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蛍が丘高校野球部の再挑戦 ~悪夢の舞台『甲子園』へ~  作者: 日下田 弘谷
第8章 サッカー部&野球部連合試合
81/122

最終話 楓音が頑張る、近江も頑張る

 さて、新田春馬とはどのような人物であろうか。


 見てくれは鈴木ほど良くはないものの、決して悪くはない。


 学力はあくまでも偏差値40前半の蛍が丘高校内ではあるが、学内トップの成績を叩き出している。


 そしてスポーツは9人ピッタリの部活ではあるも、甲子園出場校の監督兼リリーフ兼ショートである。


 さらに半ば会長・南による強引な引き込みだが生徒会副会長を務めている。


 つまり『蛍が丘高校の中では』トップクラスの人間である。それを春馬に言えば「偏差値60オーバーの大野山南特進でトップ5の成績を残している上に、広島東洋からドラフト1位指名を受けた、外見も内面も善良な超人がいるけどな」と言われるが、あくまでも蛍が丘高校内の話なら大方間違いでもない。


 そんな彼はとにかく『学内では』モテるのである。



「にゅう、春馬君がいない……」


「今日は2月14日だしなぁ。逃げてるんだろ」


 机に伏せて不満そうな近江に対して、最上は机の上に足を放りだして返答。


 本日は2月14日。世間のモテない男子が「お菓子屋の陰謀」と口にするバレンタインデーである。しかし今日は朝会にはいたものの、それからずっと春馬が不在。と言うのも昨年は春のセンバツ出場決定という出来事と重なって、彼の机の上がチョコレートで埋まる事態が発生したのである。


「ウチの学校、なんでかこの手のイベントは大好きだからなぁ」


 最上が振り返った先には、カバンからあふれ出るチョコレートをもらい、苦笑いを浮かべるサッカー部の鈴木。その横には同部の後輩女子からチョコレートをもらい、笑顔を浮かべる女子・南。


 どうも蛍が丘高校の生徒はイベントが大好きなのである。


 体育祭の時はパツキン兄ちゃんたちが大はしゃぎしていたし、七夕イベントでは不良っぽい兄ちゃん・姉ちゃんたちが「大学合格」やら「戦争撲滅」やら「じいちゃんの病気が治りますように」やら、短冊に書いて笹に吊るしていたのはなかなかに面白い光景であった。そして学校非公式たるバレンタインでもまたこのような状況なのだ。


「近江も新田にチョコでも渡すのか?」


 彼がいないことに嘆いていた近江に、渡せなくてもやもやしているかと聞いてみると、


「春馬君がもらったチョコをもらえない……」


「そういえば去年も、新田のチョコを食ってたよな」


 春馬が大量にもらいすぎて消費できないとのことで、半分以上は近江がその日の内に食べてしまったのである。わざわざ手作りしてきた人にとっては、まさかそれを隣にいる近江が食べてしまっていたとは思わなかった事だろう。そうした意味では春馬は薄情者かもしれないが、食べきれずに処分するよりはまだいいのではなかろうか。


「あっ、楓音」


「な、なにかな?」


 後ろの席を振り返る近江。


「楓音って私の事を、友達だと思ってる?」


「う、うん。思ってるけど……」


 すると彼女は手をだし、


「友チョコを要求する」


「そんなの急に言われても持ってないよ?」


「ひどぉい。楓音、私を友達とは思ってなかったんだぁ。私は楓音を友達だと思ってたのにぃ」


「じゃあ、近江ちゃんは私へのチョコを持ってるの?」


「無いよ?」


「?????」


 要は自分のお菓子が欲しいだけの無茶苦茶な理屈である。


「ふ~ん。ちなみに男子勢への義理チョコあたりは?」


 最上が適当に話に乗ろうと語りかけるが、彼女は唇に指を当て、


「一応、持ってきてはいるんだけど……今、渡した方がいい? 1箱に8個入ってるものだから、部活の時に一斉でいいかな。って思ったんだけど」


「あぁ、なるほど。それならここで一個だけってわけにはいかないか。じゃあ部活の時まで楽しみに待っとくよ」


 彼は笑顔で手を振る。するとその右前では近江が頬を膨らませ、


「私のは?」


「だから無いっ」


「ケチ」


「ケチじゃない」


 楓音の算段だと部員が9人、自分以外に渡すとなると8個必要ということである。というわけは近江も人数に込みとなっているのだが、彼女はそこのところを計算間違えしているようで。


「もしかしたらもう1個くらい入ってるかも」


「入ってないっ」


 勝手に楓音のカバンの中を探ろうとする近江に、楓音が必死のガードを見せる。その守備力たるやゴールデングラブ級であった。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 さて、近江に対しては1個余分に入っていることはない。と言ったものの、彼女が本当に義理だけを用意しているかと言えば、恋する乙女に限ってそんなわけないのである。


 幸運にも4限目が早く終わったことで少し早目の昼休憩。さっさと昼食をとった後、近江と最上に「ちょっと売店に筆記用具を買いに行ってきます」と言い訳し、教室から出ていく。彼女からのチョコを貰えないと分かって不満な近江は「はいはい」と不愛想に返事。最上は彼女が財布ではなくちょっとした袋を手にした事で察したのか、「行ってらっしゃい」と言いながら右手は小さく「グッドラック」とサムズアップ。


 彼女は2年生の教室がある3階から4階まで上がりさらにその先へ。

そこは屋上へと繋がる階段である。普通の高校では安全上の理由で封鎖されている事も多いが、蛍が丘高校では憩いの場として開放されているのだ。

電気の付いていない薄暗い階段を上ると、すりガラスから光が差し込む、冷たそうなアルミの扉があった。ここから先が屋上だ。


『(大丈夫。落ち着いて)』


 彼女は内ポケットにある恋愛成就のお守りを握りしめると、近江ほどではないが小さく奥ゆかしい胸に手を当てて心を落ち着かせる。目的の人物がここにいるとは限らないが、ここにいなければどこにいるか見当もつかない。ここが唯一の候補地なのである。


 冷たいドアノブを握ってひねって開ける。


 雲が薄らかかった空から、飛びこんでくる弱めの太陽光。さすが山陰の2月と思ってしまう冷たい風に、彼女も「もしかしたらいないかも」と思ってしまう。そもそも誰かいるなら話声くらい聞こえそうなものだが、まったく声も音も聞こえないのである。


『(はずれかなぁ……)』


 建物の影から顔をのぞかせてみると、そこには春馬が確かにいた。まったく寒そうにせずに陰に腰かけて読書中であった。


「い、いた」


 よほど集中しているのか、それともいちいち気にしていないのか、ドアの開閉音にも反応がない。


『(落ち着いて。いつも通り。そう、いつも通り)』


 お守りをもう一度握りしめてウチポケットにしまう。そしてまた胸に手を当てて深呼吸してから、勇気をもってそこから出ていく。


「春馬くん?」


「あぁ、楓音か。どうした? 先生が呼んでたか?」


 彼女へ軽く目をやったのみですぐに本へと視線を移す。


「ううん。そうじゃなくて、私的なことで少し用事があってね」


「私的なこと?」


 ここでようやく春馬は本に栞を挟んで目を離す。


「えっとね、その……」


 彼女は落ち着きなさそうにも彼の隣へと腰かける。離れすぎるのも、かといって近づきすぎるのも嫌なため、距離はおおよそ50センチくらいか。


「実は今日ね、バレンタインデーだから、野球部のみんなにチョコを持ってきたんだ。義理だけどね。義理」


「渡す時間を作ってほしいってこと?」


「そうじゃなくてね」


 楓音もさっさと渡せばいいのに、決心がつかないのか遠回し気味。そのせいか春馬も勘違いしてしまう。


「みんなに義理を持ってきたんだけど、春馬くんには、いつもいろんなことで迷惑かけてるでしょ?」


「いろんなこと?」


「監督やって大変なのに、勉強を教えてもらったり、その……眠れない時のアレとか……」


「あぁ、そう、だねぇ」


「それで、その、いつもの感謝の気持ちってことで、春馬くんにはその……」


 また言葉が詰まり気味になるが、お守りを持っている気持ちで手を握りしめてから、もう片方の手にある袋を差し出した。


「義理チョコとは別のチョコ。いつもありがとうございます」


「お、おぅ。別に気を遣わなくてよかったのに……ありがたくもらっとくよ。こちらこそありがと」


 恋する乙女の本命チョコのはずなのだが、楓音が遠回しに言い過ぎた挙句、本筋を逸らしてしまったために『日頃の感謝チョコ』に。ただそれゆえか、春馬も何のためらいもなく受け取る。


「えっと、手作りで賞味期限も短いと思うし、早く食べてね?」


「これ、手作りか」


 手元にある袋へと視線を落として驚く春馬。


「いやぁ、ほんとわざわざありがとう。まさか手作りなんて」


「これくらい、普段から春馬くんに迷惑かけていることに比べちゃ、大したことじゃないよ。そ、それじゃあ私、教室戻るから」


「あいよ。ありがとうな」


「どういたしまして~」


 それだけ言うと駆け足で建物の中へと戻っていく楓音。建物へと入ってドアを閉めると、壁にもたれかかってその場にしゃがみ込む。


「あぁ、もぅ。私のバカぁぁ。なんで最初から考えてたように言えなかったの?」


 セリフを考えていたらしいのだが、まったくその通りに言えなかったようである。


「それに、せっかく2人きりでお話しできるチャンスだったのにぃ」


 あまりの緊張っぷりからさっさと戻ってきてしまったが、よくよく考えればあの場には春馬以外誰もいなかった。彼と邪魔者無しで話ができるいい機会だったのに、それを簡単にふいにしてしまったのである。


「神様頼りじゃなくて、私もっとがんばらないとなぁ」


 恋愛成就お守りを手に、建物の天井を見上げる楓音。


 彼女の恋が叶うその日はまだまだ遠そうである。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 間もなく3学期も終わりである。そしてこの時期となると、近江が頑張り始めるのである。


「普通選挙法はえっと……25歳以上の男女」


「25歳以上の男性のみ」


「男女差別は良くないと思う」


「いや、言われても」


 机を挟んで近江の反対側では、最上が椅子に腰かけて歴史の教科書片手。彼女の手元にはまっさらなノートがある。最上は政治経済の選択であり本職ではないのだが、春馬に比べれば歴史は得意だったりする。春馬は頭がいいように見えるが、一応は地理選択者である。


「じゃあ、戦後の普通選挙は?」


「20歳以上の男女」


「正解」


「男女平等万歳」


 3年生にもなるとほとんど入試対策の授業となってしまう。そのため日本史の内容もほぼ20世紀前半と、日本にとっては、もとい世界にとって動乱の時代である。



「数学的帰納法って言うのは、1が正しくて、2も正しくて、3も正しくて、って言うのを重ねて行けば、じゃあその数式は正しいんじゃないか? って結論づける証明方法で――」


 そして理系クラス・2年4組にとっての真骨頂。数学は、2学期中に範囲すべてをほぼ終わらせたため、3学期は残った内容+復習テストである。それを教えるのは蛍が丘高校の数学エース・春馬。以前の彼女に「分かりづらい」と言われたことで、かなり教え方を変えたようである。



「因幡ぁ。因幡ぁ」


 そして野球部の練習前。因幡に対して国語の教科書を見せる。そこには『小説を映像に置き換える』のに必要な配役の設定。登場人物と実在の俳優が並べられたそのページを見た因幡の反応は、


「グッ」


 無表情でサムズアップ。


「グッ」


 近江も笑顔で返す。


「なんだ、あいつら?」


「さぁ?」


 春馬と最上は冷たい反応である。



 テスト開始前日の新田春馬家。


 そこにいたのは春馬に加えて近江と楓音。最上については1人で勉強した方がいいらしい。別に孤独を愛するわけではなく、彼に関しては1人で勉強できる人間のため問題ないのである。むしろ1人で勉強できない近江の方が問題であるだけで。


「まずは対数関数の底をeと取った時に――」


「グラフはこうなる」


「いや、そういう問題じゃない。先走るな」


 今回の数学は復習も入っていることで、非常に範囲が広いのである。そのため近江の勉強、特に救援は必須であると考えられたのだ。これ自体は昔から強制的にやっているものだが、ここ最近は近江自ら「勉強を教えて」と言ってきているのである。まだテスト1週間前から勉強し始めるだけ善良だが、もっと欲を言えば普段から勉強してほしいものである。


「春馬くん。ばけがく(・・・・)なんだけど、ここの問題が計算合わなくて」


「えっと……ファラデー定数の桁数間違えてる。それと有効数字の処理の違い」


「あっ、本当だ」


 主に近江の数学を見ながら、楓音の化学を片手間で対応する春馬。もちろん楓音を適当にしているわけではなく、まっとうな指摘であり、そもそも楓音はヒントさえ与えれば問題ないタイプなのである。


 ひとまず近江に教えるべきことを教えて、楓音も黙々と勉強し始めたことで春馬は一休み。自分で急須からお茶を入れ、近江が母からお土産(兼勉強を教えるお礼)としてもらってきた和菓子を口に運ぶ。


 少し前までは勉強会と言えば、春馬と楓音が勉強している横で近江が大騒ぎ。春馬からの拳骨が落ち続けるなんて日常茶飯事だった。彼女を勉強させようと思えば30分も続かないいし、春馬がトイレから帰ってくればゲームをしているし、逆に近江がトイレに行けば10分は帰ってこなかったものである。


 そう考えれば既に1時間半。真面目に数学と向き合っている近江は本当に成長したように思える。もしくは春馬が倒れたことが本当に応えたのだろうか。


『(そろそろ結果、出てもいいと思うけどなぁ)』


 春馬は彼女へと目をやりながら、口には出さずエールを送る。


『(頑張れ。近江)』


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 テスト返却日である。


「う~ん。な~んかなぁ」


 春馬はテストが出揃って不満な様子。それでも全教科90点越え。数学に至っては些細なミスで点数を落とすも99点をマーク。あまり頭のよろしくない蛍が丘高校の中では、かなりいい方である。


「新田は不満そうだな」


「最上は?」


「まぁまぁかな?」


 平均すれば7~8割と言ったところか。ただ政治経済については満点である。


「うわぁ。最上くん満点だ。すご~い」


「いやいや。楓音だってすごいぞ。数学91点って」


 なにせ今回の数学。教員が2年生最後のテストというわけで力を入れてしまったらしく、平均点が悲劇的だったそうである。なんでも理系クラスたる2年4組で4人の赤点。内容は異なるが文系クラスの1~3組では合計28人の赤点が出たそうな。その中で数学91点とは大したものである。


「さて、と」


 春馬は一呼吸を置いて振り返る。


「で、近江は?」


 聞いてみると彼女は、担任から配られた『3学期末定期考査 結果一覧』の紙を勢いよく見せる。学内偏差値60を越える教科は青字、赤点の教科は赤字で点数が記入されているのだが青字がない。しかし、赤字もない。つまりそれは――


「あ、赤点無し?」


 春馬が目を丸くしてその紙を凝視。最上と楓音も覗き込むが、


「うぉ、すげぇ。古典がギリギリだけど」


「こんなの初めて見たかも」


 平均点を越えている教科は1つもなく、偏差値で言えばおそらくは30後半~40前半のものばかりだろう。しかし赤点の基準たる30点ラインはすべての教科が越えており、これは近江にとって高校入学以降初の赤点無しを意味するものである。


「すごいぞ、近江」


 近江のハイパーグレートキングコングアホっぷり今まで見てきた春馬にとって、この出来事は驚異的なものでしかない。素直に彼女を褒めてみると、ここまで胸を張って自慢げだった近江が飛びついてくる。


「恋する乙女は無敵だぁ」


「あっ、もう、暑苦しい」


「冬だからいいと思う~」


「ストーブガンガンに焚いてるだろ。この部屋」


 春馬の背中に手をまわして抱き着く近江は、頬を彼の胸へとこすり付ける。春馬はそれを離そうとするが離れず、最上は相変わらずの傍観者B(エキストラ)。ただ楓音はほんのり羨ましそうな表情か。


「だから、暑苦しいって」


「代わりに私の胸の感触を堪能してもいい」


「黙れ、平坦な壁が」


 春馬の鋭い容赦なきツッコミに近江が彼女らしい返し。


「グリーンモンスターと一緒にされちゃ困る」


「お前、あんな高くねぇだろ。せいぜい広島市民のフェンスくらいだ」


「確かに近江ちゃん、フェンウェイのレフトって言うには、低身長だもんね……」


 さらに楓音も話に便乗。壁と言われてグリーンモンスターと答える女子高生も珍しいが、グリーンモンスターと言われてフェンウェイパークと返す女子高生も相当である。

次話から最終年度へと突入します

果たして新入部員はどのような人が来るのでしょうか?

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