29話 求婚
ジョナサンがアリアーヌに会いに来なくなってから、二週間が過ぎた。元々体調を崩し塞ぎこんでいたアリアーヌの精神状態は、さらに悪化して微熱まで出ている。
お母様は結婚の準備に追われ、屋敷にいないことが多く、アリアーヌにまで手が回らない。だからその間アリアーヌの世話をするのは、侍女のキャロルと私の役目となっていた。
「もう! ジョナサンは何をやっているの⁉」
(どうせ彼は、自分が『お飾りの男爵』にされるとお父様に言われて、拗ねているのでしょうけれど? だからと言って自分の婚約者を不安にさせるほど、放置しても良いという言い訳にはならないわ)
私は腹を立てながら、アリアーヌの部屋を出た。
「本当に彼は無責任よ!」
ようやく私は婚約解消の痛手から立ち直り。これからはアリアーヌの世話をジョナサンに任せれば良いのだと、ホッとしたのも束の間だった。
「本当にこれで結婚して、大丈夫なのかしら?」
(……だって結婚式まで、あと一ヵ月を切っているのよ? ジョナサンも悪いけれど。少しはアリアーヌも、自分で乗り切る努力をすることを覚えないと)
フゥ―――ッ……と大きなため息を吐く。何げなく立ち止まり二階の廊下から窓の外を見下ろすと、庭じゅうが夕暮れ時の茜色に染まっていた。
眩しいほど茜色に輝く美しい景色を眺めながら、私は自分を抱きしめるように胸の前で腕を組んだ。
「綺麗ね……」
私の気持ちとは関係なく、今日も綺麗にセイフォード男爵領の時間が過ぎて行く。
(嫁ぐことも許されないなら、私はこうやって誰かのために必死で働いて、いつの間にかおばあちゃんになるのね)
どうしようもなく、虚しさが込みあげて来る。お父様に嫁がせないと命令された時から、私はずっと重苦しい気持ちを抱えていた。
「明日……ジョナサンに、手紙を送ろうかしら?」
(捨てられた元婚約者としては、こんなにウンザリすることは無いわ。……でもアリアーヌの面倒をみることは、婚約者の義務だとジョナサンにしっかり自覚してもらわないと)
子供の頃から妹はそういう弱い娘なのだと知っていて、ジョナサンは選んだ。
アリアーヌの美しさや可愛さを愛したなら。同時に脆弱なアリアーヌも愛すべきだ。
「人を愛すとは……そういうことでしょう?」
窓の外。茜色に染まった男爵家の敷地に、一台の馬車が入って来るのが見えた。
見慣れた紋章が付いているから、すぐにどこから来た馬車なのか分かった。
「あら、ファゼリー伯爵家の馬車だわ。ようやくジョナサンが来たのね」
毎日、アリアーヌに会いに来ていたジョナサンは、訪問の伺いを立てる先触れを出すことを省略していた。
「でも、こんな時間に来るなんて……もう夕方よ? どういうつもりかしら」
(私が手紙を書く必要は無さそうね)
私とアリアーヌの部屋がある、二階の廊下の窓から馬車を見下ろしていると。なぜか大きな花束を抱えたエドガーが、馬車から降りる姿が見えた。
「違う、エドガーだわっ! どうしたのかしら? 何か問題でも……もしかしてジョナサンに何かあったの⁉」
私はあわてて玄関ホールへ向かった。




