竜④
【人間に吸血鬼? また佳唯は面倒事を引き連れているのか】
「面目次第もございません」
【手が必要か?】
「ご心配には及びません。里にも近づけませんのでご安心ください」
【佳唯が連れているのだ。心配などは無い】
佳唯は礼を言って鞄を開き、ルシュフに何かを持たせた。陰と陽の紋の描かれた手鏡だった。
【それにしても、暫く会わぬうちに言葉遣いが丁寧になり過ぎではないか?】
「紅竜は長になったのですから、当然の事です」
【そうか。佳唯はそういう奴であった】
「知り合い、ですか?」
アドニスはひりつく喉を慣らして聞いた。
佳唯は苦しそうなルシュフに触らないように、今度は白い布をかけて覆った。黒い煙が布から漏れ出す事はなかった。
「母親の虹龍と知り合いでね。紅竜は産まれた時から知っているの。確か今は2500歳くらいではありませんか?」
【2623歳だ】
「前に会った時は長ではなくて。あれは200年前になるかしら」
【184年前だ。……そうだ、佳唯は年も数えなかった】
「旅をしていると季節も時間もわからなくなってしまうのです」
佳唯は少し照れて笑った。
「ケイの方が年上という事ですか?」
【勿論だ。我らも生物。故に寿命がある。仙人を始め神族や、魔族の様に永久には生きられぬ。長と言えども親子程離れている。……もうすでに殆どの生物が『年下』だろうに、佳唯はその者個人を尊重する。立場や心情や時代までも考慮し、対している。そなたにも覚えがあるだろう】
アドニスはこくりと頷いた。バッカスと幼い頃会ったと言うのに、話すときはアドニスが連隊長に対するのと変わらない。
アドニスにもそうだった。初めは町民が騎士に接する様に接していたが、今ではただの少年の様に扱ってくる。……もう少年では無いのだが。
「それは変な事では無いと思うのだけれど……」
【普通の事と出来る事が凄いのだ】
佳唯は布に巻かれたルシュフの上に傘を開いて立てて、出来上がりとばかりに手をぱんぱんと叩いた。
「これで暫くすれば大丈夫」
【暫くが数年で無い事を願うよ】
巨竜が背を伸ばし、牙を鳴らした。喉の奥からはグッグッと低音が響く。
「そのように笑わなくても良いでは無いですか」
【さぁ、終わったなら紹介しておくれ】
打ち鳴らすような低音は続いているが、佳唯はわざとらしく溜め息をついて、紅竜の前に立った。
「彼はアドニス。元聖騎士で今は私と旅をしている者です」
「お会い出来て光栄です。私は、佳唯様の下でこれからの騎士の在り方について学ぶ為に同行させていただいております。アドニス・ウォーカーと申します」
「それでこっちの」
「ルシュフ・ロゥールだ!」
「……」「……」【……】
「何故黙る! くそ! なんだこれは! 出せ!」
【……もう動くのか】
「……本当に。反転の鏡も定魂の布も気休め程度だと思っていたのですが」
とことこ、と佳唯は布袋に近付いて行った。ルシュフは出口を探して動きまわるが見つけられないでいる。
「ルシュフ」
佳唯が声をかけると布はピタリと動くのをやめた。
「無理をさせてごめんね。少し休憩していて」
「……置いて行くのか」
「っ! そんなんじゃないよ! これから竜の里に行くの。多くの竜が集まってる中で喉が渇いたら大変でしょう? だから待っていてほしいの」
「置いて行くんじゃないか」
「でも……」
「別にいい。もう俺は寝る。起こすな」
「あ、あのね? えっと……」
「おい。……俺の名前を言え」
「え? ルシュフ?」
「よし。もういい。下がれ」
ルシュフはそれ以上何も言わず、動きもしないので佳唯が困っていると、紅竜がゆっくりと立ち上がりながら言った。
【アドニス・ウォーカーと吸血鬼ルシュフ・ロゥール。我は竜の国の長、そして六王が一席ベテルギウスに座る者。名は『木の生えぬ、固い土の大地のような紅』。二人を歓迎しよう】
紅竜がそう宣言すると、突然景色が昼の草原から、夜の街の広場へと変わった。
足下は草から石畳へ。果て無いと思った草原はどこか清(中国)を想わせる赤い瓦の建物へ。空は青から黒へ変わり、屋根に沢山つけられた提灯に照らされている。
アドニスはまた瞬間移動したのだと思ったが、実際は違う。
気絶していたルシュフは見ていないが、アドニス達の今まで見ていた草原は重なり合う別次元で、ずっとこの広場にも立っていたのだ。
佳唯は最初から広場が見えていたようで、草原の真ん中にぽつんと寝かされていたルシュフだったが、街に変わった今では軒先の樽や瓶と並んで邪魔にならない位置で横になっている。
アドニスはきょろきょろというより、くるくると身体ごと辺りを見回している。
「これは」
「ようこそ、竜の国へ。残念ながら初めての人間という訳では無いがね」
声をかけたのは紅い、清の国の服を着た背の高い男性だ。アドニスも高いがそれよりも高く、彼は2mを越えているかもしれない。
美しい刺繍を施された布を使ってある、ゆったりとした服で、腰を留めてある紐には紅いよく磨かれた握りこぶし程の珠がついていた。
どことなく佳唯に似た笑顔で、その男は微笑んだ。
「この姿の時はペテルギウスと読んでほしい」




