28話 求婚準備
休暇をとり領地へ帰って来ても、王都で仕事をする日と同じく私はいつもの時間に起き、いつもと同じように身だしなみを整えた。朝食室へ行きいつも通りにしっかりと朝食をとる。
そんな規則正しい生活を今日も送ろうとしていたが。
――今朝は目覚めた瞬間からずっと、私は落ちつきを失くしソワソワとしていた。
「とにかく求婚だ! ジュリーに求婚しないと何も始まらない!」
だが、そんなせっかちな私の焦る気持ちとは裏腹に。規則正しく朝の早い時間に起きてしまったせいで、他家へ訪問するには時間的に少々早すぎた。
「やはり午後の一番、のどかな時間に行くのが良いだろうな」
そこで午前中は執務室で領地管理人が置いて行った報告書を読んで、時間を潰すことにしたが。
「……ダメだ!」
一行目を読み始めてすぐに、何度読んでも報告書の内容がいっさい頭に入らないと悟り、私は早々に挫折した。
「そうだ、馬だ! 今から屋敷を出て領地を見ながら少し遠回りをして、セイフォード男爵邸へ行けば良い。よし、そうしよう!」
(我ながら良い考えだ! そうと決まれば着替えなければ。……だが乗馬服はやめよう。求婚をするのだから、先日王都でそろえた新しいのを着て行こう)
急いで自室へ戻り着替えて伯爵邸の玄関ホールへ下りると。そこには顔にグルグルと包帯を巻いたジョナサンが立っていた。
「酷いよ兄上、やっぱり鼻が折れていたぞ! どうしてくれるんだよ⁉ 曲がった鼻で結婚式には出たくない。クソッ! うううぅ……痛ててっ……」
昨夜、ジョナサンは痛みに耐えられず、医者を呼び診察を受けたらしい。だが、その診察結果が不満で、朝から私にダラダラと文句を垂れ流した。
私はジロリと弟を睨み、冷ややかに答えた。
「ジョナサン。そんなに文句が言いたいのなら、私ではなく。ジュリーを侮辱した、自分の軽い口に言うべきだろう?」
(ベラベラとくだらない話を垂れ流し、私を怒らせ挑発したお前の口が悪い!)
「ううっ……! 口で文句を言うのに、どうやって自分の口に文句を言うんだよ!」
「愚か者!」
(私は、『うるさいから黙れ!』と、遠まわしに言ったのだ! ……まったく!)
これが自分の弟だと思うと、また情けなくなって来た。私はため息をつき呆れて首を振る。
「やれやれ……」
(こちらまで頭がオカシクなりそうだ)
ジョナサンとの会話を切り上げ、私は愛馬がいる厩舎へ向かおうとするが……
「あれ? 兄上、求婚するには時間が早くないか?」
王都で最新の流行の服を身にまとった私を、ジョナサンは羨ましそうにジロジロと眺めてからたずねた。
父上が亡くなって以来、田舎の本邸で暮らしているジョナサンは、王都で何が流行っているのか、今は何も知らないのだ。
仕事人間の私よりも、遊びとお洒落が大好きなジョナサンとしては、流行の服を見せつけられるのは、拷問に近いことだろう。
「ああ、確かに訪問するには早いから、領地を少しまわってから行くつもりだ」
「ふう~ん。……でも兄上、女性に求婚するのに花の一つも持って行かないの?」
「何だって……⁉」
「甘い砂糖菓子は? 彼女を称える甘い詩は?」
「……っ⁉」
(甘い菓子? 甘い詩⁉ 胸やけしそうだ……)
思わず眉を顰めてジョナサンを見つめると。
「だって女の子は甘いものが大好きだから。求婚するなら絶対に全部持って行かないと……兄上は王都で何も買ってこなかったの?」
顔を包帯でグルグル巻きにした滑稽な姿の弟が、まるで恋の達人のように女の子のことを語った。実際、王都にいる時は達人だったかもしれないが。
姿は滑稽でも、弟の言っていることは正しい。自分がどうしようもない無能者のように感じた途端、カッと頬と耳が熱くなった。
「……っ」
(結婚に必要な書類をそろえることしか、頭に無かった! この私が……何てこった!)
絶句して私は黙りこんだ。
「庭師に言って。うちの温室で咲いている、香りが良いピンクの薔薇を切って持って行けば?」
「……!」
(甘い詩なんて死んでも書けないが。薔薇なら私でも切れる!)
厩舎に向かうのはやめた。私はクルリと向きを変えて温室へ行く。




