12話 温かい胸
エドガーの広い胸に慰められ、涙と一緒にあふれ出した悲しい気持ちを、ようやく抑えられるようになった。大きな身体の温もりに名残惜しさを感じつつ……私はそっと離れる。
「ごめんなさい、エドガー……すっかりあなたに甘えてしまって」
(これ以上、抱きしめられていたらエドガーの腕の中が心地良すぎて、離れられなくなるわ)
「いや、構わないさ。幼馴染とは、そういう気安いものだろう?」
「ふふふっ……それにあなたは私の従兄だしね。昔からエドガーは本当の兄のように、私に優しかったわね」
私たちの中で一番年上だったからか、エドガーは分け隔てなく優しかった。身体が弱い妹を気づかう、私の両親よりもずっと。
親切にしてくれるエドガーに、私の情けない姿を見せたくなくて。たくさん泣いて腫れぼったくなった目を伏せて、精一杯笑って見せた。
「出来れば私も我がままな弟ではなくて。少々生意気でも、可愛い妹が欲しかったよ」
愚痴をこぼしながらエドガーはさりげなく、私の額に慰めのキスをくれた。
(ずっと好きだった初恋の人だから。成長して大人の女性になった私の姿を、見てもらいたかったのに。……これではまだまだ子供だと、エドガーに思われてしまうわ)
うっかりエドガーの前で、泣いてしまった気恥ずかしさから。私は高慢な態度でエドガーの広い胸を、指先でツンッ、ツンッ、とつついた。
「もうっ! エドガーったら、罪作りな優しさだわ。こんなふうに私を優しく慰めたりして! これが私ではなく他の令嬢だったら、きっと勘違いしてしまうわよ? 気を付けてね、伯爵様!」
(本当にダメよ! またエドガーを好きになってしまいそう。お願いだから私を誘惑しないで、エドガー! あなたが王都へ帰った後に、また泣いてしまいそうだわ)
私の言葉でエドガーはムッと顔をしかめる。
「いいかジュリー、こんなことを誰にでもしたりしないさ。私がジョナサンと同じだとは思わないでくれ」
「あら、そうなの? ごめんなさい。だってあなたが大人になってからの事は、ジョナサンの話でしか知らないから」
(ジョナサンからエドガーが未だに結婚しないのは、大勢の令嬢たちに人気があり過ぎて。一人だけを選べないからだと聞いたわ)
そんな令嬢たちはきっと……エドガーにほんの少し親切にされただけでも、私のように好きになってしまうのではないかしら。
「こら! 生意気だぞ、ジュリー! そんな奴は昔みたいに擽ってやろうか?」
エドガーは長い十本の指を、私の目の前でムカデの足のように動かして見せる。
「やっ……やめて、エドガー! そんなのダメだから。私は大人のレディーなのよ! あなたは立派な紳士でしょ?」
慌てて私はエドガーの手が届かないところに、逃げようと後退るが……
「ダメだ、許さないぞジュリー。悪い子はお仕置きだ!」
「やっ……!」
腕を掴まれた私はグイッと引きよせられて、再びギュッ! と抱きしめられエドガーの胸に捕まってしまう。だが私の予想に反して、エドガーに擽られはしなかった。
「悪かった、ジュリー…!」
なぜかエドガーは謝罪の言葉を口にして、私の頭の上にコトンッ……と顎を乗せる。
「エドガー……?」
「君を傷つけたこと。ジョナサンに代わって謝るよ、ジュリー……」
「ああ……」
「私にできることがあったら、何でも言って欲しい」
「……」
(私と結婚してエドガー!)
思わず心の中で叫んだ。……でも、口には出さなかった。
「ジュリー、子供の頃のように、私を頼ってくれて構わないよ?」
「ありがとう。でも、エドガーが悪いわけではないでしょう? 気持ちだけ受け取るわ…」
(エドガーに会えて良かった。昔と変わらないエドガーの優しさで、私の胸の痛みが少しずつ癒されるのがわかる。本当にあなたの気持ちだけで、私はじゅうぶんだわ……)
私は静かに瞳を閉じた。こうした触れあいは、きっとこれが最後になるだろうと……エドガーの温かい胸を堪能し心にしっかりと刻み込む。




