第3話 ついに言えた『あの言葉』
楓音と一緒に文化祭を回ることとなった春馬。前半までの近江との付添いでは、活動的&フリーダムな彼女に振り回されていたところだが、楓音と共にとなるとそれほどでもない。ほんのり落ち着いた雰囲気でもあり、また違う感覚を受ける。しかしそれぞれある程度は回っているのは言うまでもなく、いわば2人での回り直しと言ったところか。
「近江ちゃんとはどんなところにいったの?」
「屋台とか、野球部メンバーのところに行ったかな。主に1年生の」
「どうだった?」
「鍋島のネットのコピーを見ながらの占いとか、沖満のツンツン気味の喫茶店とか。クセは凄かった」
「私、そういうところは言ってないから分からないけど、面白そう」
「じゃあ、行ってみるか? まずは鍋島のところあたり」
春馬の提案に楓音も教室の場所をチェックして彼と共に並ぶ。
1年生こそ8クラスと急増しているがそれほど広くない校舎。目的地たる鍋島のクラスにほんの1分ちょっとでたどり着く。今もまだそこそこの客入りのようであるが、さすがに鍋島の店番は終わっているらしくいないとのことである。
受付の生徒にしめされた『2』のブースに入ると、そこには女子生徒の姿。
「では、どの占いを行いましょう?」
占いの一覧を見せられた楓音は一通り目を通していったが、ふとある一点で目が止まる。
『(相性占いかぁ)』
楓音の思いは単純であり、自分と春馬の相性を占ってほしい。というただただそれだけの話である。しかしどうも踏み切れないところがあるのは言うまでもない。
「鍋島はコピー見ながらだったけど、君はそうでもなさそうだな」
彼女が選ぶ間に1年生女子と話を始める春馬。
「あぁ、鍋島くんは……そうですねぇ」
反応からして彼は上手い方ではなかったようである。
「因みにどの占いをされたんですか?」
「相性占いだったかな。楓音とは違う相方とやったんだけど、当人曰く「どうせ当たらない」とか騒いでたけど」
彼女は「あまりいい結果じゃなかったんですね」と苦笑い。その上でさらに続ける。
「ただ、私の一番得意な占いは相性占いですよ。まぁまぁの的中率ですよ」
「へぇ。そんなに?」
「えぇ。中学、高校と、私が好結果を出した人の半分近くは仲良くしています」
「半分以上はそうでもないのか……」
「そこを言われると辛いところがあります……」
別に仲良くしてないというのが、すなわち仲が悪いわけではないので、半分近くはまだ高い方なのかもしれないが。
「どうしますか? お悩みなら、得意の相性占いで」
悩んでいたところを向こうから来られた。
「お、お願いします」
ほんのり頬を赤らめながら頷いた楓音。
「分かりました」
元気よく返事した女子生徒は手際よくトランプを取り出して切り始める。
「やっぱり使う物は一緒なのか」
「そうですね。ここでやる上で方法は統一しましたから」
会話をしながらトランプを切って2人の前に扇状に並べる。その手際の良さたるや鍋島とは大違いで、さながら手品師のようである。
「はい。お好きなカードをどうぞ」
「じゃあこれで」
「わ、私はこれを」
「はい。少しお待ちください」
指示された2枚のカードを抜き取った彼女は、残ったカードを整えつつ考える。
「やっぱり手際いいなぁ。あれと違って」
「伝えておきましょうか?」
「いや、いい。部活でチクリと言ってみる」
「同じ部活なんですか?」
「野球部でね」
彼女の視線からして結論は出ているようだが、春馬の何気ない会話に乗る。彼女はどうもおしゃべりも好きなようである。この明るさを沖満あたりに分けてほしいと思うのは、春馬だけではないのではなかろうか。
「さて、結果は出た?」
「はい。既に」
彼女は選んだ2枚のカードを山札の中に入れつつ、
「最高を100として……」
「うん」
軽く返事する春馬と息をのむ楓音。
「90でした。かなりいいですよ。100や90はそうそう出る相性じゃないですから」
「変なところで運を使っちゃったかな?」
ほんのり笑みを浮かべる春馬。彼に悪気はなかったが、自分の占いを「変なところ」と言われて女子生徒は苦笑い。違う意味を持ちながら視線を合わせて笑いあう両名の視野外にて、ほんのり頬を赤らめるは楓音。
『(相性90なんて、そんなに。でも、なんだかいつも相性いい気がするし。苗字も生まれた病院も日も一緒で、そんな人と高校で偶然に出会えたわけだし。そ、そんなことってあるのかな?)』
占いに対して、「当たらぬも八卦、当たらずも八卦」と信用しないスタンスを取った近江に、あくまでも統計的偶然と割り切る春馬。一方で楓音はその良好な結果をそれこそ90%本気に受け取る。
いい結果で気分を盛り上げ、悪い結果は気を引き締めて。それならばいいが、きっとこういう子がやみくもに占いを信じるのであろう。
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占いを終えて向かったのは沖満クラスの喫茶店。とはいっても彼女はいない模様。休みなのか、それとも仕事は既に終了なのか。
「いらっしゃいませ」
「2人で」
「はい。こちらへどうぞ」
エプロン姿の女子生徒に誘導されて空いている席へ。最も混雑するであろう昼時こそ過ぎているものの、おやつタイムとあってまぁまぁの混雑具合。
「ご注文がお決まりでしたらおっしゃってください」
いかにも手作りのメニュー表を渡した彼女は一礼して去っていく。
「はい。メニューはどうする?」
丸机に向かい合うように座った春馬と楓音。彼が机の中央にメニューを置くと、ふと視線の合った楓音は慌てたように目をメニューに向ける。
「そ、そういえば、1年生が飲食店をやるようになったんだね。私たちの時は、1年生はダメって言われてたけど」
「去年からできるようになったな。僕が生徒会会議で意見したら、そのまま職員会議でも通っちゃったんだよなぁ」
「すごっ」
「本当は早く部活に行くために議論を終わらせる、すごく適当な口実だったんだけど」
結果的に上手く事が進んでしまっただけなのだが、その始まりは春馬であることは間違いない。
「それでもすごいよ。文化祭の決まりを変えちゃったんだもん」
「決まりを変えたって言っても、そういうところに立場上いたわけだしなぁ」
「でも、そういう立場になれたって言うのは、信用されてるって意味でしょ」
「そう……なのかなぁ」
メニュー表に視線を落としながら小声でつぶやく。
こうした一応は男女の雑談っぽいものになるのは、楓音と近江との違いであろうか。
ややそうして話も盛り上がりかけていたが、なかなか注文を取らない2人への目線に気付いた楓音。急いで注文を取り、案の定素早く出された品を前に再び話も盛り上がる。
しかしなんだかんだ言ってもお互いに野球部である。
「最後の文化祭だし、楽しまないとね」
「最後かぁ。ここからやることなすこと、全部が高校でのラストなんだよな。体育祭みたいなイベントも、部活も」
「うん。文化祭くらいは大学であるかもしれないけど、体育祭はきっとないよね。それと……甲子園はもうないよね。きっと二度と」
これまでに4回あったチャンス。今思えば1年末の春のセンバツにおいて、既に2回のチャンスを消費していた。あれがここまでにおける折り返し地点でもあった。にも関わらず、入学直後からの1年間よりここ1年間の方が長かったように感じる。
目指すべき目標としての希望と、大きすぎる現実としての絶望。その両面を見せつけた甲子園。少し空気が沈みこむ中で楓音が口を開く。
「私、野球を見始めてから10年以上、実際にプレーを始めてから2年ちょっと。そのくらいの経験しかないけど……ひとつ夢があるんだよね」
「夢?」
「結果はヒットじゃなくても、バットに当たらなくても、三振でもいい。だから、野球ファンとして、高校球児として、1度でいいからバッターボックスに立ちたいなって」
「甲子園のバッターボックスか。僕も1度くらいは立ちたいけどな」
蛍が丘高校と龍ヶ崎新都市学院大学附属(茨城)との試合は2回表途中試合放棄の結末を迎えている。後攻の蛍が丘高校は1回裏しか攻撃を行っておらず、しかも三者凡退であった。つまり今の野球部メンバーの内で、バッターボックスに立ったのは大崎・因幡・寺越の上位打線3人のみなのである。4番・猿政以降6名についてはバッターボックスに立ってはいないのである。
「きっと、最後の甲子園に」
「あぁ。やるだけのことはやろうか。クセのある1年生をなんとか引き連れて、な」
「ふふ。近江ちゃんよりクセのある子、いる?」
「近江くらいクセのあるヤツばかりだぞ。蛍が丘高校野球部は」
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結局のところ、楓音と回った時点で店番の1年生と顔を合わせることはなかった。あえて言うなれば優奈と軽く顔を合わせたくらいのものである。そして、恒例の生徒会イベントもほぼ終盤。去年は春のセンバツのためのカンパが余っていたため、最後に思いっきり花火を打ち上げた。しかし今年はそれも無くなったため、例年通りのクライマックスイベントである。
「あ、あの、春馬くん?」
「どうした?」
そんなタイミングで突然に楓音から声をかけられた春馬。何事かと思うと、彼女はスカートのすそを掴んでややうつむき気味。
「ちょっと行ってきていい?」
「行ってこい」
「うん」
確認を取った彼女は小走りで女子トイレの方へ。ここまでずっと彼と一緒だっただけに行くタイミングを逃し続けたのもあるが、文化祭はやはりトイレが混雑する。回転率のいい男子と違って女子なだけに、ここまで我慢し続けていたのだろう。
彼は分かりやすいであろう近場の壁にもたれかかりつつ、やや遠目に生徒会イベントのステージへと目をやる。予算的な制約があるとはいえ、前回と同じカラオケ大会とは。少しくらい頭をひねってほしかったものだと、元生徒会副会長としては思うのみである。
「よっす。新田。1人か」
「あぁ、先輩。お久しぶりです。雰囲気変わりましたね」
「まぁ、不良校も卒業したことだし」
そんなところにやってきたのは、信英館大学に入学を果たした1つ上の先輩男子。高校時代はいかにもな不良スタイルだったが、今ではまるで就活前の学生並みに真面目な格好になっている。
「朝からずっといたのに気付かなかったなんて。今来たんですか?」
「いや。俺も朝からいたし、新田をちょくちょく見かけた。けどずっと誰かといたもんで、邪魔するのは悪いと思ってなぁ」
「あぁ、近江と楓音ですか。別に気をつかわなくてもいいですよ。あの2人なら」
春馬はそういうが、近江なら春馬とのスイートタイムを邪魔されて露骨に嫌な顔をするだろうし、楓音は笑いながらも内面で落ち込むに違いない。そうした意味では先輩の好判断である。
「ところで、野球部の方はどうだ?」
「新入部員がそこそこ入って、リリーフやランナーコーチみたいな人の管理はしやすくなりましたね。1人、試合に出られないので本格的マネージャーですけど」
「武川ねぇ」
同じ学年であっただけにその点は知っている模様。というより彼の卒業前に春馬が相談しているのである。
「どんな人かと思えば、先輩の言うように問題抱えてそうな人じゃないですね。絵に描いたような好青年って意味で、もしかしたらウチの部活1番のクリーンじゃないですか?」
「新田みたいなゲスさもない感じか」
「自分で言うのもなんですけど、自分みたいなゲスさもないです」
できれば戦術勘・計略勘などと言って欲しかったが、端的に言えば『ゲスさ』で間違いないであろう。
「ただちょっと怪しい匂いはするんだよな」
「と、言いますと?」
「それが、ウチの大学で同期のヤツがな――」
彼からその話を聞くと確かに内容は決して穏やかではなかった。ただそれはせいぜい大学生の脚色された武勇伝だとか、悪ふざけと言われればそれまで。話半分に聞いておいて間違いないようなものである。
「――と言うわけなんだけど、どう考える?」
「頭には入れておきます。まさかあっちも信英館大学の学生って看板を背負っている以上、そう下手なことはできないでしょうし」
「ただこっちも高校野球部の看板を背負ってる。あまり問題にはできないぞ。どれほど向こうが悪くても……」
「経験則から分かってます。マスコミはタチが悪いですからね」
春馬のマスコミ嫌い再発。
「しかし、信英館って先輩みたいなのから、そんなのまでいるんですね」
「受験偏差値自体は低いけど、就職に恵まれた学校だからなぁ。上から下まで広いんだよ。つーかそれ、おめぇが言えることじゃねぇだろ。なんで新田が偏差値40の高校にいんだよ」
「先輩もそうですけど、大野山南の特進に落ちたからです。あそこ、一般進学クラスとの併願できないんでギャンブルなんですよね」
「違いねぇ。ただ話を戻すけど、気を付けとけよ。最後の夏、しょうもない理由で消し飛ばすんじゃねぇぞ。できる限りの情報は横流ししてやるから。もっとも、その全てが正しいとは限らんけどな」
「はい。ありがとうございます」
ここは素直に礼を言っておくが、このような話を聞いて頭の片隅に置いておく程度の事ができるわけがないのである。
「春馬く~ん。お待た――せ?」
「戻ってきたみたいだ。それじゃあ、新田。元気でな」
「はい。大学生活、頑張ってください」
「お前もな。高校野球と大学受験を頑張れよ」
彼は手を振りながらその場を後にする。
そこへと入れ替わるように戻ってきた楓音。
「春馬くん。お友達?」
「この間の卒業生。友達でも間違いはないか」
どちらかと言えば『先輩』の認識であった。ただ単純な先輩後輩よりは、今となっては友達くらいに言い張っても否定はされまい。
「どうしたの?」
「何が?」
「ちょっと顔が険しい気がするけど、何か言われたの?」
「多分、元から」
最上曰く、春馬の顔の基本形は上の下に当たるイケメン寄り。しかし死んだような眼のせいで中の上~中まで評価が下がるとのこと。そんな表情なのである。その険しさは元からの可能性は否定できない。
「ねぇ、春馬くん。少し前のことを掘り起こすことになるけどね」
彼女は彼の正面へと立つ。
「野球部に監督、実質顧問。サッカー部の兼部に生徒会副会長。加えて成績優秀。いろんなことを両立していた春馬くん、去年の夏に倒れちゃったよね」
「あったなぁ。そんなこと。でも、今となってはそれも軽くなったな」
春馬は約半年前を思い出しつつも安堵のため息。
野球部の方は相変わらずだが、サッカー部は新入部員参加を機に正式退部。生徒会副会長も任期を満了し、肩の荷が大きく降りた。今の彼にとって残されたものは、ちょっと強めの文武両道と言ったところである。
「あの時ね、私、とっても責任感じちゃったんだ。同じ高校2年生の男子に、自分の何倍もの負担をさせていたんだって」
「別に楓音が責任感じるようなもんでもないだろ。ほとんど僕が好きでやってたことだし、まぁ、生徒会についてはあの無能生徒会長のせいだけど」
「でも、それに気付いていながら何もできなかった。せめて野球部の自分でできることは自分でする。ちょっとでも助けられることは助ける。そんなことできたはず。なのに……」
確かにその点については否定できない点がある。実際に最上はその春馬の負担に気付き、可能な限りで動き回っていたところがある。サポートや彼の代役など、常に喜んで引き受けていたくらいだ。果たしてそのようなことを楓音ができていたかと言われると難しいところだ。
「だから、あの時は言えなかったこと。これだけ言わせて」
彼女は彼の両手を自分の手で包み込むように強く握る。
「無理はしないで」
野外活動の時は言えなかった。
今日の講堂では彼の目を見ることはできなかった。
しかし今なら、しっかり目を見て、何度だって言える。
「私にできることなら助けるから。だから、無理はしないで」
もう後悔はしたくない。
だからこそその思いが彼女の背中を強く推した。
そこまで面と向かって言われた春馬は肩から力を抜いて一息つく。
「分かった。何かあったら助けてもらうよ」
「うん」
「でも、少なくとも今はその時じゃない。ここは、僕ともう1人……いや、もう2人でけりをつけることになるかもな」
彼女はその返しに残念半分、嬉しさ半分。
自分が彼の力になれなかったと思う一方で、誰かは知らないが『2人』は彼の協力者がいると分かったからだ。
「なんのことかは分からないけど、頑張ってね」
「あぁ」
彼は今まで彼女へと向けていた目を逸らし、光輝くステージへ向ける。
「さぁて、最後の文化祭。そのラストスパート、楽しもうか」
「うん。最後のお祭りだもんね」
寂しさ残る最後の文化祭。
しかし春馬には最後の最後で楽しめたことによる、そして楓音には春馬に言いたいことを言えたことによる、それぞれ満足感が負の感情を打ち壊していた。
最後の文化祭は満足感に支配されたままに幕を閉じた。
「ぎにゃあぁぁぁ。なんで誰も起こしてくれなかったの? なんで終わるまで誰も行ってくれなかったの? みんな大っ嫌いだぁぁぁ」
映画上映の行われていた視聴覚室最後列座席。そこでキジの格好で猫のように丸くなって寝ていた近江。昼過ぎから閉幕まで寝続けていた彼女はその例外である。なお同クラス男子勢曰く、キジの格好で喚く彼女は少し可愛かったらしい。




