聖騎士②
笛の音、短音三回のした方へとアドニス隊は向う。
仲間が見えた時、既に何人かは頭が潰れていた。魔物にやられたのか、自らでやったのかはわからない。
ここまで来るまでに、小さな物はコウモリから、大きな物はオオカミまで切り払ってきたが、そこにいたのは今まで見た事の無いグリズリーの様な魔物だった。
「あれは私が相手しましょう」
突然聖女から声がかけられた。振り向く事もなくアドニスは道を開けた。
聖女様の邪魔をするなと連隊長から命令されているからだ。
騎士がまた魔物に捕らえられ、己が首を切り落とした。
その隙に別の騎士が魔物の脇腹に一撃を入れる。魔物は呻くが、ダメージを負った様には見えなかった。
魔物は掴んでいた騎士を捨て、斬りかかってきた騎士に足を伸ばした。そして、そのまま胸を押しつぶす。
ガン、と鎧が凹む音がして、騎士が口から血を吐き出した。
騎士は最期に自らの目に剣を突き立てた。
激しい戦いに走る速度を上げた。
近付いていくと不思議な声が、金属のぶつかる音の合間に聞こえてきた。
地響きの様に重なって聞き取りづらいが、確かに何かを話している。
「あまり聞いては駄目よ。毒だから」
聖女はそんな事も分かるのか。アドニスが驚いて聖女を見ると、彼女は柔らかく微笑んだ。
アドニスは胸が疼くのを感じた。
聖女は胸元から鉄の棒を取り出す。それは手の平二つ分程の長さしかない。先も丸くなっていて、楽器と言われた方が納得できる。
蓮の彫りの美しい銀の棒は、万が一にも悪を滅する最強兵器だと答える者はいないだろう。
聖女はぐっとその場に屈みこんだ。
まだ、魔物まで槍でも届かないほど距離がある。まさか攻撃を受けたのか?アドニスは足に力を入れて止まり身構えた。
小隊隊員が止まった瞬間、聖女はまるでカワセミの様に一気に魔物の元に跳躍した。
銀の棒は魔物の胸を真っ直ぐに捉え、魔物は炭となり夜風に舞っていった。
「ここは特に浄化しておいた方が良さそう」
言い終わるか否か、暖かい風が彼女を中心に吹いていく。
僅かな星の光すら集めるように長い髪が揺れるたび煌めく。
何をしているのかは分からないが、とても穏やかな、でも気持ちの引き締まるそんな光景だった。
微睡むようなその風を浴びて、やはりアドニスは吐き気の様な違和感を覚え、唾をゴクリと飲み込んだ。
助けに入った小隊は数を5分の1まで減らしていたので、アドニス隊とともにヴァンパイアの住む洞窟へと向かった。
聖女の足は騎士達と比べて遅いが、一度も止まる事はなかった。
少し前にアドニスは部下のバーナードが聖女に、休憩は要りますか?と聞いているのを見た。聖女は、大丈夫と笑っていた。
戦闘が一段落着くたびに、聞いているのでアドニスは叱りつけた。
煩い、と。
聞いた瞬間、バーナードの目に反抗心が宿った。
アドニスはそれをとても驚き、困惑した。何故だ。だいたい、戦闘の度に休憩など要らないだろう。
聖女がバーナードの手を取る。
「ありがとう。皆さん程では無いけれど、私も少しは丈夫だからまだ走れますよ。気にさせてしまってごめんなさい」
「そんな!謝らないでください。気にするのは当然です。私達は貴女を護る為にいるのですから」
「おかしな事を言う。護っているではないか。それと休憩を気にするの、何の関係がある」
アドニスは、久しぶりにこんなに長く話した気がした。
そんなどうでもいい事を思うくらいには、動揺していた。
話しかけるつもりなんてなかった。自分は、さっきからどうしてしまったのだろう。
「アドニス隊長、それは本気で言っているんですか?」
バーナードが上官に反抗するまでに怒る理由も分からない。
発言自体は本心だ。さっきだって、あんな大物を倒したのに平然としてるじゃないか。
「バーナード」
聖女が優しい声でバーナードを呼んだ。ハッとして、次に柔らかい顔になり、聖女に振り向く。
バーナードの一連の変化をアドニスは見ていた。
アドニスはまた吐き気と胸の疼きを感じた。そして気付く。
これは、魔物と対峙している時と似ている。それと。
「私は本当に大丈夫。先を急ぎましょう」
聖女の顔を見ると疼きが強くなる、と。




