聖騎士①
聖騎士・パラディンは、中世および初期近代ヨーロッパの多くの国で見られた、一定の高位にある騎士である。
本来パラディンは、古代ローマ皇帝ディオクレティアヌスによって、侍従として、また親衛隊と呼ばれる宮殿の護衛兵として作られた。
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夜行性の動物を狩るならば、寝ている昼に行動を起こせば良い。
肉食の彼等は、同じ理由で夜に昼行性の草食動物を襲っているんだから。
もちろん寝ている時に襲われないように身を隠しているので見つけるのも大変だろうが、やはりそこは彼等が獲物を狩る時と同じだ。
警戒しているのを襲うのは大変だろう。そんな苦労を肉食動物達もしている。
さて、ならば。
同じ様に夜に動き、同じ様に血肉を喰い漁る『化け物』ならばどうだろうか?
弱点である聖なる陽の光の当たる昼に、奴等を狩るのは常套手段だ。
だが、奴等は本当に昼に存在しているのだろうか?
特に夜の王と呼ばれる純血のヴァンパイアならば。
奴等は闇に融け、冷気を放ち、気が付けば隣にいる。気が付く、とは死に際だ。
木々のざわめきに羽音を混ぜ、風の流れに足音を混ぜ、星の煌めきに狂喜の眼光を混ぜる。
ヴァンパイアとは、夜そのものなのではないだろうか。
肉食動物と草食動物の話に戻そうか。
草食動物はただ食べられている訳ではない。
群れを作り、睡眠時間を削り、防衛している。それだけではない。角や蹄を武器に時には肉食動物と戦うのだ。
そして、繁殖期に肉食動物の子供を襲う事もあるとか……。
人間と化け物共も同じだ。
人類は奴等の食料ではない。
角も蹄も持たないが、代わりに知恵と勇気がある。……憎悪と動機がある。
ここに戦争があった。
指示の為の笛の音と行進の足音はするものの、轟音も悲鳴も無い。人類同士のものと比べるとあまりにも静かな戦争だった。
数千の人類が攻め滅ぼそうとしているのは十数匹の化け物。
そして、それを統べる夜。真祖のヴァンパイアの一人。
歴史に記される事の無い聖戦だった。
聖騎士である彼等はこの戦争のために修行を積んできた。
それは場所や時代が変われば拷問と呼ばれるものだ。される方はもちろん、する側にも苦痛が伴う様なものだった。
精神を鍛える。神と対話する。そんな名目の拷問は、ただ自殺する為のものだった。
化け物に襲われれば化け物になる。
細かい制限はあれど、それは真実で、厄介な仕様だ。
対処の方法はいくつかある。だが一番シンプルで安価で速く対処できるのは、襲われた者を殺してしまう事だ。
例え、化け物に襲われ死の寸前だとしても腕が動く様に。
例え、仲間が襲われていても瞬きの1000分の1の間の迷いも無く殺せる様に。
化け物を倒す剣技の訓練はついでと言わんばかりに、ただ繰り返し自殺の練習をさせられる。
そんな彼等が死に際に悲鳴など上げるはずもなく。
静かに夜が深まっていった。
笛、短音、三回。2時の方角より、交戦中.増援求むの合図確認。
笛、短音、一回、長音、二回。11時の方角より、敵発見.小隊で対処可能の合図確認。
二箇所が近いため2時の方向へ、急ぎ対処する。
男は森を駆け抜けながら、自分の小隊に片手で指示を出す。彼は二十五人の小隊の隊長、アドニス。
アドニス隊は後方に編隊されていた。ある人物の護衛も兼ねていたからだ。
それは聖女と呼ばれる少女で、おおよそ争いとは無縁そうな……あったとしても友達同士でケンカをして、次の日にはお互いに謝って仲直り、そんな平和な中に一生を置いていそうな少女だった。
あまり見た事のない顔付きをしていて、荒れた手や焼けた肌が働き者の村娘の様なのに、艶やかな長い黒髪や纏う雰囲気や力強い瞳は王族の様で、若いアドニスやその小隊の者達には彼女が何者なのか計り知る事はできなかった。
聖女だと聞かされた時、惑わぬ様に訓練されたその脳が僅かに揺れたのを感じた。
戦場に立てる程に育った彼には、それが疑問の中に小さく芽吹いた希望であると気付く事はなかった。
「嫌です」
溜め息と伴に断言して彼女は言った。
今回の聖戦の指揮を取る連隊長と大隊長3名と小隊長と小隊副隊長4名と。
民を護る存在の聖騎士とはいえ、大の大人より体格の良い軍人9名に囲まれながら、まるで聞き分けのない子供に言い放つ様に、彼女は言った。
「どうかお願いします。我々はどうしても勝たねばならぬのです」
連隊長がついには膝を折り、頭を下げた。慌てて以下8名も倣う。
「……人はいつでも頑張りすぎる」
少女は悲しい顔をして、跪く騎士達を見た。
微かに呟かれたその声に、応える者もどう言う意味かと考える者すらいない。
騎士達は、深い深い『悪を絶つ』その意志しか宿らぬ瞳でただ彼女を見つめる。
長い沈黙。座っている者ですら疲れそうなほど長い間、誰も身動きを取らなかった。
彼女の中でどんな葛藤や思考が、まるで濁流の様に荒れていても、騎士達はただ待っていた。
「……分かりました。参加しましょう」
知る者は少ないが
その瞬間、人間の勝利が確定した。




