36話 エドガーは恥知らず
フラリと男爵邸に来たエドガーから、私は唐突な求婚を受け。その場の勢いに流されて『うん』と受け入れてしまった。
――もちろんエドガーの求婚なら、どんな場合でも私は受入れていたけれど。
エドガーは初恋の相手だし。しばらく疎遠になっていたけど、お互い大人になってから数年ぶりに再会した時は、まだ自分がエドガーを好きなのだと自覚したから。
(信じられないわ……私は夢を見ているのかしら? エドガーが私に求婚するなんて!)
夢ならこのまま死んでしまいたい。この幸福が全部夢だったら……きっと私は本当に死んでしまう。
エドガーと私はセイフォード男爵邸の玄関ホールで、使用人たちの視線も忘れて気持ち良くキスを交わしていると――
「あなたたち!! こんなところで何をしているの⁉」
突然、私たちの甘い雰囲気を切り裂くように。女性の甲高い怒鳴り声が響く。
……ハッ! と息を呑み、キスを止めて声が飛んで来た方を見ると。驚愕の表情を浮かべたお母様が、玄関ホールの扉の前で呆然と立っていた。
妹のアリアーヌの結婚式で使う小物をいくつか注文し、用事を終えたお母様が街から帰って来たのだ。
「やっ、お母様!」
(まぁ……どうしましょう。恥ずかしい! ……私ったら、私ったらぁ……)
慌ててエドガーから離れて後ろに下がろうとしたら、両手に大きな花束を抱えていたため、私はフラフラとよろけてしまう。
「危ない、ジュリーっ!」
逞しい手がガシッとよろけた私の腰を掴み、エドガーが支えてくれた。
「エ、エドガー……大丈夫よ。放して、お母様の前で……」
(うううっ……私ったら! 何て、はしたないのかしら)
「ダメだよ、ジュリー。ふらついているじゃないか!」
エドガーとのキスの余韻と、お母様に見つかった恥ずかしさで。私の身体は密かに震え、足に力が入らなくなっていた。
「いったい、あなたたちは……っ! こんなところで何をしているの⁉」
余程、お母様も衝撃を受けたのだろう。普段は物静かで穏やかな淑女なのに。使用人たちの前で私たちをかん高い声で叱り、足早に近づいて来る。
「お、お母様……これは、私は……その……」
(どうしよう……! こんなことを見られてしまうなんて。恥かしいわ!)
キスの誘惑に負けて、お母様の前で醜態をさらし動揺した私の目に、涙がジワリと溜まり泣きそうになっていると。私の腰に回されたエドガーの長い腕にグッと力が入る。
「叔母上、申し訳ありません! 私の求婚をジュリーに受け入れられ、嬉しさを抑えられず、ジュリーの唇を奪ってしまいました」
動揺しパニックになっている私とは反対に、エドガーは満面の笑みを浮かべて、お母様にぬけぬけと報告した。声も信じられないほど冷静に聞こえる。
「……ジュリーに求婚⁉」
「ええ。たった今、求婚しました!」
「あなたが、ジュリーに求婚したの⁉」
お母様は大きくポカ~ンと開けた口を、手袋をはめたふくよかな手で隠した。
「はい、叔母上! ジョナサンとジュリーが婚約を解消したことは、私にとって人生最大の幸運になりました!」
「まぁ……! 本当なのね?」
「ええ、本当です!」
エドガーは自分の上着の胸をポンッポンッと叩く。
「ここに結婚に関する婚前契約の書類や、申請書などもすべて用意してあります。この後、男爵にお見せしてジュリーへ求婚の許可を頂こうと思っていましたが……」
エドガーは私をチラリと見下ろす。私と目が合うとニヤリと笑った。
“嘘も方便”
貴族の常識では求婚の許可を父親にもらってから、本人に求婚するのが流れだが。エドガーはその常識を覆し、先に私に求婚しキスをした。
――きっとエドガーは最初からお父様の許可は。私に求婚してから、事後承諾で取ろうと狙っていたのだろう。
「……あら。あなたは何でも仕事が早くて完璧だと。先日、男爵がとても褒めていたけれど。本当にそうなのね!」
前回、エドガーがお父様と面会した後。ジョナサンの婚約者を、私から妹のアリアーヌへと変更した婚前契約に関する書類を、エドガーは王都で完璧なものを作り男爵邸に送っていた。
エドガーから届いた婚前契約書を見て……『エドガーが婿養子なら良かったのに』と。ジョナサンに不満を持っているお父様が、お母様に愚痴をこぼしたことは秘密だが。
「ああ、あの手の案件は手抜きが出来ない質なので」
「わかったわ、そう言うことなら……私も目をつぶりましょう」
お母様は呆れた様子で、苦笑する。




