16話 王都にて……2
私と同僚のブリュノが、結婚と幼馴染みのジュリーについて、お互いの意見を言い合っていたら。私たちが仕える王太子マクシミリアン殿下が、従者も連れずにひょっこりと一人で現れた。
「そう勿体振らずに、私にもその幼馴染みの令嬢と会わせろ、エドガー」
「お断りします。殿下」
(良い主君ではあるけど。こういう面倒臭いのはやめてもらいたい)
「お前の幼馴染みは結婚相手を探しているのだろう? だから私の側妃にしてやっても良いと言っている」
「ジュリーは私の大切な従妹ですから、嫌です」
(この人は私の幼馴染みを何だと思っているんだ?)
「私の側妃になるのが不幸だと言いたいのか? いくらお前でも、それは不敬過ぎるだろう」
「私たちの会話を盗み聞きした殿下こそ不作法過ぎます」
眉をピンッと跳ね上げて、私は不快感を表情で訴えると殿下がムッとする。
「まぁ、まぁ、二人とも……落ちついて下さい」
見るに見かねた同僚のブリュノが、殿下と私の間に割って入って来た。
私はこれ以上ジュリーの話をしたくなくて、話題を変えた。
「……それよりも殿下、何か私にご用があって執務室へいらしたのではないのですか?」
「ああ、それがだな……」
殿下は私の問いかけに、渋い顔をした。
そこで殿下の話を聞いて見ると――
マクシミリアン殿下は王妃陛下(殿下の実母)に不意を突かれ、側妃候補の令嬢たちとのお茶会を、強引にセッティングされたらしい。
直前でそれに気づいた殿下は、急用ができたと理由をつけて、お茶会には参加しないで逃げ出して来たのだ。
「……まったく。父上が『近いうちに王位を王太子に譲位する』と宣言して以来、母上は私に側妃の話ばかりするんだ」
現王妃陛下と重臣たちは今のうちに側妃を選抜し、マクシミリアン殿下が王位についた時に合わせて、娶らせようとしているのだ。
周囲の思惑を無視して側妃を嫌がっている殿下だから。ジュリーを側妃にするという話は、単なる冗談に過ぎない。
「いやぁ~ それにしても本当に恐ろしかった! 久しぶりに母上からお茶に誘われて王妃宮に行ってみると、令嬢たちがずらりと並んでいて……男は私だけだった!」
王妃陛下の側近たちに追いかけられ。追っ手を振り切るために私の執務室に隠れようと、殿下はコソコソと室内の様子をうかがっていた。
そこで殿下は、私とブリュノの話を盗み聞いたのだ。
「ああ……それは、ゾッとするような光景でしょうね。お気の毒に殿下」
(殿下が妃殿下と結婚されて五年の月日が流れても、生まれたお子様は王女殿下が一人だけ。王妃陛下や臣下たちが心配して、側妃を求めるのも無理はないが……)
忙しい公務のせいで、妃殿下は二度の流産を経験した。だがこの先、望みが無い訳ではない。
「そうなんだ、エドガー! あんなに恐ろしい光景は、十年ぶりだよ」
その十年前が……マクシミリアン殿下と妃殿下が、初めて対面した日だ。
二人は政略結婚だったが、王太子夫妻は誰が見ても相思相愛。……だからこそマクシミリアン殿下は、側妃を受け入れたくないのだ。
殿下の話を聞き、ブリュノが羨ましそうに自分の胸に手を当て、殿下に願い出た。
「殿下! そんなにお嫌なら、その令嬢たちを私に紹介して下さいよ!」
「それならブリュノ! 今すぐ王妃宮のお茶会に、お前が参加しろ! 私の代理で行ってこい!」
殿下は軽いのりで部下の願いに答えた。もちろん二人は冗談を言い合っているのだが。
二人に同情しつつ、私は思わず苦笑した。
「おやおや……」
(わたしの周囲はみんな後継者問題で、悩んでいるなぁ。私も本当ならとっくに妻を娶り、子供の一人か、二人はいてもおかしくないのだが……)
――私がマクシミリアン殿下の側近となったばかりの頃。
ファゼリー伯爵家の金庫に保管してあった、書類の情報が流出する事件が起きた。
『申し訳ございません、エドガー様! 執務室の清掃を担当していた者が、金庫の場所を探し出し、外部の人間を招き入れたようです』
『……外部の人間を招き入れただと⁉』
執事の話に驚愕した。
詳しく調査してみると……王太子マクシミリアン殿下の政敵であり、腹違いの兄第一王子(側妃が生母)派が送ったスパイが、使用人の中に紛れ込んでいたのだ。
安全だと思っていた自宅に敵がいたと知り。私はその時、心底ゾッとした。
……そして私はそういう恐ろしい世界へ、自分は足を踏み入れたのだと、初めて自覚したのだ。
「……」
(あの頃の私はまだ若く、何もかも未熟だった)
だから学園で知り合い付き合っていた、同じ派閥の令嬢と婚約寸前まで話が進んでいたが。妻を危険にさらすのではないかと、結婚することが怖くなり、すべて白紙に戻して彼女と別れた。
(だが、今の私はそんな危険や、問題を払いのけるだけの能力がある)
私が今まで独身でいたのはジョナサンが言うように、私に言い寄る未婚の令嬢たちに、目移りしていたからではない。
むしろ、そういう令嬢たちの背後にいる、マクシミリアン殿下の政敵が気になり。注意深く観察していたからだ。




