30話 求婚2
急いで玄関ホールへ下りると、ちょうどエドガーのために使用人が扉を開いたところだった。
「……エドガー、あなたが領地に帰っていたなんて。それにジョナサンがずっと、来ていないの。何かあったの?」
(あなたはなぜ、そんなに大きな花束を持っているの? もしかして、ジョナサンの代わりに体調を崩したアリアーヌのお見舞いに来たの?)
数週間ぶりに会ったエドガーに挨拶をするのも忘れて。私は大きな花束とエドガーの顔を、チラチラと交互に見つめた。
「やぁ、ジュリー……元気にしていたか?」
エドガーはものすごく不本意そうに顔を顰めた。
「ええ。もしかしてエドガーはアリアーヌに会いに来たの?」
「君の妹に用は無いよ」
「それなら、どうして? あなたが来るなんて……ジョナサンに何か悪いことでも起きたの?」
(彼は拗ねているだけかと思っていたけれど。ジョナサンはお父様と話をした後、とても落ち込んでいたから、プライドの高い彼はもしかして……もしかすると?)
ドクンッ! ……と私の心臓が不穏に跳ねた。
“婚約解消” ――という言葉が、私の脳裏にフッ… と浮かんだ。
ジョナサンの代わりに、兄のファゼリー伯爵のエドガーが来たせいで、私の頭には悪い考えしか浮かばず。強い不安と恐怖で混乱した。
(昔から気分屋のジョナサンなら、そういう無責任な行動をしてもおかしくないわ。……まさか、本当にそうなの⁉)
「エドガー……ジョナサンは……」
エドガーにジョナサンのことを、たずねようとしたけれど。私の予想通りの答えが返って来たらと思うと、怖くてそれ以上は何も言えなかった。
現に何年も前から婚約していた私も、簡単に切り捨てられ婚約を解消された。それほどジョナサンの信用は地に落ちている。
私の前に立ったエドガーの顔は緊張して強張っていた。
「ジョナサンは昨日まで、酒浸りになっていたが。私が性根を叩き直しておいたから、心配ない」
文字通りジョナサンを、自分の拳で叩き直したことをエドガーはボソボソと語った。
「……え? そういうことなの⁉」
エドガーが心配ないと言うのなら、本当に心配は無いのだろう。
私の予想通り、ジョナサンは拗ねて酒を飲んで現実逃避をしていたのだ。
「てっきりジョナサンの代わりに、あなたが婚約解消を提案しに来たのかと思ったわ」
「違う。ジョナサンとアリアーヌ嬢の結婚は予定通りだ。あいつが嫌だと言ったら祭壇に縛りつけてでも、私が結婚させるから任せてくれ」
有能なエドガーは何に関しても頼りになる男だ。
「もう、驚いた! もしかするとジョナサンは、アリアーヌまで捨てる気ではないかと冷や冷やしたわ」
私はホッと胸を撫で下ろして笑った。
「そんなに君は……ジョナサンが気になるのか?」
「気になるというか。彼……私と同じぐらい、落ち込んでいたから」
(そう言えばエドガーは、お父様がジョナサンに話した内容を聞いたのかしら? もうダメね、私ったら)
アリアーヌの結婚式が終わるまでは、なるべく考えないようにしていたのに。思い出したら、また泣きたくなって来た。
ホッと笑っていたのに、気持ちがどんよりと沈む。
「ジュリー?」
「お父様が何を考えているか……あなたはジョナサンから聞いた?」
(ついつい、エドガーの顔を見ると、甘えてしまいたくなるのよね……いけないわ。我慢しないと。だって私たちはもう、子供ではないから)
無邪気に甘えてはいけない。それでエドガーに優しくされたら……きっといつか傷つくことになる。
「男爵の考え……ああ! 君を嫁がせずに領地の管理をさせるという話だね?」
「ええ」
「ジョナサンが信用出来ないなら、私のように信用できる領地管理人を雇えば済むことなのだが?」
「……っ⁉」
「管理人が雇えないほど、セイフォード男爵家は金に困ってはいないだろう? もちろん困っているのなら、ファゼリー伯爵家から資金を援助するよ」
一般的にこのようなやり方は、裕福な上級貴族の考え方ではあるが……




