22話 婚約者ジョナサン3
「今すぐここから出て行って、ジョナサン! 私の前から早く消えて!」
良く分からない理由でジュリーが怒り、ヒステリックに泣きわめく。
普段は明るくて居心地の良い居間なのに。今ばかりは混乱と騒音で満たされた部屋となり、僕は男爵家の女性二人に追い出された。
「いったい……なんなんだ⁉」
僕は男爵夫人(叔母)に言われた通り、ジュリーが悲観する理由を男爵にたずねようと、執務室の扉を叩いた。
コンッ! コンッ! コンッ!
「ジョナサンです! 男爵、お話があります!」
「入りなさい」
すぐに男爵の返答があり、僕は執務室へ入ると……執務机で忙しそうに仕事をする男爵の前に立つ。
「何の用だ、ジョナサン」
男爵は自分の手元の帳簿に視線を落としたまま、僕の顔を見ようともせず。不機嫌そうに、『用件をさっさと言え!』と僕を促した。
少し怯みながら、僕は口を開く。
「ジュ……ジュリーから、聞きました。僕に男爵家を任せられないから、ジュリーを他家へ嫁がせないと?」
「それが何だ」
「本気ですか⁈ どういう意味で……ジュリーにそう言ったのですか?」
「そのままの意味だ」
手に持っていたペンの先を布でふき、男爵はペンを置く。ようやく視線を上げて僕の顔を見た。
「ですからっ…!」
(クソッ! その意味がわからないから、僕は聞いているのに。)
「ジョナサン。領民たちから、お前の話は聞いている」
「え⁉」
ギクリッと僕の顔が強張った。
僕の父である先代のファゼリー伯爵が亡くなり。喪が明けるまで僕とジュリーの結婚は二年延期された。
『二年もぼ~……としていたら時間が勿体ないわ。ジョナサンには男爵領のことを、もっと知って欲しいの!』
結婚式を延期されたその間、僕はジュリーに連れられて男爵領を何度か見て回った。
『ジュリー様は本当に立派になられて! 私たちはこんなに良い領主さまに守られるなんて……幸せです』
男爵領の領民たちは、将来のセイフォード男爵となる僕よりも。ジュリーの方が次の領主に相応しいと望んでいるのだと知った。
『まぁ! 皆さん。それは褒め過ぎです! それよりも、この方が男爵の後継者ジョナサンよ。皆さんよろしくね!』
『……』
領地民たちは、子供の頃から良く知るジュリーのことは褒めたたえたが。伯爵家出身の僕に対してはそろって無視した。それが僕の誇りを大きく傷つけた。
『クソッ! なんて無礼なやつらだ。僕は伯爵家出身の貴族だぞ? 何なんだ! 平民のくせに』
『確かにジョナサンは伯爵家の子息だけど、もうすぐ男爵家の人間になるのだから……出身なんて関係ないでしょう?』
『関係なくはないさ!』
僕はファゼリー伯爵家に生まれたことに誇りを持っている。出来れば長男に生まれて、僕こそが王太子殿下の側近として働きたかったのに。
『ジョナサン……ないものねだりは、するだけ自分が惨めになるわよ? それよりも、ほら! この帳簿を見てよ! ここの数字、去年とおととしの差がわかるかしら?』
ジュリーにバカにされた気がして、僕はカッと腹が立った。
『うるさい、出しゃばるなジュリー! 僕は学園で正式に領地運営の学問を、極めて来たんだぞ! 今さらお前の説明なんて必要ない!』
僕は領地民たちに冷たくあしらわれたことで、プライドを傷つけられ。ジュリーの話を聞くのをやめて、領地へ行くこともやめた。
「ジョナサン。今までお前の指導は、妻になるはずだった娘のジュリーに任せていた。だからと言って、お前が領地で何をしていたかを、私が知らないはずがないだろう?」
男爵自身は、ジュリーを信頼しているため、口を出さなかっただけで。僕のことを含めて、すべて把握している。
「僕はジュリーになんか指導されなくても、学園で学んできた知識があります! 成績だって、つねに上位20番以内でした!」
僕の言葉を聞き、男爵の無表情が変わった。僕をバカにして嘲笑ったのだ。
「その程度の知識は、私が指導したのだからジュリーにだってあるさ。それ以上のことが必要だから、ジュリーはお前を連れて領地を回ったのだ」
「嘘だ!」
(そんなのデタラメに決まっている! だってジュリーは地元の女学院で淑女教育を受けただけだし。男爵が指導しただって⁉)
「媚びを売れとは言わない。だが、その横柄な態度が、領地民たちとの間に大きな溝を作り、お前は受け入れられなかったのだ!」
学園で学んだ程度のジョナサンと、子供の頃から男爵領を見ながら生きてきたジュリーとでは当然、信頼度が違う。
「それは……」
「アリアーヌとの結婚も許可する、男爵位を継承することも許可する。だが領地の運営はジュリーがおこなう! お前のような、プライドばかり高い、無能なやつに任せてはおけない」
男爵の顔から嘲笑が消え、ふたたび無表情にもどる。
「男爵……っ!」
「出て行け、話は終った!」
「クソッ……!」
何も言い返せないまま、ジョナサンは執務室を追い出された。
体調を崩したアリアーヌを見舞うために、男爵邸におとずれたが。結局この日はアリアーヌには会わず、屈辱を抱えて男爵邸を出た。




