35話 キス3
私の都合で性急に進めた自覚はあった。だからジュリーが私の求婚を本心から受け入れたのかを、確認したくてキスをした。
――そしてもう一つ。使用人たちの前で私たちは仲良くキスをしなければならない理由があった。
“ファゼリー伯爵のエドガーが求婚して、ジュリーがその求婚を受け入れた”
……と。その場面を男爵家の使用人たちに見せつけ、刺激的な印象を残すためである。
「……」
(どうかジュリー、私を拒まないで欲しい! 数ヶ月前に使用人たちの前でアリアーヌとジョナサンが起こした騒ぎと同じことを……今度は私とジュリーで起こしたいんだ!)
通いで働きに来ている使用人たちは仕事が終わり帰宅すれば、間違いなく男爵邸で見た刺激的な出来事を家族に話すだろう。……そしてその家族は、明日になれば友人知人に話し、私たちの求婚騒ぎを町中に広めてくれる。
(私はこの騒ぎを利用して強引に男爵の口を封じて、いっきに結婚まで突き進めるつもりだ。だからジュリー……)
さりげなさを装い、切実に『私を拒まないで欲しい!』……と願いを込めて。私は素早くジュリーの唇にキスをする。
そんな私の不安をよそに、ジュリーは最初こそ驚いていたが抵抗する様子は見せず。黙って私のキスを受け入れてくれた。
どうやら私のキスに嫌悪感も無さそうだ。
(嬉しいよ、ジュリー……君を絶対に男爵家から連れ出して、幸せにする。君の未来を私に任せてくれ!)
ジュリーを男爵家に縛り付けようとしている父親……セイフォード男爵は、世間体を気にする質の人間だ。ジョナサンの婚約解消を男爵と話し合った時にそう感じた。間違いない。
近隣で暮らす人々の耳にこの求婚騒ぎが届けば、きっと私たちの縁談は祝福される。
そんな中で娘の幸せを無視して、男爵が伯爵家との良縁を潰せば、近隣の人々の目に男爵が愚かで薄情な父親として映るだろう。
そういう視線に男爵が耐えられるとは思えない。
(薄情な愚か者だと陰で笑われたくなければ、男爵はジュリーと私の結婚を受け入れるしかないはずだ)
「……はぁ」
初々しくジュリーの顔が、真っ赤に染まるまで、私はキスをしてから唇を離すと。……うっとりと閉じていた目蓋を開き、ジュリーは恥ずかしそうに私から視線をそらした。
私はジュリーにキスを拒まれなかったことを、心からホッとしたのと同時に。あることに気がつく。
「……⁉」
ジュリーの初々し過ぎる態度を見ていたら。
(もしかしてジュリーは唇のキスは初めてだったのか? 何年もジョナサンと婚約していたから。キスぐらいはとっくに経験済みだと思っていたけれど……)
不意にジュリーに対するジョナサンの罵り声が、私の脳裏を過ぎる。
『あんな薄情で生意気な奴……っ!』
ジョナサンはジュリーを薄情だと嫌っていた。だから手を出さなかったのかも知れない。
(……なんだ! ふふふっ……)
些細なことだが。嫉妬深い質の私はこのことに気付き歓喜した。顔を見ているだけで、ジュリーへの愛しさが溢れて来る。
「ジュリー、ありがとう。私の求婚を受け入れてくれて」
(ああ、私は本当にジュリーを愛していたんだな。ジュリーに受け入れられたのが、こんなに嬉しいなんて……)
「エ、エドガー……」
私と視線をチラリと合わせたジュリーの瞳が潤んでいる。
長男と長女だから結婚は出来ないと、昔から異性として愛する対象から、ジュリーを外してていたけれど。本音ではジュリーほど気が合う女性はいないと思っていた。
「……っ」
(私は本当にジュリーを、妻にするのだ……)
顔を赤くして恥ずかしがるジュリーの姿に……私の胸に熱いものがじんわりと広がる。
ジュリーが私を受け入れて嫌がらないか。確認のキスの目的はすでに果たしているから、一度でじゅうぶんだったけど。
初々しく恥ずかしがる、甘い砂糖菓子のようなジュリーを前にして、私はキスを止められない。
再びジュリーの唇にキスを落とす。今度は熱烈に唇を奪うようなキスを。
使用人たちがパラパラと屋敷中から集まって、どことなくお祝いムードで私たちを見守っていた。




