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「普通じゃない」続き 2

大学の入学式の前日から私はパパ活を完全に辞めていた。

そして、入学式の後で実はゲイの男の同期生と私は仲良くなり、私は青春を感じ始めていた。そして、私は夏休みにその実はゲイの同期生の家に泊まった時にキスをした。

その時、キスをした深夜1時頃に私はその同期生に自分の心の葛藤を打ち明けてその同期生にも心の闇があるみたいで色々と心の中で葛藤していることを私に打ち明けてくれた。

いつしか相互依存関係になっていた私たちはもう子供ではいられなくなった事が悲しかった。もう誰も助けには来ない気分だった私はその同期生にもう一度、キスをした。

「あなたが男だったらよかったのに」

「そうだね。私もそう思う」

私はどうやって生きていけばいいのか分からなくなっていた。何が成功で何が失敗なのかどうやって生きていけば自分のベターな人生に近づくのかが分からなくなっていた。


大学1年の冬休みから大学2年の冬休みまで家庭教師の大手の会社に家庭教師のバイトとして登録をして、そして、とある富裕層の高校一年の女子高生の家庭教師になり、明らかに私より頭のいい子の勉強を教えていた。

最初は慣れなくて大変だったが幸いなことにその子は素直で真面目に勉強を私から教えられていた。最近になり、その子の成績が上がりだし、その結果、その私が家庭教師として教えている教え子本人、そして、その子の両親から特に感謝される。私はようやく家庭教師のバイトをして良かったと思っていた。

そして、家庭教師をしていた頃、ある日、家庭教師で稼いだバイト代で私は敢えて高級な食事じゃなく安いチェーン店に行き本当に日本を地道に支えている企業や従業員の利益の足しにする事にした。しかし、それは日本に対する感謝じゃなくより私が嫌いな人間へのあてつけ。高級料理屋よりも敢えて普通の飲食店に行く方が批判されにくい。それが分かっているから敢えて選ぶ。頭が良い人は私の考えや行動が高級料理屋に行かないで敢えてお金があるのに普通の飲食店に行く事が余計不愉快になる。それが私には嬉しい。


大学3年の春頃にそんな性格の悪い私が児童ポルノ出演を後悔している私がとあるボクシング漫画と出会う。たまたま書店でその漫画の表紙を見て衝動買いをした。

そして、その日、私は殆ど期待をしていない状態でその漫画を見てその一巻を見終わってから思わず感動した。しばらく一人勝手な感動に浸り、その後で今まで私を支えていた考え方が少しずつ変わっていった気がした。

そして、翌週の日曜日にまた同じ漫画の続きの漫画を買って読んでいた。

そして、勉強や用事の合間を縫って時間がある時に集中してこの漫画を見ていた。そして、この漫画のとある試合を見終わった後、私は自分の児童ポルノ出演が世間にばれれば私が嫌いな人達への最大の喜びになる。攻撃材料にされる。しかし、それすら利用。それを乗り越える事が最大の私の嫌いな人達への最大の復讐。常に心理戦に勝っていたのは私が嫌いな人達ではない。実は私なのだという風にもっていきたいとこの漫画を見て学んだ。しかし、私はその考えを他人に伝われば確実に勝てなくなる。だから、一生心理戦に勝てるようにこれから正々堂々の方法から卑怯極まりない思いつくすべての考え方を使って生涯私のその考えを他人に伝わらないようにする事にした。少しでも私が私の嫌いな人たちに心理戦で勝つ可能性を高くするために。

そして、同じ漫画の違う場面のセリフのやり取りに自分を自分の立場に無理やり押し込んで自分を投影していた。『とことんいじめて自殺に追い込む?今までお前をいじめていた連中は温過ぎるな。私はお前を直接拷問してとことん苦痛を与えて殺してやるよ』『気が合うな。私も同じ事を思っていたよ』と思い何故か精神的に快楽を感じていた。

結局、私は勉強に疲れて休憩する時はよく繰り返しこの漫画を読んでいた。

その度に何時も自分勝手に感動をしていた。しかし、この漫画でも児童ポルノが好きなボクサーのキャラクターの話で児童ポルノに対する好意と自慰行為の事を思い出して戦う力を高める戦うエピソードで大多数の男は勿論、少なくても大多数の大人の女を感動させるのはいくらこの作者の才能があっても難しいだろうなと私は思った。

しかし、そんな私でもこの漫画を見た事がきっかけとなり、次第に私の性格も少しずつ良くなっていくような感じがしていた。そして、今まで私が家庭教師をしていた生徒が海外の有名大学に進学を受験する事を決めた。ますますその子の成績が更に良くなった。本人も両親も更に私に感謝していく。私はその自分で稼いだバイト代のお金で更に社会に貢献するために自分が好きな経営者がいる飲食店に入りたくさん注文して食事を堪能する。


そして、大学3年の夏頃から私は某所の元世界ランカーの会長が経営しているボクシングジムに通っていた。最初はミット打ちを中心に練習をしていて、サンドバックを殴っていると気分爽快だった。シャドーボクシングでは基本に忠実に動いていた。

練習の前後に入念なストレッチをして会長に礼を言って去っていく日々を過ごしていた。

それを繰り返し少しずつボクシングエクササイズの効果もあり、少しだけシェイプアップしていた。パンチ力も確実に上がり、筋肉も自然についてきた。

そして、ストレスがうまく発散できていた。

私はセックスではなくこのボクシングジムの練習で汗を流してストレス解消をしていた。

私は人生の中で一番、強くなっていた。それでも、ジム内では私がおそらく一番弱かったという気がした。それでも、私は昔より確実に強くなれたから珍しく満足をしていた。

しかし、私は大学4年の秋頃にもうボクシングジムを退会することにした。

「本当にお世話になりました。今までありがとうございました」

「おう。今までよく頑張ったな。お前は『ボクサー』だからな。また来いよ」

私と会長はお互いを認め合って、そして、私はもう二度とこの会長とは会わないだろうなと思った。そう思った私は会長のその優しさが羨ましくなった。

私は一生、会長と同じ人種にはなれない気がしていた。

会長は人間らしい気楽で、気さく、ハートフルで人情味がある人だった。

会長は他人の中で一番私に性行為なしで愛情を注いでくれた人だった。

会長と私は手加減されたスパーリングで初めて私が出した右ジャブを会長はよけずに顔面で受け止めた。初めて私が「人」を殴った瞬間だった。

何とも言えない快感を私は全身で味わえた。

しかし、その直後、すぐに私は心臓がバクバクし始めた。酸欠で苦しい。

体力不足。ただそれだけの原因で息が上がっていた。

私は小児喘息で学校での長距離走が嫌いだった。短距離走はむしろ私には合っていた。

私は「ボクサー」にはなれた気がした。ボクサーとして必要な技術を学んだつもりだ。

私は常に練習していたワンツーだけは何とかなる。そう思った。

私は会長が一日でも長くこのジムを経営してほしいと思った。


私は大学4年の冬頃の朝。ネットで偶然見つけたどう素人のつまらなそうな自作の漫画を載せているサイトを見ていた。その中で特に41歳の無職の男が小学生の男子児童にカツアゲされてその後ヤクザに喧嘩を売る事を決意して自室に戻り真剣にヤクザに喧嘩を売る事を考えているシーンで終わる漫画を見て私は今までの人生で一番笑っていた。

特に主人公が小学生にカツアゲをされた後、ヤクザに喧嘩を売る事を決意したシーンを見た時、今、私は死んでもいいと思うぐらい笑っていた。

その日、彼氏とデートの約束をしていたけど急に体調が悪くなったと嘘をついてデートをドタキャンした。彼氏に謝りまくって最後に私は次のデートだけはせめて私が全部デート代を払いたいと伝えた。そして、私はその漫画をまた見ると本当に死んでしまいそうだからパソコンを消した。その昼に、卒業論文のテーマでどうしてもこれだけは必ず書きたかった内容が一番一般出版している本の中で一番詳しく書いていた本を有名な本屋に買いに行った。帰宅後、自室でその本を夜になるまで真剣に熟読していた。

そして、その翌週の日曜日に同じ大学の友達から大学卒業後、一緒にIT関係の会社を起業しようと誘われていた事を思い出し、私は友達のその誘いに余り興味がなかったからその誘いを誘われてからそろそろ三か月たつのでもう断ってもいいかなと思い卒業する前までに何処かの飲食店で一緒にランチに行こうと誘って、友達とランチに行く事が決まったらそこで丁重に友達からのその誘いを断ろうと思った。

大学を卒業するまであと少しになっていたある日。今まであまり交流をしていなかった同学年の違う学科の女からある日、私のことを言ってあの人何か偉そうだよねと言われた。私は少なくてもその時に本当に自分が偉いとは一切思っていなかった。しかし、内心で少しも自分が誰よりも一番偉いとは流石に一切思わなかったけど、でも、少なくてもこの人よりは私の方が偉いなとは確実に思っていた。

本当に謙虚な人なら少なくてもそう一切思わなかったと思う。でも、その人は殆ど私の事なんて知らない私の本質を見抜けていた。やはり少なくても私の本質を見抜けなかった人よりもその私の本質を見抜ける感覚は強かったと思う。それを私の事なんて殆ど知らない人が本当は偉そうな私の本質を見抜けた。好き嫌いではなく賢さの差ではなくこの先は分からないけど今の私はその人の事を凄いと思っている。

屁理屈とか皮肉ではなく素直に少なくても現時点では私はそう思う。


大学の卒業式に私は自分の同じ学科の同性愛の男性にハグをしてもらった。

「いつか楽になれるといいね」

「……」

「また会おうね。年賀状は送るから。アンタも送りなさいよ」

「わかった。それから、ありがとう」

「大丈夫よ。あなたを分かってくれる人は必ず現れる。いつか苦しみから解放されるわ。大丈夫よ。人間は必ず死ぬんだから。だから、大丈夫。『無』になれるといいね。私は魂があるとは信じているけど。でも、貴方の場合は『無』になった方が幸せかもね」

いかないで……

いっちゃいやだ……

でも、この人とも二度と会えない気がした。

私はただこの人を抱きしめた。私も一緒に連れて行ってほしい。

私の苦しみをもう少し緩和させてほしい。お願いだから一緒にもっといて。

「私が『男』だったら愛し合えたのにね」

「!」

「じゃあ。またね」

この頃から自分と相手がセックスをする時、お互いがそれなりに気持ちよくなればいいと感じ始めていた。それが私のベターじゃなくてベストのセックスだ。そう気づいた。


私が都市部にある会社の商品開発部の正社員として働いていた頃、ビートた……さんがネタにしていたような頭の男と付き合っていた。

しかし、私が推しのAV女優のイベントの帰り道にこの男のマンションに行って、男がシャワーを浴びている時、ふと男の私物のノートパソコンを開いて適当に触っていたら、処女喪失物の動画を見てしまったので私は失望した。何とも言えない気分だ。

何かショックだった。私は見てはいけないものを見てしまった気がした。

私なりにこの男を好きになったつもりだったから、せめて別れの時は敢えてハートフルに別れを切り出した。男は別れるつもりはないようで、だから、私が会社を自分勝手に逃げ出す3か月前まで付き合って、そして、男から別れを告げられて二人は別れてしまった


そして、今までこんなに有名な児童ポルノに出た事のある女子小学生の自分が実際に生きている世界で明確にばれない幸運な私だったけど、ついに私の一番負い目を感じている出来事が初めて自分が実際に生きている世界で完膚なきまで明確にばれた。

それは最初に入社したこの会社で正式に働きだしてから三年目だ。

「美香」という事を初めて実際に生きている世界で直接関わりがある他人に完全にばれた。それが原因で私はこの会社を退職する。その日、私は仕事を完全に捨てた。その後、三日間、歯磨きをせず、シャワーや風呂にも入らなかった。しかし、トイレには必要最低限は行った。それは私がこんなに苦しい時でも私にとって最低限トイレに行き排泄をする事が私なりの自分なりの善意だと思う行為だ。誰に対してかは分からないけど。何の意味かは分からないけど。私は少しでも長い時間、食事は限界まで食べなかった。そして、自室に入る両親を全力で抵抗して追い出した。私が我慢の限界を超えるまで出来る限り自室から出なかった。そして、私はしばらく「無」だった気がする。限りなくは「無」に近かったけど、それを脱すると悪意ではなく出来るだけ善意で生きようとしていた。しかし、いくら善意で生きようと努力しても母親から決して「真理子は変わったね」とは言われなかった。多分、一生私は母親にそう心の底から思われない。その事に私が初めて明確に気づいた瞬間、今までのどんな悪意のある言動よりも最終的に結果的に私の心に何時までも残るダメージを感じさせた。

私は悪意ではなく善意を自分の意志で出来るだけ全力で選んで生きていこうとする。そうして、私はそうして必死にあがく。しかし、それは最終的に自分へのダメージを減らす事ができなくなる可能性が高い。でも、それでも、本能以上に私は自分へのダメージを減らす事を選ぶ私でもその可能性が低い事を選んで生きていく事から逃げられる比率が低い。それを知っていてもこの事を根本的に治す事ができない。だから、私は不器用だと思う。本当に自分が不器用だと思う。私のプライドは完全にへし折られた。あれほど自分勝手に感動していた大学時代に特にはまっていた漫画を全く読まなくなった。そして、私はあれほど苦しかった私を支えていた信念。私は少なくても私が心の底から嫌いな人にどんな手段を使ってもどんな最低な事を考えて少しでも抵抗しようとするどころか抵抗する事さえも全く考える事できない日々をしばらく送るはめになっていた。

元々、何時もではないけど、無我夢中になる時以外は殆どの時間、大なり小なり私は常に怯えていた。元々、私は臆病過ぎる事を自覚していたがそれでもずっと自分は確かに臆病だけど人並みの臆病だと出来る限りずっと強がって偽って生きていた。しかし、その強がりが出来なくなっていた。そして、私は怯えているという意識を感じない程、怯えていた。そして、私は時間が経つにつれてどんどん完全な「無」に近づいていっていた。

そんな私も特に会社の周りの人間に迷惑をかけるだけかけまくってただ私が一方的に完全に悪いのにそれを完全に開き直ってただ無様に逃げ出して会社に強引に行かなくなってから3年が経った頃。昨日テレビで見た認知症になった男性が外国の認知症患者たちに会いに行った番組を思い出した。その時、認知症の老人の女性が言った例えお金を全く貰えなくても他の人に少しでも役に立とうとする行動は立派な仕事だと言った言葉を思い出した。その時は今深く考えていた。今の私にも立派な仕事が出来る可能性があるのだと理屈だけでなく本気で思えた。今までの私は自分の力で稼いだお金で生活して自分で稼いだお金をなるべく少しでも多く税金が払える事が出来る人が老若男女関係なくまともな人の最低条件の少なくても一つだと思っていたし、今の自分の生活費が一円も稼いでいない自分は間違いなくまともな人間では絶対ないと思っていた。しかし、今はともかくこの先、例え生活費を一円も稼げないどころか他人のお金を貰うしか生活を送れない人でも少しでも社会に貢献できる人が全員は不可能かもしれないけど多くできる可能性があると思えた。少しでも社会に貢献できる人が特に自分だけど自分以外の一人でも多くそんな人が増えると良いなと素直に思えた。それは人が幸せになれる優良な手段の確実に一つだと思った。

でも、最終的には乗り越える。その状況を乗り越えたきっかけは私が中学時代に一番好きだった友達と再会できる事が決まった時だ。そして、今では昔よりも私は更にプライドは高くなり、傷つけられたらより相手に少しでも多くダメージを与えられる考えを思いつく力や行動力が増していく。そして、ダメージを受けてもダメージ量が減り、回復する時間が早くなる。人々の悪意に私が傷つく回数も減っていく。また大学時代に一番はまっていた漫画を読むようになった。今、あの時と同じエピソードの話を読んで大学時代よりもっと更に自分勝手により強く感動できるようになった。

その時、今まで私は思わなかったつもりだけど、内心の何処かで自分の外見に何処か優越感があった。今になりようやくそれを深く考えられるようになった。

男に褒められる方が多かった事を何処かで快楽に思っていた。外見が私よりよくない女に対して何処か見下している。見下してはいないけど私の方が少なくとも外見だけは良い女だなという思い、そう思い自分が何処か良い気分になっていた事が間違いなくある。それを初めて自覚できた。本当に頭のいい人間ならもっと早くもっと簡単にその事を理解できたはずだ。だから私はどんなに学力があってもどんなに努力しても例え周りの人たちに賢いと思われてもやはり本質的には私は馬鹿なのだ。それは生涯変わらない。ごまかす事や隠す事はできるかもしれないがでも本質的に私が馬鹿である事は変わらない。多少、マシにすることはできるだろうけど。

私は本当に心の底から他人を好きになった事はない。他人以上に関心のある自分にも本当に心の底から好きになった事が無い。引きこもりでやる事が少なくて時間を持て余していた時、母親から図書館でも行ったらと言われた。私は「え。図書館」かと思った。そう言えば小学生低学年の時にその図書館に何回か行った事はあった。大学の図書館には頻繁に行っていたけど、大学を卒業して以降は一度も図書館には行っていない。私の大学時代は特に本を読んでいた。学術的な本が多かったけど、普通の小説もたまに読んでいた。意外と恋愛に関心が強く否定的な思いも少しはあったけどでも何処かで憧れのような関心は持っていた。だから恋愛小説も読んだことは何冊かある。その時は余り印象に残らない恋愛小説もあった。どちらかというと恋愛に対して屈折している部分があるから特に美しいと思える恋愛小説は素直に共感や良い感情を素直に持てなかった。勿論そのころでも美しい恋愛小説は少なくても感動や憧れ、少なくても見ていて少なからずいい気分だった。だから今なら少なくてもあの頃よりは素直に良い感情になれると思って恋愛小説が少し読みたくなって、しかも、今、自分が稼げる収入はもう完全になくなってしまっていたから無料という事も何時もよりも少しだけ魅力的に感じた。だから、まあ小説がつまらなくても、まあ無料だしという金に対してちょっと何処かで守銭奴的な感じを考えつつ、図書館に行って小説を借りようと思った。今日は幸い父親の仕事が休みで私も特に予定が無かった。車で行った方が楽だなと思い父親に甘える事にした。昼飯を食べ終わった後、父親が自室でテレビを見ていた時に父親の部屋のドアを軽くノックしてドアを開けた。父親は何処かの飲食店を紹介する番組を見ていて私は今ちょっと話してもいいと聞いて父親がいいよと言ってくれたからテレビ番組が終わったら図書館に連れて行ってくれないと頼んだ。父親は直ぐに良いよと言ってくれた。そして、テレビを消して今から行くかと言ってくれた。私は番組を見終わった後でいいよと言ったけど、父親は別に楽しいから見ていたわけじゃないと言って父親の部屋の先月パソコンに詳しい人達が余り勧めない業種である家電量販店で買ったディスクトップパソコンを起動させて近所の図書館のサイトを検索して公式サイトを見てくれた。そこで住所と電話番号や会員所の作るのに必要な物などが表記していたページをプリンターで印刷してくれた。そして、会員所を作るのにマイナンバーカードが必要で事前に必要な書類をプリントアウトする事にしてそれも印刷してくれた。私は父親の机と椅子を借りてその書類に父親の部屋に会ったボールペンで必要な情報を全て書いた。そして、出掛ける準備を二人が終わった時に一緒に家の玄関を出て父親の車に向かった。超金持ちのくせに車は高級車ではなく二年前に今まで乗っていた会社とは別の会社の結構多くの人達に人気があって値段も特別高くない車種の父親にとっては愛車まで歩き私は助手席に乗った。そして、冬の寒さで冷え切っていた車内の空気を感じながら図書館に行く事にした。割と近いから15分ぐらいで図書館に着いた。図書館の駐車場に車を停めて父親は此処で待っていると優しさを感じる言葉を言ってくれた。私は言葉だけしか感謝しなかったけど取り敢えずは軽くお礼を言って車を降りた。図書館の受付で会員カードを作った。予め用意していたからスムーズに図書館を利用できるカードを作れた。図書館に勤めている私の印象では私よりも少し若い図書館司書の男性が親切に図書館を利用するために必要な情報を話してくれた。私はなるべく丁寧にお礼を言ってから本棚に向かった。何を借りようか迷っていたけど、取り敢えず最近気になっていた映画の原作の小説を見てみたいと思い、その本をまず探してみる事にした。作者の名前を思い出し、その作者の本を探した。直ぐにその興味がある小説の文庫本を見つけて手に取った。図書館は昼の2時ぐらいだったから私が思っていたよりは図書館は空いていた。しかし、その本がある場所の近くに大学生らしき女性がいて何となくその興味がある本に近づくのが少し躊躇したけど、それでも構わずその女性の近くに行って目的の小説を手に取った。結構いい保存状態の文庫本の裏を見てどんな内容か簡単に紹介している部分の文章を見てその時は特に良いなと思った訳ではないけどまあ借りてみたいなという気持ちになり、本を借りる事にした。そして、他の私が読んだ事がある作者の小説を何冊か手に取って図書館のカウンターに向かった。今度はその図書カードを作ってくれた隣で働いている若い図書館司書の女性の元に行き、その若い女性の図書館司書が丁寧に対応してくれた。私は図書カードと駐車券をその女性に渡した。そして小説を借りる手続きを完璧にしてくれて私は最後にその若い女性にありがとうございましたと言って図書館を出た。全て直接手で持ち、まあ全部小説がつまらなかったとしても少なくても本は無料だからなというここでもいやらしい事を考えて父親の車に戻った。家に戻る途中で図書館の話題をしてまあ図書館で図書館司書の二人が親切にしてくれたと私は言って、後は色々小説の話をしていた。父親は余り小説に興味が無い人でその話題は特に盛り上がらなかったんだけど、まあしばらく小説の事を殆ど一方的に私は話していた。そして、それが終わったら今日の夜飯は何にするかという話題に変わっていき、そして、色々この店で買った弁当が安くておいしかったとかこの食べ物が嫌いだというもう何度か聞いた事のある話をして車は自宅の駐車場に着いた。私は心のどこかで超金持ちのくせに安い弁当を好んで買いに行くなよと思っていた。そして、私達は車を降りて家に帰った。私はトイレに行きたくなり用を済ましてから洗面所でハンドソープを何時もよりも多くつけて手を洗った。その後で図書館で借りた小説をすぐに読まず、リビングで母親と母親の昔の友達の夫が肝臓がんで亡くなったという話を母親がしてきたのでしばらくその話題を話していた。私は特に関心はなかったけど、そう言えば過去に癌で死んだ登場人物のいる青春小説の事を少しだけ思い出し、あの本は割と楽しかったなと思い出した。内容は何となくは覚えていたけど細かい設定はすっかり忘れていた。そう思いながらそれは母親には言わず、しばらく癌に関する話題を話していた。そして、母親がそろそろ洗濯するからと言ったので会話をやめて私は自室に戻った。特にやる事がないからそこで初めて小説を読むかと思って一番興味のある恋愛小説を読み始めた。3ページ目までは何か私とはだいぶ違う感性だなと思ってしまいまた自室を出てリビングの冷蔵庫に向かった。そして、冬なのに冷たいほうじ茶の600mlのペットボトルを取り出して机に置いてあった今日の朝使ったマグカップにほうじ茶を注いで、ほうじ茶を飲んでいた。特に美味しいとは思わなかったけど、ほうじ茶を飲み終えてまた暇になった。テレビでも見ようかなと思ったけど何となくやめてまた自室に戻った。そして、まあ借りてきた小説は全冊を読破しようと思っていたからもうちょっとさっきまで読んでいた恋愛小説の続きを読んでいた。その小説を読んでいく内に最初は私ならこうは考えないかなとか私ほどこの作者は私ほど屈折していないんだろうなと思って読んでいたけど、次第にそう考える事がなく、ただ純粋にその小説を見るようになっていた。段々、その小説を読む事が楽しくなってしまってどのくらい時間がかかったか分からないけど、結局、最後までずっとその小説を読んでいた。しばらく色々な考えが浮かんでいたけど、なるべく考える事をなるべくやめようにしていた。そして、私はスマホのメモ帳に作者と作品名と出版社と税別の値段をメモした。メモした後、私はしばらくベッドに寝転がって目を閉じてなるべく考えないように心掛けていた。そして、母親は夜飯が用意できたらしく私の自室まで着て「もうご飯ができたわよ」と言ってくれた。私は「ありがとう」と言ってリビングに向かった。母親も変りものでお金に余裕がありまくるのに高級な食事よりも安い食事の方を好んで食べたがる。そんな母親が自宅から歩いて五分ぐらいの近いスーパーで買ったぶりのお寿司を私は食べていた。この前食べた時よりも何故か美味しく感じた。ネタが前よりも新鮮だったのか前よりも私は空腹だったのかと思いながらただぶりの寿司を食べていた。何時もは野菜から先に食べるようにしていたのがこの日は寿司を最初に食べた。そして、その後にそのスーパーで買ったよく熟れて食べやすいように母親が切ってくれたトマトを食べて、そして、食事を食べ終えた後に今度は母親が昨日の夕方のニュースで小学校の女子児童を同じ学校の教師が盗撮した事件の話をしていた。母親はその事件を起こした男性教師を完膚なきまで批判していた。私はそれ以上の事を経験しているけどさすがにこの時はその事の話を直接、私の口からは全く言えなかった。まあ、母親と一緒にその事件を起こした男性教師を今の私が思いつく限りの悪口を言っていた。母親は更にその不快感か嫌悪感かとにかくマイナスの感情が増していったようだ。それが良い意味で一般常識のある真っ当な少なくても大多数の大人の女性が感じるだろうなと思う感情を抱いている意見でその意見をいくら私でも反対な意見を言う事は難しいなと思った。何時もならその事について素直に同意して今までの私ならそのような事はなるべく考えたくなっただろうが先ほどまで読んでいた恋愛小説が余りに楽しく思い過ぎて何かいつもより素直に母親のどう考えても正論の話を聞いていた。

次第に話の話題が変わっていきそういうマイナスだと現時点なら私が素直に思える話題は話さなくなった。次第にもう大分昔に亡くなった母親の父親が頑固で母親と話すと決して意見を曲げなかった話をまた話していた。そして、何時も母親が折れて母親の父親に反対意見を言うのをやめていた事をまた言っていた。何時も同じ話をする事をするのが嫌いな母親が何度も同じ話をするからよっぽどその事が印象に残っているんだなと改めて思った。そして、母親は凄く母親の父親が凄く頑固だという事をその時も繰り返し言っていた。私はその意見を今まで一度も何時はっきりと強く思わなかった感情を抱いた。その母親と私が話をしている時、その事以外の話題は特に、そして、少なくても母親が絶対に正しいと思っている考えについて私が少しでも反対の考えを伝える事があったけど、しかし、何時も最後は私が反対意見を言う事を諦めていた。でも、母親は自分が凄く頑固だという考えを思っていない気がした。私は何故かそれがその時の母親の率直な感想だった。それは後でそれは完全ではないけど明確に間違いだと気が付くことになるのだが。しかし、私はその事は何故か一生母親に話す事はないだろうなと思った。

私はしばらくその事を考えていたから母親から何か考え事をしているでしょう?と言われた。私はうん。と言ってでも先ほどの私が面白いと思った恋愛小説の事は出来るだけ話さないように思って違う話題を話した。私はそろそろ就職活動をしたいと思っていると言った。具体的にこの仕事をしたいとは思えてはいないんだけど、そろそろ引きこもり生活をやめたいと思っていると母親に話した。その話を聞いて母親は少なからず嬉しそうに反応してくれた。私は母親のその反応を見て、ああ、私は改めて母親は少しだけ変わり者な所があるけど本当に常識人だなと思い、しかし、その事は言わず、取り敢えず人間関係で少しでも楽な職場を見つけたいと言った。給料や仕事の内容よりもそれが最優先にしていると母親に言うと母親も完全かどうかは分からないけど一応は同意してくれた。私らしいと思ったらしい。そして、あんたらしいねと言ってきた。私はその考え方や価値観を母親には言った事はない、でも、母親は子供のころから私のその考え方や価値観がある事を分かっていたらしい。その事を母親から聞いて私は中学時代に私が一番好きだった友達にあの時「だろうね」と言われたような感覚で驚いてしまった。そして、母親の人の観察眼を改めて凄いなと思った。元々、私は母親がそういう観察眼が高い人だと思っていたけど、まさか私の本音ではそれ一番とは思わないけど、大事な価値観の一つだと思っていた事をしかも子供のころから見抜かれていたことを初めて知って私は何か母親に対する見方がまた少し変わった事を実感した。そして、寝る前に私はその驚きは実に当たり前の事だと思った。それは何となくは分かっていた。

しかし、ここまでは明確に考えたのは今が初めてだった。



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