第3話 最後の春
4月中旬。島根県春季野球大会ブロック予選が開幕。
去年の大会の傾向として、極端に強豪校が偏ることがあったが、今回は割と偏りのないグループ分けであった。
主な高校のカードとしては……
蛍が丘 VS 江津農業・邑南連合チーム
信英館 VS 浜田工業
大野山南 VS 琴ヶ浜女子
天陽永禄 VS 大田山吹
松江水産 VS 宍道商業
総合鈴征出雲共和 VS 美保関
しいて言うなれば去年夏のシード校、松江水産と宍道商業が1回戦にて衝突すること。そして琴ヶ浜女子は去年秋にはセンバツ出場校・蛍が丘、今回は夏の甲子園出場校・大野山南と、公式戦においては2回連続で去年の甲子園出場校と衝突する超不運。この2点くらいだろうか。
一方で蛍が丘高校は江津農業高校・邑南高校の連合チームと衝突。相手チームの強さから言って、1回戦突破は手堅かろうと思われる組み合わせだ。
だからと言って油断ができるわけじゃない。
「先発オーダー。1番、センター、大崎」
「はいっ」
「2番、レフト、因幡」
「ん」
「3番、ファースト、寺越」
「ヘイ!!」
「4番、サード、猿政」
「うむ」
「5番、セカンド、近江美優」
「は~い、は~い」
「6番、ショート、新田春馬。7番、ライト、新田楓音」
「はい」
「8番、キャッチャー、皆月」
「オウ」
「ラストバッター、ピッチャー、最上」
「あいよ」
春馬の中では最後の最後まで悩んだが、結局のところオーダーはいつも通り。メンバーを呼び終えてから、今度はベンチ入りの1年生4人のところに顔を向けた。
「ランナーコーチは、鍋島、沖満。ベンチ入りメンバーの中で、野球経験がある2人に任せる。そして、これはベンチ入り4人全員にだ。試合状況次第では積極的に選手を替えていくぞ。島沢、優奈。野球初心者の2人もだ。しっかり気持ちの準備だけはしておけ」
「「「はい」」」
「そして、武川。記録員名目だけど、実質的にマネージャー。バックアップを任せたぞ」
「はい」
13人+1人。彼ら彼女らがついに新チームとして動き出す。
「蛍が丘高校のみなさん。ベンチに入ってください」
係員の呼び出しに、春馬を筆頭に全員が道具を手にして部屋から踏み出す。
「さぁ、行こうか」
帽子を深くかぶりなおす春馬の横で、近江が振り返って右手を突き上げる。
「絶対勝つよぉぉぉ」
「「「おぉぉぉぉぉぉぉ」」」
春馬・近江・最上・因幡を除く部員たちからの気合の入った声が廊下に響き渡った。
―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――
『1回の表、蛍が丘高校の攻撃は、1番、センター、大崎君』
先攻の蛍が丘高校。
まずはいつも通り先頭バッターは大崎。
『(え~と、相手ピッチャーは邑南高校の左腕。でもキャッチャーは江津農業。相性はどうかなぁ?)』
初めて組むバッテリーとは考えがたいが、島根県の交通事情、地理的問題も考えれば、日ごろから合同練習できるような環境でもないだろう。そうなるとお互いの相性が問題となるところだ。
「ボール」
初球は121キロのストレート。遅い気もするが、それは彼らが総合鈴征・立花弟、信英館・東山、大野山南・日野と、島根屈指の好投手とぶつかってきたからでもある。実際のところ連投は利かないとはいえ最上がMAXで135キロ。春馬が120台中盤、さらに鍋島が110キロ台後半と思えば、高校野球地方大会で言えばまぁまぁ標準的とも言えるだろう。
『(ふ~ん。あまり速くなさそうだし――)』
2球目はストライクを欲した低めのストレート。それを、
『(待つ必要はないかな?)』
ファーストストライクを果敢に狙っていく。打球は一二塁間をきれいに破ってライト前ヒット。
「ナイスバッティングです。大崎先輩」
まず先頭バッターが出た。鍋島は声を掛けつつ、ベンチの春馬へと目を向ける。
『(強攻策?)』
沖満は前々から蛍が丘高校の試合を見ていたから知っているが、鍋島はあまり知らないところ。監督の春馬は強攻策の多い特徴がある。本来ならば送りバントをする状況であろうが、ここもやはり強攻策のようである。
「ボール」
バントの構えを見せない因幡に警戒したか。それとも大きなリードを取る大崎に警戒したか。いずれにせよ初球はアウトコース高めに大きくウエスト。
『(警戒はされてるか)』
勘ぐるバッテリーの一方で、何も考えていない新田監督はまたもノーサイン。
「ボール、ツー」
2球の牽制を挟んでの投球は、インコース低めに外れるボール球。
「どうなんだろうなぁ。単純に制球難か?」
警戒してのボール球なのか、それともそもそもコントロールが良くないのか。ノーデータな春馬にしてみれば分かりかねるところだ。
『(まぁ、どうせサインらしいサインなんてねぇよ)』
相変わらずのノーサインでの3球目。
ついにストライクゾーンへ入ってきたが、大崎に続いて因幡もファーストストライクを引っ叩く。
しかし打球はサード真正面。鋭い打球で、しかも中途半端なバウンドとなっただけに、サードも少し危うい捕球の仕方。しかしなんとかグローブに収めると2塁へと送球。俊足の大崎が2塁へ向かうも間に合わず、さらにセカンドが1塁へとボールを転送。
「アウトっ」
5―4―3のダブルプレー。
強攻策が裏目に出た。ノーアウト1塁のチャンスがあっという間に2アウトへと変わる。
「ど、ドンマイです。因幡先輩」
「バントすれば得点圏だったのに……」
鍋島はゲッツーの因幡に声をかけ、沖満は首脳陣批判。初心者の島沢、沖満は一応ルールなら分かるため、残念そうな表情を浮かべる。四者三様の反応を見せる中で、監督の春馬は堂々たる様子。
「しゃあねぇか」
強攻策を多用する春馬にしてみれば、この程度のダブルプレーは気にすることでもない。
沖満の独り言のように、バントすれば1アウト2塁だったかもしれない。しかし春馬に言わせてみれば、ヒットならばノーアウト1・2塁でクリーンアップである。結果論でとやかく言っても仕方がないのだ。
ただ打線が途切れたのが痛かったか。寺越もファースト真正面のゴロに倒れてスリーアウトチェンジ。
「初回は無得点か。まぁいいだろ」
「だったら、相手も無得点だぁ。いっくぞ~」
どことなく冷めた雰囲気の春馬と、常にオーバーヒート寸前の近江。
凸凹二遊間が今日も行く。
―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――
高く跳ね上がった打球。3番の左バッターが打ち返したショート真正面のボールは、
「っよ」
ベアハンドの春馬が1塁へランニングスロー。
「アウト、チェンジ」
1回の裏、江津農業・邑南連合チームの攻撃であったが、三者連続ショートゴロという、実質春馬だけでアウトを取る展開で無失点。最上のこの回の投球はわずか8球である。
「新田、今日もキレてるな。助かった」
「打てない分、守るしかないからな」
右手の拳を突き出してくる最上に、春馬も拳を軽く当てて応える。するとその様子を見ていた近江も、「自分も~」と春馬&最上と拳ハイタッチ。
ただそれでも反対に冷たいヤツもいるのである。
「新田先輩。捕れたからいいけど、危ないプレーでしたよ」
「まぁな」
どうも沖満は春馬の事が嫌いらしい。
ただそんな彼女に先輩たちから猛攻撃。
「どうせ、待って捕ってもランナー1塁だしなぁ」
最上にしてみればヒットだろうが、エラーだろうが、ランナー1塁には変わらないわけで。
「エラーしても私がいる」
「……俺も」
そして仮に後逸したところで、レフトの因幡がバックアップに。さらに先のように高く跳ね上がった打球については、セカンド・近江のバックアップも間に合うのである。
その後ろ盾を得た春馬は、おそらく後ろ盾なくともそれとなく返してただろうが、椅子に腰かけながら答える。
「案ずるな。リスクマネジメントはできてる」
「自分でやってるかの言い様ですけど、周りが頑張ってるだけですよね?」
「自分のできることを全力でする。それがチームプレーだろ? 責任を押し付け合いはチームプレーと言わん」
その2人のやりとりを見て近江が一言。
「ねっ。あの2人、似てるでしょ?」
「目元だけじゃなかったか」
最上も近江の「似ている」発言の意味が分かったところである。
春馬曰く沖満に嫌われているとのことだが、本当にそうなのか怪しいところ。考えようでは、全力でぶつかりあってお互いを分かり合っているような感じである。
「さてと、猿政。先制点を取ろうか」
「うむ」
2回の表、先頭の猿政がバッターボックスへ。相手が連携の成っていない連合チームであるならば、早い段階で叩いておきたいところである。
その猿政。カウント1―2と追い込まれてからの4球目、甘く入ったストレートをしっかり振り抜く。打球はサードの真横を抜け、ギリギリでライン内側にバウンド。
「フェア」
「よぉし、抜けたぁ」
打席に入る準備を整えていた春馬は、右手でガッツポーズ。1塁コーチの鍋島も、
「2塁行ける。回れ――」
ツーベースになると信じるが、
「「「あっ」」」
全員、知ってしまった。
「ほっ、ほっ、ほっ」
猿政、妙に足が遅い。
「あの野郎、また正月太りしやがったな」
「お雑煮はおいしいから仕方ない」
春馬の悪口に、振り返りサムズアップするネクストの近江。
昨年秋から6キロ増量の猿政と、4キロ増量の近江の4・5番コンビである。もっとも近江については増量してもそれほど大差なかったが。おそらくその増加は成長である。
「セ、セーフ」
ベンチから「なんであの当たりでギリギリなんだよ」と声が飛ぶ。
「むっ、少し痩せなければならぬな。動けるデブになりたいものだの」
猿政はスライディングでユニフォームに付いた砂を払いながら独り言。
「近江。頼んだぞ。2塁ランナー、アレだから」
バットを手にネクストへ向かう春馬。そして、
「大丈夫。歩いて返してあげる」
蛍が丘の本塁打王&三振王、近江が打席へ。
『(どっからでもかかって来るといいよ。連合チームなんて敵じゃないから)』
野球初心者集団の琴ヶ浜相手に、唯一の三振を喫した近江は自信満々。
おそらくは女子相手に投げるなど初めてであろう相手ピッチャーは、緊張の面持ちで投球モーションへ。彼が左足を上げると、それに合わせて近江も左足を上げる。ピッチャーが足を下げてもなおその体勢で維持し続け――
『(打てる球ぁ)』
高めのボール球を全力フルスイング。バットとボールが楽に30センチは離れているであろう豪快な空振りである。
「相変わらずのフリースインガーだな」
3年生になってなお、バカみたいなフルスイングをやめない近江。少し愚痴ってやりたいところであるが、彼女を恐れているのが大野山南の元エース、現・プロ野球選手の日野。恐れたあまりに全打席敬遠の結論を導き出したのが山口工科である。信英館や天陽永禄から要注意とされる守備力を誇る春馬も大概だが、それだけの彼女の特徴を潰すこともない。
2球目。アウトコースのボール球をフルスイング。
するとバットの真芯で捉えられた打球は一二塁間を襲う速いゴロに。
「抜けるっ」
ヒットと見て走り出した近江。しかしそれをセカンドが横っ飛びでグローブに当てる。打球は弾いてしまうが、立ち上がって拾い上げると、すかさず1塁へと送球。近江は間に合わずアウトとなる。近江の内野ゴロで1アウトと変わるも、その間に猿政は3塁へと進む。
「ナイス進塁打と言っておこうか。さて、どうするかな?」
『6番、ショート、新田春馬君』
バッターは春馬。昨年の秋の中国地方大会では、自らの前を打つ近江を敬遠され続けるという屈辱を受けた。あれから半年。彼がどれほど打撃に力を入れ、成長できたのか、真価を問う舞台である。
『(スクイズでもいいんだが、3塁がアレじゃあなぁ)』
部員数増加で今年から代走を出せるようになったが、さすがに序盤から主砲に代走を出すようなマネはできないのである。
『(ここも強攻策しかないか)』
内野守備を確認する限り、先ほどの猿政の鈍足を見てか前進守備は敷いていない。しかしあまりに後ろすぎるとスクイズされると考えたようで、気持ち前よりの中間守備と言ったところであろうか。
『(しかし、初回の上位3人からそれらしい情報が上がってないとすると、変化球はあまり投げないのか?)』
単純に早打ちしたせいで、変化球を使わせるにいたらなかったのか。ノーデータはここが辛いところである。
『(ちょっと、内野の動きを見させてもらうか)』
初球。ピッチャーが投球を開始すると共にバントの構え。スクイズかと思って内野は急に前身を始める。
「ボール」
ただここはエバースで動きを見るのみ。投球は地面に叩きつけたワンバウンド投球も、キャッチャーが体で止めて3塁ランナー突入は許さず。
『(連合チームの割に動きは悪くない。バッテリーも別チーム同士だし、合同練習はそれなりにしてるのかな?)』
そうなると予想以上には手ごわい相手になるだろう。ただあくまでも予想以上にというわけであって、現実的にそう簡単に負ける相手ではないだろうが。
スクイズ警戒でもう1球外され、カウント2―0となり3球目。
「上がった」
バットを振り抜いた春馬は、打球を見送りつつ1塁へと駆けだす。
ボールはレフトへと高々と舞い上がる。もしかすると外野の頭を越えるかとも思われたが、少ししてからレフトが振り返る。
「タッチアップ。レフト」
沖満がしっかり猿政に指示。猿政はもちろん既に3塁ベースへとついている。
レフトが――捕球。
「ゴー」
巨漢を揺らしてホームへ突入。打球を捕ったレフトは直ちに中継のショートへと返すが、いくら鈍足の3塁ランナーとはいえ定位置後方のフライである。間に合うわけもなく、悠々とホームベースを駆け抜けた。
「くそぉ。外野の頭は越えなかったか」
「春馬先輩。ナイスバッティングです」
「ありがと」
ヒットにはならずとも先制犠牲フライ。
意外といい感触だっただけに、あれで外野を越えなかったのは春馬として残念でならないところだ。
『(少年野球頃はもうちょっと打てたんだけどなぁ)』
小学校6年の頃は3番ピッチャーが定位置であった。しかし中学野球で変化球が投げられるようになってから、次第に打撃への苦手感が出てきた。そして今となってはこのようなありさまである。とは言っても春馬自身、変化球打ちが苦手なわけじゃない。単純にストレートと変化球を投げ分けられると弱いだけなのかもしれない。
「ナイスバッチ」
ほんのり不満げな顔でベンチに帰ってくるも、近江の嬉しそうな顔を見てそれを正す。彼的に満足できないものであっても、チーム的には先制点へ繋がったいい結果なのである。不機嫌な態度でチームのムードを悪くする必要もないだろう。




