第1話 冬季の練習方法
蛍が丘高校サッカー部
監督は物理担当の江崎
チームの主な選手は、キャプテン・鈴木、副キャプテン・高宮。そして野球部からの助っ人である新田春馬。彼らにその他2年生5人、1年生6人を加えた14人の部活である。
野球部の人間がレギュラーを張っている時点でレベルはお察しだが、1回戦突破も難儀しているほどである。
そんなサッカー部のキャプテンから提案を受けた翌日。
「よっ。待たせた」
1階の売店で昼食のパンを買い込んできた鈴木が、いつもの4組野球科勢の元へとやってくる。そして今現在誰もいない席の椅子を引っ張り、春馬の机前に腰かける。
「で、鈴木。昨日の話はどういうことだよ?」
あの件はあまりに急な話であったことと、練習前であったことから今日に持ち越したのである。そこで春馬は改めて話を戻す。
「それがさぁ、ウチ、部員が14人じゃん?」
「僕をいれればな」
「うん。春馬を入れればね」
あくまでも野球部であり、試合時だけの助っ人である春馬を除けば、部員数は13人である。
「野球部は9人」
「それで?」
どうも本題へと切り込まないヤツである。
「足して?」
「23人」
近江が胸を張って解答。が、
「「22人」」
春馬と鈴木の素早い訂正。正しくは野球部9人+サッカー部14人は22人である。なぜなら両部には春馬が1人ずつカウントされているからだ。
「つまり、2チームに分ければ11人ずつ」
「ちょうど、サッカーの1チームと同じ、と」
「それで、サッカー部・野球部の連合チームで紅白戦をしようと思って」
長々とした前置きだが、結論としてはこういうことである。
サッカー部で紅白戦をしたいから、野球部のメンバーも加わってくれ。
「サッカーねぇ」
別に春馬自身は嫌ではない。
「そりゃあ、僕は別にいいと思うよ。野球部の冬場にサッカーってのはある種の風物詩みたいなものだし。ただねぇ」
「ただ?」
鈴木が聞き返すと、春馬は近くにいる1人へと目をやる。
「楓音はどうする?」
懸念事項はこれである。
野郎共はいいのである。
「わ、私?」
驚く楓音に春馬は頷く。
「女子が男子に交じってサッカーってのはどうかと思って。楓音はサッカー経験ないだろ」
「あぁ、確かに女子をどうするかは気になるかぁ」
同意を示す鈴木。そして自分を指さす近江。
「別に男女どうこうは今さらだけど、野球とサッカーは別だろ?」
「高校サッカーは高校野球と違って、女子参加がないしねぇ」
春馬と鈴木はさらに懸念。そしてさらに自分を指さす近江。
野郎どもはどうでもいいのである……
「楓音さえよければ僕もOK」
「そっか。楓音だけよければかぁ」
楓音がいいなら野球部全体としてOKサインを出す春馬と、納得する鈴木。そして、
「新田。近江が自己アピールしてるぞ?」
「どうした?」
最上の注意でようやく気付く。
「私は?」
「いや、野郎共の意見は聞かなくていいかなって」
野郎共(近江を含む)はどうでもいいのである。
「私も女子」
頬を膨らませて主張する彼女に春馬はため息をもらしつつ、
「じゃあ、近江はどうしたいんだよ」
「やりたい」
分かり切っていたことではあるが、時間の無駄であった。
「で、楓音はどうする?」
「う~ん、やだって言ったら、走り込みなんでしょ?」
「だろうなぁ。他にやることないし」
「じゃあ、サッカーの方がいいかなぁ。ただ走るだけより、そっちの方が面白そうだし」
「と、言うわけだ。野球部は同意」
指を鳴らして鈴木を指さす春馬。
「OK。じゃあ、放課後の部活で顧問の江崎先生に言っておくよ」
この野球部・サッカー部首脳会談。通称『G2』によって連合紅白戦が決定した。
ようやく話は終了。春馬以外の野球部3人はお食事に戻るが、
「野球部からいくつか要求を出しても?」
春馬監督は話の摺合せを忘れない。
「もちろん。受けられるかどうかは分からないけど」
「ゴールキーパーは両者サッカー部側から出すこと」
「了解」
ゴールキーパーは副キャプテン高宮と、1年生に1人上手い子がいるのである。
「いかんせんこっちはサッカー部並みにプレーに慣れているわけじゃないし、過度なプレスや足元へとスライディングはできれば無しで」
「それもOKだと思うなぁ。でもクセで出ちゃうかもだから、そこは勘弁」
「そこまで厳格には言わない。こっちも白熱すればやっちまうかもしれないし。それに、サッカー部同士なら口は出さない」
「以上?」
メモをしながら問いかける鈴木に、春馬は指を一本だけ立てる。
「あと1つ。ルール知らないメンバーも多いから、オフサイドとか、アドバンテージとか、そういうややこしいのは無しで」
「じゃあ、野球部のオフサイドは無し。アドバンテージ無しで、即ファールで?」
「そういうこと」
いくら冬場のサッカーは野球の風物詩と言っても、1年間ずっとサッカーをやっているメンバーとはレベルが違う。もちろん野球部・サッカー部の両方でレギュラーを張っている春馬は例外中の例外だ。
「じゃあ、こっちからも要求、と言うか頼み? 野球部の2チーム振り分けをお願い。一応だけど、春馬はサッカー部」
「分かったよ。8人だけ振り分けりゃいいんだろ?」
入れ込み具合で言えば春馬は野球部側の人間だ。しかしながらサッカーの実力で言えば、サッカー部側の人間なのである。
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「サッカー部とサッカーの試合なんて面白そう。練習する?」
「練習のための練習をしてどうするんだよ……」
放課後、野球部員一同に対して本日の決定事項を説明。すると冬の走り込みを覚悟していた男子勢は意外とノリノリ。サッカー大好きな大崎に関しては最もテンションが高い。曰く『趣味程度にやるのがいい』らしく、春馬のようにサッカー部との兼部はしていないが。
春馬は大崎の馬鹿馬鹿しい発言に白くなったため息を吐きつつ続ける。
「僕としても野球の練習がしたいけど、この天気じゃできることは限られているからな。ティーバッティングくらいならいいだろうけど」
「サッカー部の新田もやっぱり野球の練習がしたいか?」
「本職は野球部なんだが……」
サッカー部は助っ人程度である。
「秋大で自分の打力の無さが分かったからな。もしも僕に打力があれば、近江の全打席敬遠って結果も少しは変わったかもしれないし」
近江に頼り切った打線を組んでしまった監督としてだけではなく、敬遠によりランナーがいる場面で打席が回りながら、ほとんど結果を残せなかった打者・春馬。やはりなんだかんだいっても、近江の敬遠で最もダメージを負ったのは彼なのである。
「で、でも、春馬くんの最後の打席。すごかったよ。レフトポール際に放り込んだの」
楓音の言う最後の打席とは山口工科戦の最終回・ツーアウト満塁の場面で見せた、レフトポール際へのホームラン性の打球である。飛距離は十分。少しタイミングがずれていれば、逆転満塁弾であっただろう一撃であった。
「そりゃあ金属バットだし真芯を食えばなぁ」
ただ春馬にしてみればあれは偶然。
猿政や近江のように期待できるものではないという考えである。
「だが新田。ものは考えようだ。偶然にしろ可能性はある。ならば、あとはその可能性を上げるだけじゃないか?」
一方で最上の主張も一理。
楓音がホームランを打とうというわけではないのである。すべてが足りないわけではなく、ホームランを打つだけの最低条件はそろっている。そこから長打力・バットコントロール、なんでもいい。少しでも成長できれば、可能性はどんどん高まっていくのだ。
「ふふん。春馬君。私のホームランテク、教えてあげようか?」
ここぞとばかりに自分アピールを行う近江。一方で春馬は首を横に振る。
「本塁打王になれるならうれしいけど、三振王にはなりたくない」
「なにをぉぉぉ」
春馬は分かっているのである。
彼女の打棒は、彼女がパワーに劣る女子であるからこそ――筋力増強と言う逃げ場がない背水の陣だからこそ完成されたもの。表面的にマネすることはできたとしても、実質的な意味では春馬には、男子には決して届くことができない境地なのである。
だからこそ近江には教わることができないのだ。
「それはさておき」
春馬は近江の首根っこを掴んでそこらに放り投げる。
「そういうことだから準備をしておけ。とは言わないけど、意識だけはしておけよ」
それだけ伝えてグラウンドへと向かう。
「さぁて、そろそろ練習を始めようか」
本日は晴天。山にはほんのり雪が残っているも、グランドのそれは完全に溶けている。寒いのだけがネックだが、基本的にはいつも通りの練習ができそうである。
「い~ち、に~」
そこでまずはランニング。後にキャプテン・近江を円の中心にストレッチ。最初は監督の春馬が指揮を執ってやっていたが、彼女がキャプテンらしさアピールの為に交代。春馬としては面倒な仕事を押し付けられてよかったのは言うまでもない。
「で、新田。このあとの練習は?」
近江に合わせて体を動かしながら、最上は隣の春馬へと声をかける。
「何かしたいのか?」
「いいや。キャッチボールは痛いから、さぁ」
左手を振る最上。寒い冬場に硬式球を捕るとなると、例えグローブを付けてあったとしても痛いのである。できればキャッチボールやノックなど、ボールを捕るという動作は避けたいらしい。
「なるほどなぁ……じゃあ、他のメンバーは軽くバント練習でもしておくか? さすがにゴロ捕球でまでぎゃあぎゃあ言わないだろう」
「他のメンバーは?」
最上の敏い問いに春馬は軽く微笑み。
「ひとつひらめいてなぁ」
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「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ」
グラウンドに甲高い女子の声が響き渡る。しかしその悲鳴は女子高生が出していい類のものではなかった。
「なぁにやってんだか」
「投球練習」
最上の呆れ口調に、相変わらず笑いながら答える春馬。
18.44メートル先にいる近江は、ミットを付けた左手を右手で抑えながら転がりまわっている。
さて、経緯は以下のとおりである。
投球練習しよう。お前、キャッチャーな。
と、近江を誘い出した春馬。「やったぁ。春馬君と練習」と大はしゃぎした春馬好きの彼女は、わざわざ防具を付け、カバンからマイミットを取り出してのブルペンキャッチャー。その結果がこれである。
「う~ん。いくら野球馬鹿でも、さすがにこの寒い日にボールを受けるのは厳しいかぁ」
「近江のやつ、可哀想に……」
冬季練習のテストに使われた近江を憐れむ最上。
「これからの練習どうするかなぁ」
非情にも春馬は彼女を放って他部員の元へ。一方の最上は痛みにのたうち回る近江へと歩み寄る。
「大丈夫かぁ? 生きてるか?」
「い、痛い……」
声をかけられた彼女は半泣きで最上を見上げる。
なにせ硬式球で、投げたのは高校野球の男子ピッチャーである。痛がるのも当然の事であろう。
「まったく、新田の奴は」
いくら相手が野球馬鹿の近江と言えども、これはなかなかにキツイ仕打ちである。最上も直接ボールを受けたわけではないが、硬式歴は2年、野球歴で言えば10年以上。この痛みはまさしく痛いほどよく分かる。
「ほら。防具、外せって。片付けといてあげるから」
憐みを覚えた彼は彼女の防具を外すのを手伝い、さらにはその片付けも引き受ける。すべての防具を外してその場に置いた彼女は、相変わらず目元に涙を浮かべたままで練習へと駆け足で向かう。
「まったく、新田は近江の扱いが酷い。でも」
彼女が向かう先にいるのは、なおも考え中の春馬。
「それでも新田好きは変わらないんだなぁ。よく分からねぇなぁ」
最上は彼女が身に着けていたプロテクターや、レガースなどを抱えて片付け始めた。
そしてその近江はと言うと、
「うぅ、春馬く~ん」
彼の元に行って顔を見上げる。
「痛かった」
「あぁ、だろうな」
春馬だって最上と同じく野球経験は10年を超える。冬場の練習についてはよく分かっているつもりである。
「痛かったぁぁぁぁ」
そしてその「自称・痛い左手」を見せながら主張。春馬はその彼女が言いたいことを悟ってため息を漏らす。
「悪かった、悪かった」
目線は他のところへやったまま。隣で自分の顔を見上げる彼女の頭へ、左手を乗せて撫でてやる。すると目元の涙を拭いた彼女は満面の笑み。
「えへへぇ。許してあげるぅ」
簡単な女である。
「しかし本当にどうするかなぁ」
適当なバットを手にした春馬は、近江に来るように指示を出す。そしてフェンスを右側においてバットを構える。いつまでも考えていても仕方がない。ひとまずは練習開始である。
そしてその練習の相方の近江は、グローブを替えるのが億劫だったか。ミットのままで春馬に向けて投球。バットを軽く引きながらのバントは、おそらくは1塁側フェアグラウンドギリギリに転がるであろう打球。
「ずっとバント練習するの?」
「去年の冬はどうしたっけ?」
「走った」
「他には?」
「走った」
「で?」
「走った」
走った記憶しかないらしい。本当は筋トレをはじめとした室内練習もあったのだが。
「ネット張ってのティーバッティングか……」
「ロンティーとかはできない?」
「ロングティーか……やりたい?」
近江の投球をピッチャー前にバントしながら問いかける。
「やりたい」
やっぱり長距離砲の近江にしてみれば、とにかくボールを遠くにかっ飛ばしたいのである。ただ打球処理となると、先ほどの近江の二の舞になることは間違いない。投球を受けるのも相当痛いが、フライ処理もまた痛いのである。
「やってもいいけど、やるならグラウンドが空いてる休日な。放課後練習は他の部と共用になって危ないからな」
こういう時は専用グラウンドのある私立高校がうらやましい限りだ。もちろん新設の琴ヶ浜女子のように、私立全校の野球部が専用グラウンドを持っているわけではないが。
「は~い」
結局のところ、彼女のやりたい練習はできなさそう。しかし休日であれば可能性があるということで、嬉しそうな返事で答える。
『(それ以外となると……ウチ、今年は体力不足が露骨に表れたような感じがしたし)』
春馬もあまり走るのは好きじゃないわけだが、結果を考えるにそれしかない。
蛍が丘野球部は春馬らが1年生の時、春季大会、夏の甲子園地方予選、新人戦、秋季大会、そして春のセンバツと、存在したほとんどの公式戦で1回戦敗退。それが2年生になってから、春のセンバツでもまれて度胸がついたか、単純にチームがチームとして固まったのか大躍進を遂げた。一方で1年生の時には問題にならなかった問題も浮上したのである。
それが体力である。
投手については『勝戦処理』の近江を加えることで少しは改善したが、接戦続きとなると最上・春馬の2人に負担が集中する現状は変わらない。もとより蛍が丘高校は、極端なパワーバランスの試合を除けばロースコアゲームが多いため、近江投手の効果は額面上の投手数を考えれば薄いと言える。
そして野手陣についても夏大中に野球部員が授業中に爆睡するほど、それこそ真面目な楓音、大崎、因幡らも寝ていたというのだから、これは体力不足は否めないと言っていいだろう。
「……走るか」
他に選択肢がないかのようにつぶやくと、投球しようとした近江が身を震わせる。
「え? は、走るの?」
「いや、あくまでも選択肢の1つってだけ」
ただ走るだけというのはつまらないものである。
「そう考えると、サッカーって悪くない練習方法だよな」




