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蛍が丘高校野球部の再挑戦 ~悪夢の舞台『甲子園』へ~  作者: 日下田 弘谷
第8章 サッカー部&野球部連合試合
76/122

第3話 エンジョイ!!

 サッカー部らしく、そして野球部らしからぬ立ち回りを見せる春馬に対し、白組は2年生・宮崎、1年生・谷戸(やと)の両サッカー部DFをマークに投入。1対1のマークを想定したとしても楓音というノーマークが紅組に存在する以上、1枚誰かが余ってしまうのである。ならば紅組の攻撃のキーマンたる春馬を封じるのが妥当であろう。


「くっ。ちょこまかと」


 中央やや右側にて振り回されているのは2年生FW・与野(よの)。久しぶりのサッカーに血気盛んな野球部を前に、思いのほか上手く立ち回れない様子。


「与野」


 逆サイドで手を挙げるのは、なんとかマークを振り切りつつある春馬。このままのキープは難しいと見た与野が逆サイドに上げる。


「も~らい」


 ただわずかにパスが低い。大崎が胸でトラップしてパスカットすると、近くにいた春馬のマーク担当・山村にパス。


「まずっ。速攻かかる」


「与野、戻るぞ」


 既に敵方ゴール付近まで来ていた与野・春馬共に急転進。


「大島さんっ」


「させません」


 山村が2年生・大島へとパスを通す。が、そこへ1年生・宝田(たからだ)が滑り込む。すると、


「鈴木っ」


 今度はボレーで鈴木へとパスを通す。


 本来の試合ならばここに春馬や与野が加わる手厚い攻撃布陣によるものだが、これが蛍が丘サッカー部の真骨頂たる速攻である。ただ速攻をかけた直後に恐ろしく守備が甘くなる、速攻失敗直後の被速攻に弱いクセもあるが……


「来るぞ。全員、ゴール前を固めろっ」


 サッカー部の部員が積極的に鈴木を止めに行き、ゴール付近では寺越・皆月・楓音の3人が待機。もうちょっと前に出てもらえればオフサイドラインを上げられるのだが、戦術に明るくない野球部員にそこを求めるのは酷であろう。ただゴール前に張り付いていてくれるのは、速攻対策としては一長一短か?


「くっ。くそっ」


 エース・鈴木と言えども、この徹底マークと痛烈なプレスは辛いか。中央、気持ち後ろ目にボールを上げる。


「無理ぃぃぃ」


 鈍足・近江がそこへ走りこんでいるも、高すぎるボールに足が届かず。いくらスポーツセンスのある彼女でも、頭や胸でトラップはできないのである。なにより彼女は背が低い。


「落ち着け、近江」


 そう一言を告げたのは、さりげなく近江の横にいた最上。彼は軽く胸でトラップすると、ワンバウンドさせてから右サイドにボールを送る。


「ナイスパスっ」


 そこへ颯爽と駆けて飛び込んでくるのは、一気に最後列から最前線まで駆け抜けてきた大崎。その俊足でマークのサッカー部員を置いて行こうとするも、さすがにドリブルしながらではスピードも落ちる。すぐに追いつかれてしまう。


「まずい。近江さんっ」


 急停止した大崎は、スピード全開で追いかけてきたサッカー部員を惰性で追い抜かせると、そのわずかな間を使って近江へとパスを通す。そしてその近江はと言うと、


「すぅ~ずきぃ~」


 まさかのボレーで、マークを振り切った鈴木へ痛烈なパス。


「うわっ。野球部強ぇぇぇ」


 だてに少年野球・中学野球で冬場のサッカーをしていない。さすがに本職には勝てないが、それでも野球部はなかなかに上手いメンバーが多いのである。


「チャンスだぜっ」


「楓音っ」 


「ひぃぃぃぃ」


 シュート体勢に入る鈴木。右サイドの大崎を警戒していた皆月は、急いでフォローに入るが間に合いそうになく、楓音に止めるよう無茶振り。もちろん楓音は悲鳴。


「よ~いしょっ」


 怖がる楓音もお構いなし。鈴木の痛烈なシュートは楓音のわずか右を襲う。野球の石のような硬式球に慣れている楓音も、あまりに怖かったのかボールを避ける。


「ちょ、ちょっとぉぉぉ」


 そして彼女が止めるとは思っていなかったが、避けるとも思っていなかったキーパー・高宮は彼女とも別の悲鳴。楓音と鈴木が重なってシュートコースが見えなかったこともあり一歩も動けず。鈴木のシュートが紅組のゴールに飛び込んだ。


「っし」


 シュートを決めた鈴木は小さくガッツポーズ。


 前半26分。鈴木のゴールで白組が同点に追いつく。


「ひゃっほぉぉ。どうてぇぇぇん」


 そしてしれっとアシストを決めた近江は練習着を脱いで走り出す。プロサッカーでよくある、ユニフォームを脱ぐアレを再現したいらしい。


 なお、


「くしゅん」


 冬である。


「寒い」


「お前、バカだろ」


 センターライン付近まで、練習着を手にしてアンダーシャツ1枚で走ってきた近江。守備のためにこちらもセンターライン付近まで来ていた春馬に、雪より冷たい口調でツッコまれる。


「とりあえず服を着ろ」


「着る」


 寒かった近江は脱いだ練習着を再び着始める。こう見ると、いったい何がしたかったのか謎である。


「しかし同点か。鈴木も、よくあの角度から決めたな」


「私がアシスト」


 胸を張る彼女だが、服を中途半端に来ているため顔が見えない。


「だから早く着ろ」


 練習着の端を掴んで降ろすと、自慢げな近江の顔が現れる。


「頑張った」


「はいはい」


 いつもならば少しくらいは対応してあげるところだが、今回はあくまでも敵である。適当にあしらって試合に戻る。


『(しかし思いのほか、野球部勢が健闘してるな)』


 いくつか野球部特別ルールも加えたが、その必要があったのか考え直される結果である。そもそも蛍が丘高校サッカー部が、鈴木・新田春馬の2枚看板で攻撃を、ゴールキーパー・高宮で守備を支える、いわばその3人の圧倒的実力で成り立っているところが大きい。正直、その程度のレベルであるわけだが、それでも本職・サッカー部の連中とこれだけわたり合えているのだから、つくづく野球部はおかしなメンバーである。もっとも一番おかしいのが、それを思っている春馬自身なわけだが。


『(前半、残り時間はあと少しか)』


 サッカーは常に時計の針が止まることはない。もちろん後でアディショナルタイム(ロスタイム)として、プレーが止まった分を補てんするわけだが、時間自体は刻一刻と減っていくのである。


「はぁ、はぁ」


「楓音。大丈夫か?」


 先ほどボールを避けていた楓音は、手を膝について呼吸を荒げる。


「だ、大丈夫」


「あと少しだから頑張れよ」


「うん」


 春馬の声掛けにしっかりとした反応。


 前半はあと少しである。だがそれは逆に言えば、それだけの長い間プレーしてきたとも言える。投手・捕手など一部を除く多くのメンバーにはばほとんど動きがなく、打順待ち中に至ってはベンチで休める野球に対し、出場メンバーに名を連ねる以上はほぼ常に動き続けるサッカー。同じだけの時間経過であっても、体力消費量はまったくもって違うのである。


『(高校に入って本格的に野球(スポーツ)を始めたような楓音にはキツイか?)』


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 アディショナルタイム3分を加えての計前半33分。


 白組・大島のシュートを高宮が止めてクリアしたところで江崎の笛が鳴った。


 前半終了。


 30分を終えて1―1の好ゲーム。


 試合内容はと言うと、春馬を含むサッカー部に試合を牛耳られると思われていたが、そう簡単なことでもなかった。

意外にサッカーの上手い野球部員が多いのである。

まともなサッカー経験のない楓音は下手だが、近江は身体能力上の不利を差し引けば意外に上手。大崎・最上の2人については元の足の速さやスタミナもあって、かなり上手く、それ以外のメンバーもまともに試合を成り立たせている。ただし、周りのスピードにおいて行かれがちの重戦車・猿政は除く。


「やっぱりサッカーは運動になる」


 因幡は肩で息をしながら一休み。


「野球部だとこんだけ断続的に走り回ることはないからなぁ」


 一方で疲れているようで、彼ほどではないのは春馬。ただし春馬についてはサッカーの公式戦にも出ているほどであるため、野球部基準のサッカー話ではノーカウントである。


「もぅ、ダメだよぉ」


 そして弱気な声を出しているのは楓音。


 前半戦の彼女は鈴木らサッカー部前線部隊や大崎の全力シュートやドリブルに、ビビって止めるどころかボールから逃げていた。野球では硬式球に向かっていく彼女だが、それとはまた別問題なのだろう。


「じゃあ、後半戦は上がれ」


「上がれ?」


 キーパー・高宮から指示が出るも、楓音はその言葉の意味が分からず。そこでサッカー部でもある春馬が言葉を補足。


「攻撃に参加しろってこと。確かに守備に回ると、シュートやら敵陣突破のガチドリブルの相手をしないといけないもんな。その点、攻撃の方が楽か?」


 考えれば守備に回ると、サッカーガチ勢の猛攻を受けるのである。ならば中盤くらいでパス回しに参加している方が楽かもしれない。さらに言えば中盤は本職サッカー部員が多数、さらに前線には春馬がいるため、後ろの方にいる時よりはフォローがしやすいだろう。


「えっと、どうすればいいの?」


「基本的な位置は真ん中。あそこくらいでOK」


 春馬はセンターラインの当たりを指さす。


「で、あとはボールに合わせて前に行ったり、後ろに行ったりすればいいかな。今まで見たいにゴール前に貼りつく必要はなし」


 白組の前線には、エース・鈴木、新藤、大島と言ったサッカー部員、近江、大崎と言った血の気の多いスポーツ小娘・小僧が揃っている。こんな場所をか弱い彼女に任せたのがそもそも判断ミスである。


 蛍が丘高校野球部の野球は強固な守備で得点を許さない超守備偏重。


 一方のサッカー部のサッカーは、手厚い攻撃布陣で攻撃を仕掛ける超攻撃偏重。


 面白いほど野球部とは真逆の性格を持ったこのサッカー部は、とにかく攻撃好きが多いのである。


「しかし高宮。僕は野球部だからよく分からんが、カウンターが武器ならもうちょっと守備を固めてもいい気がする。スリートップなんていらない気がするぞ」


 何より面白いのが、野球部で守備の代名詞たる春馬が、サッカー部では攻撃の代名詞なのである。ただ本来の彼はやはり『守備』への意識があるのだろう。どうせとばかりに本職・サッカー部の副キャプテンに意見してみる。


「いやいや、カウンターは武器だけど、あくまでも攻撃手段の1つだし」


 すると彼は手を振って否定。


 蛍が丘サッカー部の基本フォーメーションは、鈴木、春馬、与野をスリートップとした3―4―3である。しかしMFの新藤・須田も超攻撃的な元FWのためか、かなり前線に上がってくる事が多い、実質的なファイブトップ。


「でも、守備がら空きだと高宮は大変だろ?」


「そう思ってくれるだけ嬉しいよ……」


 そんな自由奔放な攻撃陣を抱えて、守備の要たる高宮は苦労しているのである。


 ひとまずハーフタイム間の作戦会議も終えて、しばしの休憩時間。寒い空気に身をさらしながら、湯気の立つ暖かいお茶を一飲み。


「春馬く~ん」


「なんだよ、近江。お前は相手チーム――あ?」


 突如背後から聞こえた声に振り向いてみれば、相手側から近江が走ってきていた。そして彼女はなぜか大きくなっているお腹をさすりながら、


「えへへ。できちゃった」


「ふんっ」


「げふぅっ」


 春馬の全力での蹴りにより、彼女の腹からはサッカーボールが飛び出し、ついでに彼女も凄まじい勢いで転がっていく。


「やっぱりサッカーボールって蹴るものだよな」


「あのさぁ、ウチの備品で遊ぶのはやめてくれるかなぁ?」


 春馬がこれ以上ないほどに満面の笑みを浮かべつつ、苦笑いをしている鈴木へボールを蹴り渡す。両者共にサッカーボールの方が大事であり、蹴飛ばされて倒れている女子高生はどうでもいいらしい。


「まったくこいつは。30分間も走り回って、まだこんなことやる余力があるのかよ」


「もう、後半戦を始める?」


「それでもいいかも」


 元気そうな近江を見ながら賛同する春馬だが、他の野球部員に目を向けると「やめてくれ」と言いたそうな表情。慣れているサッカー部員や春馬、体力絶倫の近江はともかくとして、他の野球部員は慣れていないのである。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 最上が近江の首根っこを掴んで連れて行き、ひとまず疲れた野球部員一同は休むことに成功。ひとまず彼女にとって皆の休憩時間が奪われることはなかったのである。


 1対1と同点で迎えた後半戦は紅組からのキックオフ。


 FW・佐々木が春馬へとボールを蹴り渡す。


『(チッ。相変わらずマークがきつい)』


 春馬にボールが渡るやいなやマークが2人近づいてくる。


『(一旦下げるか)』


 ここはひとまず後ろにいた1年生の宝田へパス。春馬へのマークがきついということは、他のメンバーへのマークは反対に緩くなっている可能性がある。


「さぁ、攻めるぞ」


 細やかなパス回しで少しずつ攻め上がっていく。その作戦の上で、主に野球部勢へと指示を出す春馬。サッカー部勢はわざわざ指示を出さずとも、やるべきことは分かっているものである。


「が、頑張るぅぅ」


 後半から上がれと言われた楓音は、ゴール前にいた前半とうってかわって攻めのスタイル。FWの春馬や与野ほど上がってはいないが、それでもセンターライン付近まで来ている。


『(やっぱり楓音は動きが鈍いか)』


 振り返ってボールの位置を確認するついでに、楓音の状況もチェック。彼女はこれでも青海よりは足が速いのである。が、見る限りでは近江の動きの方が鋭い。これは近江の方が切り替えしがよく体力もあることも理由にあるが、主な原因は単純に思い切りの良さであろう。


「新田先輩っ」


 ドリブルで上がってきた宝田だが、ある程度まで行くと厳しくなってきたか。ボールを蹴り出す。


「マジかよ。僕、マークが2枚ついて――」


「ひぃぃぃ」


「って、楓音(そっち)かよっ」


 楓音(そっち)春馬(こっち)も1年生にしてみれば『新田先輩』なのである。


 マークらしいマークがついていない彼女に向けて、宝田からの絶妙なパスが通る。しかし彼女はバウンドに合わせることができず空振り。


「も~らいっ~」


 そこへ飛び込んできた近江がこぼれ球を奪う。が、


「サッカー部を舐めんでください」


 わずかに彼女からボールが離れた瞬間を狙い須田が強奪。今度は優しい勢いで楓音へとパスを通す。さすがの弱いパスに、楓音がしっかりボールを受け取る。


「にゃっはっは。楓音なんて敵じゃなぁぁぁい」


 ピッチを縦横無尽に動き回る近江が、鋭い切り返しから楓音に襲い掛かる。


「楓音。パスだ」


 手を挙げる春馬だが、明らかにパスコースは空いていない。なにせマークが2枚ついており、それに加えてパス要求のせいでパスコースをふさがれた。それでも楓音は彼の要求通りにパスを出す。


「えい」


 近江に奪われずに済んだ。しかし、


『(やっぱりパスが逸れたか)』


 楓音のパス精度などそもそも信用していないのである。仮にパス精度が信用できるものでも、近江からのプレッシャー、十分に体勢を作れない短時間、目に入る敵のマーク。それら心理的抑圧を考えれば、きれいなパスを通す方が難しい。だからこそ、


「佐々木っ」


「おうよ。ナイスパス」


 春馬のいる位置より後方にずれた位置にいた佐々木がパスを受ける。


 春馬より前の位置には与野、後ろには佐々木。2人のサッカー部員が控えていたのだ。仮にその2人の間を、まさしく春馬めがけてボールが向かっていっても、彼女のパスの強さから言えば追いつくことは可能。


 春馬による驚異的な即座の判断である。


「やれっ、佐々木」


 春馬のマークに2枚、彼へのパスコースを防ぐために1枚。春馬潰しに多くの人員を割いた今、ノーマークの選手は少なくない。


 距離はあるが、ここから佐々木が痛烈なシュートを放つ。そのシュートは鋭くカーブしながらゴールへと向かっていった。かのように見えた。寸前で妖怪・ぬりかべに阻まれたのである。


「うむ。ようやくひと活躍かの?」


 分厚い腹でシュートを受け止めた猿政は、クリアミスを恐れてゴールキーパーの工藤へとパス。ここは工藤がしっかりクリア。ピンチを切り抜ける。


「惜しいなぁ。あそこでぬりかべがいなければなぁ」


 偶然とは怖いものである。


「ナイスパス。決められなくてごめん」


「いい感じだったよ。切り替えていこう」


 守りに転じる佐々木・与野は楓音の背中を叩きながら、彼女のプレーを褒める。サッカー部のメンバーにとっては先ほどのプレーは、基礎中の基礎どころか失敗したものの結果が偶然よかっただけである。それでもあえてそのことは言わず、彼女がプレーに関わり、そしてしっかりパスを繋いだその事実だけを見る。


 あくまでも楽しむことを第一に考え、勝つことは第二にしているレベルの緩めの部活である。ミスしたことよりも、サッカーの試合ができていることが楽しいのである。その点では、意識的・無意識的に関わらず死に霊の悪夢に縛れている野球部よりは純粋であると言える。


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