22・聖女参戦
「どうしたの、その格好」
「それはむしろ私の台詞ですよ。なぜ、あなたがこのような場所に、そんな薄汚れた装いで……」
「それには深い事情があってね」
「んー? なんだよ、このキレイな嬢ちゃん知り合いなのか? ハハッ、相棒も隅に置けないなぁ」
「相棒? 意味が分かりかねますね。あなた、どこの誰か存じませんが、この方の氏素性をわかっているのですか?」
「さあね。高貴な生まれだろうと馬の骨だろうと関係ない。相棒は相棒さ。それ以上でもそれ以下でもないってことだよ」
「失礼ですが、あなたのようなたちの悪そうな人では、彼と釣り合いが取れるとはとても思えませんね」
「アハハ、言うねえ~♪」
「ちょっ、声が大きいよ二人とも。詳しい話がしたいなら、どこか別のところで……」
よほど対照的な性格なのか、出会って間もないのにもう刺々しい関係になってる。
困った。
これ以上往来の場でやり合われたら注目の的になってしまうよ。
たまったものじゃない。隠れないと。
二人の手を取り、目立たぬように、けれどゆっくりではなく早足で、近場の物陰に向かう。
「あら、強引ですこと」
「積極的だねぇ」
誰のせいだと思ってるんだと言いたかったが、ぐっとこらえて飲み込んだ。
雑貨などを取り扱ってるぽい店。
その裏手に聖女と魔女を連れ、店の外に積まれた木箱の陰で、ひそひそ話を始める。
「……それで、どうして聖女ちゃんともあろう者がそんな格好を?」
「家出です」
「「は?」」
予想だにしてなかった答えに、僕とペルトゥレの声が見事にブレなく重なった。
何を言ってるのかなこの子は。
「正しくは神殿出ですね。私はもう聖女としてお払い箱らしいので。ですから、聖なる装束も脱いでご覧の通り」
「待って待って、理解が追いつかない」
「では順を追って説明しましょう。別に隠すこともありません。いずれ国中に知れ渡る話ですから」
そんなわけで。
聖女──いいや、元聖女エルスティルが淡々と語る内容は、驚きと呆れが入り混じったものだった。
第四王子、つまり僕の兄さんのひとりであるグラン王子が、スピリシアという女性を『水の聖女』として台頭させたいがために、エルスティルに聖女としての立場を退けと、朝っぱらから直に要求してきたのだという。
スピリシアという女性は、グラン兄さんの通う学園初等部のクラスメートらしい。
年齢は当然、グラン兄さんと同じ十一歳。
僕と同じ水の属性持ちで、しかも聖属性じゃないのに聖水を作り出せる才媛だとか。
その才能と可憐さに、兄さんは一発でやられてしまったらしい。それで、無茶にも程がある要求をこの子に迫ったのだろう。
……なんというか。
馬鹿だね。
兄さん達の中でも一番オツムの出来が悪いのは聞いていたけど、ここまで馬鹿な色ボケだとは。
やることが手荒すぎる。
いくら王族でも、そんな身勝手な一存で『聖女』の座をとっかえひっかえできるわけないよ。
幼い頃から身を粉にして人々のために生きてきた者を、何の実積もない者と入れ替える。王子の一存だけで。
反発が起きないはずがない。
世間知らずな引きこもりの僕でさえ、そのくらいのことはわかる。
でも、今のグラン兄さんはそれすらわかっていない。
血迷っている。
女の色香にやられている。でなかったら普通こんなことはしない。
しかし、さらに血迷ってるのは、
その愚かな要求を丸飲みして、ついさっき聖女を止めてきたらしい、この子だ。
「今の私はただのエルスティル。どこにでもいるただの少女です」
「いや、ただの少女ってそんな……どうしたの? なんでまた、そんな馬鹿げた直訴に同意しちゃったわけなのさ」
「不甲斐なさから──と言えば、おわかりですね?」
また変なこと言い出した。
「わかるわけないよそんなクイズ。ヒント全くないのに」
「原因はあなたですよ、王子」
僕?
なんで?
「僕が何かしたっていうの? ──なんて思っていますか?」
「うん」
「そうとも言えますが、厳密には違います。あなたが何かしたのではなく、私が何もできなかったのです。あなたの悪しき力を祓うことがかなわなかった未熟な私。それを恥じ、深い負い目を感じていた私は、第四王子の要求を運命だと思いました。これは、私を一からやり直させるため──天が与えた機会だと」
暗記している詩を朗読するように、すらすらとエルスティルが語る。
「よくわかんないけどさ……つまり、弱ってる時にクソすぎる戯言ぶつけられてヤケになったのか?」
「うん。僕もそう思う。かわいそ……」
意外と繊細だったんだね元聖女さまは。
「──そして、こうして私たちは出会いました。これを運命と言わずして何というのです?」
僕らの話に一切耳を傾けることなく、エルスティルは話を終えた。
「言いたいことはわかったけど、忙しいからまたね」
「お待ちなさい」
腕を掴まれた。
いや、やめてくれないかな今は。
焦るってほどではないけど、そろそろ目的地に向かわないといけないんでね。キミに捕まってる場合じゃないんだよ。
「私はあなたの汚れを必ず解くと誓いました」
「はあ」
「その誓いが果たされるまで、私はあなたと共にいます。成長して、あなたを救うことができるまでになったその時が、いつ来てもいいように」
「なんでそうなるの」
もう破綻してるよこの子の理屈。
「ちょっと待ちなよあんた。なに人の相棒に付きまとおうとしてんのさ」
「彼のためです。そして私のためでもあり、ひいては世の中のためでもあります」
「スケールの大きなこと言って煙に巻こうとしても無駄だよ。そんなもんじゃ魔女の耳はごまかせないってね」
「魔女……なるほど、王子の宿す汚れの匂いに釣られて来たわけですね。浅ましい」
「アハハハ。なあ相棒、暗殺者どもより先にこいつやっちまってもいいかな」
また険悪になってきたよこの二人。
「駄目だって。そんな暇ないよ」
「ちぇー」
「…………暗殺者? 暗殺者と言いました? まさか、王子たるあなたの命を狙う者が……?」
エルスティルの顔が、わずかに険しくなった。
また面倒なところに食いついてきたね。聞き逃してくれたらよかったのに。
「いや僕じゃない僕じゃない」
「……そうですか、わかりました。だからそのような姿で目眩ましを……」
「だから違うって」
「ならば、私に任せてもらいましょうか。あなたを呪いから解放して救う前に、あなたが毒牙にかかるのを放置するなど本末転倒。であるなら、是非とも守らねば」
「誤解だよ。話が飛躍しすぎだって。頼むから手を離してってば」
「駄目です。守ります。見捨てはしませんよ、決してね」
エルスティルの言葉には、熱意のようなものが沸き立っているように感じられた。
聖女をやめた件について語っていたときの冷ややかさとは真逆の熱意が。
──結局。
一から説明するのも時間がないのでこのまま同行させよう。
聖女なんだから多少は戦力にもなるだろうし、結果的には悪くない展開なんじゃないかな、この流れ。
今後もこの子に付きまとわれそうな現実から目をそむけつつ、そう思う僕だった。




