27話 求婚前夜
派手な兄弟げんかをした後、すっかり落ち込み黙りこんでしまったジョナサンに反省を促し。
私は当主の間へ夕食を運ぶよう、執事に指示を出してから執務室を出た。
父上から爵位とともに継いだ当主の間の前で足を止める。くすんだ金色のドアノブを掴み、赤みがかった茶色のオーク材で作られた重厚な扉を開いて中へ入る。
ハァ――……とため息を吐いた後。室内をグルリと見回した。
学園を卒業してからずっと王都で暮らしていたから、本邸の自分の部屋となった当主の間には、数えるほどしか泊まったことが無い。
そのせいか『自分の部屋』というよりも。未だに『父上の部屋』という印象が強く、あまり居心地が良くない。
だから、なるべく早くジュリーを連れて王都へ戻りたいのだが。
「我が弟ながら、情けない奴……」
(昔から短絡的で、自分勝手なところはあったが……あれでは、さすがに甘え過ぎだろう?)
ジョナサンの子供っぽい話を聞くうちに、私の身体からガックリと力が抜けて、強い疲労感に襲われていた。
(……ああ、本当になんて情けないんだ)
「まったく、今日こそジュリーに会いに行けると期待していたのに。ジョナサンのせいで結局、夜になってしまったじゃないか。これでは男爵邸へは行けないぞ! クソッ!」
(無理強いだけはしたくないから。先に私の求婚を受け入れてくれるかどうかを、早くジュリーに確かめたかったのに!)
貴族の場合、正式な求婚状を相手の家に送り。先に求婚する許可を父親にもらってから、令嬢に求婚するというのが常識的な流れだが。
これまで十分過ぎるほど、ジュリーはジョナサンとの婚約解消で傷ついて来たから。私なりの配慮で、先にジュリーの気持ちを確かめることの方が重要だと判断したのだ。
そのうえ私が王都へ戻っていた間に、新たな問題が勃発していたらしい。
貴族なら、婚約解消をされた娘に次の嫁ぎ先があるのなら。なるべく早く嫁がせてしまおうと思うのが当たり前だが
それなのに――
まさか父親がジュリーを男爵家に縛り付けようと考えているとは、思いも寄らなかった。
「私が用意した好条件を突き付けたら。男爵は何の迷いもなく、私とジュリーの結婚を受け入れると思っていたのに」
(誰が見ても完璧な婚前契約書を作って来た。それを見せても男爵は私の求婚を受け入れない可能性があるということか……?)
今の状況は私が思っていたよりも、ずっと深刻な状態らしい。
「つまり……ジョナサンの話だと、正攻法ではジュリーは手に入らないと? ああ、クソッ!」
(ただでさえ、焦っているのに。どうすれば良い?)
「いっそのこと、ジュリーと駆け落ちでもするか?」
ジュリーは“成人の儀”を終えているから。自分の結婚を、自分で決める権利を王国法で認められている。
結婚に関する必要な書類は王太子の側近の地位を使い、そろえてあるから。やろうと思えば、やれる。それだけの準備は王都でして来た。
「その代わり、さらに醜聞が大きくなりそうだが……」
(まぁ、結婚さえ出来れば何とでもなるさ! 『子供の頃から愛し合っていた』だとか。『運命の相手』だとか。適当に話を盛って上手く美談へとすり替えれば良い)
「……いや! その前にジュリーが、私を受け入れればの話だが」
(どうもジュリーは私を兄のように思っている気がする。確かに私は弟のジョナサンと同じように。今まで四歳年下の彼女を、妹のように扱って来たから……うう~ん……何とも、由々しき(不吉な)事態だ!)
顔をしかめながらシャツの袖を肘まで捲り上げると。壁際にある洗面台へ行き、水を注いでジャブジャブと顔を洗い、ゴシゴシと布でふく。
「よしっ! 夕食を終えたら湯あみをするぞ。旅の汚れを綺麗に落として、少しでも良い男に見えるようにしなければ。ジョナサンのように、華やかな美男子にはなれないが……」
(いや、顔のつくりは似ているから、私だってそんなに悪くはないはずだ! たぶん……)
壁にかけてある鏡の中の自分を眺めると、険しい男の顔が映った。ここ数年の間で、眉間に深いシワが刻まれつつある。
鏡に映る男の表情が曇った。
「それにしても……ジュリーに異性として見てもらえなかったらどうしよう?」
(いや、ジュリーは私に心を開いていた。兄で何が悪い? 彼女にとって兄のような存在だからこそ、今までジュリーは私に親しみを感じていたのだし)
最初は兄でも十分だ。結婚さえ出来れば、その後で私が全力でジュリーを誘惑すれば良いのだから。
「うん、それで良い!」
鏡の中の男が力強くうなずく。
真っ暗になった窓の外へと視線を移し、もう一度うなずいた。




