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第2話 ライトのレギュラー

 ウォーミングアップが終わると今度は守備練習。


「さて、じゃあどうしようか」


 ホーム付近からフィールドを見渡す春馬。そこへバットを手にした最上がやってくる。


「どうって?」


「新入生」


「春馬はあいつらに、球拾いでもさせる気か?」


 遅れて皆月もボールケースを手にやってくる。


「ポジション埋まらないのに、球拾いはさせねぇよ」


 春馬はファールグラウンドで何をすればいいのかと、右往左往している1年生に声をかける


「鍋島、沖満」


「「はい」」


「ノックだ。好きな守備に行け」


「「はい」」


 言われた沖満は迷わずショートへ。そして鍋島は付添人の最上へ視線を向け「マウンドに行けば?」のアイコンタクトを受けてマウンドに上がる。


「島沢は……どうする?」


「いきなり外野フライはきついんじゃね?」


 皆月の指摘に最上はサードを指さす。


「島沢、サード。軽く打ってやるから」


「はい」


 島沢はサードへ駆けていく。


「で、どうだ?」


「サードなら猿政がいるし、僕も指導しやすいな。悪くない」


 目を向けて評価を頼む最上に太鼓判。


「よっしゃ。じゃあ、始めようぜ。新田も守備につけよ」


「へいへい」


 春馬は最上に急かされてショートの守備位置へ。


「春馬先輩。よろしくお願いします」


「よろしく」


 それっぽい挨拶はするも暗い声。近江相手と自分相手でこれほどまでに態度が変わるのかと驚く。むしろこちらの方が普通で、近江と話す時が異常なのかもしれないが。


「じゃあ、まずボール1つ。サードっ」


 猿政正面への打球。彼は難なく捕球して1塁へと送球。


「次、島沢。いくぞ」


 最上がボールをしっかり見せながらノックの構え。猿政に守備位置を教えてもらいながら定位置に付いた島沢は、


「お願いします」


「よし、それ」


 やや強いかもしれないがゴロ打球。受けた島沢は思いっきり1塁を逸れる大暴投。寺越は捕球できず、暴投対策で後ろにいた楓音がそれを捕る。


「す、すみませんっ」


 体育会系らしい大きな声での謝罪。そこで猿政から送球のコツについて指導が入った。


「ショート、いくぞ」


「おぅ」


 軽く飛び跳ねて体をほぐし、最上のノックを待つ。すると彼はほんのり笑みを浮かべ、


「おらっ」


 叩きつける打球を放つ。


「チッ、あの野郎」


 高く跳ねるショート真正面の打球。相変わらず意地の悪い男である。


 このタイミングに普通の守備では間に合わないと見た春馬は、ベアハンドからのランニングスローを試みる。しかし手元でわずかにバウンドが変わったせいで、指の先に当たってボールを弾いてしまう。


「おぅおぅ。新入生の前でエラーですか、監督ぅ」


「あのなぁ。なんつう球を打ってるんだ。お前は」


「でも監督さんよ。試合であぁいう打球、来るかもしれねぇぜ」


「ほんと。口の上手いヤツだこと」


 文句を言いながら定位置に戻る春馬。


「もう1球いるか?」


「いや。人数も多いし、今日はとにかく回していこう」


「了解」


 エラーの後は大抵「もう一丁」と要求するところ。しかし今までのような人数の少なさでもないので、とにかく回数をこなす予定である。


「春馬先輩。エラーですか?」


「言われてもねぇ」


「エラーはピッチャーにとってはキツイですよ」


 沖満の毒舌指摘を受ける。


『(ほんと、なんなんだろうな。僕のことが嫌いなのかな?)』


 こちらも毒舌な春馬であり、決して人のことを言える立場にないが。


 初日であるだけに彼女の性格は未だ計りかねるものの、明らかに春馬と近江で対応が違う。そのうえ春馬に向く態度はかなり冷たく、とても毒の入ったものである。


「よ~し、次、沖満」


 最上は軽くボールを放り投げてからショートへと打球を放つ。


 少し横に逸れた打球だったが、回り込んで捕った沖満は手堅く捕球。2、3歩踏みかえてから1塁へとノーバウンドでのストライク送球。


「はい、次、セカン」


 続いて最上はセカンドへと打球を放った。


「どうですか? しっかりしないと、ショートのポジション、奪っちゃいますよ」


「ま、意識だけはしとくよ」


 エラーした春馬とエラーしなかった沖満。


 実力の差は明確であった。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 新入部員受け入れ開始の翌日。


 昼休憩中の生徒会室にて。


「失礼します。新田春馬君はいる?」


「は~い」


 入学式と部活動説明会の片付け仕事が残っていたため、野球部の練習時間確保の目的で4限目サボり&昼休憩返上で事に当たっていた春馬。そんな彼の元へとお客さんが現れる。


「誰かと思えば正岡先生ですか」


「よかった。4組の子に聞いたらここにいるって言うから」


「ま、もうそろそろ仕事も終わるところですけどね」


 4限目をサボった結果である。


「それで、わざわざ生徒会室まで何の用事ですか」


 仕事を片付けるついでに、ここに置かせてもらっていた私物を持ってきていたカバンの中へとしまいはじめる。


「例の子、紹介しようと思ってね」


「例の子って言えば……」


 春馬は思い出す。今から4か月前。12月に新入部員受け入れを打診されていた、暴力行為(春馬の推定)によって休学をしていた学生。いったいどんな人物なのかと、主にサボり仲間の厳ついの方々を想像。そんな彼をよそに正岡は、


「そう。例の子」


 言いながら廊下へと繋がる扉の方へと目をやった。


 現れたのはとても地味な学生であった。パツキン兄ちゃんかと思いきや、校則通りの黒髪。制服が着崩されているわけでもなく、いたって真面目そうな兄ちゃんである。


「初めまして。武川和弥です」


 会釈する彼の姿は決して暴力的な人間には見えない。なんなら春馬の方がケンカは強いのではなかろうか。


「彼が野球部に?」


「はい。よろしければよろしくお願いします」


 礼儀正しい子である。なんなら今年の新入生の中では一番の礼儀正しさなのではなかろうか。


「え~っと、じゃあ学校の方に入部届出さないといけないから」


 主な使用目的は連絡先の確認である。そのため顧問と学校、さらに実質顧問の監督・春馬が連絡先把握のため、提出の必要があるのである。すると、


「だ~いじょうぶ。私がもらってるから、ね」


「あとでスキャンして、僕の電子メールアドレスに送ってください。分からなかったら、僕の入部届でも確認してください。書いてあるはずなので」


 もちろん2年前に出した入部届である。



 と、言うわけで……



「今年度から復学いたしました。3年1組の武川和弥です。よろしくお願いします」


 放課後。武川は中学校時代の練習着を着て、部室に置いてあった上級生たちの古い帽子をかぶって練習参加。武川から挨拶があると、1年生が拍手でお出迎え。ただ非常に困ったのが3年生である。同級生なのだが年上なわけで……


「ま、規定で公式戦には出られないけど、練習試合や普段の練習は普通にやるからな。頼んだぜ、武川」


 まったくそこのところを気にしないのは、前から上級生と仲が良く年上に慣れていた春馬くらいのものである。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 入部受付開始してから3日目。


 大会出場可能者は3人。そこに大会では記録員登録になるであろう武川を加え、計4人の新入部員。まぁまぁ数は増えているのだが、春のセンバツ出場校としては少ししょっぱいところである。


「でも、僕らの代だって当初の入部は4人だけだったしな」


 そして椅子だけ反転させ、最上の机で弁当を食べているのは春馬。


 春馬世代での当初の入部は、春馬、近江、最上、皆月の4人。


 そこから近江スカウトが大車輪の活躍を見せ、そのスカウトがマネージャー志望者を無理やり選手登録した結果、当時いた3年生1人を含めて9人集まったのである。だがその3年生引退後、因幡を捕まえてきたのも近江スカウト。つくづく野球に関しては謎の力を発揮する子である。


「時に最上から見て、鍋島はどうだった?」


「単純な投手としての力量なら、ウチではエース級だろうな」


「単純な力量なら、か」


「単純な力量なら、な」


 そもそもエースの最上が『単純な力量』では計れないものを持っているのである。


「個人的には沖満が面白かったけど」


「沖満が? どのへん?」


 確かにこの近江にあこがれるあたり、相当な変人であると思うが。


 春馬はそう頭に浮かべつつ最上に問いかける。すると、


「目が。新田とそっくり」


「外見かよっ。てか、僕とそっくりってどこが?」


「開ききっていない、眠そうな目ぇしてる」


「あぁん?」


 目つきが悪いとはまた違うものである。


 最上を威嚇していた春馬だったが、ふと声をかけられる。


「春馬ぁ。お客さんだ」


「お客さん?」


「近江なんだけど、近江じゃない」


「?」


 目の前にいる近江を指さしながらそう主張する鈴木。春馬はいったいどういうことかと思っていたが、ドア付近に目をやってその意味に気付く。そこにはもう1人、近江美優のような女子がいた。


「ココ、ココ。入ってきていいぞ~」


 手を上げて手招きすると、彼女は軽く一礼してから3年4組の教室に入る。

するとほんのり4組内がざわつき始める。なぜなら近江は今現在、春馬の目の前にいるのである。で、あるならばもう1人の近江、彼女はいったい。


「なぁ、春馬。誰なんだ?」


「本当よ。誰なの、この子?」


 彼女が近くにやってくるなり、声を合わせて春馬に問いかける鈴木&南。春馬は少し悩んだうえで、指を鳴らしてもう1人の近江を指さした。

「問題。景気が低迷しているにも関わらず、物価が上がり続ける状況をなんという?」


「えっと、スタグフレーションのことですか?」


「「誰?」」


 近江美優であればこんな問題にサクッと答えられるわけがないのである。本当に誰なのか不思議に思ってきた両名だったが、


「お姉ちゃんがお世話になってます。妹の近江優奈です」


「「妹?」」


「うん、妹。ちなみに第1志望は大野山南特進だったか?」


「はい。滑っちゃいましたけど……」


 春馬や南と同じ、本命・大野山南&滑り止め・蛍が丘のタイプである。


「そっか。妹に取られちゃったかぁ。可哀想に」


「そうみたいね。吸い取られちゃったみたいね」


 鈴木と南の言う『妹に取られたもの』とはもちろん『学力』のことである。


「ねぇ、優奈。何しにきたのぉ?」


「お久しぶり」


「おっす」


 春馬との甘いひと時を邪魔されたせいか、少し不機嫌な近江姉と、楓音・最上。


「かのねぇ、よしにぃ。お久しぶりです」


 楓音お姉ちゃんこと『かのねぇ』、義光お兄ちゃんこと『よしにぃ』の愛称であいさつ。


「で、優奈。僕に用?」


「そうそう、しゅんにぃにご用事が」


 そして彼女は『しゅんにぃ』こと春馬お兄ちゃんに用事があったようで。


「勉強?」


「えっと、お父さんとお母さんに、少しは運動しなさいって言われちゃって」


「うん。部活でも紹介して欲しいのか? テニス部ならここにキャプテンがいるぞ」


 女子テニス部キャプテンこと南を指さす。


「そうじゃなくて」


 彼女は制服の内ポケットから一枚の紙を取り出すと、広げてから春馬の前に差し出した。


『学生名:近江優奈

 部活名:公式野球部』


「野球部に入れてくださいっ」


「なんと?」


「き、聞いてないよ、優奈」


「ふへぇぇぇ」


「ワァオ」


 四者四様の反応。ついでに後ろでは鈴木と南も驚きの様子。


「いや、僕としては断る理由もないけど、いいのか?」


「うん。スポーツはやったことないけど、お姉ちゃんがやってるのを見て、1回やってみたくて。ダメ……かな?」


「大歓迎。よく来てくれた」


「やったぁぁ」


 よほど野球部に入りたかったのか。大喜びの優奈。


「しかしな」


 春馬は机の中の筆箱から赤ペンを取り出すと、彼女の入部届に記入。


「コウシキ野球部の漢字が違う。『公式』(これ)じゃなくて『硬式』(こっち)


「勉強します……」


 少し落ち込む優奈。そんな彼女の肩に南が手を乗せる。


「大丈夫よ。野球を知らなかったらそんなもの。私だって最初は『公式』(こっち)だと思ったもの」


「ちなみに学力壊滅の近江姉は正しく書いてたけどな」


「エッヘン」


 褒められているのか、バカにされているか。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


「ほんと、なんなんだろうなぁ」


「何が?」


「ちょっとなぁ」


 土曜日の午前練習もまもなく昼12時である。午後2時からはサッカー部が練習をするということで、片付けやグラウンド整備を考えて1時には終わりたいところである。そこで最後の1時間に向けて一休みしながら春馬がつぶやくと、それに最上が答える。


「最上視点で沖満ってどう見える?」


「小中と野球をしてきただけあって、基礎はしっかりしてると――」


「そうじゃなくて性格」

「性格? 別にいたって平凡な後輩だぞ。挨拶もしっかりするし言葉使いも丁寧。穏やかな性格だと思うよ」


 そうしたことを聞き出そうとしている春馬の言葉に、後ろで楓音がほんのり嫉妬気味。傍から聞いてみる分については、春馬が彼女に対して気があるように見えたのである。ただ、そうした考えは取り越し苦労であった。いや、ただ別の問題があったわけだが。


「僕、沖満に嫌われてる気がするんだけど、なんか悪いことしたかな?」


「新田が沖満に? 2人でいるときに何かあったなら知らないけど、別に普段からは嫌われるようなことはないと思うけど?」


「勘違いじゃない?」


 最上は可能性を残しつつもやや否定。話に首を突っ込んできた楓音は遠回しにそれを否定する。


「沖満は近江を尊敬しているみたいだし、僕と近江で態度が違うのは分かるよ。ただ最上、他のメンバーも含めて、僕と比べて態度が全然違うんだよな」


「そんなに露骨なの?」


「割と露骨」


 楓音の問いかけに首を縦に振る。彼女は1年生with近江姉がいるところに目を向けると、そこでは沖満と近江姉妹の3人で盛り上がって会話中。


「そりゃあなぁ、新田。人間だれしも相性ってのはあるだろ? 皆に好かれようって言うのは無茶な話だろうよ」


「それはそうなんだけどなぁ」


 納得できる意見である一方で、どことなく納得しきれない理由ではある。


「気にしても仕方ないだろうよ。さぁ、そろそろ練習を始めようや」


「そう……だな。最上、他のメンバーの練習は任せた。僕は島沢と優奈の練習に付き合うよ。いきなりガチガチの練習は厳しいだろうからな」


「分かった。守備練でいいよな」


「あぁ、任せる」


 気になるところもあるが、春大まであと少し。悩んでいる余裕はないのである。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 島根県春季高校野球大会


 この大会で勝ち進めば中国地区大会に進出できる。この大会の結果いかんでは夏の予選においてシード権が得られる、大事と言えば大事な試合である。


 春馬はその試合を週末に控えた水曜日。近江と最上を放課後の教室に残していた。野球部の練習は、ひとまず猿政・大崎あたりに任せてである。


「話ってなぁに?」


「大方、春大のことだろ?」


 自分の席にかけた2人。最上の問いに春馬は頷く。


「オーダーのことなんだけどな……鍋島と沖満、どうだ?」


「どう?」


「というと?」


「硬式球への慣れ具合」


 春馬の返事に最上が目を鋭くする。


「出す気か。あいつらを」


「選択肢として無くはない」


「硬式野球を始めて1か月も経ってないのに」


「見て思ったけどあいつら、おそらくは硬式球を扱うのは初めてじゃない。おそらくは高校に入る前から使ってたんだろうな。そうなるとオーダーが難しくなってくる」


 春馬の低い声に最上が問う。


「その心は?」


「蛍が丘ナインの9人目。硬式野球経験2年目を取るか。軟式野球経験9年を取るか」


「楓音を外すの?」


「場合による」


 近江の核心を付く質問に春馬は頷いて、今季蛍が丘の登録メンバー一覧を見せる。


「背番号は一昨日発表した通り。3年生陣は昨年までのものを引き継ぎ、鍋島、沖満、島沢、優奈の順で10~13番を付ける。以上がベンチ入りメンバー。武川については選手登録こそできないけど、記録員登録でベンチに入れる」


 総勢14名の野球部員。選手登録外を除けば13人だが、彼ら彼女らによって蛍が丘にとって今までになかった「レギュラー争い」が行われる。仮にレギュラーを得ても、代打・代走・守備固めによる途中交代もある。もはや全試合フルイニングが確約される状況ではないのである。


「近江、最上。2人から見て鍋島や沖満はどうだ?」


 最上はその質問に言葉が詰まってしまう。彼は楓音の心境を知っている。彼女自身、それが采配に影響を与えることはあってはならないと思っているだろう。だが、しかし、彼はここ一番で鬼になりきれない。


「正直、佳苗に楓音の代わりは無理だと思う」


 しかし彼より先に近江が主張する。


「と、言うと?」


「内野守備は大丈夫。でも、外野守備は不安」


「なるほどねぇ」


「でも、内野で使おうにもポジションはないもん」


 近江の恐ろしいまでに的確な指摘である。


 沖満は近江への尊敬からあくまでも『内野手』として硬式野球に挑んでいる。彼女自身は元々外野手のようだが、硬式野球の外野守備に慣れているかと問われると、近江目線では不合格らしい。


「寺越を外野に回してファースト、もしくはサードで沖満は? なんなら僕がショートを空けてもいい」


「新田。おめぇが他に移るのだけはやめとけ。守備陣が崩壊する」


 そこで最上が真っ向否定に入る。


「去年まで新田がリリーフの時はやむを得ずだったが、明らかに守備が崩れていた。おめぇの失点の多さはそこにも理由があるんだぞ」


 確かに最上と春馬では失点数が明らかに違う。それは投球術を含めた投手力の差もあるが、新田春馬というショートがいるかいないかにも起因するところがある。


 もし蛍が丘の守備力を維持するならば、近江―春馬の二遊間は動かせない。沖満に春馬並みの守備力があれば話は別だが、彼は『守備力だけならプロレベル』と言われるほど。彼レベルの守備力など、高校野球では、ましてや1年生女子で持ち合わせているものなどいないだろう。


 寺越・猿政は攻撃面で中核をなすため、オーダーから外す選択肢はない。あとは彼を内野から外野に移す作戦だが……


「それと寺越を移すのもやめといたほうがいい」


「理由は?」


「あいつのキャッチングがないと、暴投だらけでウチの内野守備が死ぬ」


「それも一理あるか」


 近江、春馬、猿政らは皆、送球精度に難がある。これは送球が下手なわけではなく、セーフ・アウトが紙一重のところ、さらには普通ならヒット性の打球をもぎ取るような勝負する攻めの守備を行っている為、送球精度までに気を配る余裕がない事も挙げられる。そうした意味では打球を捕る点では春馬らが蛍が丘守備陣の象徴だが、彼らの暴投をしっかり捕球し、ファインプレーを縁の下で支えているのは寺越であるともいえる。


「猿政を外野は……論外か。外野守備が死ぬな」


 春馬もその点は分かっている。


 攻守共に要たる近江はもちろん、自分は動かせない。寺越も動かせないとなると、猿政も動かせない。あとは沖満が楓音に『外野手として』勝るか否かだが、近江の判断は勝てない。


「じゃあ、沖満先発はないか。鍋島は?」


「鍋島の外野守備は、悪くはないけど断然楓音だな。肩はいいけど、捕球やポジショニングに難がある」


「いや、僕の考えでは鍋島外野は元からない」


「じゃあ鍋島のポジションは?」


「ピッチャー・鍋島。ライトに最上」


 春馬が選手一覧にある『最上』の横に『ライト&リリーフ』と書き込む。


『(ま、そう来たか)』


 ただ一応は最上もそれは想定内であったようだ。


「その作戦は無しではないと思う。だけど、新田」


「ん?」


「客観的に見て、僕と最上。投手としてはどっちを選ぶ?」


 最上と楓音のライト守備では、最上の方が遥かに上である。ただ最上がライトに移るには、鍋島が最上からエースナンバーを奪うという前提条件が必要なのである。


「終盤のリリーフだったらありだと思うけど、鍋島と僕ならどっちが成績を残せる?」


「……オーダー、決まったな」


「賢明な判断だと思うよ」


「ねぇ、どうなったの? ねぇ」


 鍋島は春馬以上の投手成績を残すことは想像に容易い。だが最上とは比べることができない。そもそも最上が比較することが難しい投手なのである。しいて言うならば彼の実績から比べるだけだが、果たして鍋島が去年の信英館や大野山南のような強力打線を最上並みに抑え込めるかと問われると、まず無理であろうと思われる。


 春馬はそこが分かっていたからこそ、選手一覧の3年生選手全員を円で囲って「レギュラー内定」の文字を書きこんだ。


『(楓音。命拾いしたな。だが今回はあくまでも内定。気を抜いたらやべぇぞ。あいつ)』


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