聖騎士⑤
重たい、金属音が響く。
間一髪というところで聖女は胸から聖棒をだして剣を防いだ。
だが、少女に訓練された騎士の一撃を受け止められるはずも無く、簡単に吹き飛ばされた。
狭い洞窟では勢いを相殺することは出来ず壁に打ち付けられる。
バッカスは飛ばされた聖女の安否のを確認する前にアドニスに剣を振るう。
「駄目」
短く発せられた言葉に、先程の重圧を乗せて。聖女は彼らを止めた。
「連隊長殿。私は大丈夫」
ちらりとバッカスは聖女を見て、振るおうとした剣を持ち直した。
狂った仲間と吸血鬼の気配を敏感に感じ取る為、神経を研ぎ澄ませる。
油断するな、ここは戦場であると自らに再度言い聞かせた。
「アドニス」
聖女の声は掠れていた。頭を切ったのか少し血が流れている。
「私を殺したとして。世界は混沌に沈む事はないわ」
腰に着けていたポーチから清潔な布を取り出して、血を拭いていく。
「知ってる? バーナードには妹が居るのよ」
「え? 俺? はい、います」
「私より大きくなっているけれど、私に昔の妹を重ねるのでしょうね。優しくて良いお兄ちゃんだわ」
「それがなんだ」
「バッカスには昔にも会ったことがあるの。彼がとても小さい時よ。昆虫がすきでね、良く森へ来ていたわ。私を姉の様に慕ってくれていた」
「今でも変わりません」
「後ろの彼は」
「もういい! それがなんなんだ!」
「アドニス」
聖女はアドニスを見据えた。またあの問うような瞳だ。
「戦いしかない人間なんていないわ」
苦しい。胸が疼く。吐き気がする。目が回る。
「アドニス! 息をして!」
ぐらりとアドニスが揺れて
「油断だな」
吸血鬼が聖女に手を伸ばした。
「馬鹿でしょう」
「うるせぇ……」
「なんで聖女の血が飲めると思うのよ。馬鹿でしょう」
じゅうじゅうと何かが溶けるような焼けるような音を隠すように吸血鬼はうずくまっている。
「何なんだお前。聖女は腐っても人間だろうが! お前は人間じゃ無い」
「そうね。そこまで考えて、何故飲めるとイコールでつないだのか謎だわ」
つんつんと聖女が丸くなった吸血鬼を突く。
「触るな! 焼ける!」
ふう、と聖女は息を吐いて、アドニスに笑いかけた。
「こうやって、1つの事しか出来ない生き物を化け物というのよ。貴方は人間ですもの、見つけられるわ。戦い以外を。」
「貴女は……何者なのですか?」
アドニスを見つめたまま、少女は立ち上がった。
「仙女と呼ばれる、人間を超越した者。かれこれ4700年は生きてるわ」
「女神……」
呟いたのは誰かは分からない。でも、皆そう思った。暗闇で光輝く彼女を何故人間だと思えたのか、今では不思議だった。
「他宗教で良ければ、そう呼んでもらって遜色ないわ」
彼女はちょっと困ったように笑って、戯けて言った。
「連隊長、やはり私、この子を預かります」
「女神がそう仰るなら」
「ひどい人ね。……ありがとう。吸血鬼を倒した証が必要なら、これを」
そう言って、指先ほどの大きさの黒い宝石を取り出した。
「これは?」
「別の吸血鬼です。究極まで聖なる力で焼くとそうなります」
「なるほど」
「でも死んでる訳ではないのです。真祖の吸血鬼は不死だから。ですが、これをロザリオか聖杖にでもはめておけば、まず復活は出来ません」
バッカスが宝石を覗きこむと、黒い中に赤くゆらゆらしたものが見えた。
「次はこの子ね」
「なんだ」
七つの大罪の一つを冠した吸血鬼は、不貞腐れて応えた。
もう傷口は煙をあげていない。
「『ルシュフ・ロゥール』貴方に枷をつけるわ」
少女が吸血鬼の手を握ると、それだけで両腕から黒い布が弾かれるように剥がされ、白い腕が顕になる。
「ぐっ!」
「一つ、『人を傷付けてはいけない』」
右腕に模様が描かれる。小さい三角の並ぶそれは楔文字だ。
「一つ、『私から離れてはいけない』」
次に左腕にも描かれ、赤く燃えたあと白い腕に沈んで、見え無くなった。
「……くそ」
「さぁ、『悪の吸血鬼』は倒したし、とりあえず外に出ましょうか」
「聖女様」
「アドニス……」
「これから、どうされるのですか?」
「これまでと同じです。世界を見てまわります。お供に吸血鬼を連れて」
にこりと微笑むと、アドニスは決意を込めた目で見つめ返した。
「私も連れて行ってくれませんか?」
少女が目を見開くと、見た目相応のあどけない顔になった。
「私は、騎士の要らない世界を見に行きたい」
ルシュフは物凄く幼い感じですが、見た目は20歳です。ヤバイですねw
仙女が4700年と言ってますが、もちろんぴったりじゃないです。端数切り捨てです。
100年程度は誤差の範囲。不老不死あるあるですw
なんだか主役のほうがついでの扱いで旅の仲間が出来ましたが、聖騎士の話はこれにておしまい。




