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第二話:檜の木目に封じられた約束

#奈良井宿の灯火 | 刃先よりも鋭く、突き刺さる記憶。


#奈良井宿の灯が消えるまで僕は空っぽな約束を刻み続けた #泣ける小説 #涙活 #なろう #切ない #家族愛 #職人

雨が奈良井宿の石畳を濡らし始め、古びた木材を深い漆黒へと染めていく。江戸エドは手を止めた。雨音を聞くと、いつも十年前のあの日を思い出す。息子の真司シンジが、この宿場町を去っていった日のことを。


「親父、こんな木っ端じゃ食っていけないよ」

真司の声が江戸の脳裏に響く。屋根を叩く雨音のように冷たい声だった。


あの日、真司はスーツケースを手に店の敷居を跨いで立っていた。父が彫り上げた美しいおもちゃには目もくれず、ただそこにある貧しさと、息苦しい過去だけを見つめていた。


「時代は変わったんだ。スマホでロボットを操れる時代に、木の馬なんて欲しがる子供はいないよ」

感情を排した声で、真司は続けた。


江戸は、震える手で小さな箱を差し出した時のことを覚えている。東京で生まれたばかりの初孫のために、特別に作った最初のおもちゃだ。「これをあの子に渡してくれ、真司。今度遊びに来る時には、もっといいものを作っておくからと伝えてくれ」


真司は鼻で笑うと、邪魔なゴミでも受け取るかのように片手でその箱をひったくった。「期待しないでくれよ、親父。こっちは忙しいんだ。東京は、あんたみたいに江戸時代を生きている人間が来るような場所じゃない」


あの日以来、江戸が出した手紙に返事が来ることは滅多になかった。なけなしの硬貨を握りしめ、公衆電話から電話をかけるたび、真司の声はいつも急き立てるようだった。


『ああ、おもちゃは喜んでるよ。でも親父、もう送ってこないでくれ。家は狭いんだ。木のおもちゃは場所を取るし、埃をかぶるだけだから』


「いつ、こっちに来るんだ?」江戸は痛々しいほどの期待を込めて尋ねた。


『いつか。……来年あたりかな』


その「来年」は、いつの間にか十年という歳月に変わっていた。


江戸は少し開いたレジの引き出しに目をやった。そこには、五年前、真司から届いた最後の手紙がある。孫の近況ではなく、店を売ってその金を街での「投資」に回してくれという要求だった。


江戸は拒絶した。強欲だからではない。店を売ってしまえば、孫が遊びに来る「家」がなくなってしまうと恐れたのだ。彼は古い作業場を守るために、銀行から借金をすることを選んだ。息子が決して守るつもりのなかった約束を、ただ信じ続けるために。


現在に戻り、江戸は黄色く変色し始めた赤ん坊の写真をそっと撫でた。あの子も、もう大きくなっているはずだ。きっと、元気に走り回っているだろう。


「背も高くなったんだろうなぁ」写真は囁きかけた。「おじいちゃん、自分で動く木馬を用意してあるぞ。ここに来ても、退屈はさせんからな」


彼は知らない。東京の高級マンションで、彼が十年前、最初に贈った木のおもちゃが、孫が這い這いを始めるよりも前にゴミ焼却場で灰になっていたことを。


江戸は再びノミを手に取った。腰の痛みに耐え、溢れそうな涙で視界が霞んでも、彼は彫り続ける。彼が刻んでいるのは、「希望」という名の嘘だった。


「最後までお読みいただきありがとうございます。次回の更新は明日、22:00を予定しております。また明日お会いしましょう!」

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