18話 母親
妹アリアーヌと元婚約者ジョナサンの結婚式が終ったら、私は自分で嫁ぎ先を見つけようと考えている。
前向きに考えられるようになったのは、エドガーと再会したのがきっかけだった。
エドガーの前で情けなく泣き崩れた姿をさらし、それがすごく恥ずかしくて。いつまでも落ち込んでいるのは私らしくないと思うから。
だから結婚式の準備も積極的に手伝うことにした。
――それなのに。
結婚式に必要な物を町で揃えようと、お母様と一緒にガタゴトと馬車に揺られながら、私は少しムッとしていた。
「納得いかないわ……」
(浮気をされた私の方は、立ち直りかけているのに。どうして私から婚約者を奪った妹の方が、未だに落ちこんでいるのかしら?)
もしかすると……落ちこんでいるというよりも、アリアーヌは拗ねているのかもしれない。私が我儘を聞くのも、甘やかすのもやめたから。
結婚式の主役となるアリアーヌは、私から婚約者を奪ったことで神官様に責められ。未だにそれを気に病み、体調を崩して自室に閉じこもったままなのだ。
「あの娘には心底、呆れるわね……」
(私はいつまでも、アリアーヌを子供扱いする気はないわ。だってもうすぐ結婚する女性なのよ?)
落ち込んで、自分で立ち直る努力もしないなんて……馬鹿げている。
心底、呆れても。私は妹を恨んだり、意地悪をするつもりはない。一人の大人として扱うだけ。いい加減、アリアーヌには大人になって欲しいから。
「ごめんなさいね、ジュリー。あなたにこんなことまで、頼んでしまって……」
物思いに耽りながら、うっかり険しい表情を浮かべていたのだろう。お母様が複雑そうな表情で謝った。
アリアーヌとジョナサンが恋人関係にあると発覚してから。お母様はずっと私のために、心を痛めているのだ。
「大丈夫よ、お母様。私は平気だから。アリアーヌのために良い結婚式になるように手伝うわ!」
「あなたが手伝ってくれると、とても心強いけれど。でも、本当に嫌なら無理はしないでね?」
貴婦人らしい白くふくよかな手で、お母様は私の日焼けした頬を優しく撫でた。
「ええ、無理はしていないわ」
「私はあなたを、男の子のように領地の運営に関わらせることは、ずっと反対していたのよ。……でもお父様が長女だからやらせると、私の意見を聞いて下さらなくて…」
お母様が悔しそうな表情を浮かべる。
「そうだったの?」
「あなたを普通の女の子たちのように、甘やかすことをお父様が許して下さらなかったの。……それにあなたもお父様について、領地をまわることを楽しんでいるように見えたから。私も口を出すのをやめたのが、いけなかったわ」
お母様は日焼けした私の肌が気になるらしく。私の頬に散ったそばかすに触れた。
お母様のそんな態度から――
ジョナサンが私を捨てアリアーヌを選んだのは、淑女らしくない日焼けのせいで容姿が美しくないからだと。……きっとお母様はそう思っているのだ。
「私がアリアーヌを出産した時に、身体を壊さなければ……こんなことには、ならなかったのに」
お母様は悔しそうに眉間に深いしわを寄せた。私はお母様のそんな顔を見て、慰めようと自分の頬を撫でるふくよかな白い手に触れる。
「お母様……」
「本当にごめんなさい、ジュリー。三人目の子どもを身籠れない身体になったと知ってから。……私は後継者の男子が産めないという、負い目をずっと持っていたの」
「まぁ……そんな」
「あなたのことでお父様に強く抗議すれば……男の子を産めなかった私は、離縁されるのではないかと。私は我が身、可愛さで口を閉じてしまった。今さら、何も変えることは出来ないけれど後悔しているわ」
「知らなかった」
(今までずっとお母様は、お父様と同じ気持ちなのだと思っていた)
「本当にごめんなさいジュリー! こんなことになるなら……お父様が何を言っても、やめさせるべきだった」
お母様はけしてお父様と同じ考えで、私を厳しく育てたかった訳ではなく。無関心でもなかった。きっとお母様なりに、私に関することで苦しんで来たのだ。
自分の頬を撫でる柔らかいお母様の手を、キュッと握り私はニコリと笑う。
「お母様、心配しないで。私は本当に大丈夫よ」
なぜなら、こうして結婚の準備を手伝っていると、私は神殿やドレスの仕立て屋へ頻繁に通うことになる。
そういう場所には他の貴族や裕福な商人たちが出入りするため、私の嫁ぎ先になりそうな、家の噂話が集まるから。
(同時に、私自身に関する嫌な噂話も、聞くことになるけれど)
私の脳裏に仕立て屋で、私の陰口をたたく貴族たちのヒソヒソ話が、耳に入った時の衝撃が過ぎり顔を顰めた。
『“妖精姫”と呼ばれるほど美しいアリアーヌ嬢が妹では、姉のジュリー嬢が婚約者に捨てられるのも無理はないわね』
『彼女……まるで少年のように日焼けしていて、あんなに容姿が悪くては、次の嫁ぎ先を見つけるのが大変だわ』
自分の日焼けした手を見下ろし。私はしょんぼりと思う。
「少年のよう……?」
(これからは日に当たらないよう、気を付けないと)
もう男爵領の領地運営のことを、考えなくても良いから。馬に乗って日焼けする機会も減るだろう。




