聖騎士④
まず住処の周りを囲み、配下の数を減らしていき、出入り口を聖火で塞ぎ、人間には倒し切る事の出来ない真祖の吸血鬼を聖女様に倒して頂く。
これが、『怠惰の王討伐作戦』だった。
「やはり、私には無理です……」
「しかし」
「分かります。人間にとって不安の種でしょう。けれど……」
「どうか、お願いいたします」
「あなた方は何も知らない幼子を手にかけられると?」
「誰が幼子か」
聖女がここに来て難色を示した。
まさか、多くの騎士を無意味に無感動に潰して回った残忍な怠惰の王を、可哀想だからという理由で倒せないと言われるとは思っていなかった。
「んー、今までも近づかなければ被害は無かったのでしょう?」
「奴も血を吸うために人を殺します」
「そうか、そうですね……」
「吸血鬼は悪です。倒さねばならない」
「だったら貴様が倒しにこれば良いだろう。女の尻に隠れるだけの腰抜けが」
「本当に幼子のようだな。そんな安い挑発しか出来ないのか」
「あ?」
「ちょっと黙っていなさい、ルシュフ」
ピシリ、と場が凍った。
「……何だそれは」
「私が貴方に付けた仮の名よ。ルシュフ・ロゥール」
「それが正式な名か?」
「ん? ……そうね。ルシュフでもいいけれど、ルシュフ・ロゥールが正式よ」
「そうか、我が名は『ルシュフ・ロゥール』か」
「え? え! 待って、貴方、人語が話せるのよね?」
「話しているだろうが」
「……貴方、もしかして、自分の敵がどこから来ているかも知らないの?」
「俺に敵などいない」
「そうじゃ無くて……うん」
「なんか俺、吸血鬼を侮りそうで、怖いです」
バーナードが気を落とした様に言った。
「お前らは何しにここまで来た。俺を殺しに来たのではないのか」
はらはらと黒い包帯が剥がれていく。何処に力を入れているのか、人間には出来ない動作でゆらりと吸血鬼は起き上がった。
「ここまで俺を追い詰めておきながら、ただお喋りしに来たのか」
剥がれたと思った布は蝙蝠の羽を形作り、両手も自由になったのに、身体はまだ包帯に巻かれた様な出で立ちだった。
黒い煙が手の平に集まり巨大な爪になる。
上半身を一撫でで抉り取りそうな爪をも凌駕して、紅い瞳に危険な光が宿った。
「そんなにも……仔猫の様に怯えなくても、良いのよ?」
今まで聖女に無かった声色だった。
仲間である人間ですら、動けなくなる程の圧倒的強者の声。
「そう。貴方、死にたいのね?」
違うと否定しなければ、殺されると思った。
だがそれは、人だけだったようだ。
「俺は、もう十分生きた。殺せるものなら」
「信じられない! 吸血鬼はいつもそう!」
「あ?」
「なぜなの? どうして何も知らないまま居られるの?」
「知らん。他の吸血鬼と云うのも知らん」
「どうして!? 何故それで十分生きたなんて言えるの?」
「俺がどうして死にたいか、お前も知らんだろうが!」
「だいたい吸血鬼は、人を愛して人の血を吸えなくなって死にたくなるのよ」
「っ!」
聖女が呆れた様に言って。吸血鬼はプイと横を向いた。
先程の強烈な殺気の出し合いは何だったのか。また、やり取りは柔らかいものに戻った。
「……貴方、自分の居る場所も知らないのでしょう?」
吸血鬼は何か言いかけて、またプイと横を向いた。
「そうね。洞窟とか森とか言ったら、ぶっ飛ばしてやるところだったわ」
吸血鬼は羽も爪も仕舞って、ドサリと座りこんだ。
「貴方はイギリスという国に居るのよ。今はいろんな国と長い間戦争してるわ」
もう、知らんとすら言わなくなった吸血鬼に、聖女は続けた。
「イギリスは世界の中心と言われていてね、いろんな産業や学問も進んでいるわ。他の多くの国も負けてはいない」
だからなんだと言わんばかりに、吸血鬼は目を閉じる。
「ルシュフ。これからイギリスは、人の世は、大きく変わるわ」
聖女はしゃがみ込み、吸血鬼に目線を合わせた。
「化け物の時代は終わったのよ」
後ろで聞いていたアドニスは、聖女のその言葉に何故か焦りを覚えた。
それはアドニスだけだったようで、バーナードなんかは、剣を鞘に戻してはいないものの、笑顔で他の隊員に話しかけていた。
「駄目だ。……終わって駄目だ」
「アドニス?」
「お前は人類の敵でなければ」
彼の目に死んでいった同胞が映る。
訓練で自らが手をかけた、同胞が。
終わってはいけない。今はまだ小隊長になったばかりだ。戦場で死んでいった者達はどうなる? 自分のしてきた事はどうなる? 自分は何を護ればいい? これから、化け物がいなくなれば自分は何と戦えばいい?
アドニスは。
聖女に斬りかかった。




