34話 キス2
ジュリーの気持ちを少しでも解そうと。私は求婚の言葉を告げる前に花束で両手が使えないジュリーの口に、ポケットから出した砂糖菓子をコロコロと入れてやる。
私がジュリーの口に砂糖菓子を入れてやった瞬間……ジュリーはキラキラと瞳を輝かせ嬉しそうに笑った。
「王都で貴婦人たちに人気がある店の菓子らしい。どうだ、ジュリー……? 少しは幸せになったか?」
「うんっ!」
ジュリーは満面の笑みを添えて私に返事をした。
「……っ!」
(ああ……なんて可愛いんだジュリー! これは癖になりそうだな。小さな砂糖菓子で、こんなにも喜ぶなんて! まさか……これほどの効果があるとは思わなかった)
正直、『女の子は甘いものが大好きだから』と言った弟の言葉など、ほとんど信じていなかった。
(これからはジュリーのために、私の上着に必ず砂糖菓子を入れておくことにしよう!)
今日の私は朝からずっと不運続きだった。求婚を決行する私の人生を左右するほどの大切な日なのに、あまりに不吉な前兆だと。……内心では戦々恐々とビクビクしていた。
――最初の不運は。
ジョナサンの助言を聞き入れ。ファゼリー伯爵家の温室へ行き、私は庭師に香りの良いピンクの薔薇を頼むと……
『ジョナサン様が、毎日持って行かれたので、ほとんど残っていません』
――と言われたのだ。
(あの野郎! 自分から親切ぶって、私に助言をしておきながら……すでに薔薇は独り占めしていたなんて! これはジョナサン流の嫌がらせなのか⁉)
外の庭園にも薔薇は咲いているが。温室の薔薇は希少種が集められており、それに比べると庭園の薔薇は丈夫だが平凡で、求婚用の花束にするのにあまり向いていない品種なのだと庭師に教えられた。
妹のアリアーヌには貴重なピンクの薔薇をジョナサンが毎日贈ったのに。
姉のジュリーには温室の薔薇よりも格が数段落ちる、丈夫だが平凡な庭園の薔薇を贈るのは良くないと。私は迷いに迷った。
私は庭師に薦められ、たとえ小ぶりでも貴重な温室の薔薇を選んだ。見栄えよりも格を重視したのだ。
それで小ぶりなうえに、地味な青薔薇と白薔薇の花束になってしまい。ジュリーに手渡すまで、私は内心かなりへこんでいたが。
弾けるような笑みが、私の不安を吹き飛ばした。ジュリーが私よりもずっと、青薔薇の希少さを知るほどの物知りだったおかげだ。
薔薇の香りを嗅ぎながら喜ぶ姿を私に見せてくれた。
『こんな贅沢な薔薇を前にして、文句なんか言えないわ!』
急遽用意したその場しのぎの贈り物だったが。それに対するジュリーの笑顔に、私はもう一度惚れ直した。
――二つめの不運は。
『さぁ、ジュリーに会いに行くぞ! 途中で街に寄り、甘い菓子を買わなければ!』
花束を抱えて屋敷を出ようとしたその時。突然、王都から……“招かれざる客” がやって来たのだ。
私は急遽、その“招かれざる客”の対応に追われ。結局、男爵邸に辿り着く頃には陽が落ちかけた夕暮れ時となっていた。
血のような赤い夕焼け空を見上げながら、私が何度……『不吉だ!』と感じたことか。
だが不幸中の幸いで王都からやって来た“招かれざる客”は、行列が出来る有名店で買った、砂糖菓子を土産として持って来ていた。
私はありがたく“招かれざる客”から土産を受け取り、中身だけを上着のポケットに入れた。
――今は可愛く笑うジュリーの口の中に土産は消え、餌づけに成功している。不運だと思っていたことが、なぜかすべて好転していた。
珍しく私は女神に感謝した。
「んん〰〰っ!」
上機嫌になったジュリーの口に、四つ目の砂糖菓子を入れながら……『よしっ、今だ!』と、いよいよ私は……
「……ジュリー、結婚してくれ!」
「……っ⁉」
ジュリーは言葉を失い、困惑の表情を浮かべた。
「ジュリー、口を開けて…」
(いけない、少し強引すぎたか? とにかく口にボンボンを入れて、もっと甘い気持ちにさせないと)
私は五つ目のボンボンを、ジュリーの口へ入れる。
「……」
「ジュリー……うん、と言ってくれ!」
「うん………?」
「よし!!」
(言った! 今ジュリーは、確かに『うん』と言ったぞ!!)
「……っ⁉」
私の勢いに押し負けて、呆気に取られたジュリーは空色の瞳をパチパチと何度もまばたきする。
セイフォード男爵邸の玄関ホールで、私は大胆にも使用人たちの前でジュリーにキスをした。




