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蛍が丘高校野球部の再挑戦 ~悪夢の舞台『甲子園』へ~  作者: 日下田 弘谷
第8章 サッカー部&野球部連合試合
75/122

第2話 キックオフ

 地面がハッキリ見える程度に薄らと雪の積もった蛍が丘高校グラウンド。


 本日は野球部とサッカー部の合同練習日である。


 と言っても、ウォーミングアップは原則として別々。紅白戦のみ合同で行うという設定である。ただ2人1組のストレッチとなると奇数では組が作れないため、その時だけ両部活で部員を融通している。本日は野球部・楓音と、サッカー部・鈴木の組み合わせ。体育祭の騎馬戦で仲良くなったとかなんとか。


「でぇ~、チ~ム分けは?」


 そのストレッチで春馬の背中を押す近江。


「あとで話す」


「私と春馬君はもちろん一緒?」


「もちろん別」


「えぇぇぇ、やだぁ。一緒がいぃぃ」


 先んじて自分と春馬が別チームだと知らされ、怒り出してしまう。すると、


「普段は味方の近江と、たまには敵同士で戦ってみたいし」


「いくらでも相手になる」


 扱いやすい子である。それとも春馬が彼女の扱い方に慣れているだけか。


 ただ近江にしてみれば春馬はいい相方でありながら、昔からことあるごとにお互いを意識しあってきたライバルでもある。そういう意味では敵同士としてでも、戦うことができるのがうれしいのだろうか。


「えへへ。勝ったらどうしようかなぁ?」


「どうするって?」


 彼の背中を押す近江に問いかけると、


「やっぱり、ただやるのは面白くないと思う。負けた方は勝った方の言うことを聞くっ」


「じゃあ、僕の提示は『毎日2時間の勉強』で」


「やっぱりなし」


 勉強は嫌らしい。


 そんなくだらないやり取りもあったが、野球部のウォーミングアップも終了。


 サッカー部は先んじて練習していたため、これで試合前練習も終わりである。


「「全員集合」」


 まもなく試合というところでサッカー部・野球部を集める江崎監督、新田監督。


 彼らの横には赤色のゼッケンの入ったカゴを手にした1年生の姿。紅組はこのゼッケンを付け、白組は何もなしである。


「よ~し、じゃあ今回の紅白戦、チーム分けだ。野球部の発表は新田、任せるぞ」


「はい」


 まずは江崎がサッカー部のチーム分けを、続いて春馬が野球部のチーム分けを発表。


 野球部メンバーのチーム分けは以下の通りである。



〈紅組〉

 FW 新田春馬

 MF 因幡

 DF 新田楓音 寺越 皆月


〈白組〉

 MF 近江 大崎

DF 猿政 最上



 この中で部活レベルのサッカー経験者は春馬のみ。彼はほぼ本来のポジションだが、その他はポジションなどあって無きがごとしである。なおサッカー部勢の配置としては、キャプテン・鈴木が白組、副キャプテン・高宮が紅組である。

 本来ならば試合開始までにいろいろとあるものだが、それに不慣れな野球部がおり、なにより紅白戦である。そんな細かいことはカットして、ウォーミングアップだけ済ませれば、いきなりの試合である。


「さぁ、始めようか」


 春馬は相手チームの鈴木とアイコンタクト。直後、審判の江崎監督が笛を鳴らした。


 正規の時間と比べればやや短縮。前半30分が開始。


 1年生FWがボールを鈴木へと蹴り渡す。


「さぁ、まずは野球部にサッカー部のプレーを見せて――」


「死ね、鈴木ぃぃぃぃ」


「ちょっ、おまっ」


 いきなり春馬が鈴木の足元へ痛烈なスライディング。


「や、野球部のスライディングは無しだろ⁉」


「バカ野郎。僕はサッカー部だ。サッカー部同士は別だろうが」


 新田春馬(野球部選手兼任監督 兼 サッカー部(・・・・・)


「うらっ、須田」


 起き上るなり、右サイドの1年生MF・須田へとクロスを上げる。遠目でサッカー部1年生の名前が分かるのはさすが春馬である。


「新田先輩、パス厳しいぃぃ」


「あぁ、くそっ。本職右ウイングなんだよっ」


 春馬のポジションはフォワードであるが、厳密な区分ではライトウィング。一方で本日のポジションはレフトウィング。配置が左右逆なのである。


 そもそも野球部の人間にサッカーの『本職ポジション』があることが不自然であるのだが。


 ただなんにせよパスは通った。


「ふっ、来いよ、1年。これでも中学時代、野球部の中ではサッカーが上手いと言われてきたんだ」


 その1年MF・須田の突破を防ぎに来るのは、意外とサッカー大好きな最上。


 果敢にボールを奪いに行くが、


「すみません、先輩。俺は、サッカー部の中でも上手い方なんっすよ」


 ここは簡単に抜かれる。


「でもここは俺より上手い、野球部の人に任せるっすよ」


 シュートコースは塞がれていた。それに気付いた須田は、シュートするように見せかけて右サイドからセンタリング。そこにいたのは――


「ナイスパス」


「にっ――」


 振り返った最上が気付いた。


「新田ぁぁぁぁぁぁ」


 ワンバウンドしたボールを、そのままゴール左に叩き込んだ。


 完全に相手の裏をかく突入。ゴールキーパーが右サイドの須田に気を取られた間に、ほぼがら空きになったゴールへネットを揺らした。


「よっしゃあぁぁ。先制て――」


 開幕わずか1分足らず。超速攻での得点に春馬が右腕を突き上げて声を上げたが、


「新田。オフサイドだ」


 審判の江崎が旗を上げていた。


 オフサイドである。


「え? 江崎先生、野球部にオフサイドはなし……」


「お前、さっき自分で『僕はサッカー部だ』って言っただろ……」


 オフサイドである。


「……記憶にございません」


「いや、言った」


 オフサイドである。


 と言うわけで『野球部特例ルール』はサッカー部の春馬に適用されないことに決定。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


「えへへ。春馬く~ん、ルール分かってないんじゃな~いの~」


 オフサイドを取られて不機嫌な春馬に対し、近江が満面の笑みで頬を突っつく。


「うるせぇ。守備が下手すぎんだよ。あんなにオフサイドライン上げるなんて、速攻に対して無警戒すぎじゃねぇか」


 実際問題、春馬があそこから自力でボールを持ち込めば、オフサイドも取られずに先制点の可能性はあった。所詮は結果論であるが、春馬の飛び抜けたプレイスタイルが裏目に出たような結果だ。


「チッ。ここは一旦下がるか」


 さすがの春馬もここは一度戦線を下げる。相手は野球部混じりで攻撃力が低いとはいえ、いかんせんこちらも野球部混じりで守備力が低いのである。言ってしまえば今回の紅白戦は、公式戦に比べれば低い次元での熱い戦いなのである。


「っしょ」


 オフサイドがゴール付近であったため、フリーキックはキーパーが行う。高く舞い上がったボールはセンターラインを越えて白組陣地へ。


「うぉ~突撃~」


 そしてポジションとは関係なく、ボールの落下地点へ猛進していくのは近江。そしてその落下地点付近にて、どうすればいいのか分からず右往左往しているのは楓音。同じ女子とはいえ、動きは対極的である。


 もっとも楓音は高校生まで体育会系の部活は、サッカー部はもちろん野球部すらも経験が一切なく、体育でも女子はサッカーをそれほどしないのである。むしろサッカーをすることがある蛍が丘高校は、近隣でも珍しいくらい。とにかくサッカー経験のない楓音なら、この反応の鈍さも当然である。


 ボールはというと紅組・白組の両サッカー部員がヘディングで競り合い。白組部員の方に当たると、ボールは偶然にも楓音の前へと転々。


 彼女は相変わらず鈍い反応で拾いに行くが、


「おそ~い」


 それを颯爽と駆けてきた近江が強奪。


「す~ずきぃ~」


「OK、ナイスパス」


 さらに広い視野で自分が囲まれると見るや否や、マークを振り切り飛び出していた鈴木にパスを通す。身体能力は低いが、技術的には上手い子なのである。


「今度はこっちの番だ。あいつみたいにオフサイドはとられないぞ」


 さりげなくサッカー部の相方をチクリとやっておいて、ゴール前へと飛び出す。DFとして寺越、皆月がいるが、こちらはサッカー部のキャプテンである。


「シュートコース、がら空きだっ」


 ゴール右側が空いていると見た鈴木は、そこに向けて蹴りこむ。ところが、


『(まずっ、足元が狂っ――)』


 シュートミス。ボールは、


「ふげっ」


 寺越、顔面でセーブ。そして彼に弾かれたボールは近江の目の前に、


「やった。も~らいっ」


「うげっ」


 寺越、顔面でセーブ。


「くそっ。セカンドボールを、決めるっ」


 さらに転がるボールを白組2年生MF・大島、シュート。


「ぐはっ」


 寺越、顔面でセーブ。


 そしてようやく弾かれた球は、キーパー・高宮の腕の中へ。


「「「コント?」」」


 明らかに狙ったかのような出来事に、周りのメンバーは笑みを浮かべる。春馬に至っては腹を抱えての大笑いである。


 その寺越はさすがに3回連続の顔面セーブとあってか鼻血が一筋。すると彼は江崎監督が慌てて取り出したポケットティッシュを、鼻の穴へとねじ込んでプレーに戻る。


「あれでやる気か?」


 味方チームであり、そもそも同じ野球部の部員である。にも関わらず春馬の声は心配そうなところは一切なく、むしろ半笑いである。本当に冷たい性格をしているのか、それとも大丈夫だと分かっているからこそ笑いごとで済ませているのか。


「大丈夫ならやるぜ?」


 あくまでも野球部と連合の紅白戦とあってか、わざわざプレーを止めて待っていた高宮。審判の江崎も反則を取らずにプレーを続ける。だがしかしこれによって相手方に守備へと転じる時間を与え、速攻のチャンスを逃したのは痛いか。


「おら」


 まずは手近なDFに転がして投げ渡す。確実に前線に運んでいく考えである。


 開始5分も経たずして、両チームにゴール前での競り合いが1回ずつ。そして合わせて4本のシュートが飛び交う乱れ打ち。しかしながら得点に至っていないのは、平均練度の低い試合としては意外なところである。


「新田先輩」


 センターライン付近までは右サイドを中心に細やかなパス回しで戦線を押し上げていたが、それゆえに左サイドが少し甘めに。そこで逆サイドにいたストライカー・春馬にボールが渡る。


「よし、任せろ」


 春馬はまたもや空いたスペースを猛進。


「待て。春馬、守備上がってる。オフサイドに――」


 2年生サッカー部員からの声。


 しかし春馬は気にしない。


「オフサイド? んなもん、自力で持ち込めば関係ねぇぇぇぇ」


 オフサイド対策で単独突入を敢行。だがやはり敵陣への単騎特攻は簡単に包囲されるものである。


「くそっ、ちょっと甘かったか?」


 それでも相手は野球部&1年生が多い。一応はサッカー部2年の力を見せつけ、その複数人によるマークを突破。しかし、


「も~らったぁ」


 そこへ近江が介入。わずかに彼の足を離れたボールを奪う。


「ちょっ、近江」


 それがあまりに急なことであった。春馬は停止できずに彼女と衝突。押し倒してしまう。くんずほぐれつするように転倒する両名。普段から野球部で無茶苦茶な守備をする上、サッカー慣れしている春馬は安全な受け身を取る。ところが近江は勢いよく倒れこむと、横に難回転からして、


「ぎぃやぁぁぁぁ。折れたぁぁぁぁ。足が折れたぁぁぁぁ」


 超絶的に痛がる。


 そして左足を抱えて転がりまわっていた。


 これは明らかなファール。江崎がファールの笛を吹いた。


「ちょっ、近江。今のマジで大丈夫か?」


「新田、寺越(さっき)は心配してなかったのにな」


 心配そうな表情で近江に手を差し伸べる春馬の横で、皮肉のように口にする最上。それについては状況が違うわけで当然である。


 なおその直後のフリーキック。


「うぉぉぉぉ、突撃ぃぃぃぃぃ」


 勢いよく前に蹴りだされたボールに対し、全力で敵陣営に突っ込む近江がいた。


 折れたとはなんだったのか。


「心配なかったな。新田」


「心配なかったな」


 最上に半笑いで言われ、呆れるようなため息を漏らしながら答える春馬。寺越の時とは一変して本気で心配した春馬であったが、今の近江は無傷どころか超元気。なんなら鼻血を出した寺越の方が大変であった。


「まさか、近江があんな小賢しい手を使うとは。まぁ、あいつらしいけど」


 苦笑しながら自陣に戻る春馬に、最上は笑いながら言い放つ。


「僕は分かったけどなぁ。演技だって」


「本当かぁ?」


 調子に乗った近江がゴールポストを大きく外すシュートを放ちゴールキックとなる。そこで春馬は足を止めながら、最上に疑心暗鬼な返事。すると最上は自信満々に、


「だって近江、本当に痛けりゃ泣くだろ?」


「……騙されたぁぁぁぁ」


 そうである。


 近江は中途半端に痛がることは滅多になく、痛けりゃとにかく大泣きするのである。野球のプレイ中なら多少の怪我で泣くことはないが、この場合は痛がることすらしないものである。つまるところが『泣いて騒ぐ』か『泣かず騒がず』であり、『泣かず騒ぐ』ことはまずないのである。


 後頭部を押さえながら膝から地面にしゃがみこむ近江を見ながら、後頭部を押さえながら天を仰ぐ春馬。よく似た2人だ。


「だが――」


 春馬は再び目線を前に向ける。


「所詮、小手先の技。本職サッカー部の力を見せてやる」


「本職は野球部じゃなかったのか?」


 最上のツッコミは無視である。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


「くそっ。やりづれぇ」


 普段から本職サッカー部を相手にしている春馬にしてみれば、本日の相手たるサッカー部・野球部連合軍はそれほど強くないはずである。しかしそもそもの問題として、こちらもサッカー部・野球部連合軍なのである。なんならいつもの味方である鈴木(レフトウィング)や、相性のいい2年生MF(プレイメーカー)が今回は敵方なわけで、やりにくいことはこの上ない。


 むしろ決まった『型』のない野球部の方が上手く立ち回れているか。それともただ、滅茶苦茶なだけか。


「よし、抜いた」


 1年生MFと大崎を抜いて左サイドを突破。


「突っ込んでくるぞ。止めろ」


 春馬の属する紅組は2トップ体制をとっているが、実質的に攻撃のカギは春馬。彼を封じればそれほど問題ではないと読む。野球部勢も駆使して防御を固める。


『(さすがにこれは抜けないし、この角度からじゃゴールも厳しい――)』


 その状況を見て春馬は、


『(――よなっ)』


 ヒールパスで後ろにボールを戻す。


 その後ろにいたのは2年生のMFの佐々木。


「まずっ。打ってくるぞ」


 春馬に守りを集中させすぎた。角度も良好であるし、やや距離は遠いがロングシュートは可能なくらい。


「しまった」


 春馬対策に出ていたメンバーが彼を止めに向かう。


「佐々木、やれっ」


「任せろ、新田」


 春馬の声に答える佐々木。キーパーはただちにシュートコースを閉めに行く。


『(右にシュートコースはない。左さえ閉じれば、止められる)』


 そして佐々木の右足からボールが放たれた。そのシュートは相手DFを越えてキーパーの向かった方向とは逆方向。しかし大きくゴールから外れるコース。


『(無理に狙ったのが裏目に出ましたね、佐々木先輩)』


 逆を突かれてヒヤリとしたが、大きくゴールを外して一安心。しかし、


「ま、まずい。新田先輩が」


 佐々木に意識が移って防御が崩れた間に突っ込んできていた。周りに守りのない完全フリーであり、パスのタイミング的にオフサイドはない。そして、


『(右、突かれるっ)』


『(ガラ空きだぜ、ルーキー)』


 春馬の右足から放たれたボールが今度こそゴールネットを揺らした。


「ふん。甘いね」


 前半18分。春馬のシュートで紅組が先制点を挙げた。


 春馬にしてみればあのまま佐々木に任せるつもりだったが、スポーツはケースバイケースの判断が大事である。シュートコースの塞がれたあの状況では、春馬が抜け出すと見てパスを出すのが適切であっただろう。


「ぬあぁぁ。春馬君にやられたぁぁぁ」


 そしてサッカー部にやられたならまだしも、同じ野球部の、それも自称・ライバルたる春馬にやられた近江は大ショック。


「試合はまだまだ前半戦。さぁ、行こう」


 一方でキャプテン・鈴木は元気いっぱい。弱小サッカー部を率いる身としては、この程度の逆境は逆境ではないのである。


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