第4話 負けられない戦いが、多分このあたりにある
サッカーは野球と大きく違う。
野球では攻撃・守備がハッキリしており、3アウトを取れば交代。2アウトで急に交代になることも、4アウトまで延長されることも無い、攻守分離型のスポーツである。
一方でサッカーは守備かと思えば急に攻めに転じることもあるし、逆に攻撃から守備に転じる必要があることもある。
なお本日の野球部&サッカー部の連合紅白戦。春馬・鈴木と両チーム攻めの要は存在するものの、かれこれ結局は決定打に欠く展開。ゴール前でのボール奪取、速攻を絶え間なく繰り返した結果――
「はぁ、はぁ、はぁ」
全部員の中で最も運動経験の短い楓音が後半11分にして疲労困憊。前半の疲れを回復しきれなかったのも理由にあろうが、全員が調子に乗り始めたことで、激しい攻守切り替えが行われていることもある。それに楓音が振り回されているのである。
「楓音、大丈夫か?」
サッカーの公式戦では、前後半FWとしてフル出場をしている春馬。疲れるには疲れるが、彼にしてみれば本日の試合は大きく疲れるほどではない。少し呼吸が早い程度の春馬が、敵ゴール前までやってきた楓音に声をかける。
「だ、大丈夫」
膝に手をついて呼吸を整える彼女は、冬に関わらず汗まみれ。頬はやや濃いめのピンク色で、よほど体温が上がっていると見える。
「ま、無理すんなよ。所詮は紅白戦だ」
「うん。でも大丈夫。少し休んだら楽になったかも」
春馬は軽く彼女の背中を叩き、競り合いが行われている味方ゴール付近へ駆ける。そして楓音はしばらくして彼の背を追いかけようとするも、さすがの疲れで再びその場に立ち止まる。
『(まっ、いっか)』
いくらなんでもずっと楓音に付き合ってはいられない。ただちに守りに転じる。と、
『(まずっ)』
彼女に構っている間にチームはピンチになっていた。ノーマークの鈴木に大崎からのパスが通り、早くもシュート体勢に入る。DFのバックアップも間に合わない、事実上のGKとの1対1。しかし振り抜く右足から放たれたボールはゴールポストを弾く。高宮の反応を恐れすぎてギリギリを狙いすぎたようである。
「セカンドボール。拾えっ」
鈍足・近江をセンターライン手前で追い抜くも、もちろんゴール前の攻防には間に合わない春馬。聞こえるかどうか分からない距離ながら、大きな声で指示を出す。ところがそのこぼれ球を拾ったのは大崎。先ほど鈴木のシュートに対応したばかりの高宮。彼の反対側を狙ってシュートを放つ。
「ぐっ」
そこへ皆月がスライディングで介入。ボールを弾く。
「高宮っ。頼む」
ただ彼の足に当たって飛んだ方向はゴール手前。勢いは殺せるもゴール付近へと舞い上がる。落下地点には鈴木や大崎の姿も。皆月は高宮に要請するが、彼はバリバリのサッカー部。野球部(春馬を除く)に指示されるようなまでもないのである。
「っしょ」
そこをパンチングで弾き飛ばす。
「待て待て。バックパスって手でつかえねぇだろ」
その行動に最上が文句を言い始める。キーパーは味方が足で出したパスについては手で扱えない。つまり皆月が先ほど弾いた球を手で弾くのは反則のはず。と言いたいわけである。ところがどっこい。
「意図的に足でパスを出したらな。今のはパスじゃない」
春馬が止まりながら説明。ただちに切り返す。
「新田。あとは任せたっ」
まだピンチが続く状況。ゴール前を転々とするボールを2年生DF・波田がクリア。ほとんどのメンバーが攻めに転じていただけに、簡単に春馬へと通った。
『(相手守備は整っていない。速攻をかけるぞ)』
ドリブルで相手ゴールに向けて猛攻。
「全員、上がれ」
「急げ、速攻来る」
ここぞとばかりに総員攻撃指示の高宮と、緊急での守備体勢を整える鈴木。学内トップクラスを誇る大崎が一気にピッチを駆けるも、距離が距離であり相手が相手である。そう簡単には追いつけない。めまぐるしく状況が変わり続けているせいで、守備を立て直せない。敵ボール覚悟でピッチ外にボールを蹴りだせば時間は稼げるも、そもそも触れることすらできない。ほぼがら空きの守備の中を春馬は突き進む。
「させるかぁぁ」
「んっ」
甲高いながらに気張った声で誰かが右から突っ込んできた。
「な~んだ、近江か」
「私で何が悪いぃ。絶対に止めるっ」
滑り込むように目の前に立ちはだかる。
『(仕方ないか。ちょっとやってみるか)』
春馬は彼女めがけて猛進。もちろんこのまま彼女を跳ね飛ばすとは考えられず、必ずどちらかに回避することだろう。
右か。それとも左か。
『(右っ。止める)』
春馬はタッチライン側へと避けた。ただちに右足を出して防ぎにかかる。
が、そんな単純な作戦を出すわけないのである。春馬は体を逆方向に振る。
『(フェイント来た。でも大丈夫)』
すぐに右足を地につけて左足を伸ばす。
しかし春馬にしてみればそれも単純レベルである。
『(悪いな。お前程度を抜くにはやりすぎな方法だが、練習がてらな)』
右側への突破を防ぐために右足を踏み出し、左側への突破を防ぐために左足を踏み出し、
「そこ、がら空きっ」
大きく開いた足の間を抜く。
「ま、股抜き?」
「甘いな。野球部には股抜きできないと思ったか?」
驚く近江の横を通りぬけ、ボールを回収してドリブルで前進。一度抜いてしまえば、近江には彼に追いつくだけのスピードはない。
春馬が近江を強行突破。ゴール前に抜け出す。
ゴールキーパーと1対1
だが距離がある。そしてシュートコースもほぼ塞がれている。
「仕方ない。パスだっ」
春馬は逆サイド前側にパスを送る。
「新田先輩、甘い」
1年生キーパーはその判断に笑いを浮かべる。
速攻をかけられた上に春馬に防衛線を突破された今、オフサイドラインはかなり上がっている。そんな状態で前側にパスなんて出せば、それはオフサイドである。
「いや、甘くないね。野球部はオフサイド適応外」
春馬は右腕を突き上げる。
直後、ゴールネットが揺らされ、監督・江崎のゴールを告げる笛が鳴った。
そんなはずはない。
因幡はまだ攻撃に向かってきているところ。皆月・寺越はまだ敵陣ゴール近くにいる。
振り返った彼は目を大きくする。
「教えてやろう。戦場で最も自由に動けるのは、圧倒的実力を持つ者じゃない」
春馬が突き出した拳に、ガッツポーズの拳を返してきたのは――
「それは、マークする価値のない、最も下手なヤツだ」
このピッチ上で最も下手な人間――新田楓音。あまりの疲れでゴール前にて休んでいたため、速攻に転じた時点で最も敵ゴールに近い場所にいた。そんな彼女が無人のゴールに蹴りこんだのである。
「甘いな。マークされる上手いヤツよりも、マークされない下手なヤツの方が、時にはやらかすもんだぜ。いい意味でな」
―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――
後半14分にて勝ち越し点を叩き出した紅組。
以降もノーガードの殴り合いとも思える攻撃の応酬が繰り返されるも、両者の貧弱な攻撃力もとい優れた守備力によって点が奪えない。
そして後半アディショナルタイム。
因幡がゴール前の攻防にて近江を蹴飛ばしたことでファール。彼女曰く「ぎゃあぁぁぁ。折れたぁぁぁ」とのことだが、PKと知るなり「私が蹴りたい」と鈴木に立候補していたあたり、九分九厘折れてはいないだろう。というより、因幡のファール自体も怪しいところである。
おそらくはこのPKで試合が終わる。そこで攻撃は諦めて、紅組の10人全員がペナルティエリア前にて集結。春馬・与野の2人はこぼれ球のクリア目的で少し離れているが、それでもかなり守備的であると言えるだろう。
「どっちが蹴るかな?」
ただいま鈴木と近江が相談中。それを見ながら春馬がつぶやく。
最低限引き分けに持ち込むには鈴木だが、面白いのは近江かもしれない。すると最終的には近江がむくれてペナルティエリアの外に出て、鈴木がボールを足元に置く。
「ダメだって?」
「ダメだった」
近江に問いかけてみると、そうだと答える。紅白戦と言えど、それは当然であろうか。
「最後の最後はサッカー部のナンバー1とナンバー2で一騎討ちか」
キャプテン・鈴木と副キャプテン・高宮の1対1。
右か左か。お互いにそのわずかなクセ、動きから読み取ろうと集中力を高める。
江崎の笛が鳴った。
鈴木と高宮の視線がブレず、動かない。
足も踏み出さず、まだ動かない。
一呼吸おいて、動いた。
『(右と見たっ)』
右に飛ぶ高宮。
鈴木の選択は、
『(しょ、正面っ)』
右か左かじゃない。真正面をぶち抜く一撃。
「なぁっ」
が、そこは高宮が意地を見せる。身体は右に飛びながらも、反射的に伸ばした左足がボールを弾いたのである。
「止めた」
同点を寸前で阻止するナイスセーブ。だがまだ終わっていない。あくまでもペナルティキックとは、ペナルティエリア内で1対1にて行う『フリーキック』なのである。
「うぉぉぉぉぉ。突撃ぃぃぃ」
「押し込めぇぇぇ」
「今度は決めるっ」
近江、新藤、鈴木と白組の血気盛んな猪武者たちが、こぼれ球に対して突入。
「よくやった、高宮」
「鈴木には打たせるなっ」
「先輩、ナイスです」
春馬、波田、宝田ら紅組勢もそれを阻止しようと突入。
ボールに追いついたのは――
「どうてぇぇぇ――」
「近江ぃぃぃぃ。させるかぁぁぁぁ」
近江と春馬。同点のゴールを押し込もうとする近江の横へ春馬が付ける。
「叩き込めぇぇぇ」
「止めろぉぉぉ」
サッカー部のトップ2が繰り広げたゴール前の攻防は、野球部のトップ2へと譲渡された。もう時間はない。最後の攻防は、
『(春馬君には――)』
『(近江には――)』
『『(絶対に負けないっ)』』
黄金二遊間に託された。
右足によって蹴られたボールは勢いよくゴール隅を襲う。
入るか、入らないか。
絶妙なコースにも見えたその一閃は、
外れた
蹴ったのは春馬。後ろにクリアする余裕はないと見た彼は、ゴールギリギリ外側を狙って外に出す作戦に出たのである。結果、オウンゴールかと一瞬はヒヤリとするボールでこそあったが、その一撃はゴールラインを割った。
そして、
「はい、試合終了」
笛を吹いた江崎。何の笛か分からないであろう野球部員のために、わざわざ試合終了コールも行った。
2対1。
野球部サッカー部連合紅白戦。寒い中で行われた紅組と白組の熱い戦いは、紅組がギリギリで勝利を収める結果となった。
―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――
春馬が攻撃の要として大活躍して紅組が勝利。
「野球部の守備の要が、サッカー部では攻撃の要。新田、お前ってサッカー部の方が似合ってるんじゃねぇの?」
それに対して負けた白組・最上は皮肉めいた捨て台詞。
「春馬君、強い……」
そしてこちらも負けて心が折れた近江。
「いやいや、僕は大したことないから。ぶっちゃけ、ウチのサッカー部って大したチームじゃないだけ――」
所詮は弱いチームのレギュラー。お山の大将でしかないと謙遜するが、その言い方がまずかった。
「あっ、春馬、俺たちを馬鹿にしたな」
「ヤツだぁぁ。ヤツを殺せぇぇぇぇ」
「「「うぉぉぉぉぉ」」」
鈴木が耳聡く春馬の言葉を広い、高宮の号令でサッカー部一同が襲撃してくる。
「ま、待て。話せば分かる」
「「「問答無用ぉぉぉぉぉ」」」
「ぎぃぃやぁぁぁぁぁぁ」
サッカー部一同にボコボコにされる春馬。なかには後輩であるはずの1年生も混じっているあたり、上下関係などあって無きがごとしの様子。部活にしては、特に体育会系としては見られない光景だ。
「新田がタコ殴りって結構レア映像だなぁ」
それを傍から眺める最上は止める様子さえ見せない。
思い返してみれば、春馬は近江なり最上なり、拳骨を落とすことがあっても落とされることはない。彼が悲鳴を上げて殴られている光景は確かに珍しいものである。
ただサッカー部勢も普段は関わりの薄い春馬といることで、ここぞとばかりにいじっているかのように見える。そして春馬としてもなかなか楽しそうにサッカー部勢と騒いでいるように見える。野球部では見たことがあるような、しかし野球部で見たものとは明らかに違うそれである。
「新田は、本当に野球部でよかったのかな?」
「え?」
最上のつぶやきに楓音が反応を示す。
「あいつ、サッカー部にいる方が楽しそうだし」
と言ってもサッカーの実力は弱小・蛍が丘で上手い方という、まさしくお山の大将である。一方で野球の実力は打撃については目をつむるとしても、守備については県内の強豪校から恐れられる、それこそ『アマチュア界No.1の名手』と言われる達人である。実力で言えばどちらが適しているかなど言うまでもない。
最上が言わんとしているのは、あくまでも楽しそうというだけである。
果たしてそれが単純に今日の試合が楽しかったのか。それともサッカー自体が楽しかったのか。もしくは野球部がそれほどでもないのか。
「あいつ、野球部では管理職だもんなぁ」
野球部では顧問が名前だけ貸している状況のため、顧問業務は春馬が代行。それに監督、選手を行っているのである。対してサッカー部では顧問・監督が江崎教諭、キャプテン・鈴木、副キャプテン・高宮と、春馬は選手だけやっていればいい状況である。
「さぁて、この野郎も絞めたし、そろそろ昼に――」
「隙ありぃぃぃ」
「ぐへぇぇぇ」
春馬をしばきあげるのにひと段落ついたため、昼休憩にしようかと提案する鈴木。だがその一瞬の隙をついて、跳び上がった春馬が彼をヘッドロック。
「ヘルプ、ヘルプ」
「さぁ、さっきの仕返しだ。鈴木」
ここぞとばかりに満面の笑みを浮かべる春馬。
「あ、あ、アイムソーリー、ヒゲソーリー」
「昭和かっ」
久しぶりに聞くワードである。
「佐藤栄作ソーリー」
「それは昭和の総理」
佐藤栄作総理は昭和である。
「原敬ソーリー」
「た、多分だけど大正だ。それは」
原敬総理は大正である。
「伊藤博文ソーリー」
「えぇい。何で内閣総理大臣特集なんだよ。博文はいつ頃だ? 初代だから明治か?」
初の内閣総理大臣である伊藤博文は明治18年である。




