21・襲撃への襲撃
やることは決まった。
連中の話しぶりからして、ファルティニア姫は親善大使としての役目を終え、今日帝国に戻るのだろう。
その途中、グレイン橋で襲われる。
連中──盗賊を装った暗殺者たちに。
で、僕とペルトゥレがさらにその暗殺者たちを襲うのだ。
僕はずっと王宮にいたため、外のことについてはとてもうといが、それでもグレイン橋については知っている。
暇つぶしに地理の本や国内の地図とかを読みふけったことがあるのだが、それらにちゃんと記されてあった。
王国でも三本の指に入る大きな橋。
だから、わかりやすい目印として、襲撃場所に選んだのだろう。
この王都からはあまり離れてはいないが、馬車でのんびり帰るなら、朝に出発しても昼過ぎくらいまでかかるところにあるはずだ。
そこから、皇女一行は夕方までに宿場町に到着する予定なんじゃないかな。
そんな、お日さまが一番輝いている時間帯に盗賊が現れる。
しかも王都の近くで。
あり得ないね。
陰謀の匂いしかしない。
その陰謀を僕が潰す。
理由は見て見ぬふりをしたら後味が悪いから。それと腕試しも兼ねて。
潰すことを決意したら、僕が、試合ではなく実戦でどのくらいやれるのか試してみたい気持ちが……なんだかムクムクと盛り上がってきたのだ。
大人顔負けの実力を誇ってる蒼炎皇女に完勝できたんだから、僕だってそれなりに強いんじゃないかなと思うんだ。
でも、強いからといってむやみに人の命を奪うのはやめておこう。
そんなことをペルトゥレに言ったら笑われた。
「アハハ、大したことじゃないよ殺しなんて。よくあることさ。すぐ慣れるよそんなもん」と笑っていた。
慣れるって……そんなの、慣れるものなのかな……。
──気を取り直して、
さあ、準備を始めようか。
まず何をするかだけど、僕らはとりあえず寝室に戻り、寝ることにした。
寝不足のまま殺し合いをやるわけにもいかない。体調はできるだけ整えておかないと。
ペルトゥレはそこのソファーで寝るらしい。
こっちで寝ないかと言ったのだが「さすがに一緒のベッドで寝るのはよ……」と断られた。かわいいところもあるんだね。
寝ているところをボニーに見つかるかどうかが不安ではあるが、でも、彼女はよほどのことがなければ普段僕を起こしにはこない。そう命じてある。
それが今回プラスに働いてくれた。
念のため、ある仕掛けを作っておく。
寝過ごさないための仕掛けだ。
僕だけでなく、ペルトゥレのほうにも作っておこう。
おやすみなさい。
バシャバシャッ
「うわ!」
「ひゃんっ!」
冷たい!?
なんだ、なにか水で濡れて…………ああ、そうか。
そうだった。
そうしていたんだ。
──朝。
起きてはいるが意識がぼんやりして、眠気が消えない心地よい状態でいると、いきなり頭から液体をぶっかけられた。
何事かと思ったがすぐにわかった。思い出したというべきか。
僕の仕業だ。
眠りにつく前に、自分とペルトゥレの頭の上に水球を作っておいた。
何の変哲も、特殊な効果もない、濁りを排除してある、きれいな水の玉。
ただ、時限式にしておいた。
だいたい、朝になる頃に制御が失われ、宙に浮いているのが保てなくなるように。
それまでに起きることができたら消して、
起きれなかったら、まあ、こうなると。
さじ加減が難しいんだけど、うまくちょうどいい時刻に割れてくれて良かった。
「一言くらい言っといてくれよなぁ」
「ごめんごめん」
だけど、言っておいたところで、目を覚まさなかったんだから、結果は変わらずな気もする。
それでも何も言わずにやった僕が悪いのは確かなので、言い訳はやめておこう。
「ま、顔を洗う手間ははぶけたけどさ」
そんな冗談を口にしてるあたり、別にたいして怒ってもいないようだ。
僕が素直に謝ったからかな。
「じゃ、次の準備に取りかかろうかな」
やることは二つある。
正体を隠すための変装と、ボニーの目をあざむくことだ。
これは、どちらも簡単に片がついた。
変装は適当に顔を隠すだけ。
黒っぽい布を覆面代わりにして、服は、持ってる衣服の中で一番地味なものを濁り水で汚しておいた。
嫌われ者の僕の衣服は兄さんたちのものよりも質素なものが多い。というかそんなのばかり。それでも平民の服よりは仕立てが良いので、汚してごまかしておく。
そのくらいでいい。
どうせ僕が魔術を使えば、皇女や護衛のあの女性──パトラさんには魔力の感じとかでバレる。なんなら、濁った臭い水出した瞬間にもうわかってしまうよね。
でも他の護衛さんたちや悪党に見られないよう、顔だけは隠しておく。
顔さえ見られなければ、皇女とパトラさんさえ黙っててくれたら無理矢理にでも秘密のままにできるし。
ボニーには、こう言っておいた。
今日は魔術に没頭したいから、ずっと一人にしてほしいと。
彼女は全く怪しむことなく了解してくれた。
食堂から去り際に、昼食はどうするのですかと言われたので、もう持ってきておいてと伝えると、朝ごはんが終わってすぐ、サンドイッチを勉強部屋へ運んできてくれた。仕事が早い。
その時に、夕食については、僕が食べたくなったときに言うから呼びに来なくていいと伝えておいた。
もし夜まで長引いたときのための保険だ。
なお、この昼食用のサンドイッチだけど、まだ何も食べてないペルトゥレの朝ごはんになった。
二つの準備は終わった。
後は出ていくだけ。
まだ顔を隠すこともないと思うので、帽子だけかぶっておく。
僕の顔を知ってる人もそうそういないだろうしね。銀髪は流石に目立つから帽子で隠すけどさ。
時間にはまだまだ余裕がある。
馬車でゆっくり帰国するお姫さまと違い、僕らは急ごうと思えばいくらでも急げる。そのための魔術もある。
以前、たまたま編み出した水の魔術。
さらにそれを手助けする、ペルトゥレの石の魔術。
それらを用いて、グレイン橋に皇女さまが乗ってる馬車が着くまでに追いついてしまえばいいのだ。
おなじみ『聞き水』で使用人たちの居場所を逐一把握しながら、誰にも見つからぬよう地下室へ行き、隠し通路から臭い部屋に抜け、上の階に上がり、建物から出る。
そこにあったのは──
初めての──外。
王宮をぐるりと囲む、城壁の外の世界。
兵士、商人、神官、物乞い、酔っ払い、魔術師……。
老人、子供、大人、男女……。
色んな人々がひとつの鍋で煮込まれたような、慌ただしく詰め込まれた世界。
「どうだい、これが世間さ」
「凄いね。やかましくて、忙しくて、活気に溢れて……」
「下世話で、楽しいだろ?」
「そうだね。……うん、悪くない」
「王子さまに……おっとと、あんたにお気に召してもらえて良かったよ」
つい口を滑らせたペルトゥレが言い直す。
なんで言っちゃうかなキミは。
やっぱりこの子には、あまり大事なことは教えたら駄目みたいだねと、そう思っていると、
「…………あの、あなたは……」
呼び止められた。
茶色のフードで髪の毛をまるごと隠し、
目元から下を同じく茶色の布で覆っている、
丈の長いスカートを穿いている少女に。
「どうして、このようなところに……」
聞き覚えのある声は、信じられないという響きだった。
「あれ、その声って、もしかしてキミは……」
茶色の少女が、何も言わずに顔を隠してる布を指でずり下げ、こちらに見せる。
見たことのある顔が、そこにあった。
少女の正体──それはなんと『鏡の聖女』エルスティルだったんだ。 まさかの再会。




