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第2話 最初の文化祭、最後の文化祭

 本日ハ晴天ナリ。


 雲ひとつないこともないが世界気象機関による天候の基準では快晴である。


 野球日和であり、甲子園を目指す野球部にとっては練習したい日である。


 しかしそうはいかない。


「文化祭だぁぁぁ」


 かれこれ今日は文化祭である。


 映画という特性上、必要なのは上映に必要な人間数名。それは基本的に映画撮影に関わらなかったメンバー中心に組まれており、春馬、近江らは含まれていない。さらに春馬については生徒会役員からも文化祭実行委員からも解放されたことで、今日はオールフリーとなっている。ひとまず視聴覚室においての初期準備くらいは手伝うことになっているが、逆に言えばそれだけの問題である。


「今日は遊ぶぞ~」


 近江を筆頭に3年4組の遊び人たちは大騒ぎ。そんな姿を見て、映画撮影をサボった集団は後悔。


「春馬君と一緒に遊ぶんだぁ」


 席について文化祭のパンフレットを読んでいる春馬の目の前。机に手をついて身を乗り出すと、機嫌よくお尻を振り始める。


「ねぇねぇ、どこに行く?」


「最上は暇か?」


 既にOKされる体でのデートへのお誘いをする近江に対し、春馬は目の前の彼女を無視して後ろへと振り返る。


「撮影の時はカメラマンとして頑張ったし暇はしてる。終始、講堂に入り浸ってもいいかなって思ってるかな」


 講堂では吹奏楽部や演劇部と言った文化系部活動や、一般生徒もバンドや中には落語などの出し物をするとのことである。確かに入り浸るには悪くないかもしれない。


「それもそうだな。どうせ、文化祭が終わらないと帰れないし」


「ただなぁ、新田。回れ右だ」


「ん?」


 振り向くとそこには不機嫌そうな近江の顔。


「う~、春馬君と文化祭を回るぅ」


「せっかく生徒会役員から解放されたんだし、ゆっくりさせてほしいんだが?」


「いやだぁ。春馬君と一緒がいいぃ」


 座ったままの春馬の腰へとしがみつく。


「よかったじゃないか。新田。文化祭は女子と回れるぞ」


「可愛い女子と回れる」


 最上の意見に近江も便乗主張。


「馬鹿な女子の間違いだろ」


「酷いと思う」


「お前の頭ほどじゃない」


 やや視線を下に向ける春馬。そこには彼女の学力壊滅のアホな頭。ついでにいわゆるアホ毛も踊っている。


「でもまぁ、どうせ暇だしな。別に近江の子守りくらいいいか」


「やった。やった。春馬君とでーとだぁ」


 近江のしつこさを知っている春馬は半ば諦め、半ば実益を伴った一言。すると彼女は飛び跳ねながら彼の腕にしがみつく。加えて彼女のアホ毛が踊りまわる。


「デート?」


「でーと~」


 犬が電柱に自分の匂いを付ける感覚で、彼女が彼の腕に頬を擦り付けてくる。電柱ならぬ、彼は自分のものだとマーキングしているかのようである。


「新田ってここまでされて、まだ近江と付き合っているわけじゃないのな」


「別にお互いに恋人と思ってないし、何よりこいつが勝手にくっついてくるだけだし」


「その割には、ちょくちょく近江に精神的に助けられてないか? なんだかんだで必要なんじゃないか」


「それを言うなら、近江よりもよっぽど最上の方に助けられてる」


「あ、ありがと?」


 なんだか話の流れ的に疑問符が付くところだったが、最上は違和感を抱いただけで具体的になぜかは分からず。首をかしげて話を流す。なお春馬にそちらの『気』はまったくない。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 先の生徒会選挙にて当選して南から後を継いだ2年生男子。彼の開会宣言に始まった文化祭こと『蛍光祭』は、早くもそこそこのお客が集まっている。


 さて、生徒会活動から解放された春馬。そして近江は視聴覚室前を通りかかりながら、映画の上映スケジュールを確認する。なんだかんだで1本30分という、文化祭レベルの自作映画にしてみればまぁまぁの長さになったわけだ。1時間に1回くらいのペースで上映されるのだが、


「しかしなんでこうなった?」


 つぶやく春馬の横で近江が首をかしげる。


 というのも映画のタイトル。


『桃太郎』



 遡ること数週間前の文化祭の内容決定時。


「で、文化祭は映画をするとして、その内容だけど――」


 みんなに問いかける南。適当にシナリオライターを選抜して、その人に任せる考えもあったわけだが、ここで話が紛糾する。


「やはり。こういうところで知的な面を見せたいね」


 クラスで一番頭がいい――ように見える子が主張。


「例えばシェイクスピアの――」


「「おぉぉ」」


 南と春馬は関心を示す。


「春の夜の夢」


「夏」


「春眠暁を覚えずとは言うけどさぁ」


 南のツッコミと、春馬の微妙なフォロー。


「リア充」


「リア『王』」


「そりゃ、近いけどさぁ」


「マクベト」


「マクベ『ス』」


「マクベトってなんだ?」


 ※イスラエル軍の対空車両


「ハム、ハム……ハムスター」


「ハムレット」


「言うと思った」


 彼の思考回路は割と近江寄りの様子。しかし一応は近しい言葉が出てくるあたりは、彼女との圧倒的な違いであろうか。


「以上」


「四大悲劇ぃぃぃぃ」


「あとはなんだっけ?」


 頭を抱えて「そこまで言ったならもう1つ」と主張する南&少し考える春馬。因みに四大悲劇の中で唯一出ていないのは『オセロ』である。


 この妙に博識な3人の間で謎の盛り上がりを見せるところだが、ついて来れなかったメンバーが流れをぶった切って自らの主張を始める。その中で勢いよく手を挙げたのは近江。


「はいは~い。私と春馬君のあつ~い、ラブストーリー――」


「しばくぞ」


「じゃあ、桃太郎でいい」


「「学芸会?」」


 春馬と南の総ツッコミ。近江の桃太郎なぞ、どう見ても幼稚園の学芸会にしか見えないのだが。なおこの適当な近江の一言に、ノリがいいのか、それともアホなのか分からないクラスメイト(主に男子)が便乗。意外なことに過半数の賛成を得て可決。南が徹底抗戦の構えを見せ、教員が苦笑いしたため再採決となったが、1度目の結果を受けて勝ち馬便乗が発生。2回目はまさかの2/3の賛成を得て再可決となった。なお投票権放棄の春馬は一言。


「衆議院かな?」


 そのような経緯があり、行われた高校3年生の桃太郎。しかし『高校生たちの桃太郎』がまともな映画になるわけがなく、


「やぁやぁ、我こそは桃から生まれし桃太郎。我が槍の錆となりたき者は、構わずかかってまいれ」


 時代劇になった。


 因みにキジ役として近江が参加しており、彼女は撮影の合間に「頑張ったら飛べるかも」と言って、必死に羽ばたいて飛ぼうとしていた。もちろん飛べるわけがなかったが、カメラマンの最上曰く「ライト兄弟の『空』への信念に通ずるものがあった」とのことである。アシスタントの春馬としては、果てしなくどうでもいい話である。



「で、何をする?」


 4組一同は映画を試写会として目を通している。そのため「出来はどうか」などとわざわざ見に行く必要もないわけで、それならば別のことをやりたいところである。春馬はとりたててやることもないため、口うるさい近江に付き合うつもりで問いかけてみる。


「えっとね、えっとね、えっとね」


 さも恋人かのように春馬にくっつきパンフレットを覗く近江。


「みんなのところに行く?」


「みんなのところって野球部の?」


「うん」


 確かにそれも楽しいかもしれない。


 だが3年生は文化祭当日に何かするよりも、4組のように何か用意しておくパターンが多い。唯一の例外はメイド喫茶の1組だが、これについては野郎どもが裏方であろうと考えるに、わざわざそこへ行く必要があるとは思えない。


 と、なるとあとは1年生だけ。


「1年生ってそれぞれどこだっけ?」


 1組には鍋島。2組に沖満。4組に島沢で、6組に優奈。見事に野球部員が別クラスに分かれている。


 春馬はそれを思い出しながらパンフレットに目をやる。すると、


「いろいろやってんなぁ。1組が占い。2組が普通の喫茶店。4組はコント。6組がクイズ大会。4組、攻めたなぁ」


「じゃあ、じゃあ、1組から順番に行く?」


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


「いらっしゃいませ」


 1年1組の教室に入ると、女子生徒が出迎えてくれる。


「鍋島君っている?」


「えっと、鍋島は~、います。あそこに」


 ホワイトボードに段ボールを張り付けた雑な仕切り。それによってつくられたブースの中、『5』と書かれたブースに、姿勢正しく座る鍋島がいた。


「鍋島。おはよう」


「おっはよ~」


 軽く手を挙げる春馬と、大きく手を挙げる近江。すると気付いた鍋島はわざわざ立ち上がってお辞儀。


「おはようございます」


「暇だから来た」


「面白そうだったから来た」


 それぞれ適当なことを言って鍋島の机前にあった椅子に腰かける。


「先輩。どうしますか?」


「占い師っぽい恰好じゃないんだね~」


「レンタル代が高かったので……」


 近江的には魔法使いような衣装をイメージしていたようだが、あいにく今の鍋島は普段の学生服である。


「えっとね~」


 近江は占いの内容一覧から自分の好みを探し出す。


「占いって、鍋島がやるのか?」


「はい。と言っても趣味じゃなくて、今回の為に練習したんですけど……」


「そうか。ただ僕が言えることとしては――」


「はい?」


「膝の上に乗せてある、ネットの印刷は見えにくいようにな」


 鍋島は気まずそうにその位置を変える。


「鍋島君、鍋島君。これ、これ」


「はい、分かりました」


 彼女が指定したのはトランプを使っての相性占いらしい。


 鍋島は自然な動きで足元の箱からトランプを取り出し、不自然な動きで膝上のコピーの束をめくる。


 その後、トランプをまぁまぁ手慣れた手つきで切り、机の上に扇状に並べる。


「では、トランプを選んでください」


「え~っと~、じゃあ、これ」


「春馬先輩もどうぞ」


「これで」


 近江は中心あたり。春馬は自分から最も近かった左端を選択。それをめくった鍋島は、


「えっと結果は……」


 カードを見る――ように見せかけてコピーを見ながら占い結果を導き出す。すると、


「あぁ~これは」


「どうだったの? 私と春馬君だし、きっと最高のコンビ――」


「最高を100とすると、50でした」


 悪いなら悪いなりにネタにできるのに、かえって中途半端な点数を引いてしまった。


「う、占いは、当たらぬも八卦、当たらずも八卦だし」


「終始当たってねぇし」


 近江はいろいろ言葉を覚えてきているのだが、どうも間違って覚えている言葉がおおいようである。


「そう言われればそうなんですけど……はい」


 鍋島自身、占いを信じている方の人間ではない。しかしここまで正面を切って言われてしまえば、とてつもなく反応に困るものである。


「絶対外れ。絶対に違う」


 さらに加えて主張する近江だが、春馬は鍋島へと目を向けて一言。


「まぁ、ありがとな」


「はい。またどうぞ」


「またな」


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 1年1組の教室から出てお隣2組へ。2組がやっているのは喫茶店であるが。


「で、もう何か食べるのか?」


「食べる」


 時間はまだ9時半を回ったあたりである。朝食をしっかり食べてきた人にしてみれば、何か飲食するには少し早い気もするのだが。


「沖満はいるか?」


 近江はドアに付いた窓ガラスから中を覗き見る。


「いる」


 時間が時間だけにまだお客さんは少ないようだが、沖満はウエイトレスとしてスタンバイしているようである。すると近江は扉を開けて、


「たのも~」


「道場破りかよ」


 教室内へと突入。


「いらっしゃ――いませ」

近江の声に気付いた沖満は満面の笑みを浮かべながら振り返るも、その後ろに春馬がいると分かるや否や顔をゆがめる。つくづく分かりやすい反応の子なのだと思う。近江はその微妙な表情の変化に気づいたように首をかしげるも、その理由は分からない模様。


「はい。メニューです」


「おすすめってなぁに」


 沖満に勧められた席に座った近江は、足をバタつかせながらメニューを眺める。春馬はその表紙に書かれていたジュースを注文。やはり昼時と言うには早すぎ、あまり腹が減っているわけでもないのである。


「じゃあね、じゃあね、えっとね、これ~」


「ではご注文を繰り返しますね。焼きそばひとつと、ミカンジュースひとつ。以上ですね」


「は~い」


「OK」


 部屋に入ってすぐは怪訝そうな表情をしていたとはいえ、ひとまず沖満も真面目に仕事はする子のようである。初々しさの残る対応ながら、根はしっかり者なのだと分かる。彼女は少し近江に後ろ髪をひかれるような思いをしながら、注文を伝えるために調理場である隣の空き教室へ。


 その背中を見送った春馬は頬杖を突きながら大きな窓から外の景色を見つめる。そこから見える中庭にはテントが並び、お客の数も気持ち程度増えたように見える。そうしてただただ目を向けていると、近江が微笑みながらこちらを見ていることに気付く。


「どうした?」


「春馬君と一緒のお祭りがうれしいなぁって」


「そういえば、1年の頃からずっと文化祭はお前とだな」


 特に1年生のこの時期の近江は、野球バカが災いして他の女子の中に入りそびれ、野球部でも紅一点ならぬ紅二点でやや浮き気味。友達らしい友達と言えば楓音と、一方的に懐いていたという意味で春馬くらいのものである。


「えへへ。ずっと一緒だぁ」


「まぁ、この面倒なのとも今年でお別れか」


「大学も一緒」


「お前に国立は無理」


 大野山南特進不合格者と、蛍が丘合格で号泣していた人を一緒にしてはいけないのである。彼女もここ最近は勉強で頑張りつつあり、なんなら先の1学期中間考査も赤点無しで乗り切っている。しかし根本的な頭の構造は変わっておらず、模擬試験においてはそれほど成績が向上している様子はない。そんな彼女にセンター試験を突破する力はないと見て間違いないだろう。


「頑張る」


「頑張れ~」


 どちらに関しても口だけなら無害である。彼女の根拠なき決意表明に、彼は責任無き声援を送る。春馬はその話もほどほどに頭の後ろで手を組む。


「しかし今年で最終学年なんだよなぁ」


「甲子園もラストチャンス」


「甲子園、か」


 1年生の時に夢見た甲子園は、2年生で悪夢の象徴となった。そして3年生では再び踏み込む再チャレンジの舞台に。この3年間で『甲子園』の価値観も変わったものである。


「甲子園、行きたいね」


「そうだな。もう一度な」


 高校球児にとって夢の話も、特殊な経緯を持つ2人のとってはほんのり空気を冷やす要因でもある。


「県大会まであと数か月。やることやろうじゃないか」


「私と春馬君の最強コンビがいれば無敵だよ。ねぇ~」


「無敵かどうかは知らん」


 無敵であればなぜ今までセンバツ以外で甲子園に行けなかったのか。


「甲子園に行けたら、春馬君にいっぱい頭を撫でてもらうんだぁ」


「それで頑張るって安いなぁ。別にいくらでも撫でてやるよ。その程度なら」


「やった。頑張るんだぁ」


 春馬の無気力に近い返事にも、彼女はとてつもない大はしゃぎ。


「お、ま、た、せ、いたしました」


 2人の間に沖満が割って入るようにお盆を降ろす。


「早いなぁ。ジュースはまだしも焼きそばも」


「お昼に備えて早目に作っていたんです。出来立てです」


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 前年は朝から生徒会活動に振り回されていた春馬であるが、今年は非常に暇である。そのためあれ以降も近江と朝から文化祭を回ることができた一方で、午後に入ってしばらく経つと何もやることがなくなってくる。


「あなたが落としたのは金の服ですか? 銀の服ですか?」


「いえ、どちらも違います」


「正直者のあなたには金の服を差し上げましょう」


「俺、忍者なんだけど……」


 そこで今は講堂にてイベントを見ているところ。ちょうどやっているのは、2年生コンビによるショートコントである。ただどうも間が悪いのか、笑いの程度はちらほらと言ったところであろうか。


 さてそんな春馬であるが、今のところ近江は隣にいない。1人で出し物を見ているところである。


「「ありがとうございました~」」


 正直なところ面白みに欠けるショートコントも終わり、次の出し物の準備のための小休憩。スタッフが紙をめくった舞台脇のめくり(・・・)に目をやると、次の出し物は演劇部による演劇とのことである。これはパンフレットにも個別で書かれていたものであり、注目の出し物であると言えるだろう。あれだけのつまらないショートコントが行われていたにもかかわらず、退席する人間が少なかったのもう頷ける。


 と、次の出し物までパンフレットを読んでいた春馬は隣から声をかけられる。


「あ、春馬くんもここにいたんだ。隣、いい?」


「あぁ、楓音か。別にいいけど?」


 楓音は春馬の右側に空いていた席に腰かける。


「近江ちゃんは一緒じゃないんだね」


「疲れたらしい。今は視聴覚室でウチの映画を見てる」


 さらに暇を持て余した彼女は今現在、キジの格好をして客寄せをしているところである。羽ばたき走り回っている姿を見た女子大学生たちは「あの子、可愛い」と言って、どこぞの他校の男子はその姿につられて、それぞれ視聴覚室まで行ってしまっているのだから、一定の効果は出ているようである。


「楓音も楓音で1人なんだな」


「最初は1人でうろうろしていたんだけど、なんというかお店にも入りづらくて。朝方は視聴覚室でお手伝いして、昼前からはずっとここにいるかなぁ?」


 去年は店番に加え、春馬の場合は生徒会役員としての仕事もあり、ほとんど終わり間際しか遊べない状況だった。しかし今年は店番も生徒会役員の仕事もないため、のびのびを通り越して暇にまで感じてくる。こう考えると、近江に付き合わされている間はまだ楽しめてよかったのかもしれない。


 それからしばらくすると演劇部の出し物がスタート。ややコメディ寄りの演劇であったこともあって、席側から笑い声がこぼれるほど。その笑いは先ほどのショートコントよりも大きいというのだから、これはそれを行っていた男子2人が報われないところである。ただこれが本職・演劇部の腕と言ったところか。


 最後に出演者全員が舞台に整列して一礼。お客がそれを大きな拍手で締める。


「これからどうするかな」


 おそらくは一番大きな出し物が終了。以降もそれなりにイベントが行われるわけだが、ずっとここにいるのも退屈なものである。


 どうしたものかと、文化祭のパンフレットを読みこむ春馬の横。楓音は視線を正面やや下気味に向けながら思い悩む。


『(どうしよう。春馬くん、暇そうだよね。暇なのかな? 暇……みたいだよね?)』


 自問自答を繰り返すとともに、自らの意思をしっかり定めていく。バレンタインの時は緊張から準備していた言葉を言うことができず、その後に2人だけで話をする機会すらも逸してしまった。いざ行動に出ると準備とは異なる行動をとってしまう彼女なだけに、最低でも心の準備くらいは必要である。


「なんなら楓音。一緒に文化祭を回るか?」


「ふぇえぇ?」


 さて、そんな準備中に奇襲を仕掛けられたらどうしたものか。

楓音としては自分から仕掛けるはずだったが、それより先に春馬に仕掛けられたわけで。


「え、えっと、ひ、暇だしいいよ?」


 さも「次の出し物はまだかな?」と言いたそうに、春馬から視線を逸らして舞台へ目を向ける。目を合わせて答えることはできなかったのである。


「このまま出し物見てもいいけど、どこか行く?」


「う、うん。どこがいいかな?」


 目を泳がせながらパンフレットへと視線を落とす。隣の席にいる分、横を向けば彼と至近距離で目を合わせることになるのである。もう少し離れたところに座ればとも思ったが、変に1席空けるのもおかしな話だろう。


「とりあえず出るか。次の出し物が始まると出られなくなさそうだし」


「そうだね」


 立ち上がった春馬に楓音も続く。講堂イベントはまだ休憩時間。別に出し物が始まって中座できないこともないが、キリの良さで言えばここが一番であろう。


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