14話 妹アリアーヌ
夕食を終えて自室に戻り就寝の準備をしていた私のもとへ、妹のアリアーヌが会いたがっていると、侍女のキャロルが呼びに来た。
アリアーヌとは違って、私には侍女なんて付けてもらっていないから。脱いだドレスは自分で椅子にかけ、自分で用意した寝衣に着替えながら、キャロルにたずねた。
「アリアーヌは神殿で倒れたのでしょう? 今夜は静かに休んで。私と話すのは、明日にしてはダメなのかしら?」
(私も今日は久しぶりにエドガーと馬で出かけたから。すごく疲れているのに……このまま、早く休みたいわ)
アリアーヌは自分が病気の時は、何でも我儘を通せると思い込んでいる気配がある。
「申し訳ありません、ジュリーお嬢様。アリアーヌお嬢様にも、そうお伝えしたのですが、どうしてもとおっしゃられまして……」
長女の私には付けていないのに。両親は妹のアリアーヌには、身体が弱いという理由で、専属侍女のキャロルをつけて、何から何まで世話をさせている。
「わかったわ。キャロル、あなたは下がって良いわ」
(これ以上、私が断ればキャロルが困るから。素直に私がアリアーヌの我がままを、聞いてあげれば済むことだわ。……やれやれ)
「はい、失礼します!」
ホッ……とした顔でキャロルが部屋を出て行く。
「キャロルも大変ねぇ〰〰?」
(アリアーヌは悪い子ではないけれど。私も含めて、みんなで甘やかし大切にし過ぎたせいで、自分が我がままを言っていると、自覚が無いところがあるから)
――わざわざ説明して教え諭すのも嫌で、我がままを叶えてやった方が楽だと。……ついつい、手抜きしてアリアーヌの言う通りにしてしまった。
アリアーヌは子供のように邪気がなく純粋だから。時々、その純粋さが残酷に感じることもある。
「やれやれ……」
はしたなく出そうになった、大きなあくびをかみ殺し。私はベッドに広げた、いつも愛用している淡いブルーのローブを羽織った。
髪を片側に寄せると三つ編みにして、リボンで一つにまとめてから、アリアーヌの部屋へ行く。
ノックはしないで扉を開き、私は妹の部屋へ入った。
サイドチェストに置かれた、ランプの明かりで照らされたベッドに。上半身を起こし、しょんぼりとうつむいているアリアーヌがいた。
美しいレースの装飾が使われた寝衣を着ていて、黙っているとアリアーヌは、熟練の職人に作られた精巧な妖精の人形のようだ。
それほどアリアーヌの美しさは、人間離れしていて完璧だった。
「……っ」
(本当にアリアーヌは綺麗だわ。……まさに“妖精姫”ね。 姉の私でさえ息をのむほど美しいと、時々見惚れてしまうぐらいだから)
ジョナサンが夢中になっても、仕方ないのかもしれない。
「あっ…! お姉様」
私の気配に気づいたアリアーヌは、パッと顔を上げてコチラを見た。淡い金の髪がゆれてキラキラと輝いている。
(まるで妖精の粉でもかけたみたいだわ)
ランプの明かりが透き通るような白い肌に反射して、アリアーヌ自身が身体の内から、琥珀色の光を放っているような錯覚に陥る。
ベッドわきの椅子に腰を下ろし、思わずアリアーヌに見惚れていた私は、苦笑を浮かべた。
「キャロルを困らせたそうね? ダメよ。使用人たちにあまり我がままを言っては」
妹の将来を考えるなら、もっと厳しくしなければいけなかったのに。
(結局、子供のように泣かれるのが面倒で、私は今夜もアリアーヌの我がままを受け入れてしまったわ)
こんなふうにアリアーヌは自分が甘やかされて、受け入れられるのは当然だと思いながら成長してしまった。
だから昼間、厳しくアリアーヌを叱責した神官様のように。自分を受け入れてくれない相手に出会うと、アリアーヌはとても弱くなるのだ。
「我がままなんて、言っていないわ! 私はただ、ジュリーお姉様に、ジョナサンとのことを、もう一度謝りたいと思っただけよ」
綺麗なアリアーヌの顔が曇る。昼間、神殿で神官に説教されたことが、アリアーヌはよほど辛かったのだろう。
「ジョナサンのことは、気にしてないわ」
(それは本当のことよ。エドガーに会って慰めてもらったから……もう良いの)
「私……ジョナサンを、お姉様から盗んだわけではないわ。泥棒猫なんかじゃない」
「ええ、わかっているわ」
(ああ、神官様に泥棒猫あつかいをされたのね。でもそんなこと、私にはどうでも良いわ。……だからアリアーヌがジョナサンと結婚するなら。私が今までしてきた、アリアーヌの面倒を見たり、守ったりする役目は終わりにする。
これからは夫となるジョナサンが、アリアーヌの世話をするのだから。これで、私はアリアーヌという重い荷物を下ろせるわ)
私は今日から、ジョナサンに面倒な妹の世話を丸投げする。
「お姉様はいつも忙しそうにしているでしょう? だからお姉様が居ない時に、ジョナサンと一緒にお茶を飲んでいただけなの。だって、私たちは幼馴染だから!」
「そうね、ジョナサンは昔から私よりも、あなたと仲が良かったわね」
「お姉様なら分かってくれると、神官様にも伝えたのに。頭ごなしで怒られて……本当にひどい言いかただったの!」
涙をポロポロとこぼすアリアーヌ。
いつものパターンで、アリアーヌは泣いた自分を姉の私に慰めて欲しいのだ。
妹の望みを理解していても、私は……
「ハァ~~…フゥッ……!」
大きなあくびが出そうになり、口を手のひらで隠す。
「ごめんなさいアリアーヌ。私はもう、休みたいから失礼するわ」
「え? お姉様⁉」
「昼間、気分転換に遠乗りへ出かけたから、とても疲れているの。お休みなさい、アリアーヌ」
素早くアリアーヌの額にキスをして、私はさっさと退散した。




