24話 兄弟げんか
田舎にあるファゼリー伯爵家の本邸へ戻ってすぐに、私は執事から弟のジョナサンが自分の部屋に閉じこもったきり、二週間も出て来ないと報告を受けた。
正直、ジョナサンも良い大人なのだから、私としては気にせず放置しておきたかったが。先代伯爵が元気だった頃から、長く仕えてくれている執事が心配する様子を見て、仕方なくジョナサンのことをたずねた。
「……原因が何か分かるか?」
「体調を崩されたアリアーヌ様のお見舞いに。セイフォード男爵家へ毎日、通っていらしたのですが。……二週間前にひどく落ち込んだ様子で、お見舞いからお帰りになられまして。それ以来、お部屋に閉じこもっておられるのです」
「まったく。ジョナサンの奴……どこまでも人騒がせな奴だな」
(もうすぐ自分の結婚式だから、浮かれているのではないかと思っていたが。アリアーヌと喧嘩でもしたのか?)
さすがに何かあったのだと察して、私はハァ――ッ……と大きなため息をつき。嫌々、ジョナサンの部屋へ向かった。
ジョナサンの部屋に入ると、昼間だというのに窓のカーテンは閉め切ったままで。むせかえるような酒の匂いが部屋中に充満していた。
私は執事にカーテンと窓を開け、換気をするよう指示を出す。
ジョナサン本人はというと、一人で酒を飲み酔いつぶれたらしく。絨毯の上にだらしなくゴロリと転がり、ガァー、ガァー、といびきをかいて寝ていた。
ジョナサンが着ているヨレヨレのシャツには、原因不明の茶色い染みがいくつもあり。
そのうえ部屋に引きこもっている間、一度も入浴をしていないらしく。顔を近づけると酒の匂いに汗臭さも混じっていて、その不潔な匂いに顔を顰めた。
「おい、ジョナサン。起きろ! この酔っ払いめ、今すぐ起きろっ!」
(こいつはいったい、どうなっているんだ⁉ 好きな女との結婚を間近に控えて、今が一番楽しい時ではないのか?)
絨毯の上で寝転がったジョナサンの、ヒョロリとした薄い肩を容赦なくバシッ! バシッ! と叩き、乱暴に引き起こした。
「起きろ、ジョナサン!」
「う~んっ……んんんっ……痛いっ……!」
上半身を引き起こしても目を閉じたまま、意地でも起きないジョナサンの耳を掴んで、思いっきり引っ張って大声で叫んだ。
「この酔っぱらいが、起きろ――っ!」
「痛でででででっ……! は、放せ! うるさいなぁ……」
「よしっ、起きたな? ……お前、身体が発酵しているみたいに酒臭いぞ」
「ああ~? 兄上?」
「大人になってまで、こんなことで使用人を困らせるな」
「んんんん――……」
顔をこすり目をショボショボさせながら、ジョナサンが目覚めたのを確認すると。次は執事に入浴の用意をさせた。
ようやく入浴を済ませてさっぱりとしたジョナサンが、伯爵邸の執務室へあらわれたのは、私が叩き起こしてから三時間も過ぎていた。
ちょうど日が暮れる少し前で。窓から見えるファゼリー伯爵領が、夕日で赤く染まっている。
「……それで? 何があって二週間も酒浸りで荒れていたのか、簡単に説明しろ。ジョナサン!」
私は執務机につき伯爵家の当主らしく、威厳ある態度でジョナサンにたずねた。
「それは……」
執務机の前に置かれたソファセットの長椅子に、ジョナサンはドスンッと行儀悪く腰を下ろし、だらしなく手足を投げ出した。
子供のようにムスッとして唇を噛み、ジョナサンは黙りこむ。
「ジョナサン、話せ」
「兄上には関係の無いことだよ」
「私はお前が思うよりも、ずっと忙しい身だ。子供のように拗ねて時間を無駄にしないで、今すぐ説明しろ!」
(もうすぐ結婚して妻が出来るという男が、何を拗ねているんだ? この愚か者が!)
不貞腐れて目を合わせようとしないジョナサンを、睨みつけた。
「だから……兄上には関係ないから! 僕のことに干渉しないでくれ!」
「私だって必要以上に干渉したくないから。先に何が起きたか、お前に理由を聞いているのが分からないのか?」
(この短絡的な弟のせいで、私まで面倒なことに巻き込まれるのだけは、避けたいからな)
「言いたくない……」
「ジョナサン!」
(クソッ……! こいつの胸ぐらをつかんで、頭をガクガクッと揺すってやろうか!)
「だから兄上には関係無いさ」
「……この」
王都から急いで帰って来た直後でもあり、疲労が溜まっていたせいもあるが。元々、気が短い私はアッという間に我慢の限界が来た。
執務机を離れてジョナサンの前へ行き、着替えたばかりの清潔なシャツの襟をつかみ。ソファからジョナサンを引っぱり上げて首をしめた。
「ぐうっ…! は、放せ! 兄上、やめろ……っ!」
「安心しろ、ジョナサン! 私にはガキのようなお前に干渉している暇は無い! 出来れば今すぐにでも、ジュリーに求婚しなければならないからな!」
頭半分上から見下ろしながら、私は弟を睨みつけ威嚇した。
王宮の執務室に大量の仕事を放り出したままこちらに来たのは、子供のように拗ねた弟を、慰めるためではない。一生を共にする伴侶を手に入れるために来たのだ。
そのための貴重な時間を、愚かな弟のために消費するのが癪に障って業腹だ。
「なっ……ゴホッ! ジュ、ジュリーに求婚⁉ 兄…兄上が…?」
「ああ、そうだ。浅はかなお前のおかげで、ジュリーは幸運にも男爵家から解放された! 私はこの好機を逃がすつもりは無いからだ!」
(まったく忌々しい弟だ! 私の胸で泣いたジュリーの涙が、この弟への愛情なのかと思うと、腹の中から焼け焦げそうだ!)
そのことを死んでも口に出す気は無いが。心の底ではジュリーの婚約者だったジョナサンに、嫉妬を燃やしていた。




