最初から問題に取り掛かった。男爵が私の言葉に軽くうなずくのを見て、そのまま話を進めて行く。
「ここで予定通りにジュリー嬢とジョナサンを無理に結婚させれば。男爵家と伯爵家は横暴で冷たい者ばかりだと、さらに醜聞が大きくなるでしょうから。我々の寛容さを示すべきです」
「確かに……使用人たちにも知られてしまい、ジョナサンとアリアーヌの関係を、隠してはおけない状況です」
セイフォード男爵は疲れた顔で私の意見に同意した。そんな男爵を、私はこちらの思い通りに話を進めたくて、少しだけ慰め懐柔を試みる。
私は表情をやわらげ男爵に理解を示した。
「セイフォード男爵。お互い、一家の当主として苦境に立たさてしまいましたが。……後から二人の関係を周囲に知られるよりは、結婚をする前に分かって良かったではありませんか」
「それはそうですが……」
「セイフォード男爵、一つ提案があります。どうせ醜聞になるのだから、面倒ごとは一度で終わらせてしまった方が、良いとは思いませんか?」
(正直、私自身が目が回るほど忙しい。これ以上、田舎と王都を行ったり来たりして、時間を無駄にしたくない)
「一度ですませるとは……⁉」
「ええ。……ですから準備していた結婚式の花嫁を、ジュリー嬢からアリアーヌ嬢に変えてそのまま行うのです」
「そ、それは……いくら何でも……」
あまりにも突飛な私の提案に、さすがに男爵も困惑を隠せずにいる。
だが私は男爵の不安を煽るように話を続けた。
「私が男爵邸へ来る途中、近くの町で食事をとったのですが。すでにジョナサンとアリアーヌ嬢の醜聞は、広がりつつありました」
「何ですと⁉ ……それは本当ですか?」
恐らく男爵邸の使用人たちの口から広がったのだろう。
「はい、残念ながら本当です。ですから二人の結婚を一日でも早く行い、この件を早急に終わらせるべきです」
「そ……そこまで、深刻な状況だったとは……」
「運良く招待状を送る前ですし。招待客も近隣の貴族に限定すれば、良いのではないでしょうか?」
「確かに、その通りですが……」
「……男爵。これ以上、我々に都合の悪い噂が広まる前に……なるべく早めの決断を!」
(上手くやれば、醜聞を最小限で抑えられるはずだ)
結婚式を行うのも王都から遠く離れた、田舎のセイフォード男爵領内の小さな神殿。それも領地をほとんど出ることのない、男爵家の次女と伯爵家の次男の小さな結婚式だから、上手く行くはずだ。
個人的には……気分屋のジョナサンがアリアーヌ嬢への興味を失う前に、早く結婚させてしまいたいのが本音だ。
今まではセイフォード男爵家の次期当主という立場の責任と義務に、ジョナサン自身が自発的に目覚めるのを待っていたが。いいかげん私は、成人の儀をとっくに終えた弟の保護者を止めたかった。
(ジョナサン、これが私がしてやれる最後の尻拭いだからな!)
色々な思惑がある私は自分の意見を通そうと。しばらくの間、男爵の顔を黙ってジッ……と見つめる。
私の金色の瞳から放った鋭い視線で男爵に圧力をかけ、その場の空気を支配した。こういうことは私の得意分野なのだ。
男爵と親子ほどの年の差があっても、私には自信を裏付けるだけの経験がある。
王太子の側近として毎日、腹黒い上級貴族たちに囲まれて働く私の方が、強引な押しの強さや精神の強靭さでは、男爵に勝ると自負していた。
(これぐらい出来なければ、王太子殿下の側近など勤まらない。だから私は王族に重宝されるのだ。田舎の男爵に交渉事で負ける訳には行かない)
男爵がハァ――ッ……と大きなため息をつく。私の思い通りに男爵は圧力に負けて屈服したサインだ。
「わかりました、ファゼリー伯爵。結婚式は花嫁を変えて、予定通りに行うとしましょう」
「ええ、そうしましょう」
男爵家に面倒なジョナサンを押し付けるようで悪いが。先にジョナサンを婿養子に欲しいと申し込んで来たのは、男爵の方だと亡くなった父上に聞いている。
(ついでに男爵は病弱な妹のアリアーヌを、私と婚約させようとしたらしいが。そっちは断って正解だったな。父上の優れた決断に感謝しよう)
男爵の説得に成功し、私は力強くうなずいた。




