「普通じゃない」 1
セックス依存症の12歳の小学6年生の少女。美少女。背は普通でやや痩せている。セックスは敢えて相手からお金は取らない。家が超金持ちでおよそ大多数の小学生がもらえないくらいの多額の小遣いをもらっている。しかし、服やスマホや美味しいものなどは全て両親と祖父母が出してくれる。小遣いを使うのはピル代くらい。友達も処女ではない。避妊は友達の姉にお金を払ってピルを買っている。私がするフェラは上手すぎて思わず発射してしまう男がいるくらい。一人で男とホテルでセックスする時もあるけど友達と男との3Pをする事もある。小学6年生の夏休みに沖縄旅行に行ったときに黒人の若い兵士の男とセックスをした事もある。小学生の間に経験人数は100人を軽く超えている。初体験は11歳の春休みで相手は近所の男子大学生。ハメ撮りをして、その動画が全員ではないけど、多くのロリコンたちにとって過去最高傑作として名高いものになり、ネットのごく一部で大バズリをした。その時から私はロリコンたちにとっての有名人になった。それ以来、いろんな男とセックスをしていた。幸い、少なくてもこの時までは一度も補導された事はなかったけど、私は本当の意味で心底反省は自分の行った行為について一切していない。両親や祖父母は一応私を私の事を本当に思い何か問題があると何時も厳しく叱るがそれでも、基本的には両親と祖父母に私は甘やかされている。
私は最初からではないがだんだんセックスが好きになってきて基本的には誘われてセックスするがたまに気に入った男をホテルに連れ込んでセックスする事もある。一応彼氏はいるが彼氏もいろんな女とセックスしている。
ずっと昔から私は幸せではない。何時も一緒にいて友達とかにつまらないと言われるし、外見と女の子という事で価値があるだけ。おばさんになって外見が崩れたら唯一の女としての価値すらなくなるのではないかと思って鬱になる。勿論、虐待を受けている子や酷いいじめを受けている子や学校に行けずに働くしかない子供や強制的に児童買春をされる子供などに比べればはるかに幸せだ。それは理屈では理解できる。しかし、どうしても私は少しでも楽になりたくて友達から仲間外れにされることがあるのがつらいという理由にしてメンタルクリニックに行って薬を飲んでいるけど一向に幸せになれない。それに私は昔から自己肯定感が低い。早く楽に死ねないかなと思う時が一人で部屋にいる時に思う。だから時折、夜中の3時頃にSNSで今からセックスしてくれる人を募集するけどそんな人は流石に中々見つからない。そういう時はロリコンが集まるネットの掲示板を見てエゴサーチをする。「美香」って名乗っているから私の事はネットの変態たちから「美香」って呼ばれている。私の事を少しでもほめてくれると多少、心が休まる。ああ、例えこんな最低な男達でも私を必要としていてくれるのはやはり安堵する。否定的な事を書かれていると落ち込む事もあるけど、でも、圧倒的に私をほめてくれる意見が多い。子供のころからセックスをすると心身に悪影響を与えるそうだ。でも、私はそんな悪影響よりも今を乗り切りたい。オーバードーズと自傷行為の代わりにセックスをする。他人に「必要」とされるまで。私が今、生き急いでいる事を常に思っている。何で生まれてきたんだろうな。そう思うと私は辛くなる。苦痛で死ぬのは嫌だけど楽に確実に死ねるのであれば死んでもいいかなって思っている。こんな私には才能が無い。セックスの才能がある訳ではない。フェラは上手いと思うけど、フェラが自分よりもっと上手い人なんていくらでもいる。特別な才能。私にしかできない事。そんなものは何一つない。私は両親や祖母が大金持ちだから寄ってくる人がるけど私にお金が無くなれば全く近寄ってこないだろう。まだ12歳だけどもう私は終わっている。将来に希望が持てない。物心がついたころからずっと自棄になっているのかもしれないから私はセックス依存症になったのだろう。わずか12歳の若さで。
この先、私は幸せばかりではないかもしれないがまともな恋愛をできるだろうし、友達と色々遊んだり悩みを相談したりできるだろう。でも、この自分に対する失望感や虚無感や孤独感や劣等感は変わらないどころか年を重ねるごとに深くなっていく気がした。私は素直じゃないから死ねって言われたりしたら、少なくともそう思われたら逆に意地でも生きてやると思うし、しかも、出来るだけ幸せに生きていこうとするだろう。でも、心は傷がつく。開き直るけどそれを無傷で乗り切るほどの強さは少なくても私にはない。セックスだってそうだ。今は子供だからライバルが少ないから私は異常なほど変態男達に必要とされているし、需要が異様な程にある。しかし、私が大人の女になったら私より綺麗で可愛くてスタイルの良い女なんていくらでもいるだろう。需要があったとしても特別ではなく大勢いる中のただの一人になるだろう。そして、年を取って若さがなくなったら私はもっと需要がなくなり、殆どの男達から少なくても女として必要とされなくなる日が必ず訪れる。だから余計、今のうちに男達から需要があるうちにセックスを繰り返そうと思ってしまう。快楽もあるし暇つぶしという気持ちもあるが一番は自己肯定感を少しでも高めようとする私なりのあがきだ。
精神薬を飲んで孤独を感じる時に一生こんな気持ちのまま生きていくのが苦しく思えた。
今、私と同じようにセックスに依存している友達はいずれ立ち直る気がする。まともに生きていける気がしていた。
その友達は今の彼氏と上手く行っていて最近、私と一緒に見ず知らずの男とセックスする事がなくなっていた。私もそんな恋愛がしたくなり、純愛の歌に吐き気と憧れをずっと抱いている。もし、私がまともな子供なら良かったなと思う日が増えてきていた。セックスは例え経験済みでも依存症になる事なく、あくまで性的好奇心でセックスをする。そして、もし出来れば好きだからセックスをする。そんな女の子になりたかった。
私はベッドに横になり自分が分からなくなっていた。いずれは大人になっていく。少なくても年齢的に大人になっていき老化していくのは避けようのない必然だ。だから、恋愛に憧れが今、凄くある。イケメンでなくてもいい。収入が高くなくてもいい。セックスが上手くなくてもいい。本当に私を愛してくれる人が現れて欲しい。12歳の小学六年生の女子児童が思う事ではないかもしれないが私は最近、毎日そう思っている。エイズとかには今の所なっていないが何時なってもおかしくはない。最近、なるべくセックスの時にゴムはつけてもらう事にしている。まあ、私はセックスするのにお金を一切取っていないから強く要求できる事だ。それでもゴムをつけてくれず生でセックスする男も中にいる。やはりセックスの時、中出しするのが一番、男には気持ちいいんだろうなとは推察はできる。私は本当に愛されていないなと強く感じる瞬間だ。まあ、ゴムをつけてくれる男も本当に私を愛してくれる訳ではないのだけど。でも、ある日、ネットで中学生が婆という書き込みを見て若い女の人で18歳ぐらいの若い女性でも婆という男を軽蔑と嫌悪している人がいたけど私は少なくても素直に完全にそう思えなかった。少なくてもその男にとっては世間や一般常識や子供の私から見ても明らかに異常だとは思うがその男は率直にそう感じるのだろうなと思ってしまう。あと少しすれば少なくてもその男にとって私は婆になるのだろうなと思うと思わずため息が出た。この頃は年を取った女に対してマイナスの感情を抱くことが多かった。殆どの男にとってもう「婆」は性的魅力を感じることが無い女だと思っていた。それが偏見なのか分からなかったけど、でも、それがこの頃の私の本音だった。私は例え「婆」になるまで時間に猶予があって、いずれは「婆」になるのだけど、私は「婆」になるのは仕方がないな。それは絶対で不可避だから仕方がない。それでもいいとこの頃の私は思えなかった。やはり女は私の場合は男だけど、私は男にこの女とはセックスしたくないと思われたら、それはもう女として終わりだと思っていた。
今の彼氏と付き合っている私の友達がどんどん良い女になっていく。どんなイケメンの男に誘われても断るし、興味すらわかないと思うようになっていた。あれだけイケメン好きだった友達が今までの価値観全てが変わったと言うようになっていた。豪華な食事。セックスの上手さ。格好いい外見。女を魅惑するデートをしてくれる。格好いいファッション。偉業を成し遂げた有名人。あり有り余る富。性格がとにかく優しい。今、私の貧困な発想の何となく良い男というそんな感じの男をずっと求めていた友達がそれはあくまでその男の魅力の一部だよとはっきり言うようになった。
「確かにセックスはお世辞にもうまいとは言えないしさ。ペニスだってまあ平均ぐらいかなって感じなんだけど、それでも彼氏とセックスすると凄く幸せなの。今までペニスが大きい男とすると気持ちいいし、それでセックスが上手い男としてきたから凄く満足していたんだけど、今ははっきり言ってそれ以上だよ。今までは自分が気持ちよくなる事しか殆ど考えていなかったけど、今の彼氏は私がフェラしてあげると凄く気持ちいいと言ってくれたり、挿入している時に気持ちいいと言ってくれたりすると凄く私は嬉しいの。こんなの初めて」
私は友達が急激に羨ましくなった。友達は本当の恋愛を今、している。私が一番今望んでいる事を叶えている。
「良かったね」
私は急に寂しくなった。いいな。私も本当の恋愛をしたいな。今すぐではなくてもいいけど、出来れば少しでも早く本当の恋愛が出来たらいいな。生きている間に少なくても一度は本当の恋愛を経験してみたい。それが今の私の本音だ。友達は私よりはるかに先に進んでしまった。それは嬉しいのだけど、でもどこかで置いていかれた気がする。
私が恋愛小説を例え書いても自分が望むほどの恋愛小説は書けない。例え映画を撮れたとしても自分が要求するレベルの恋愛映画は撮る事ができない。何もできない私。セックスだけは今は少なくてもできるけど、ただそれだけ。セックスできるだけ幸せじゃんと思う女もいるだろう。今まで一度も恋愛が上手く行かなくて彼氏が人生の中で一度も出来ない女。そんな女からすればやっぱり私は幸せそうに思えるのかもしれない。少なくても私よりはと思っているだろう。全員が全員そうは思わなくても一人はいるだろう。セックスしたことが人生で一度もない女。特に大人の女がしたくてしかたないセックスできない女から見たらやはり自分よりはと思っても無理はない。例えセックスを経験したことがあると言っても私の方があなたより不幸です。それは事実なんだけどそうは思えない女がいるかもしれない。
色々考えてしまう。幸せってどうやって手に入れられるのだろう。どうすれば幸せだと心の底から思えるのだろう。生涯、そう思い続けるのかもしれない。苦しい。
泣けたらいいな。思う存分泣ければ少しは気分がすっきりするのに。でも、少なくても今の私にはできない。思う存分はともかく少しでも泣けない。
私は早く小学校を卒業したくなった。大人の女になればもしかしたら本当の恋愛ができるかもしれない。初めて今、私は大人の女になりたいと思った。例え大人になった私を婆と思う人がいたとしても全然かまわない。何とも思わない。ただ本当に好きになれる男だけではない。例え恋愛じゃないにしろ女でも本当に大切だと思える女に出会いたい。それも幸せになる方法の一つだ。例え生涯、本当の恋愛ができなかったとしても本当に大切だと思える友達と出会えたらそれも幸せだ。初めてそう気づいた。今。
友達と話をたくさんしてから家路についた。空をまともに一度も見上げる事なく家の玄関を開けた。すぐに自室に行きたかった。その前に母親から声を掛けられた。
「友達と会ってきたの?」
「うん」
「楽しかった?」
「楽しかった」
「良かったね」
「うん」
私は母親と短いやり取りをしてから手も洗わずに自室に入った。
一人きりの時間。一人だけの空間。その一人きりの時間を過ごす一人だけの空間の部屋にあるベッドに着替えもせず寝転がった。
何やっているんだろう私。児童ポルノなんかに出て変態たちに喜ばれて少しでも自己肯定感が上がっていた事を考えて虚しくなった。
本当に嬉しかったの?本当に満足できたの?
色々な考えが私の頭の中を駆け巡った。初めて私は初めてのセックスを好きでも何でもない男と経験した事。そしてそれよりも児童ポルノに出演した事を初めて本当に心底、後悔した。まさかこんな実害が特にない今の私がこんなに後悔するなんて……児童ポルノに出演した事は両親や祖父母には今の所ばれてはいない。でも、もし一生その事が両親や祖父母にばれなかったとしてもその事への後ろめたさを初めて深く実感した。
自分をいくら否定してもそれでも今以上に自分を否定したくなる。自殺する度胸は一切わいてこない。むしろ自殺する事が以前より怖くなってしまった。
最悪だ……自己嫌悪がどんどん強まっていく。なんて馬鹿だったのだろう。そんなある程度の知能を持つ大人ではなく子供ですら簡単に分かりそうなことが何で分からなかったのだろう。それでも、私は刑法的には処罰されることはない。あくまでも刑法上では私は被害者だからだ。警察に捕まって刑務所で罪を償う事になるのは私ではなく相手側の大人の男達だ。例えお金を男達が払っていなかったとしても罪は罪だ。それは運が良ければ罪を償わなくてもいいかもしれない。でも、もしそのことがわかったら間違いなく小学生の女子児童とセックスした男達は逮捕されて刑務所で罪を償う事になる。それに加えてそれを撮影した男はより罪が増えて更に重い罪を背負う。まあ、罪を償わされる男達が本当に反省するかは分からない。でも、それでも一生刑務所から出られない訳ではないけど、刑法が定めた時間の間は刑務所で生きなければいけない。私はそうした男達と違い警察に捕まらないし刑務所に入らなくてもいい。それは事実だ。もしかしたらカウンセラーや誰か私をサポートしてくれる人を紹介してくれるかもしれない。でも、児童ポルノに私が出演した事は永遠か分からないけど生涯消えない。私が大人になって児童ポルノに出演したことが誰かに分かったら間違いなく悪意を持たれるだろう。不利益を被るだろう。大なり小なり。
私は精神薬を飲みたくなった。誰か助けて……それでも私は涙を流せない。泣けたら多少はすっきりできる事が理解できていてそれでも涙を流せない。
中途半端に強い私はより苦痛を感じる。自殺する勇気もない私も泣けば少しでもすっきりできる事を理解できていても涙を流せない強さを持っている。
人生ってどうして苦しいのだろうか。楽しい事や気持ちいい事や幸せなことは確かに私も経験できていた。でも、今はこんなに苦しい。
私はふと野球界の超スーパースターの娘の事を考えた。あの子はまず間違いなく私のような人生は歩まないだろう。私よりは少なくても幸せになるだろう。でも、あの子ですら生きていく上で苦痛に感じたり苦しいと感じたりする時はあるだろう。でも、あの子なら例え自分ひとりの力ではなかったとしても生きていく上で生じる苦痛や苦しみを乗り越えられるだろう。じゃあ、私は?私は生きていく上で必ず感じる苦痛や苦しみを誰かの助けがあったとしても本当に乗り越えられるだろうか。
私が小学六年生の秋頃。家族と一緒に沖縄旅行に行った時に初めて黒人の男とセックスした一か月後に物凄くキモくてキショイ男とセックスをした。
その男は素人童貞だと言っていた。私はその男がただでセックスができたら嬉しいだろうなと思い、セックスをした。その男は私にお金を払おうとしたが私は別にお金は要らないからと言った。そして、その男が今、素人童貞を捨てたのが嬉しいだろうなと思い、私は敢えて黒人と初めてセックスをした時の話をした。
私はペニスについての話をして少なくても私はペニスが大きいほど気持ちいいんだよねと言い、まずその黒人は黒人の中でもペニスが大きいと自慢していたから多分、その黒人よりでかいペニスの日本人の男はいないと思うけど、もしいたらその男が私の理想の結婚相手だよね。と言ってその男の元を去った。この日も私はホテル代を自分の稼ぎではないお金で払った。家に帰り、私は何時ものように家族から物凄く叱られて、その後、夜食を食べた。私はその時、珍しくご飯をお代わりした。そして寝る準備をして寝た。
そして、翌日も私はいつものように小学校に通学した。
中学生になったばかりの私はパソコンでネットを色々検索しているととある記事にたどり着いてその記事を熱心に見ていた。
私はその記事を更に調べていく内に私が今まで見た事がないタイプの漫画の一部が掲載されているサイトを思わず熱中して見ている内にこれが「普通」だと思った。
『若くて可愛い子と話をする方が……』か。
そして、私はこの漫画を続けて見ていくと、このセリフを言った後のシーンでこの漫画の主人公の大人の女性が言ったセリフを見て更に驚いた。
私が今までセックスしてきた男たちは「ロリっぽい」ではなく「ロリコンそのもの」じゃん。「普通」の大人の女性は例え漫画のキャラだとしてもこのキャラみたいに「ロリっぽい」のが少なくても自分が好意を寄せる男の好きな女のタイプだろうなと思ってしまったらそれだけでもその男に対して少し残念な気持ちになるのだろうか。
私は何となくは分かっていた事だけど、こうはっきりと気づけた瞬間が今までの短い人生の中で一番社会勉強になった気がした。しかし、いくら私でもこの漫画の作者が本当に伝えたい事や思いはこの場面ではない事だけは流石に分かっていた。
そう言えば私の友達も児童ポルノに出演したことがある。私ほどではないがその動画は変態男達の需要があった。大バズリとはならなかったけど見ている辺たち男は一定数必ずいる。もしそのことが今の彼氏にばれたとして今の彼氏はそれを知ったうえで今までと変わらない恋心を友達に持ってくれるだろうか。私には分からないけど、確実にそうだとは断言できない。運が良ければ全く影響はないかもしれない。でも……
今、友達はどうしているのだろう。本当に好きになった彼氏と一緒にいるのだろうか。家族といるのだろうか。別の友達といるのだろうか。それとも一人なのだろうか。今から私は友達に連絡を取りたかった。でも、私は我慢した。友達は児童ポルノに出演してしまった事をどう思っているのだろう。私と同じように後悔しているのか。今の彼氏にそのことがばれたらどうしようかと悩んでいるのだろうか。それとも何とも思っていないのだろうか。色々考えた後で私はため息をついた。そして、また考え事を続けていた。
私は一切、自傷行為ができない。オーバードーズが出来ない。麻薬を使いたいとも思わない。お酒を飲もうとも思わない。煙草を吸おうとも思わない。明日から勉強を頑張って最終的に入学するのが困難な難関大学に合格できて卒業できて一流企業に就職できてそれで仕事ができるようになり出世してそして誰か私よりもあらゆる面で優秀な男と結婚して子供が出来て夫と子供と人生の苦楽を全て共にして、そして、何時か子供が大人になり誰か素敵な恋人と出会いその素敵な恋人と結婚する日が来たとしてもそれでも私は幸せになれるだろうか。それが今の私が思いつく本当に軽薄な最高の人生なのだけど他の人生も色々幸せだろうなとか大多数の他の人よりは幸せになれる確率の高い人生を色々考えていた。本当に色々な人生だ。しかし、考えれば考えるだけ私はどんどん気分が滅入ってきた。
しかし、そんな私でも少なくても現時点では心の底から本当の恋愛や他人は無論、自分に対して本当の愛情を持つ事は至難だけど可能性はあると思っている。今すぐは無理かもしれない。でも、自分が生きている限りはその可能性があると心の底から信じている。不可能だとは思っているけどそれを乗り越える可能性がある事は確信している。絶対はこの世では少なくてもないと思っている今の私でも絶対はないんだという事を私が珍しく興味を持っているボーカルのバンドの一曲の歌詞の部分で一番印象に残っている部分のような正確ではないが大まかに『愛し抜けるポイントが一つあればいいのに。それだけでいいのに』という理想に近い理想を抱いている。今考えられる不可能を何時か凄く苦しい事だし難しい事でも今は何時か乗り越えられる可能性があると心から思っている。それは凄く幸せな事だと確信している。少なくても心の苦しみや自分に対する性格の欠点に対するコンプレックスが完全には消えないにしろ大分減るぐらいの楽さはある。そのボーカルと同じく珍しく興味を持っている海外のミュージシャンの曲の歌詞で完全には覚えていないけど『俺が神なら誰もが死ぬ』という感覚を心の底から共感できてそれを人間として正しい感性だと思える可能性が何時か訪れる日が来る事を信じている。とても難しい事だけど信じている。その可能性がある事は少なくても信じている。何もかもが無茶苦茶で矛盾だらけの滑稽無形な現実感のない理想。だけど今の私はとにかく色々な理想をその時々で深く考えられる時間がある時にそれらの理想を考えている。
私は塾に行き始めた。取り敢えず塾に行けば私は強制的に勉強が出来て成績は確実に僅かかもしれないけど上がるだろうと思っていた。
塾から帰り風呂に入り歯を磨いてから私は自室に戻り何時ものように考え事をしていた。私が今、何よりも後悔している児童ポルノに出演した後悔の念なんて大したことではない。あの後悔の念はいずれ完全に少なくても無意識の内からは至難だけど、でも意識的には完全に諦める日なんて来るだろう。可能性だけではなくそんな日は長い年月がかかるかもしれないが生きている限りは必ず訪れる日が来ると思っている。何かそんな事を本気で考えていると精神的には疲れる。今、もっと考えられる事はあるが努力を基本的に感情的には不快だと思っている私はその不快を減らす為にスマホで感動系のYoutubeを見る事にした。内容は割と正統派だなと最低限思えるような動画をいくつか見て最初は単純だなとか分かりやすいなとか思っていたけど、だんだん理解しようとする事が難しいと思うようになっていた。本気で今考えられる事を全力でずっと動画を見ながら考えていたが動画を見れば見る程ますます難しく思えてきた。
私は昨日、塾に行った時、その時、どうしても解けなかった問題を解こうと必死になって勉強していた。結局、完全には理解できなくて私の学力はこんなものだったのかと思い知ったけど、それでも努力が基本的には心地よくないと思っている私が必死に努力をしていた。ダメだ。違う問題を解こう。そう思って今度は英語の勉強をする事にした。英語の筆記体って私はどうも苦手なんだよなと思いながらも少なくても中学校や塾では大して不利にならない筆記体が書けるような不効率的な事を必死に努力しても全然、英語の筆記体が書けるように全力で努力していたけど少しも書けるようにならなかった。時間を無駄にしてしまったと後悔して一番今の所興味のある理科の問題を解くことにした。
何か特に科学の勉強はすればするほど興味が出てくる。原子記号なんて覚えるのが苦痛には思えない。いくら私が本気で嫌いな人間を少しでも不愉快にさせるためとはいえ勉強自体が快楽とは思えない私でも勉強って快楽な部分があるんだなと素直に考えられる。
5、
中学時代の13歳の4月にしたクラスメイトの女の子の初体験で盛り上がる周りの女の子への醒めた気持ち。その初体験をしたという女子生徒の明言はしないけど少なからずあるもうセックスを経験したという自慢に対する軽蔑。私はあなたよりも早くセックスした事があるし経験人数も多いし、しかも、日本人だけでなく外人ともセックスした事あるんですけど。しかも、あなたがまだセックスを経験していない時に。
そして、中学2年の春に中学生になってから初めて付き合った恋人の私への優しさへの醒めた気持ち。もし今の彼氏は私が児童ポルノに出ていたことを知ったら今までのようなきれいごとを言わなくなるだろうなという思い。その彼氏は私がその男子生徒の事を好きというよりは相手の熱意に負けたからその同級生の男子生徒と付き合っていた。
その時、私は何時か全て失う日が来る事を確信した。それまでの私の全ての努力は全て無駄になる。そして、私は元々人と一緒にいても楽しいと思われるような性格ではない。今、私は友達もいることはいるけど心から信頼をしていない。今気づいた事だけど、今の彼氏はどうやら私を処女だと思っているようだ。まあ少なくても大学生になれば処女じゃなくても別に驚く事でも何でもないだろうけど、まあ例え処女じゃなくても今まで私が少なくても100人以上の男とセックスしていた事は今の彼氏には想像もできないだろう。そう思うと私はどうしても周りの全ての同級生が男女ともに子供に見えてくる。そう言えば小学生だった時から中学生になっても一度も部活には入らなかった。それでも運動は抜群ではないけど運動神経は良い方だ。そして、特に最近、私は孤独を埋めるために必死に勉強をしていた。今はもう児童ポルノに出演した事のある唯一の昔の友達と最近、会っていない。私がいくらその友達に連絡しても連絡が返ってこなくなってしまった。
最近になり、私の家族は将来を少しだけ期待してくれるようになっていて私はその期待を応えるように両親や祖父母の為ではなく自分の為だけに努力した。家族や友達や彼氏や今までお世話になった人たちが全員不幸になっても自分だけが幸せならそれでいいという思いで生きている。理性的に考えて出来れば家族や友達や彼氏や今までお世話になった人たち全員幸せになって欲しい。でも、心の底からの思いではない。あくまでも出来れば不幸になるよりは幸せになって欲しい。その程度の思いだ。生きていく内に私は昔よりも歪んだ醜いプライドだけが高くなっていた。
私が私なりに理想だと思っている「良い中学生」を演技していた。そして、時が経つにつれてその演技力はどんどん向上しているように思えていた。それが正しいのか勘違いなのかは分からない。そして、私の性格は最低最悪だけどそれを隠す力もどんどん向上している気がしていた。これも本当の所はよくわかっていなかった。
私は初体験の早さを内心では自慢している女子生徒に対する軽蔑の気持ちは微塵も言わなかったし態度にも出さないように必死にしていた。その後、その女子生徒はどんどん色々な男達とセックスを重ねていた。更に周りの女子のその女子生徒への何というか浅い尊敬の思いが強くなっていた。正直、全ての事にますます私は醒めてくる。しかし、そんな思いは微塵も見せないしネットはおろか日記にも記さないように必死で努力をしていた。努力が好きではない私もそれでも必死に努力をし続けていた。一日が終わるたびに精神的に凄く疲れてしまっていた。
しかし、それらの私の本音は今の友達は勿論、今の彼氏にも両親にも祖父母にも一切言わなかった。
しかし、私は塾に入る前から今まで通院していたメンタルクリニックに通わなくなっていた。最初は大変だったけど最近になりようやく慣れてきた。そして、その辛さを少しでも軽減させて麻痺させる為、薬を飲む代わりにその分、私はただ必死に勉強をした。
以前はセックス依存症だった私が今は大分セックスへの依存度が治っていた。今、私はオナニーをよくするけどセックスは何時でも出来るけど敢えてしなかった。本当はセックスをしたいけど我慢する日々。今の彼氏にフェラしたらすぐいってしまいそうだなとか挿入したら最初はどのぐらいもつのかな。そして何より童貞を早く捨てたいだろうな。もし今の彼氏が童貞を捨てたらまだ童貞の周りの友達の男子生徒から羨ましがられるだろうなとか考えている。その時、もう私が処女じゃないと分かったら彼氏は勿論、その友達はどう思うのかなとかそんな事を考えて、そして、その考えを振り払い、時間がありなるべく出来るなら勉強をしている。幸い、殆ど分からない問題はない。どんどん学力は上がり、高いレベルの問題がどんどん分かるようになっていく。しかも、私の場合はそれを自慢に思っていない。謙虚だからではない。運が良かったぐらいの思いしかないからだ。セックスのほかにやれることがあるんだなという程度の思い。私より勉強の成績が低い人達にも私よりも頭のいい人はいっぱいいる。そして、私よりも勉強が出来る人もいる。それは自然に思える。それは理屈ではなく本当に思っている。そのことが分かっている自分は別に偉いのではなく運がいいだけだろう。少なくてもそれぐらいの事が分かる知能があるのだなぐらいしか本当に思っていない。自慢する気にもならない。そんなの当たり前すぎるからだ。馬鹿でもわかる事だ。余程の馬鹿でもない限り。ますます私は自分の性格が悪いなと思う。最低だと思う。
別に外見は良くなくても本当に優しい同級生の女子生徒がいる。その子は男にはモテないけど私は良い女だと思う。私が男子なら私のような女の子ではなく、その子の事を好きになると思う。もし運よく付き合えて私みたいな上辺だけが良い女が処女でその子が別に処女じゃなくても私が男子なら私のような女子とセックスをするより、その子とセックスできた方が遥かに嬉しい。その子が好きすぎて思わずその子が処女を捨てた男に嫉妬したり、その子に対して複雑な気分になったりするかもしれない。それとも全く気にせず自分の事を受け入れてくれた事をただ嬉しいと思うかもしれない。でも全員とは思わないけど大多数の男子中学生は私みたいな女の事セックスした方がその子とセックスするより嬉しく思うんだろうなと思った。私は明らかにまともで「普通」の女子中学生ではないから本当の所は推測しかできない。その推測がどれだけ正確なのかもわからない。
しかし、もしその時の私が処女でその時のその子が処女じゃなかったら対多数の男子中学生は余計そう思うんだろうなと思った。まあ殆ど何も知らない女で本当に好きじゃない女なら例え私が男でも私みたいな上辺だけ良い女とセックスした方がその子とセックスした事をより満足すると思うけど。処女かどうかは置いといて。処女が好きな男や関心が無い男や処女が苦手な男がいるから一概には言えないけど基本的にはそう思った。
最近、興味のあるバンドの曲のごく一部の歌詞の『道理も通らないような人生』という理解しているレベルからしてみてみれば私はその通らない道理の事しか考えられないレベルの考えしか考えられないようなレベルだと自覚していた。
中二の1月の後半。私と同じクラスの中学2年の男子生徒二人が私の事を私になるべく聞こえないような声量で美人だと言っていた。しかし、その後、男子生徒の一人が「でも、俺は絶対あいつとはやらない」と言った。その男子生徒の友達は意外だったらしく「何で?」と聞いた。するとその男子生徒は「理屈じゃ完ぺきに表現できねえよ」と答えた。私は他人の自分に対する評価に敏感だからなるべく他人からの自分の評価を本音が一番いいけど本音ではなくても出来る限り知りたいと思っている。だから、余り自分の他人に対する評価を気にしない人なら聞こえなかったかもしれない。私は確かにそういう男子生徒もいると思っていたけど、初めてはっきりとそう考えている事を言う男に出会った。もしかしたら他にもいたかもしれないけど、私ははっきりとそういう事をいう男に初めて出会った気がした。私は当たり前のようにその言葉を全く聞こえなかったように振舞った。でも、何故か急にその男子生徒の事に興味が出てきた。今までは同じグラスの男子生徒だとは意識していたけど、その時以来、初めてその男子生徒の存在をはっきりと意識した、
私はその時、やはりなと思って普通にその後も授業を聞いていた。まあ、殆ど同じような感じでしばらく学校での時間を過ごした。そして、学校が終わった後で行かなければ行けない日は毎日、塾に行き、必死になって勉強していた。塾が終わり疲れたなと思いながら家に帰り、昨日スーパーで母親が買ったスポーツ飲料を飲んだ。その後、寝る前の全ての準備をしていた。準備が終わった後で私は何時ものように学校の友達と軽くスマホでやり取りをして取り敢えず終わった時に何時もなら何かしようかなと思うけど、その日はすぐに寝ようと思った。そして、寝る前に色々考えていたけど、ふと私は初めて他人にその事を誰かに伝えたいなと思った。だから、起きてスマホで登録してある他人たちの連絡先に全部目を通した。最終的に今はもう連絡が取れなくなった友達にその事を連絡したけど返事は何時までも返ってこなかった。私はずっと返事を待っていたんだけど流石に返事が一週間経ってもこなかったから返事が来る事を諦めた。その後も私は特に変わりなく学校生活を送っていた。しかし、ある日、私はその男の友達に声をかけた。その男の友達は驚いていたようだ。私は構わずその男子の友達に唐突に「今、好きな人はいますか?」と尋ねた。するとその私と絶対セックスをしないと言っていた男子は「ちょっとトイレに行ってくる」と言って私から離れていった。その男子の友達は俺も連れションにという思いをなるべく下品にならないように言おうとしてでも止めて「分かった」と言った。その友達はその後、その私の質問に対して「特にいないけど」と答えた。私はまたしても唐突に「私は恋愛対象外ですか?」と尋ねた。その友達は「それはない」と返事をした。私は「そうですか。じゃあ、友達が今、部活の顧問の先生の昔の教え子がなんのスポーツか分からないけど、とにかく次のオリンピックに出る事になったみたいで友達はその教え子の話を聞きたくて職員室にいるみたいだから私も職員室に行くね」と言ってその場を離れた。
それから2か月後、私は当時の彼氏と別れてから、またしても昼休みに私の事がはっきりとセックスしたくないと言っていた男子生徒とその友達の傍に行き話をかけた。
またしてもその男子生徒は、今度は「あ、そう言えば部活の顧問に用事があるのを思い出した」と言ってまたしても直ぐに私から離れていった。
その後、私はその男子の友達に「今度、デートしませんか?」と唐突にストレートにデートに誘った。その男子は急に冷静さを失い「いいよ。どこに行く?」と返事した。私は「ラブホテルも選択肢の一つだよ」と思ったが流石にそれは言えなかった。「無難な場所だと映画館かな」と言った。その友達は「分かった」と言って、その後、「そう言えば、君の連絡先を知らない」と言った。私は「そう言えばそうだったね。ごめんね」と言って連絡先を交換した。その日の夜にその同級生の男子から連絡してきた。取り敢えず映画館で映画を観る事になり、何の映画を観るかと色々、相談し合って最終的にその当時ネットで殆どの人から高評価だった恋愛映画を観る事が決まった。私はあまり興味が無かったけど、「楽しみだね」と連絡してその後また色々やり取りをして「もう寝るね。おやすみ」と最後の連絡をして私はその日、もうスマホを使うのをやめた。そして、その男子生徒の友達との初デートの日。私達はその映画を見た。
あるふと何故か知らないけど、私はその時、一番話が合うと思っていた友達に実は私は初体験の早さを内心で自慢していたとは言わず、「あのよく中一の時に話題になっていた女子の初体験の時よりは少し遅いけど、でも、その女子と同じ年齢で初体験をしたという内容の事を話した。しかし、その友達に「でも、本当はあの子よりもっと早く初体験していたでしょう?」と言われた。私は驚いて思わず「うん」と答えた。その友達から「だろうね」と言われた。そして、その日、私達はその他にも中学生活の事を色々話して、最後になり、その友達は私と同じ高校に行きたいと言ってくれた。私は何て言っていいのか分からず率直に私も出来れば一緒の高校に行きたいと言った。
しかし、結局、中学を卒業後、私とその友達は別の高校に進学する事になった。
しかし、児童ポルノでも中2ぐらいなら納得できるだろうけど。
私は小5だったからな。しかも、好きでもないのに。




