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第8話 募る思い

 4番の立花宗茂をサードゴロに抑えて初回を無失点。ノーアウトのランナーを許したものの、2番・立花千代の送りバントを2塁封殺にでき、道雪のライト前時に千代をホームで殺せたのは大きかった。


「よし。みんな頑張った。優奈ちゃん。島沢くん。ランナーコーチ。ヘルメットを忘れないでね」


「「はい」」


 楓音の指示を受けた2人は自分に合ったサイズのヘルメットを被ると、打ち合わせ通り島沢は3塁、優奈は1塁へ。


「えっと、武川くんはスコアラーだったよね。沖満ちゃん、大崎くんと寺越くんに、ボールを渡しておいて」


「分かりました」


 そしてイニング間のキャッチボール用ボールを忘れない。基本的に最上の登板時は投球練習自体がないためその必要はないが、現在のピッチャーは投球練習をする鍋島だ。

最後に自分はというとドリンクジャグから飲み物を注ぐ。別に自分がいち早く飲みたいわけではなく、バッテリーのためのものである。


「ナイピッチ。しっかり守ってやるからあの感じでな」


「球がきてる。いい感じだ」


「ありがとうございます」


 鍋島は春馬や皆月に称賛され、


「いぇ~い」


「い、いぇ~い?」


 近江とは首をかしげながらハイタッチ。


「お疲れ様。スポーツドリンクをどうぞ。今日は暑いからね」


「ありがとうございます」


「とりあえず攻撃中は日陰でゆっくり休んで」


 上級生ばかりの環境で気を遣ってしまうであろう彼にむしろ先に気を遣う。


「かの~ん。私も飲み物~」


「自分でやって。まずはバッテリー優先。皆月くんもどうぞ」


「サンキュー」


 皆月は楓音からコップを受け取りベンチに腰掛ける。


「むぅ、ケチ」


「無茶言うな、バカ。お前もキャッチャーやってるから暑いって分かるだろ」


「すごく暑い」


 納得いったのであろう近江は、諦めて自ら飲み物を取りに行く。


「すまんな、楓音。ベンチにあぁした指示を出すのも監督の仕事なんだろうけど」


 グローブを置いて定位置に付きながら楓音に謝る春馬。しかし彼女は手を振る。


「いいの、いいの。私、本来はマネージャーだし。それに今日はベンチだもん。できるのは声を出すのと、みんなをバックアップすることくらいだもん。この試合は任せて」


「そっか。ありがとう。じゃあ、任せた」


「うん。任せて」


 近江に負けない満面の笑みを浮かべて仕事に戻る楓音。しかし春馬は試合に目を戻そうと振り返る寸前で、彼女が手を強く握りしめたのを目ざとく見逃さなかった。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 午前中の試合。最上と比べれば不安定感を隠せなかった鍋島だが、堅牢な守備陣を生かしてなんとか6回を2失点の好投球。7回からは最上がリリーフしてこちらは3回を無失点で抑えて勝利を収めた。


「ひとまず悪くはない結果かな」


 総合鈴征のフルメンバー相手にこの結果。最上が先発していれば6、7回を無失点なんてこともあっただろうが、高校野球経験の浅い現時点の鍋島がこれだけの成績を残してくれたのは、非常に大きな収穫であったと言えるだろう。


「さて、昼にしようか」


 もう時間は12時。総合鈴征との打ち合わせで、第2試合は1時半~2時あたりに開始することを想定。それまでは昼休憩と、休み明けのウォーミングアップだ。


「最上、武川」


「ヘイヘイ」「はい」


 春馬は水道で手を洗った後、こちらも手を洗ったばかりに2人に声をかける。


「第2試合のオーダー、ちょっと相談いいか?」


「昼食ってからでいいだろ? な、武川」


「自分はどちらでも……」


「それもそうか。じゃあ、昼食後にな」


 昼食休憩は1時間を目途に確保している。ひとまずそれだけあれば、食後にオーダーを考える暇もあるというものだろう。


 春馬は自分のカバンから弁当箱を取り出して昼休憩へ。適当な建物の日陰に入って座り込む。


『(次の試合のオーダーか)』


 予め相手とは「1戦目は全力勝負、2戦目はテストゲーム」とそれとなく話してある。つまり次の試合はオーダーを大きく変えることになるであろう。


 弁当箱を開きつつ、あぐらをかいた足の上にはスコアブックと真っ新なメンバー表。ひとまず確定なのは1戦目で投げた鍋島・最上の両名はベンチ入りであり、そうなると春馬か近江が先発となること。そして鍋島を除く新入生+楓音の出場くらい。打順・ポジションは未だ決まらず。


「よぉ、新田。1人飯か?」


「1人も何も、まだみんなトイレ行ったり、ごたごたしたりだろ」


「まぁ、トイレはすげぇ行列だったしな」


 最上は弁当箱片手に春馬の向かいへとしゃがみこむ。


「次の試合のオーダー決めか?」


「いいや、見てるだけ。食ってからの方がいいんだろ?」


 から揚げをおかずにライスを口に入れる春馬。


「そりゃな。ただ、軽く世間話程度のノリだったらいいぜ。無言で飯を食うのも無粋だろ」


 弁当箱を開く最上。彼のお昼は稲荷寿司らしい。彼はいつも最上義光(キツネ)ネタでいじられるのに、どうしてわざわざその領域に踏み込んでくるのだろうか。


「で、どんなオーダー……にふふんは?」


 その稲荷寿司を口に入れながら問いかけはじめる。


「基本的には1試合目で出場したメンバーを上位に置くつもり。足りないところは1試合目のメンバーで補充かな。ピッチャーは鍋島と最上は投げてるし、僕が先発するけど」


「んく、一応はリリーフの準備しておいた方がいいか?」


 お茶で寿司を流し込んでさらに問いかける。


「頼めるか? 鍋島は投げられるだけ投げちゃったし」


「OK」


 サムズアップで了承。春馬もよっぽど球数が増えない限り、6回~7回は問題なく投げるであろうと思われる。ならば最上は試合を終わらせるまでの間、ちょっとだけ投げればいい話である。


「あとは優先的に1年生のポジションを埋めていく」


「じゃあ、外野は、島沢、優奈と」


「1試合目に出てない楓音。この3人は内野に持っていけないからな」


 1試合目の終盤、鍋島は外野で使えるか否かのテストとして、彼を最上と入れ替わりでライトに入れた。先発オーダー9人は最後までメンバーを入れ替えてはいないわけで、つまりは楓音も含めて控え選手は出ていないのだ。


「島沢と優奈に両翼を任せるとして、センターは楓音。いけるか?」


「やるだけやってみる。練習試合だしな」


 島沢と優奈はそれぞれレフト・ライトで練習している。ただ楓音はライトで固定してきただけに、センターができるかは少々疑問である。


「あとは沖満がショート、武川にサード」


「武川を出すのか?」


「当然。練習試合だし」


 規則上は公式戦に出ることはできないが、練習試合ならば出ることは不可能ではない。なら練習試合くらいは出してあげるのが監督の良心だ。


「で、それと――」


 春馬は座ったままで体を傾け、正面に座った最上の背後に目をやる。


「近江。ミット持ってきたか?」


 弁当箱片手に駆けてきた近江。春馬の横に腰かけると笑みを浮かべる。


「持ってきたよ~」


「2試合目、先発マスクな」


「うん。頑張る」


 その一連の流れに最上は呆れのため息。


「相談なんて言うからなんだと思ったけど、だいたいオーダーは決まってんじゃん」


「決まっているけど、とてつもなく扱いの難しいのがいるからな」


「沖満か?」


「いいや、楓音」


 皆月にブチ切れられたショートではなく、レギュラー落ちのライトの方らしい。


「あれをどう扱うかが悩ましくてな」


 口元に手をやりながら考える春馬の横で、近江は頬を膨らませて嫉妬。


「春馬君、いっつも楓音、楓音って。そんなに楓音が好きなの?」


「手間がかかってるだけ。もっとも、部内で一番手間がかかってるのは赤点常習犯だけどな」


「間違いない」


 いったいどれだけ赤点克服に時間を使ったのか。考えるだけ疲れるだけである。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 午後からの試合は、予定通りオーダーがガラリと変わる。


1番 セカンド 大崎

2番 ライト 近江優奈

3番 レフト 島沢

4番 センター 新田楓音

5番 ショート 沖満

6番 サード 武川

7番 ファースト 猿政

8番 キャッチャー 近江美優

9番 ピッチャー 新田春馬


 1戦目で登板した鍋島・最上両投手、皆月、因幡、寺越の5人を引かせ、代わりにベンチ入りしていた5人が先発へ。さらに3番手投手・春馬―2番手捕手・近江のバッテリー。


「久しぶりの春馬君とのバッテリーだぁ。頑張るぞぉ」


「あくまで練習の試合。試せることは試しておかないと」


 連戦となれば先発想定の鍋島や、ロングリリーフ可能な最上も疲労が溜まるだろうし、場合によってはノックアウトで早期降板もありうる。3番手の春馬を準備しておけば安心ではある。


 近江は既にレガースを装備。打順も8番であり、初回にして打席は回らないであろうとの考えだ。


「最上。最初のイニングだけはブルペンで調整しておくから、その間の采配は任せた。と、言っても奔放だから関係ないけど」


「あぁ、分かった。じっくり調整しておけ」


 楓音を除く3年生に対しては「もし塁に出ても、優奈と島沢が打席にいる間は走るな」と伝えてある。それ以外の指示らしい指示はないため、最上の監督代行は名前だけである。


「じゃあ、試合前ノック、行こうか。因幡、頼んだぞ」


「任せろ」


 ベンチ前にはノックのためのバットを手にした因幡。そしてボールケースを手にした皆月。


「新田はさっさと自分の練習へ行ってこい」


「あぁ、近江」


「レッツゴー」


 春馬と近江はひとまず先にブルペンへ。


 残されたベンチ前では、先発野手7人に加え、因幡と皆月が整列。その先頭に副キャプテン・最上が歩み出ると、


「さぁ、1年、思い切って行ってこい。3年は1年を引っ張れよ」


「「「おぅ」」」「「「はい」」」


 彼はその返事を聞くと息を大きく吸い込んで、


「気合入れて行こうぜぇぇぇぇぇ」


「「「おぉぉぉぉぉ」」」


 9人がベンチ前からグラウンドに散っていく。


 レフトファールグラウンドにてベンチ側に背を向けていた近江は、急に聞こえた最上と以降の声に驚き振り返る。そして駆けていく1年生たちを見て、投球練習場のマウンド上にいる春馬へと向き直る。


「こっちも気合入れていこぉぉぉ」


「ヘイ」


「声が小さぁぁぁぁぁい」


「ヘ~イ」


 彼女もあの気合に便乗したいらしい。


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