33話 キス
セイフォード男爵邸の玄関ホールで、私は唐突にエドガーから求婚されキスをされた。
あまりにも突然のことだったから、驚いた私は空色の瞳でまばたきをパチパチと繰り返し、エドガーの嬉しそうな顔を見つめてしまう。
この予想外の状況の変化に思考が付いて行けず。私が呆然と立ち尽くしていると。……ふと、視界のすみで動く影に気が付いた。
男爵邸に来訪したエドガーを、最初に扉を開いて迎え入れた使用人と目が合った。
話と甘い砂糖菓子に夢中になっていたため。その場に私たち以外の存在がいたことを忘れていたのだ。
「……あっ!」
(やだっ。……使用人たちが私たちを見ているわ! キ、キスを見られてしまったかしら?)
見られたのは明らかだった。扉を開いた使用人だけでなく、驚愕の表情を浮かべる執事の姿もそこにある。
間違いなくエドガーにキスをされた私の姿を、見られていたはずだ。
何人もの目に見られていたと自覚した途端……羞恥心が爆発した。急激に私の顔が熱を帯びて、カァ~と火照り出す。
そんな私の動揺を、エドガーは知ってか知らずか。慈しむように私の頬を大きな掌で包み、私の額にキスを落とした。
「ジュリー……ありがとう。私の求婚を受け入れてくれて!」
よほど嬉しかったのだろう。興奮気味のエドガーは少し高めの声で、言葉の語尾を強く発音した。それが思いのほか大きく玄関ホール中に響く。
エドガーの言葉に反応して、私の背後でハッ! ……と誰かが息を呑む音が聞こえる。振り向いて見ると――
いつも私の身の回りの世話を手伝ってくれる使用人のマディが、瞳をキラキラと輝かせて立っていた。
「あっ……!」
(私ったら、なんてことを!)
マディの隣にいた年配の使用人が『まぁ! ジュリーお嬢様は伯爵夫人になるのね!』 ……とはしゃぎ始め、私は焦りを感じた。
「ジュリー……」
「ああ、どうし……っ」
(使用人たちの目があることを、すっかり忘れていたわ!)
「ジュリー……?」
何度かエドガーに呼ばれて振り向くと。再び私の唇にエドガーの唇が重なった。
「……っ!」
(こ、ここではダメよ、エドガー! ああ、ダメッ! 唇が……っ! まぁ! まぁっ! まぁぁ……っ!! ダメなのに、エドガーの唇が………なんて柔らかいの?)
生まれて初めて男性から唇にキスをされた。それも初恋の相手のエドガーに。
子供の頃……初恋の人とのキスに憧れ、私は何度も想像した。それが現実のモノとなったのだ。
エドガーの手で口に入れられた、砂糖菓子の誘惑さえ、簡単に受け入れてしまった私が。ずっと夢見ていたエドガーの唇の誘惑に勝てるはずもなく。
使用人たちの目があることを考えれば。私の唇を奪い続ける柔らかなエドガーの唇を、拒まなければいけないのに。
「……!」
(信じられないっ! エドガーとキスしてるの⁉ 私……あのエドガーとキスを……っ!)
恥かしがっていても私がキスを嫌がらず、逃げないと分かると。
エドガーは何度か顔の角度を変えながら、大きな手のひらを私の頬から首筋へ、首筋からうなじへと移動させてゆき優しく愛撫する。
いつの間にか私は使用人たちの視線を忘れ。大きな花束を両手で抱えたまま……うっとりと瞳を閉じて、初恋の人のキスに溺れていた。




