竜②
3人は山を登っていた。人里から隠れる様に森を進み、今は大きな岩の転がる渓流を上流へと進んでいた。
人の腰程の高さの岩達は川の水に濡れていないので、誰も躓く事なく足を運ぶ。
「日のあるうちに頂上に行くのは無理そうね。野営の準備をしましょうか」
日が頭の上を過ぎた頃、佳唯は言った。
「もう休むのか」
川の横の日陰になっている場所をふわりと漂うように進んでいたルシュフは、きちんと人の姿になってから聞いた。
夜にだって出掛けることの少なかったルシュフは長距離の移動に飽きて霧か蝙蝠となってはちょこちょこと移動していたが、そろそろそれも飽きてきたようだ。
「テントを張れる場所を探すのよ」
佳唯は少し高めの岩に登って周りを見渡した。前を向くと川辺りに丁度良さそうな場所がある。
「アドニス。あそこはどう?」
「少し、待ってください……」
真夜中の戦闘とその後の移動。50kmは歩いただろうか。騎士であり小隊長を勤めた彼はそのくらいで疲れるはずが無かったのだが。
「前半、張り切り過ぎましたね」
ニコニコと佳唯は言った。分かっていたと言わんばかりに、アドニスに手を差し出す。
素直にアドニスはその小さな手を取り、佳唯の乗る岩に登った。
戦争は鉄砲や大砲を使い、産業に蒸気機関を取り入れる世の中で、すっかり人間の世界ではドラゴンは想像上の生物になっていた。
吸血鬼と対する聖騎士においても、ドラゴンは既に『絶滅』と結論づけられていた。
勇気の竜と共に闘う話、悪しき竜を倒す話、知識の竜に知恵を授かる話。心躍る物語だけが残され、けれど髭一本、鱗一枚その存在を肯定する物はない。
そんな、居て欲しい居ないもの、ドラゴンに会えると言われて、何も感じない『少年』はいない。
佳唯はいつもそれを好ましく見ている。
「ああ、あそこなら丁度良さそうだ。それにしてもケイは本当に体力があるのですね」
「楽な身体の動かし方や一番登りやすい場所が分かっているだけですよ」
もちろんそれだけではない。身体の作りや筋力は見た目通り少女だ。しかし、仙女の力はその身体に無限にスタミナを与える。
どれだけの間食事を取らずとも、何年睡眠を取らずとも彼女は常に『最高のコンディション』を維持できる。仙女の力が尽きなければ。
「不便だな、人間は。それに貧弱だ」
ひらひらとクロアゲハが2人の前を通り過ぎる。
偉そうな口をききながら。
「早く歩け。俺が進めん」
人間には休憩が必要だ。いくら鍛えた騎士が人並み外れていようと本物の人外達と比べてはいけない。
「嬉しそうだな、吸血鬼。夜が好きか?」
「不安そうだな、人間。悪夢は好きか?」
目の前の蝶を手の平で適当に追い払ってアドニスはそれ以上言わずにまた歩き出した。
掴んだりしないのは、構って触れれば血を吸われるよ、と佳唯に言われたからだ。
「夜はゆっくり休んでね、アドニス」
「いえ、見張りは慣れています。飯を食えないなら辛いですが、戦う事も得意ですから、熊が来ようと任せてください」
「俺が居るのに来るかよ。それに熊も狼の群れもアーリーモーニングティーに丁度いい」
「え? 山神に言ってあるからここら辺に危険な動物は来ないよ。……呼ぶ?」
アドニスは少し身を正して、呼ばないでくださいと佳唯に言った。
アドニスは夜に悪夢を見た。
佳唯が用意していたテントは一人用の小さなもので、アドニスが入ればほぼ埋まる。
女性を外で寝かせる選択肢は無いのだが、吸血鬼がいるのに人間が外で寝る選択肢も無いと言われた。人を傷付けてはいけないという枷に吸血が含まれていないからだと。
ならば消去法で一緒に寝るしかないねと佳唯に言われて。
結果、アドニスは悪夢を見た。
柔らかい少女の身体を抱き締めて、戦いに興奮した肉体は。
聖なる気の、家族の待つ家の温もりに似た気に満ちたテントの中で、孤独に慣れた魂は。
どこまでも優しさを与えようとしてくれる者に、拒否と破滅を願った心は。
揺れ動くには重たすぎて、どちらに傾く事も出来ない天秤となって。
何かが軋む音を聞きながら、暗闇に揺れる同胞達に謝る言葉を幾千と紡ぐ。そんな悪夢をアドニスは見た。
エロ揶揄じゃなかったw
佳唯はルシュフとアドニスが掛け合いしてるのを見て『あらあらウフフ仲が良いのね』とか言っちゃいそうな性格をしてますが、聖騎士が吸血鬼と仲良くなりたい訳が無いので、その辺の空気を読んで言わないのです。




