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【連載番】私の侍女が顔面ケーキをお届けします。【侍女のお届け】  作者: 堀吉 蔵人
第二章 冤罪で断罪された私へ「人の心がないのか」と言い放った王子に、侍女が証拠書類とインク壺をお届けしました

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第3話 黒文字の記録、その先へ


王太子殿下への処分は、思っていたより早く決まった。


王太子の地位は停止。


王宮内での権限もすべて外され、しばらくは国王陛下の監督下で、法務と王宮事務の基礎から学び直すことになった。


公開の場で証拠もなく一人の令嬢を断罪しようとした責任は、顔のインクを洗えば消えるものではない。


ミレーユ嬢についても、事情聴取が行われた。


虚偽の訴えを重ねたことは事実だったが、殿下に唆されていた部分も大きいと判断され、王宮から退けられたあと、実家で謹慎することになった。


数日後、彼女付きだった侍女から短い手紙が届いた。


――ミレーユ様は、ようやく泣かずに眠られました。


それだけだった。


私は返事を書かなかった。


書かない方がよい手紙もある。


ただ、マリアには伝えた。


「そうですか」


彼女は一度だけ頷いた。


その顔からは、何を思っているのか分からなかった。


けれど、その日の午後、使用人用の郵便箱に、差出人のない小さな包みが入っていた。


中身は、よく眠れるという薬草茶だった。


私は何も聞かなかった。


マリアも何も言わなかった。


婚約の解消は、正式に認められた。


当然のことながら、その直後から新しい縁談の話も届いた。


王太子との婚約を失い、名誉を回復し、国王陛下から直接謝罪を受けた令嬢。


世間は、何かにつけて値札をつけたがる。


私はすべて保留にした。


すぐに誰かと結婚する気にはなれなかった。


一度、人生を他人の都合で決められかけたのだ。次くらいは、自分で考えてもよいだろう。


そんな折、国王陛下から使者が来た。


届けられたのは、謝罪状でも縁談でもなかった。


内政府で働く気はないか。


そう書かれていた。


夜会での受け答えと、婚約解消を即断した姿を見て、陛下が声をかけたらしい。


最初は、少し疑った。


王家が失態の埋め合わせとして、私へ役職を与えようとしているのではないか。


だが、添えられた書面には、担当する仕事と権限、報酬、試用期間まで細かく記されていた。


少なくとも、同情だけではないようだった。


「どう思う?」


私は書面を机へ置いた。


向かいに立つマリアは、内容をすでに三度読んでいる。


「条件は悪くございません」


「そうね」


「ただし、王宮内で働くことになります」


「そうね」


「殿下と顔を合わせる可能性もございます」


「その時は?」


「今度こそ、転ぶ前に距離を取ります」


「頭突きから離れなさい」


「インク壺は置いてまいります」


「そこではないのよ」


マリアは少し考えた。


「では、お嬢様のお考えに従います」


「あなたの意見を聞いているのだけど」


「私の意見は、お嬢様が選んだ道へ同行することです」


あまりにも当然のように言う。


私は書面へ視線を戻した。


誰かの隣へ立つためではなく、私自身の判断を使う仕事。


少しだけ、興味があった。


「検討しましょうか」


「はい」


マリアは頷いた。


それから、机の端に置かれていた銀のインク壺へ手を伸ばす。


私はその手を扇で叩いた。


「持っていかないわよ」


「まだ何も申しておりません」


「顔に出ていたわ」


「失礼いたしました」


「反省している?」


「隠し方を改めます」


「そこを改めないで」


数週間後、私は内政府から届いた資料を読み始めた。


王宮の予算。


各地から上がる陳情。


役人たちの報告書。


どれも、夜会で飛び交う噂よりは信用できた。


少なくとも、印章と日付がある。


仕事を受けるかどうかはまだ決めていないが、決めるために知ることは悪くなかった。


窓の外では、午後の光が庭へ落ちていた。


マリアが新しい茶を運んでくる。


「お嬢様」


「何かしら」


「本日の確認分でございます」


机へ置かれた書類は、きちんと揃えられていた。


その横に、銀のインク壺がある。


蓋は、以前よりも固く閉められていた。


「マリア」


「はい」


「これは?」


「筆記具でございます」


「それ以外の用途は?」


「ございません」


少し間があった。


私はインク壺を引き寄せた。


「なら、私が使うわ」


「承知いたしました」


マリアは、いつもの位置へ下がった。


私の半歩後ろ。


近すぎず、遠すぎず。


何かあれば、すぐ手が届く距離。


これから私がどこへ行くのかは、まだ分からない。王宮かもしれないし、別の場所かもしれない。


ただ、一人で決めるつもりはなかった。


「マリア」


「はい、お嬢様」


「次は、転ばないでね」


「最善を尽くします」


約束ではなかった。


でも、それでよかった。


私が前を向く時、彼女はきっと半歩後ろにいる。


書類を抱え、蓋の固いインク壺を添えて。


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