聖騎士③
人類側は確実に魔物を滅ぼしていった。
ヴァンパイアの住む洞窟へ本隊がたどり着く頃、作戦通り空が白んできた。
鎧は泥に汚れ、真っ直ぐに立つものの皆息が荒い。
生き残った百余名で洞窟を取り囲む。そして、一斉に蝋燭に火を灯した。
それは聖女が教会で祈り太陽から取り出した、聖火だ。
「これより、最終決戦に入る!」
連隊長バッカスが声を張り上げた。普通ならばそれに合わせて隊員達もうなり声を上げそうなものだが、聖騎士達は静に祈りはじめた。
決戦は少数で行われる。後の者は場を清め、勝率を上げるのだ。
暗い洞窟に入るのは、連隊長と聖女とアドニス隊から5名が選ばれた。
洞窟に明かりを入れると、ザワザワと黒い何かが奥に逃げて行くのが見えた。
「聖火が効いている様ですね」
「そうですね。でも、最初に言った通りこの火に魔を滅する力はありません」
「はい。霧になり逃げ出せないだけでも有り難い事です」
先に聖火を持ったバッカスと聖女が入って行く。その後をアドニス達が続いた。
洞窟は作られたもののようで、真っ直ぐに奥へと続いていた。
ガリガリと、今でも音が聞こえてきそうなくらい粗く削られた壁は、だが道は床とも呼べるほど平で、本当に人一人がただ通る為に削ったのだと思われた。
「これは、怠惰の王が作ったのでしょうか?」
「怠惰の王?」
「奥に眠る吸血鬼を我々はそう呼んでいます」
「そう。随分と立派な名前をつけてもらったのね」
「聖女様は奴をご存知で?」
「一応は。でも、争いが嫌いで滅多に戦いにも出て来ませんでしたから……。なるほど、争いが嫌いなのではなく、怠けているだけの可能性があるのですね」
くすくすと可愛らしい笑い声が響く。
がしゃり、と、今まで規則的だった鎧の足音が乱れた。
「……何故、笑う」
「アドニス隊長?」
「ここは戦場だ。何故笑う」
「……私が、私だからですよ」
何だその答えは、とアドニスは怒鳴ってしまいたかった。でも、なぜか声は出なかった。納得してしまった自分がいる。
「貴方のして来た努力は知っています。壮絶な今までの戦いも」
聖女は一人洞窟の奥へと歩き出す。
聖火の光が届かない場所まで歩いても聖女が見えなくなることはなかった。聖なる光なら彼女からも出ている。
「自分で言うのは恥ずかしいですが、私もいろいろ努力をして……まあ強くなったのです」
光は徐々に強くなり先の見えなかった道の先を照らしていく。
「だから、貴方は貴方のままでも強いですよ」
ふわりと長い髪が流れて聖女は振り向いた。アドニスを見据えた瞳は、まるで問うているようだった。
何を?
「気付かせてくれる人が現れる事を願います」
聖女はにこりと笑った。
「まずは、奥まで行ってしまいましょうか」
洞窟の奥はやがて先細り、騎士一人がやっと通れるくらいだった。
これで戦闘が出来るのかと、騎士達は不安になっていた。
「居ましたよ」
聖女が声をかけると騎士達は一斉に剣を抜いた。
洞窟からどんどんと細くなっていった先。もはや穴と呼ぶべき場所にそれはいた。
黒い布でぐるぐる巻きにされた白髪の死体のようなそれは、穴にすっぽりと納まるように座っている。
ゆらり、と影が動いた。蝋燭の火のせいか?なんて楽観視する者はここにはいない。
そんな者はとっくに死んでいる。
死体から滲みでた黒い煙がザワザワと聖女に向っていく。
「聖女様!」
アドニスは前に飛び出そうとしたが、バッカスに止められた。
煙は聖女の元まで届く事なく、行き場をなくして彷徨っている。
違和感に気付いて顔を上げたのは、死体の方だった。
綺麗な整った顔に鮮やかな紅い瞳。
何を映すでもなく、ぼんやりと前を向く。
そして。騎士達は先程倒してきた魔物らと同じ地響きのような声を聞いた。
「五月蝿え。その声で喋るなと言っただろうが」
「え。貴方、人語を話すの?」
「当たり前だ。あんなもの、何を言ってるか分からぬわ」
「え? むしろ悪魔言語が分からないの!?」
「ちょっ、ちょっと待ってください! さっきの声は聖女様が?」
バーナードが聞いた。他の者は驚いて声も出ない。バッカスだけは油断無く吸血鬼を見ていた。
「そうよ。人があまり聞くと気が触れてしまうけれど、悪魔や魔物には一般的な言語で」
「知らん。五月蝿い。寝かせろ。殺すぞ」
「…………なるほど、怠惰の王ね」
ピクリと、死体もとい吸血鬼の眉が動いた。
「その『怠惰の王』とは何だ」
「人が貴方をそう呼んでいるのよ」
「我が名は『王』だ。『怠惰』とは何だ」
「王は名前じゃないわ。怠惰もそうよ。『怠惰の王』は『怠け者の王さま』ね」
「我が名は王だ」
「……名前がないの?」
「知らん」
「貴方、確か生まれて三百年経ってなかった? ……名前ないの?」
「五月蝿い。殺すぞ」
「人はとても的確な名で呼んでたのね」
長い前フリにお付き合い頂きありがとうございました\( *´ω`* )/




