20話 婚約者ジョナサン
体調を崩した僕の婚約者、アリアーヌを見舞うために。僕は毎日、セイフォード男爵家に訪れているのだが。
今日は男爵邸へ来る前に、”婚姻の儀”を無事に行えるよう、アリアーヌの代わりに神殿へ立ち寄った。
――だがそこで……
「まったく、伯爵家出身の僕に向かって、なんて無礼な奴なんだ!」
(頭の固い神官にも困ったものだ! 身体の弱いアリアーヌを相手に、厳しい言葉で責め立てるだけでは飽きたらず。僕まで侮辱するなんて)
神官の機嫌をうかがいに、渋々会いに行ったのだが。『姉妹二人を弄ぶ不道徳な男』だと、出て来た神官に話す暇もなく神殿の外へ追い払われてしまったのだ。
「クソッ……!」
(あれが本当に、女神に仕える者のやることなのか? ただの弱いものいじめではないか!)
神殿はセイフォード男爵領内にあり。僕の元婚約者ジュリーが、以前から神殿が主催する恵まれない人たちへの支援活動に、毎回参加しているため。
ジュリーは神官の信頼を得ていて『慈悲深い令嬢』 …と好感を持たれている。
……だがその一方で同じ男爵家の娘でも僕の婚約者のアリアーヌは、病弱なのを理由に一度も支援活動に参加したことが無く。信頼どころか『ジュリー嬢の婚約者を奪った悪女』と神官に最悪な印象を持たれていた。
老齢の女性である神官には、“妖精姫”と呼ばれるアリアーヌの美貌は通用しなかったのだ。
「このまま神官が機嫌を損ねたままでは、僕たちの“婚姻の儀”を神殿でとり行うことさえ、拒否されかねないぞ。こうなったら……」
(絶対に頼りたくはなかったが。アリアーヌのために、神官に可愛がられているジュリーに頼んで、あの性悪神官を説得させるしかない!)
アリアーヌを見舞う前に、嫌なことは先に済ませておこうと。いつも男爵夫人とジュリーがいる、男爵邸の家族用の居間へ行くと……扉が開いたままの居間から、すすり泣く声が聞こえて来た。
「ううっ……お母様、私……どうすれば良いの? こんなの嫌よ……」
「……アリアーヌ⁉」
(ずっと閉じこもっていたのに、部屋から出て来たのか?)
僕は慌てて居間へ踏み込むと、そこにいたのは男爵夫人とアリアーヌの姉、ジュリーだった。
「ジュリー⁉」
(泣いていたのはアリアーヌではなくて、ジュリーだったのか?)
毎日、見舞いに来るたびに、アリアーヌの泣き声を聞いているから。居間から漏れ聞こえた泣き声を、てっきりアリアーヌがいつものように泣いているのだと思い込んだ。
それが意外にも姉のジュリーが泣いていたと知り、思わず僕は口をポカーンと開けて見つめた。
(……初めてジュリーの泣き顔を見た!)




