海賊退治と美少女
サハギンを倒した樹は、人気者になっていた。特に家計を預かる主婦に人気だった。
この街の主食は魚なので、値段が上がると家計に直撃するのだ。
「いま散らしますので、少々お待ちを」
樹に殺到して道を塞ぐ民衆を、兵士たちが追い払う。
樹としても、ゴツい漁師のオッサンや、人妻に群がられても困るので感謝していた。
「助かります。でも、あまり乱暴にはしないであげてください」
「分かりました。お任せください」
民衆を宥めながら散らしていく兵士たちに感謝しながら、樹は冒険者ギルドに帰っていった。
「お帰りなさい。報告は聞いています。素晴らしい活躍でしたね!」
樹が民衆に囲まれている間、見届けていた職員が報告に戻ったのだ。
サハギンはそれほど強い魔物ではないが、一般人や兵士には充分脅威だ。あの数ならCランクの冒険者くらい必要だろう。
そしてCランク冒険者はサハギン退治など受けてくれない可能性がある。Cランクにしては報酬が少ないからだ。
「今回の貢献度は少しオマケするそうです。ギルドマスターもお喜びでしたよ」
「それは嬉しい。ランクを上げれば報酬の高い依頼も受けられますし」
ランクが高い冒険者がモテる理由に、お金があることが上げられる。
愛があれば生きていけるわけではないので、生活費を稼げる男はモテるのだ。
樹はレベルが規定に達すれば、ランクがすぐに上がるくらい功績を稼いでいる。
功績に対してレベルが足りないという、不思議な現象になっていた。
普通はレベル相応の活躍しかできないので、樹の活躍は目立つだろう。
「それと先ほど、船会社の方が海賊退治のお礼を持ってきましたから、サハギン退治の報酬と一緒にお渡しします」
海賊から船を守った分と、手に入れた海賊船の売却金だった。
神金貨3枚。3000万オーロという大金だった。
船会社からすれば、超大型客船を失わずにすんだあげく、被害者家族に慰謝料を払わなくてよかったので、3000万オーロは安くすんだ。
樹はすでに一般的な男性の稼ぐ、生涯賃金の数倍稼いだことになる。
これだけで、樹が働かないと言っても、庶民の女性なら喜んで結婚するだろう。
この男はヒマが嫌いなので、働かないなどと言い出さないだろうが。
稼いだ報酬は預けておくことにして、樹は冒険者ギルドに海賊の情報を聞いた。
樹が捕らえた海賊から、情報収集は終わっており、海賊のアジトに関する依頼が出ていた。
本来なら兵士の仕事ではあるのだが、この街の主力は海兵だ。
たいていが海賊を警戒するために海に出ていて、常に人手不足だった。
そういった事情がある街では、兵士の仕事も冒険者がやることが多い。
軍を動かすと金が掛かるので、冒険者に依頼するほうが安くつく場合なども、冒険者ギルドに依頼されている。
兵士も無尽蔵ではないから仕方ないが、兵士の存在意義が問われることもある。
そのため、軍事費を削減して、冒険者ギルドに回している領地もあった。
「海岸沿いの洞窟か……明日にでも行ってみるか」
「また1人で行くんですか? お強いのは知っていますけど、大きな海賊団のアジトだから人数がかなりいますよ。頭目がやられて防備を整えているかもしれませんし」
そのあたりは運だ。まだ頭目が捕まったことを知らない可能性もある。
海賊が街を見張っていたりすればバレているだろうが、そうでないなら海賊船がアジトに帰ってくるのが遅いな、くらいの状態だろう。
「なんにしても早いほうがいい。逃げられても困るでしょう」
「それは確かに。領主様も自分の領地から海賊を逃がして、別の街に被害を出せば、他領との関係が悪化して困りますね」
「なので明日向かいます」
海賊退治などは早い者勝ちなので、依頼票を剥がしたりはしない。
樹は自分の借りている家に戻り、明日の準備を始めた。
『食料は買えばいいですけど、樹は料理をしないんですか?』
「料理は少しだけできるぞ。1人暮らしの男の料理なんてたかが知れてるが。でもこの世界では無理そうだな」
『便利な家電もないからですか?』
「そうだ。魔道具で代用できそうだが、この家にはないからな。竃の使い方なんかオレには分からん」
樹は現代人なのだ。普通に生きて普通に仕事をしていたので、異世界で都合のいい技術や知識など持っていない。
『なら魔道具を買うか、メイドでも雇わない限り、外食ですね』
「可愛い彼女か奥さんを見つける手もあるぞ」
『料理ができる女性だといいですね』
地球のように、学校のクラブ活動があるわけでも、お料理教室があるわけでもないので、料理をできない人は多い。
親が料理できるか、近所の人に習うか、習い事のできる金持ちの娘くらいしか、料理技術を習得している女性はいないだろう。
女性でそれなので、男性のほうは壊滅的だ。独身男性はほぼ外食だった。
奥さんを貰っても、外食のほうが美味しいので外食という家庭もある。
金持ちなら人を雇うこともできるので、金持ちの娘も料理ができない者は多かった。
そういった事情なので、何のための奥さんかというと、子どもを作るために結婚することも多く、子どもの作れない女性は致命的だった。
女性には本当に生きにくい世界である。一夫多妻が当たり前になるのも仕方ないだろう。
そうでなければ悲惨な人生を迎える女性も増えるし、人口も減ってしまう。
「とにかく稼いで、最高の奥さんを見つけるぞ」
『異世界に放り出されたのに前向きなところは、尊敬に値しますね』
樹も不便だと思うことは多いが、可愛い女の子がいれば問題ない男なのだった。
何にせよ、夢中になれるものがある人間は、どんな場所でも楽しくやれるのかもしれない。
「他にも尊敬してくれていいんだぜ?」
『変態的に痛みに強いところも尊敬しましょう』
「変態は余計だ。人の覚悟を変態扱いすんな」
樹は回復するから、どんな激痛でも我慢しようと覚悟して戦っている。どっちみち変態的かもしれないが。
「とにかく明日の準備だ。リュックサックに詰めよう」
樹は買ってきた保存食などを詰め込み、早めに眠りについた。
そして朝早くに出発する。当然のように馬に乗れない樹は、歩いて向かった。
体力のある樹は、休むことなく歩き続けた。途中で馬に乗った美少女を見掛ける。
「いまの見たか? オレと同じ方向に向かったぞ」
『同業者ではないですか。先を越されない内に急いだほうがいいのでは?』
「そうだな。あんな美少女を逃すわけにはいかない。早く追い付いて口説かないと」
『1人で向かうからには、彼女も自信があるのでしょう。先を越されたら、お金は入りませんよ。資金があるからと油断していたら、貧乏になってモテなくなります』
「それは嫌だな。金もしっかり稼ぐよ」
そう言って走り出す樹。馬ほどの速度は出ないが、オリンピック選手の3倍近い速度で走った。
ギャグキャラの謎の体力のおかげで、樹は速度を緩めることなく、海賊のアジトまで走り続けた。
入り江のような場所に船が停泊しており、ここが海賊のアジトであることに疑いはない。
先ほどの美少女が乗っていた馬も、近くの岩にロープで繋がれていた。
樹も急いで近付くと、剣戟の音が聞こえてきたので、すぐにアジトに飛び込んだ。
「民を傷付ける海賊なんて、あたしが全部退治してあげるわ! 覚悟なさい!」
少女は強かった。青い光を身にまとい、美しく剣を振るう姿に、樹は見とれた。
剣が振るわれるたびに、海賊が血を噴き出して倒れていく。あまり加勢の必要はなさそうだ。




