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最終話 近江、勉強を頑張る

 しかし近江の学力問題はさておきとして、やる気が出たことはともかく日常を大きく変える。


「春馬君、さっきの授業のここの問題なんだけど~」



「そこは、まず最初の地点での運動エネルギー、位置エネルギーを算出する。位置エネルギーの起点はここで覚えてしまっていいと思う。計算が楽だし」


「それで、それで?」


 物理の授業が終わるなり、春馬に質問を始める。



 そしてまたある時は、


「南ぃ、南ぃ。どうやったらここを覚えられるかなぁ?」


「そうね。歴史は繋がりがあるものだから、流れで覚えたらどう? 徳川幕府が鎖国してたから、

ペリーが開国を迫って、無理やり不平等条約を結ばれたから、日本は世界に追いつこうと使節団を派遣した。って」


「えっと、ペリー幕府が鎖国してたから、無理やり日本は世界に使節団を派遣?」


「ごめんね。ゆっくり説明してあげる」


 鎖国するような閉鎖的なペリー幕府を持っているかと思えば、無理やり使節団を派遣するような謎の国・日本。いったい近江の中で日本はどんな歴史をたどっているのだろうか。



「しゅ~ずきぃ」


「ヘイ!!」


「珍しいな、こいつに用か?」


 野球部・サッカー部間における練習スペースとの兼ね合いについて、春馬と話をしていたキャプテン鈴木。そんな彼に珍しく近江が声をかける。


「さっき、春馬君に数学を教えてもらったんだけど、ちょっと分からなくて~ここ」


「あぁ、ベクトルねぇ。春馬(コイツ)は数学を感覚でやっちゃうからなぁ」


 右手で春馬の肩を叩くと、そのまま顎を触りつつ問題を覗き込む。


「この場合は、頂点aから点xまでの経路を面倒くさがらずに書き出して、計算して整理する。ってとこ?」


「どういうこと?」


「頂点aからbはベクトルA、bからeはベクトルBって迷路みたいになぞって、計算の過程で置き換える。ちょっと解いてみよう」


 近江の目の前で分かりやすく解きつつ、質問で解答を遮られても、それにはしっかりこたえつつ。


 野球部選手兼任監督・春馬、テニス部キャプテン・南、サッカー部キャプテン・鈴木と、蛍が丘運動部の首脳陣は面倒見のいいメンバーばかりである。



「因幡君、因幡君。現代文を解くコツを教えて」


 そして今度は国語。成績こそ春馬の方がいいものの、教えることについては春馬の得意分野は理系学問である。文系方面について教わるならば因幡が適役だ。


「文のままで解くと難しい……」


「文のまま?」


「まずは文をアニメとかドラマとか、とにかく映像に置き換えてイメージ。キャラクターもそれっぽい役者でイメージするといい」


「じゃあ、じゃあ、今やっているところだと、主人公の啓太は、俳優の佐ヶ中くん」


「女友達の由佳は女優の友理奈」


「うぉぉぉ、じゃあ悪友の伸也は、えっと、大山崎(やんまー)


「いい配役(キャスト)。その調子」


「楽しくなってきたぁぁぁぁ」


 企業系ドラマをはじめとし、いろいろ見てた効果があったようだ。


 以降もテスト範囲となる小説について、まずは登場人物の配役を決定。舞台も適当なドラマからイメージだけパクっておいて、頭の中で文を映像に切り替える訓練を開始。


「新田」


 その光景を傍から見ている春馬へ最上が声をかける。


「よかったな。災い転じて福となす。だ」


「そうだな。僕も今回の件でいろいろ気付くことができたからな」


 過剰疲労で倒れてしまったのは大変だったが、得られたものも多かったわけで、結果的に見ればまぁまぁいい出来事だったのではないだろうか。もっとも春馬の両親にしてみれば、気が気じゃない出来事には間違いないが。


「それはそうと、本当に近江はお前が好きなんだな。恋する女子は無敵とはいうけど、まさか大嫌いな勉強に手を出すくらいに強くなるとは」


「恋、ねぇ」


「そんなもんじゃねぇか?」


「そんなもんじゃねぇよ」


 少なくとも近江が春馬に向けている感情は、恋とはまた別の感情である。だがしかし、恋とは違う他の感情かと言われると、また何か違うような。非常に複雑なものである。それは単純に彼女の持っている感情と、一般的に向けられる感情表現が彼女の場合は一致していないのも原因にあるのだが。


「まぁ、今回は恋でもなんでもいいや」


「いいのか?」


「あぁ。あれだけ野球に真摯で野球が上手くなった近江だ。もしそのやる気が勉強に向かったなら、僕が手を出すこともなくなるだろうな」


「寂しいか?」


「まっさかぁ。んなことねぇよ。ははは」


 ようやく肩の荷が下りたようで、最上と一緒に笑いあう春馬であった。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


「近江ぃぃぃぃ。貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


「ひぃぃぃやぁぁぁぁぁぁ。ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁい」


 今までにない怒号と、今までにない悲鳴が飛ぶ2年4組の教室。


 2学期末試験の返却日であるのだが……


「うわぁ、26点。こ、こっちは19点……」


 教室内を逃げ回る近江と、鬼の形相で追い掛け回す春馬。そして近江の机に置かれたテストの点を見て呆れる楓音。


 30点未満が赤点で補習となるのだが、数学、国語、古典、英語、社会科(日本史)、科学1(物理)、科学2(化学)の主要7科目について、数学26点、古典22点、物理19点、英語28点と4科目にて爆死。そのほかのものも基本的には30点~40点とギリギリである。


「お前、あの時は頑張るって言っただろ。迷惑かけないって言っただろぉぉぉ」


「が、頑張った。頑張ったよ。すごく頑張ったけど、ひぃぃぃぃぃ」


 春馬にプロレス技のような何かをかけられる近江は涙目。


「そ、そりゃあ春馬くんは怒るよね。これは」


 赤点は無し。最低点は社会科(政治経済)の54点で、平均点は67点を記録した楓音は、春馬の気苦労にただただ共感するのみである。


 ただ一方で、こちらも赤点は無し。最低点は古典の61点、最高点は政治経済の100点、平均点は75点と奮闘した最上。


「でも、近江も頑張ってはいるんだよなぁ」


 彼は近江の解答を見るなりその成長に気付く。


「頑張ってるの?」


「頑張ってる」


 点数的にはまったく伸びているようには見えないのだが……


「今までの解答欄は空白。『分からない』って言う理由で赤点だったみたいだけど」


「一応、埋まってるね」


「一応な」


 数学であれば的外れな解答だったり、そもそも公式を間違えていたり。得点には程遠いものであるが、たしかに全回答欄が埋められている。空白だらけだった今までとは大違いである。


「それとここ」


「この間違えているところ?」


「うん。途中まであってる。ただ、マイナス引くマイナスを間違えただけの計算ミス。ここも、ここも、それとここも計算ミス」


 そもそもが計算ミスまで行かなかった彼女してみれば『分かっていて間違えた』場所がところどころあるのは十分な成長である。


「たしかに、教えた通りにはできてる。計算ミスかぁ」


「そうね。確かに似たような用語でやられてる感じね。でもまぁ日本史34点は、近江さんにしては上出来じゃない?」


 そして数学93点の鈴木、日本史97点の南も話に介入。


 それ以外のテストも物理は案の定の計算ミス。英語もスペルミス多発と、間違えているもののどこか惜しさの残る間違えだらけである。そして赤点回避の教科も、日本史では歴史の大筋は合っているものの『日米修好通商条約』と『日米和親条約』が逆だったり、国語では解答欄に登場人物の名前の代わりに俳優の名前が書いてあったり。


「分かってはいるんだろうけどなぁ」


「近江ちゃん、テスト開始寸前まで必死に教科書とにらめっこしてたもんね。あれだけ頑張ってたし、少しは頭に入っているんだろうけどね~」


 最上と楓音は2人そろってため息。


「「惜しいなぁ~」」


 そして鈴木と南は、


「でも、これなら次は大丈夫、大丈夫」


「今回はデキの割に点数が伸びなかった回ね。でも、点数の割に出来ているとも言えるわね」


 かなり前向き。このテスト週間、内容のない近江の勉強を見守っていたせいか、彼女の成長を実感できているようである。


 さて、実際に近江が赤点を取らずに定期テストを乗り切る日は果たしてくるのであろうか……


「近江、お前は何度も何度も」


「ご、ご、ごめんなさい。ごめんなさい。次は頑張る。次は頑張るからぁぁぁぁぁぁぁ」


 なお英語についてのちに別解答の存在が判明。近江の点数がそれによってプラス2点され、なんとか英語については赤点を免れた。


 ただ、それでも補習は3教科である。


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