第7話 新年早々の騒乱
ほんのり聞こえるにぎやかな声。
カーテンの隙間から差し込む朝の陽射し。
そしていつもに比べて冷たい空気。
それらが春馬を夢の世界から現世へと誘う。
「う、うん。もう朝か……」
そばを食べた後は、時をほとんど置かずして今年も終了間際。近江による新年カウントダウンに付き合わされ、騒がしい『亀のセンター返し』鑑賞会によって寝付けず。彼女に振り回された一夜だったが、なんだかんだで眠れはしたようである。
「あれ? 毛布はどこいった?」
毛布と掛布団を掛けて寝ていたはずだが、いつの間にやら毛布がどこかへと消えていた。
「勘違いか。どおりでいつもより寒いわけだ」
あまりの眠さに毛布を掛け忘れたか。あくびをしながら思い返す。
「他のメンバーは、まだみたいだなぁ」
最上の他、楓音も布団からはみ出て睡眠中。と、気付く。近江がいない。
ハッとして横を見るが……ここにもいない。彼女のことである。しれっと布団にもぐりこんでいる可能性を考えたのだ。
なんなら彼女はその件については前科一犯。春のセンバツ時には夜中、春馬の布団に潜り込もうとした結果、間違えて隣の猿政の布団に潜り込み。寝返りをうった彼に押しつぶされ、悲鳴を聞きつけた野球部男子勢(悲鳴を聞いてなお爆睡中の猿政除く)に救援され、さらに春馬からの説教をくらったくらいだ。
だが、杞憂だったようである。
「そりゃそうか。さすがの近江でも2回目は――いた」
そしてついに見つけた。場所は春馬のベッドの真横に毛布も掛けずに寝ていた。このポジションからして、
「あっ、こいつさてはまた潜り込んだな」
春馬が気付かぬうちに布団に潜り込み、そのまま寝ている間にベッドから落ちた可能性が高い。と言うより、春馬の掛けていたはずの毛布を彼女が抱きしめていることからして、間違いなくやっている。
「こいつは本当に……」
拳を握りしめて叩き落とす。
「へぐっ」
―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――
近江は拳骨でたたき起こし、最上と楓音は近江が騒ぎ出したことでたたき起こされ、かれこれ春馬の起床から10分以内に全員が起床となった。
それからは春馬の近江に対する愚痴を聞きながら、そして早朝の年明け特番を見ながら、母親の作ってくれたお雑煮を頂く。最上曰く「自宅のお雑煮と違う」らしいが、それは作っている母親の出身がそれぞれ異なるからであろう。
そして年賀状チェック。メール全盛期となった今となっては、年賀状文化も若者中心に衰退しつつあるもの。ただ中には送る人もいるようで、一応は野球部顧問・正岡、担任で数学教諭・森、そして他校の野球部監督からも。そして友人からは、寅年じゃないのに虎の絵が描かれている阪神ファン・近江、シンプルに今年の干支が描かれている楓音、今年の干支と一緒に鯉が描かれている日野など。合わせて10枚くらいであった。
それが終わるとお正月らしく初詣である。
近くの神社へと向かったわけだが、春馬に駆け寄る近江の一方で、春馬は彼女から距離を取る。
「うぅぅ、春馬君、怒らないでよぉ」
「布団に潜り込むなと何度言ったら……」
「だって、寒かったんだもん」
だったら楓音か最上の布団に入れ。と言いたいところだが、2人とも寝相の悪さで言えば野球部内1位と2位である。
なんでも春のセンバツ時の宿泊では、楓音は隣で寝る近江に蹴りを入れており、最上に至っては気付けば隣の布団と、もうひとつ隣の布団の間の畳の上で寝ていた。なんてこともあった。楓音はまだしも最上は、どうしすればそうなるのか興味が湧くレベルである。
「しかし、楓音の寝相が悪いのは意外だよなぁ」
「う、うん。寝る姿勢もなかなか決まらないし、お母さんが言うには寝返りが激しいみたいだし……」
自分の恥ずかしい部分を見られたせいか、少し声を小さめにして答える楓音。それに加えて彼女の場合、例の『女の子の都合』による不眠グセもあるため、彼女はいずれにせよ睡眠に悩まされているのである。ただその睡眠難については、
「でも楓音。春馬君のひざまくらで寝るときだけは寝相いいよね」
「そ、それは……なんだか寝易くて」
顔を赤らめながら春馬を見上げると、彼はその視線に気づいたかのような表情の後、最上へと目を向ける。
「野郎のひざまくらの何がいいんだろうなぁ?」
「僕に聞かれても困る。『女子のひざまくらがいい』って話なら皆月と因幡とでもしろよ。夏大の時みたいに」
近江との絡みで恋愛感情が麻痺していそうな春馬だが、夏大の開会式の時には他校の女子マネージャーを見ながら皆月、因幡と『好みの女子』について話をしていたくらい。これでも年頃の男子高校生なのである。
ただし近江の布団潜り込みを拒否するのは照れているわけではなく、単純に暑い&鬱陶しいという、シンプルに嫌だからである。
「まぁいいや。寒いし、さっさと用事を済ませて帰るか」
生まれも育ちも山陰・島根県の春馬ではあるが、寒いこと自体に耐性があるかどうかは別問題なのである。せいぜいちょっと寒さに慣れているのと、凍結した路面でも転ばず歩くことができるくらいのものである。
まずは手水舎に行っての手水。
神職関係ではないため手順に詳しくはないが、こうした時のために張り紙がしてあるものである。そこでその手順に沿って手水を行う。春馬は彼らしく卒なくこなし、近江は口を濯ぐのではなくうがいをし始めたが、大きく手順を逸れることはなかった。そして楓音は問題なく上手く終わらせ、最上はその手の関係者かと思わせるほどのきれいな手順。普段から礼儀・作法がしっかりしているのは楓音だが、やろうと思ってできるのはダントツで最上なのである。
「あとは、賽銭でも投げとけばいいかな」
4人は財布の中から『始終ご縁がありますように』の意味を込めて45円を取り出して準備。そして賽銭箱前の列に並ぶ。すると楓音は前にいた、おそらくはカップルであろう2人組の内、浴衣姿の女性を見てふと口に出す。
「私も浴衣を着てくればよかったかなぁ」
近江はともかくとして、楓音は恋する女子高生である。夏祭りの時に見せたとは言え、こうした機会に着て見せたいものなのだ。ただとやかく言ったところで、戦隊ヒーロー並みの変身術で恰好が変わるわけでもない。ため息交じりにも諦めて、自分の番がくるなりに賽銭を投げいれる。
『(それに、浴衣を着るなら家に帰らないといけないし。お正月から春馬くんと一緒にいられるなら、それもいいかな?)』
暗い雰囲気は取っ払って前向き思考。彼女、そして他3名も手を合わせて目を閉じる。
『(今年は何の問題も起きませんように)』
『(甲子園出場。全国制覇。プロ入り)』
『(春馬くんと恋人同士に――じゃない。まずは甲子園に行く。それが先)』
『(無病息災。今年も健康でありますように)』
今年は動乱の一年だった春馬は平穏な1年を願い、野球馬鹿の近江は野球の願いを。恋する楓音は恋の願いをしようとして野球に切り替え。最上は体が資本と無病息災を願う。
四者四様の願いを蛍が丘神社の神様が聞き届けてくれるかどうかは、まさしく神のみぞ知ると言ったところか。ゆえに彼ら彼女らはこの願いが叶うと信じ、自らもそれに向けてまい進するのみである。
「さて、帰ろうか」
「お守り買う。おみくじも引く」
寒いので早く帰りたい春馬の隣で、ここぞとばかりに――いや、今回も騒いでいる近江。境内にて巫女さんが販売中のお守りとおみくじが欲しいようで。彼にそれだけ告げて飛んで行ってしまう。
「まぁいっか。最上と楓音はどうする?」
「僕? 見るだけ見ていくかな」
「私も見るだけ……」
冷やかしと言うわけではないが、近江の付添感覚でついて行く。待っているだけでは暇でもあるし、場合によっては彼女が迷いに迷って帰ってこない可能性があるのである。近くにいて間違いではないだろう。
「えっと~、春馬君、お守りこれでいい?」
「一応聞いておくけど願いは?」
「甲子園出場」
「だったら必勝祈願かな?」
春馬は近江の付添。巫女さんがいるから普段並みの心配はしていないが、万が一を考えると彼女が何を買うか多少は心配でもあったのだ。甲子園出場を願って『安産祈願』やら『合格祈願』やら買いそうなアホな子なのである。
そうしている2人の横には楓音と最上。2人もあくまで見ていくだけのつもりだったのだが、楓音の目がふと一点で止まる。そしてしばらく悩んだ後、
「これ、お願いします」
指さして巫女さんにお願いする。
『(恋愛成就。最後は私の決心次第だけど……ないよりもあった方がいいよね)』
最終的に近江が必勝祈願のお守りを購入し、おみくじ(末吉)を引く。
そして楓音が周りに気付かれない内に恋愛成就のお守りを購入。
『(今年が勝負。絶対に甲子園に出る)』
『(今年が勝負の年。絶対に春馬くんと恋人同士になる)』
1人の野球馬鹿と1人の乙女が新興住宅街の神社にて思いを馳せる。
果たして蛍が丘の神様は彼女たちの願いを聞き届けることはできるのだろうか。
―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――
年が明けて1月中旬。第3週の火曜日である。
「先輩。呼び出してすみません」
春馬は授業中の屋上にある人物を呼び出していた。
「なぁ~に。どうせ勉強の息抜きも必要だし気にしないの」
仲のいい姉御肌の先輩。ただ今日は髪も服装も校則通りのもの。受験前であるため整えているのもあるが、非常に様にはなっている。ひとまず彼女も春馬と同じくエリートサボりなのである。
「ホント。息抜きも大事だぜ。新田」
そしてこちらも恰好を整えている3年生男子の先輩。以前、春馬が「そういえば2人って、よく一緒にいますよね」と聞いてみたが、曰く「幼稚園、小学校、中学校と同じで、クラスが別になった事は1、2回しかない」とのことである。いわゆる腐れ縁らしい。
「なによりセンター試験、お疲れ様でした」
「ありがと」
「おぅよ。で、そんなことより用件は?」
姉御先輩はフェンスにもたれかかり腕を組む。そして男子の先輩は春馬の横の段差に腰かけつつ、ポケットの中からチョコレートを取り出す。
「実は2年1組の正岡先生から、野球部の方へ新入部員の受け入れ要請が来たんです」
「先生から直の受け入れ要請ってことは、来年度に親族が入学するか、もしくは曰く付きかい?」
「後者です」
そこで春馬は話を続ける。
「武川和弥さんって知ってますか?」
「武川ってどっかで聞いたような気がするねぇ」
「あいつじゃねぇか? 1年生でクラスが一緒だったヤツ。3年生に休学したって言う」
「あぁ、あいつか」
彼女は手を打って思い出したかのような言い様。
「なんでもその人が新3年生、来季の僕らの代に復学するそうなんです。それで野球好きということで、正岡先生から入部受け入れの要請が来たんですが……」
「「ですが?」」
「僕もなんとなく感づいてはいるのですが……休学理由、知ってますか?」
「なんで俺らに?」
「バ~カ。私らと同じ学年、新田にしてみりゃ上級生で、知ってるわけないよ」
彼女は春馬をフォローしながら足を組む。
「ただあいにくねぇ。私もあまり詳しく知らされてなくてね。何より他のクラスだったし、高校としてはあの時期は、野球部が初の甲子園って大騒ぎだったからね。終わったら終わったで、かの『死に霊の悪夢』――っと、言っちゃまずかったかい?」
「いえ。構わないです。ただ、僕が先生に探りを入れた限りだと、おそらくは暴力沙汰かと思ったのですが……」
春馬が自らの予測を述べる。しかし2人はそれに賛同しがたい様子であった。
「どうかな。さっき言った通り、俺、そいつとは1年生の時に同じクラスだったんだ。だけど見る限り、あいつは暴力沙汰には縁遠そうな人間だ。あいつが停学処分になるような事件を起こすかな?」
「私はあまりそいつの事を覚えてないけど、もうひとつ不自然な点があるのよねぇ。休学し始めた時期からして、問題が起きたとすれば春休み中。その時期、もしも学内で停学者が出るような暴行傷害が起きたら、いったいマスコミが放っておくと思う?」
「確かに考えがたいですね」
先に言った通り、仮に問題が発生したのが昨年の春休み中ならば、時期は蛍が丘高校野球部の甲子園出場と重なる。出場前は女子高生初の甲子園出場、出場後は甲子園大会初の試合放棄で騒ぎになっただけに、世間的な注目度は非常に高かった。ならばマスコミにとっては格好のネタであろう、その手の話が一切出てこないのは不自然である。
「でもあの先生の反応からして、まともな理由ではなさそうだったんですよね」
「そこは正直、あんたの感性だからねぇ。私にはなんとも言えないよ」
「右に同じく」
ただ春馬の考えすぎなのか。
それとも本当に『死に霊の悪夢』の影に隠れて、何かが起きていたのか。
三人寄れば文殊の知恵とはいうが、3年生・2年生のエリート3人が集まっても答えが出ない案件であった。
「まぁなんだい。新田、なんかあったら相談しな」
「そうそう。俺たちは今年で卒業だけど、親友には変わらないしな」
「私にとっては親友じゃなくて、可愛い後輩だけどねぇ」
「ありがとうございます。じゃあ場合によっては卒業後も、頼りになる先輩と、頼りになる親友には相談するかもしれません」
「待ってるぜ」
「先輩に任せなさいよ」




