19話 父親
居間でお母様と一緒に、アリアーヌの結婚式を飾る花の種類を決めていると、私はお父様に執務室へ呼ばれた。
「ジュリーお嬢様、旦那様がお呼びです」
「お父様が?」
「はい」
私の婚約解消が決まった時に話したきり、お父様とは話していない。
元々お父様はあまり口数が多い人ではないから。領地の運営という共通の話題が無ければ、私と話す必要も無くなる。
(お父様は食事の時でも、私とほとんど口を利いてくれないから……)
「何かしら……?」
「お話があるから執務室へ来るようにと……」
「そう、わかったわ!」
(お父様……いったい何の話かしら? もしかして私の結婚相手が見つかって、お見合いの話かしら?)
お父様に話があると呼ばれて執務室へ来ると。男爵領が見渡せる窓の前に立ち、お父様は静かに見慣れた風景を眺めていた。
「お父様、お話があると聞きましたが?」
「うむ……」
私が先に声をかけ執務机の前に立ち、お父様を待っていると。
ハァ―――ッ……と大きなため息を吐いて、お父様は執務机の椅子に腰を下ろし。日に良く焼けた筋張った指を組んで机の上に置く。
「お父様?」
「アリアーヌはどうしている?」
お父様は私の顔を無表情で見つめた。
「アリアーヌですか? あの娘なら、体調を崩して部屋に閉じこもっていますけど?」
(たぶん気鬱からくる体調不良だと思うわ。……今までは私があの子を宥めて、部屋から引っ張り出していたけれど)
私はアリアーヌの面倒は見ないと決めたから、閉じこもった部屋の中で何をしているかは、専属侍女のキャロルに聞いた方が早いと思う。
「ジュリー……アリアーヌは身体が弱いから、心も弱いな」
「ええ、そうですね」
(アリアーヌの場合、甘えもあると思う。……でも、それがどうしたと言うの? 今までずっとそうだったのに)
「だからお前はこれからもアリアーヌを助けてやってくれ」
「お父様……もうすぐあの娘は結婚するのだから。面倒を見るのは私ではなく、夫となるジョナサンの仕事ですわ」
ジュリーは眉をひそめて言い返すと、お父様は淡々と答えた。
「お前は今まで通り、ここで暮らせば良いと言っているのだ」
「ここで……? 嫁ぎ先が決まるまではそうなりますが?」
「どこにも嫁がなくて良い」
「……確かに私では結婚相手を探すのは、とても苦労すると思いますが。最初から諦めるつもりはありません」
「いや、お前を嫁がせる気は無い」
「何ですって⁉ そんなの嫌です」
(お父様は何を言っているの⁉)
「父親の命令が聞けないのか?」
「嫌です! 嫁ぎ先があれば、私はすぐにでも結婚するつもりです!」
(たとえ相手が子持ちで、ずっと年上だったとしても。それでも私はこの家に残りたくないわ!)
アリアーヌとジョナサンが結婚して、この家に住むのに。一緒に暮らすなんて絶対に嫌だ。
「ダメだ、結婚はあきらめろ。お前はこの男爵家の長女で私の娘だ。これからも私の右腕となり、今まで通り領地の運営をお前に手伝って欲しいのだ」
「それはジョナサンの仕事です! ジョナサンが後継者になるのだから。アリアーヌの世話も領地の運営も、すべて夫のジョナサンの仕事だわ!」
(結婚をあきらめろですって⁉ 冗談ではないわ! 確かに私では結婚相手を見つけるのも難しいけれど。それでも最初から望みを捨てたくない、簡単に諦めたりしないわ!)
「ジョナサンがお前ほど熱心に、仕事に取り組むとは思えない…!」
「でも、それは……」
「お前が男だったなら……」
お父様は悔しそうにつぶやいた。
「そんなこと……今まで私に学ばせたように。お父様がジョナサンに男爵領のことを教えれば良いでしょう⁉」
(私は長女だけど女性だから、王国法で男爵にはなれないわ。結局、セイフォード男爵家を継ぐのはジョナサンだから。全部、ジョナサンがやるべきよ!)
「いや。やはりセイフォード男爵家を守るのは、お前だジュリー」
「私を高く評価してくれるのは嬉しいです。お父様の命令通り私が男爵家に留まれば、今までの努力がすべて報われるのかもしれないけれど……」
(……でも私の結婚を犠牲にして、男爵家に留まるなんて。それだと男爵家の便利な道具みたいだわ!)
お父様の命令を今までのように、素直に聞き入れることができない。
(嫌よ! とても同意できないわ!)
これからアリアーヌの婿養子として、迎え入れるジョナサンよりも。お父様は実の娘の私を信頼し、男爵家から出すことを考えていなかった。
私を男爵家に領地運営の道具として縛り付ける気なのだ。
(いくら長女でも婿養子が来るのに、それを差し置いてだなんて……)




