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第10話 鍋島監督

 さらに直後のバッターはピッチャーライナーに打ち取り、プレイボールからの3者連続出塁後は3者連続凡退に終わらせる。


「初回2失点か。思ったほどじゃないな」


 とはいえ、このイニングは攻撃側に救われた点はあるかもしれない。打ち取った4~6番については、打球が飛んだ先は武川(サード)近江(キャッチャー)春馬(ピッチャー)である。結果的に守備のいいところに飛んだという考えが強い。


「最上。ベンチから見ていてどうだった?」


「面白かった」


「近江みたいな感想だな」


「でも、マジでそれだぞ」


 そういうのならどうしようもない。


「あとはこの回から任せろ――いや」


 春馬は笑みを浮かべる。


「鍋島」


「はい」


「ちょっと」


 春馬は鍋島を呼び寄せる。その目的は、


「さっきのイニングは最上が監督代行したけど、鍋島、やってみるか?」


「えぇぇぇ、ぼ、僕ですか?」


「うん。と、言ってもそうだな……猿政からの4人だけな」


 つまり7番・猿政、8番・近江、9番・春馬、1番・大崎のみである。


「僕も今年で引退だしな。監督業を経験しておいて間違いないだろ」


 春馬は今まで自分の立っていた場所を退き、そこを鍋島へと勧める。ベンチ前方の最もバッターボックスに近い側。いわばネクストバッターサークル後方は、サインが見えやすいために監督の定位置でもある。


「ひとまず、7番まで待ってな。気楽に、力を抜いて。あくまでも練習試合だ」


「は、はい」


 春馬が鍋島の両肩を揉みながらのアドバイス。その後ろで近江が「うわぁ。キャッチャーって肩が凝るなぁ」と、新人俳優でももっとましであろう棒読みで言っているのは、明らかに「自分もやってほしい」というアピールだ。しかし加えてつぶらな瞳を向けてくる近江に、春馬は鍋島への対応を続けるのみ。


『(エースと重ねて選手兼任監督ってのは大変だけど……正直、沖満にこれがつとまるかと言われると難しそうだしなぁ)』


 今は1年生に気を遣ってやるべきであり、3年生にまで気を回す余裕はないのである。もっとも余裕があっても春馬ならば無視するだろうが。


『2回の表、蛍が丘高校の攻撃は、5番、ショート、沖満さん』


 沖満は右バッターボックスへ。春大では1打席立ってフォアボールを選んでいるため、対外試合にてまともなヒッティングを行うのはこれが高校に入って初めてである。


『(練習ではまぁまぁ打ってるけど、どうかな?)』


 構えは悪くない。そこは2、3番を打っていた野球初心者の2人とは明らかに違う点だ。


 硬式球や、高校野球のスピードに慣れているとは言えないにせよ、野球経験者らしいところを見せてほしいところだ。


「ボール」


 まずはインコース低めへのストレート。これを見切ってワンボール。


『(前の試合でもそうだったけど選球眼はいいのかな?)』


 比較対象が春馬であったために皆月に文句は言われたが、打撃に限らず守備でもそうだ。彼女自体の動くボールを追いかける能力、いわゆる動体視力や、それに基づく判断力はそれほど悪くないのかもしれない。


『(ただ、相手だって簡単にフォアボールをくれるわけじゃない。打てるかな?)』


 その彼女らしい選球眼を見せつつカウントは2―1とボール先行。しかしバッティングそのものはタイミングが合っているようには思えず、最後は低めの変化球を泳がされてサードゴロに打ち取られる。打撃の苦手な春馬が他人の事を言えないが、まだ高校野球に対応できていない感じである。


「いい感じ。じっくり慣れていこう」


「はい」


 凡退した彼女を励ますような声掛けするも、彼女は低く冷たい声での返事。


『(やっぱり嫌われてるよな?)』


 ただ彼女の性格と言われればそんな感じもするが。


「新田監督。指示は特にありませんか?」


「あ、あぁ。自由に打って行け」


「はい」


 一方で同級生にも敬語な武川。明るい声で春馬から答えを聞き出すと、意気揚々とバッターボックスへ駆けていく。


 公式戦へと出場できないとはいえ、練習試合限定でなら付けられる背番号『14』が高校野球対外試合初の打席。


 野球経験はあるそうだがかれこれ久しいことだろう。


 ところがこの武川。意外とやるようである。


「ファール」


 初球から2球連続できわどいボール球を見切ると、3球目の甘いインコースを引っ張って三塁線を襲う。これがわずか数センチのギリギリでファールボール。さらに、


「うそだろっ」


 続く4球目に響いた快音にベンチから身を乗り出す春馬。


「ファ、ファール、ファール」


 レフトポール際を襲うファールボール。スリーボールを恐れて甘く入ったとはいえ、それをあそこまで飛ばすとはなかなかのもの。このバッティングセンス、仮に公式戦で使えたならば、十分に上位打線で通用するだろう。その場合の打順は3番で、6番に寺越を置いて7番に春馬であろうか。


 その武川は結局、フルカウントからの8球目をレフト前に運んで出塁。守備だけではなく打撃でも結果を出す。こうしてみると、どうして高校1、2年時代は野球部に入っていなかったのか疑問である。


『7番、サード、猿政君』


 猿政が打席に入り、ネクストにはプロテクターを付けたままで近江がしゃがみこむ。


「鍋島」


「は、はい」


 春馬は試しにひとつの指示を送ってみる。そして、


「猿政っ」


「うむ?」


 振り返る猿政に対し、春馬は隣の鍋島を指さす。すると彼は適当に体の数か所を触ったのち、帽子のつばをあごに手をやる。


 そしてほんのり微笑む猿政。


『(久しぶりだの。高校に入って対外試合ではやったことがないからの)』


 打席に入った猿政は送りバントの構え。


「おっ、伝わってる。伝わってる」


「い、いいんですか、先輩。猿政先輩に送りバントって」


「鍋島次期監督の練習台になってもらうだけ。次から自由に出していいからな」


 春馬はネクストを指さし、


「なんなら、近江(これ)にセーフティでもさせるか?」


「えぇぇ、自由に打ちたいぃぃぃ」


 話を聞いていた近江は猛反論。しかし、


「鍋島。気にせずサインを出していいからな。僕は文句言わないし、猿政も大崎もそこのところは穏健だし。近江は文句言ったら即代打を送るから」


 彼女にしっかり聞こえるように返す。すると近江は不満そうに頬を膨らませながら正面を向きなおる。


 なお試合展開。猿政は不慣れなバント指示に対し、初球は空振りをしてしまう。しかし2球目のボール球を挟んで、3球目はしっかりファースト前の送りバントを決める。これで2アウト2塁と代わってバッターは恐怖の8番。


『8番、キャッチャー、近江美優さん』


 プロテクターを外して打席へ。と、そんな彼女に春馬からの声。


「サイン見ろよ。無視したら代打な」


「むぅ、分かってるもん」


 不満げにベンチの鍋島に目をやる。と、


『(近江先輩。ツーアウトですし、ここはヒッティングです)』


 途端に表情を明るくする近江。


「分かりやすいなぁ」


 彼のサインを見ていない春馬ですら、鍋島がヒッティングorノーサインを出したと分かる。


 因みに結果は予想通りの空振り三振であった。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 2回の裏、総合鈴征の攻撃。


 春馬は最上のようにゴロを打たせるタイプのピッチャーではなく、仮にそうだとしても本試合の内野守備は近江・春馬コンビ擁する本気の守備陣と比べるとザルである。その内野を抜けて外野へと達した打球は、それ以上にザルな外野守備陣によって長打にされる。その結果、


「んなぁぁぁぁ」


 なんとか2アウトを取るもランナー・2塁で打球はセンターへ。一見すればなんでもない凡フライであったが、これを楓音が目測を誤り落球。キャッチャーの近江は頭を抱えての大ショック。カバーに入った優奈が処理をもたついたこともあり、1点を加えてバッターランナーも3塁に到達。


「よしっ、打ち取――」


 そして続くバッターはショートゴロ。近江はこれもいつもの感覚(・・・・・・)で打ち取ったと判断するが、


「投げるな」


 マウンドの春馬はタイミングを見て間に合わないと見たが、ショートの沖満は構わず送球。それが悪送球となり猿政がボールを弾く。この間に2塁ランナーが一気にホームを突いて1点を加える。


 そして、


「ボール、フォアボール」


「タイム」


 ストレートのフォアボールに、近江は慌ててタイムをかける。マスクを外して小脇に抱えると、マウンドへと駆け寄ってくる。


「春馬君、大丈夫?」


「大丈夫。想定通りだから。てか、あの時ほどじゃない」


 春馬の現時点での投手成績は、1と2/3イニングを投げて5失点。春のセンバツでは相手自体の強さと、緊張からくるエラー連発もあってこれ以上に散々な成績であった。その時に比べるとまだいい方である。


「春馬君、手」


「はいはい」


 彼女が出した手に自分も手を合わせる。


「1アウト1・3塁。そろそろアウトをもらお」


「2者連続三振、狙ってみるか?」


「にひひぃ。面白そう」


 口ではあのように言っておきながら、春馬もなかなかアウトが取れないことに疲れてきているだろう。彼らしくない発言に近江は笑みを浮かべながら手を離す。


「このピンチ、切り抜けよ~」


「あいよ」


 近江が駆け足でホームへと戻り、春馬はその合間に足元のロジンに手をやって暇つぶし。


「さぁ、春馬君。三振に取るよっ」


 セットポジションに入った春馬。実質2種類しかサインがないこともあり、さっさサイン交換を済ませ、早々にクイックモーションで投球開始。


「ストライーク」


 初球はアウトコース低めいっぱいへのストレート。いい音をさせて捕った近江も上機嫌で返球する。


『(次はアウトコースに曲げよ)』


『(OK)』


 セットポジションの春馬。横目で1塁ランナーを制しておき左足を上げる。


「「ランナー走ったっ」」


 猿政・大崎両名の声が彼の背後から聞こえる。


『(頼んだ、近江)』


 ここからの牽制はもうできない。あとは近江に託すのみ。


 投球は大きくアウトコース外れ、さらに曲がったこともありもっと外れる。そのためバッターは手を出さずに見送り。結果として外にピッチドアウトされた投球に、近江は早い段階で送球モーションに入ることができた。春馬も片膝をついて姿勢を低くし、送球路を空ける。大崎も2塁に入ろうとしており、沖満も悪送球に備えてカバーに向かっている。


『(刺せる)』


 確信した近江が送球モーションへ。


 ところがその瞬間、3塁ランナーがスタートを切る。それは右バッターが死角になった近江からは見えない。


 ダブルスチールが決まった。そう誰もが思った瞬間、ランナーの動きを警戒していた春馬が、まるでキャッチャーがミットを構えるがごとくグローブを上げる。直後、その動きに気付いた近江がリリースを遅くする。スクイズに対して低めワンバウンドのウエストをするかのような送球。一見すれば慌てて悪送球したかのように見えるが、マウンドを守るはアマチュア最強の遊撃手である。


 傾斜のあるマウンドにバウンドした近江の送球。そのイレギュラーも苦にせず、ハーフバウンドを座ったままで捕球。


「武川っ」


「はい」


 体勢を浮かせるも低い姿勢のままで3塁へと送球。飛び出した3塁ランナーは急いで帰塁しようとするも、その流れるようなワンプレーに頭の処理が追いつかない。


「アウトっ」


 ヘッドスライディングというよりはほぼ倒れこみに、その手は3塁まで届かない。武川がランナーにタッチしてアウト。


「おっしゃ」


「やった」


 小さくガッツポーズする春馬と、大きくガッツポーズする近江の両名。


 この連携の取れた2人の好プレーに、ベンチでは最上がわずかな笑みを浮かべる。


『(新田は近江ができる(・・・)と判断してその指示を出して、近江も新田が捕れると判断してワンバウンド送球だけどカットできる送球にした。新田・皆月のバッテリーじゃまずやらない、いや、できないプレーだな)』


 組む機会の多い最上自身と皆月のバッテリーでもできないプレーだ。


『(新田と近江の守備センスだからできることだけど、あの2人の相性だからこそできること。なのかもな)』


「ストライクスリー、バッターアウト。チェンジ」


 ピンチを春馬と近江の好プレーで切り抜けた後、バッターもしっかり空振り三振で打ち取る。2者連続

ではなかったが、単独の予告三振は大成功である。 


 小さくガッツポーズしつつわずかに口角を上げた表情でベンチへ駆け戻る春馬に対し、近江は全身で喜びを表現しながら彼に駆け寄ってくる。


「抑えたぁ。抑えたぁ」


「あぁ、もぅ、暑い」


 彼の右腕に抱き着こうとしたが、利き腕であることを思い出して左腕に抱き着く。


「1・3塁のカット凄かったぁ。やっぱり私と春馬君は相性抜群なんだぁ。そーしそーあいなんだぁ」


「相思相愛ではないな」


 相性がいいことは否定しないらしい。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


「アウトっ」


 9回の裏。最後は7回から途中出場(リリーフ)した最上が内野ゴロに倒れて試合終了


「「「ありがとうございました」」」


 1試合目の勝利と打って変わり、2試合目は19―5での大敗。

近江が終始キャッチャーで出場。春馬は6回までピッチャー、以降はベンチへ引いた。そして外野は島沢・楓音・優奈であったということで守備力が壊滅。先発の春馬もリリーフの最上も三振を奪うタイプではなかったのが災いした。最上については近江とのバッテリーが初めてであった点も理由にあるが。


 そしてそんな試合後の事。


 春馬が手にしたノートには本日の各選手の成績


 それを静かに閉じた。


「新田。今日は予想通りだったか?」


「まぁ、大方の予想はな。鍋島が意外と使えたくらいか」


 副キャプテン・最上の問いかけに、春馬は事務的に答えだけ述べる。打撃自体は3打席で2打数ノーヒット1犠打と、いいとは言えない結果。しかし彼の本職はピッチャー。6回2失点は守り抜くタイプのチームであることを考えると厳しいが、1年生のこの時期であることを考えれば評価できる。


「9イニングずっとキャッチャーで私も頑張った」


 隣にいた近江が胸を張って主張。


「あぁ、それは確かに暑い中、よく頑張ったな」


 さすがにそれについては春馬も同意。6イニング投げていて分かったが今日は暑い方だった。そんな中であれだけの重装備を付けてキャッチャーを守りきったのは称賛に値するだろう。


「でしょ、でしょ。撫でて、撫でて~」


「はいはい」


「えへへぇ」


 頭を撫でられるなり白い歯を見せて笑みを浮かべる。


「で、なんの話だっけ?」


 引き続き彼女の頭を撫でながら最上に問う。


「今日の試合の成績。楓音はどうだったよ?」


「予想通り、かな」


「4打数3三振が、か?」


 いくら野球を始めて約2年という短期であると言っても、彼女本来の実力、そして相手のレベルを考えればちょっと物足りない成績である。


「最上は、楓音が他の3年生部員と違うことはなんだと思う?」


「高校から野球を始めたってことか?」


「半分正解かな。でも、僕の考えを射抜く答えではないかな」


 3年生9人中、楓音を除く8人は野球経験者。中学を最後に野球をやめるつもりだった、大崎、因幡、寺越と言ったメンバーも含めてである。


「楓音は唯一、レギュラー争いをしたことがない。あいつにとってポジションっていうのは、奪うものじゃない。半ば無理やりに与えられたもの。気付いたらあったもの。僕らとは認識が違う」


「私も春馬君と大崎君からセカンドを奪った」


 自分のポジション争いの成果を誇りたい彼女だが、春馬は冷たく言い放つ。


「最悪、僕は肩を生かしてショート、大崎は足を生かして外野ができたからな」


 近江は弱肩&鈍足で、守備反応を生かしてセカンドにする他なかったのである。


「それがなんだ?」


「他のメンバーは、いつ来るか分からない新入部員に備えて、ポジションを奪われる緊張感をもって練習していた。一応、甲子園出場校だしな」


 それは一見、その気のない春馬だって例外ではない。


「ただ、楓音には『ポジションを奪われる』ということに考えがない」


「んなことはないだろ。あいつ、いつだか『新入生にポジションを奪われないようにする』って決意表明してたろ?」


「危機感の無い決意表明と、危機感を伴う決意表明は違う。だから、楓音にはポジションを奪われることの実感を――危機感を知るべきだと思った。もしも楓音の野球に対する思いが本当なら、きっとあいつは立ち上がる。それこそ全力をもって」


「近江みたいだなぁ」


「近江ほどじゃないけどな」


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