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第6話 強打者のネクスト

「レフトぉぉぉぉ」


 8回の裏。1アウト3塁で、1番バッターの打球はレフトフライ。因幡が落下地点わずか後方に入る。そして落下寸前でスタートを切る。


「ボールバック」


 タッチアップ体制の3塁ランナーがスタート。


 春馬の声を受けつつ捕球した因幡は、そのわずかな助走を生かしつつホームへとレーザービーム。


「セーフ、ホームイン」


 タイミングはアウト。だが送球がわずかに1塁側に逸れて皆月のタッチが遅れ、3塁ランナーの生還を許してしまう。


 1点取った直後に取り返された。


 これで4対1。


「辛ぇ。辛すぎる」


 4失点しながらも苦笑いを浮かべるしかない最上。


 今年の主要な試合での負け。


 死に霊の悪夢ではそもそも抵抗する気が起きないほどの虐殺だった。


 そして対大野山南戦では日野啓二という大物が相手だった。


 しかし今回は勝てそうなのに追いつけない相手。


 中途半端に期待があるから、その裏切りが辛いのだ。


 するとやや気持ちが落ち込みつつある最上の背に、大きな黄色い声で気合が入れられる。


「まだ、まだ試合は終わってないよぉぉぉぉ。気合入れていこぉぉぉぉぉ」


 セカンドを守る近江が裏返りそうなギリギリの大声。


 それを聞いた最上がため息を漏らす。


「そんな元気な女の子の声を聞いちゃ、男子としては手を抜けないよなぁ」


 最上はグローブの中に拳を勢いよく叩きつける。


「さぁ、皆月。さっさと新しいボールをよこせ。ここからが勝負だ」


「勝負、遅い……」


 外野でボソッと因幡が口にしたことは無視。というよりそもそも聞こえない。


「ストライクスリー、バッターアウト」


「だっしゃあぁぁぁ」


 2番・米内。相も変わらずフルスイングする彼を3打席連続の空振り三振に切って取り、なんとか3点差でとどめる。


「さぁ、近江、反撃しようぜ」


 この状況でなお満面の笑みを浮かべる最上に、近江も笑みで返す。


「いつか夜は明ける。明けない夜はないんだぁ」


 負けていても追撃ムードは絶やさない。


 その中で春馬が口を開く。


「まっ、夜が明けるまで生きている保証はないけどな」


「春馬君っ。さすがに怒る」


 近江が頬を膨らませて大反論。が、彼はそんな彼女を気にせず一言。


「だが、生き残るだけの努力はしよう。いつ明けるか分からない夜でも、生きている限りいつかは明けると信じてな」


 蛍が丘高校の夜は明けるのか。


 強く輝く太陽の下


 しかし光のない夜空の中


 9回表の攻撃へ


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


「よぉぉぉぉし。皆月、ナイバッチ」


 8回の表は楓音のピッチャーゴロで終わったため、この回は絶好調の皆月から。


 安牌と言われる皆月だが、本日はこれで3打数2安打1四球。近江が機能していない状況下において最も攻撃力減少分を補っていると言えるだろう。


『9番、ピッチャー、最上くん』


 ノーアウト1塁。3点を追う展開であるだけに、このランナーを大事にしよう。なんて発想はない。


『(リスクを背負ってでも塁に出させる)』


 春馬からのサインはもちろん強硬策。手堅く攻めても1点取れるか分からないのだから、リスクを背負わないと3点差なんて追いつけるわけがない。


『(最上。頼むぞ。ランナーが皆月じゃあ、なんも仕掛けられねぇ)』


 選択肢は強硬策のみ。


「ボール」


 その最上に対して初球、2球目とはっきり外れるボール球。


『(制球が乱れがちではある、か)』


 これならば立っているだけでフォアボールがもらえそうである。だがしかし一方で甘い球を見逃してしていた結果、最後に難しいコースを打ち損じる。なんて未来も見えないでもない。


『(甘く入ってきたら――狙う)』


「ストライーク」


 3球目はアウトコース低めへの変化球。きわどいコースだっただけに潔く見逃し。カウント的にもここは打つべき球じゃない。


『(隙あらば、次の塁を狙ってくれよ?)』


 珍しくランナーとしている皆月に目をやりつつ構え直し。


『(さぁ、こい)』


 セットポジションの米内は、クイックモーションが必要ないと思っているのか、それともできないほど体力的余裕がないのか、通常の足を高く上げたモーションで投球開始。


『(来た。甘い球)』


 4球目。甘く入ったど真ん中のストレート。


 それを最上は全力で振り抜く。


 真芯で捉えた打球は――三遊間。


「「「抜けたぁぁぁぁぁ」」」


「よし、繋いだ」


 ベンチから湧き上がる大歓声と、最上のヒット確信のつぶやき。

 

 しかし、相手だって負けるわけにはいかないのである。


 サードが打球へと飛びつくと、ボールがグローブを弾く。レフト前ヒットになろうかというあたりを止めた。


「ボールセカン」


 それも弾いた打球があまり転がっていない。手元のボールを拾ったサードは、膝をついたまま、キャッチャーの指示通りに2塁へと送球。


「アウトっ」


 皆月が2塁に滑り込むも間に合わずに2塁封殺。1塁へと転送する動きを山口工科内野陣が見せるも、ここは最上の俊足ゆえに間に合わないと判断し投げない。


「1アウト。ランナーは入れ替わり1塁に最上、か」


 春馬は唇を噛みながら悔しがる。


 3点を追う展開で最終回ならば、この1アウトが持つ意味は非常に大きい。3点差ならばたとえ長打でも、なんならホームランでも追いつけない。その上、ダブルプレーになってしまえばその瞬間にゲームセット。足の速い大崎ならまだしも、因幡以降のバッターはそのプレッシャーと戦わなければならない。


 方法は問わない。とにかくつなぐ。


 その使命を背負い、打順は上位打線へ。


『1番、センター、大崎君』


 切り込み隊長・大崎が左バッターボックス。彼ほどの俊足ならダブルプレーは、1塁ランナー飛び出し以外ではあり得ないだろう。ゆえにそのプレッシャーはないに等しいが、かといってアウトになれないプレッシャーがないわけではない。


「ストライーク」


 初球は甘いストライク。しかし予想したコース、もしくは球種と違ったか。大崎は見逃してワンストライク。


 2球目……


「ファール」


 アウトコース低めを3塁側スタンドへ放り込むファールに。


「入れてきたか?」


「入れてきた?」


 つぶやく春馬に近江が首をかしげる。


「打たせて取る気だな。序盤からその気は見せていたけど、あまりコースに頓着しなくなったか」

 いくら打たせて取る気でも、甘いコースに放っては痛打されかねない。三振を取る気はないが、甘いコースは避ける。それくらいのピッチングをしてきたわけだが、先の2球はいずれもストライクコースであろう。あれほど制球の乱れていたピッチャーが急に連続ストライクを取り出したということは、偶然か、それとも攻め手を変えたか。


「う~ん。あまり分かんない」


「近江はこの試合、まともに勝負してないもんな」


「うん……勝負してもらってない」

 とても落ち込む近江。彼女にしてみれば全打席出塁できることよりも、とにかくバットを振りたいのである。そこで近江はひらめいたかのように、顔を上げる。


「みんな、私に満塁で回す」


「なぜだ?」


「What do you メアン?」


「ウム。その心は?」


「寺越。メアンじゃなくて、mean(ミーン)だと思うぞ」


 ネクストの因幡、その次の寺越、猿政は近江の急な提案に目を丸くする。ついでに春馬は寺越の不思議な英語に修正のツッコミ。


「満塁なら歩かされない」


「なるほど。近江にしては頭がいい」


「確かに、近江にしては頭がいいな」


「ウム。近江殿にしては頭がいいの」


「エッヘン。私にしては頭がいい」


「近江。馬鹿にされてるぞ」


 馬鹿である。


 と、そんなバカなやり取りをしている時である。


「おっ」


 春馬が金属音に振り返ってみると、大崎の打球は二遊間を破りセンターへ。最上は2塁でオーバーランも無理せずそこで止まる。


「よし、チャンスメイク。因幡」


旭日昇天(きょくじつしょうてん)の勢い。なんとか繋ぐ」


 ヘルメットを深くかぶり直し威風堂々と打席へ急ぐ、いつもよりはよくしゃべる寡黙な2番・因幡康生。そしてネクストに入る寺越は、


「春馬。『きょくじつしょうてんの勢い』ってなに?」


 因幡の使った四字熟語の意味が分からなかった様子。そこで蛍が丘が誇る秀才に問いかけてみる。


「知らん」


「うむ。新田殿にも分からぬことがあるのだの?」


「国語の知識自体は因幡の方が上だぞ。点の取り方を知ってるから、テスト自体は僕の方がいい結果を出しているけど」


 ちなみに春馬の知らなかった『旭日昇天』とは『勢いのいいこと』という意味を持つ四字熟語である。要するに因幡は「いい流れ」と言いたいのである。


『2番、レフト、因幡君』


 案の定、守備シフトはやや流し打ち警戒シフト。


『(三塁線は空いている)』


 しっかりそれを確認した因幡は初球。


 ストライクを取りに来たインコースを強襲。


 鋭い打球が狙い通り、大きく口を空けた三塁線を襲う。


 抜ければ最上が生還する。それどころか俊足の大崎までもが生還し、因幡もスコアリングポジション到達。そんなシナリオは想像に容易い。しかし、所詮は想像である。


 サードが横っ飛びで捕球。


「フェア、フェア」


 ファールかどうかきわどいも3塁審の判定はフェア。


 起き上ったサードはただちに3塁ベースへと向かう。


「アウト」


 2塁ランナー・最上は間に合わず3塁で封殺。送球はすぐさま1塁へ。


「マズイ」


 その守備的感性でたちまちアウトタイミングであると判断する春馬。


「因幡、急げ」


「因幡殿っ」


「間に合えぇぇぇぇ」


 蛍が丘クリーンアップトリオの声も響く。


 と、送球がわずかに逸れた。


「セーフ」


 ファーストの足が離れてセーフ。


 因幡が生きた。


「っしゃああ。回ったぁぁぁ」


 2アウト。敗北まで残り1アウトと追い込まれながら、ランナーは2塁と1塁。ここで打順はクリーンアップへ。


「寺越殿」


「ドッグラン」


 静かに頷く猿政と、サムズアップをしているのは『グッドラック』を言いたかった近江。


「任せろ。繋いでくる」


 寺越が後ろへ繋ぐには、もうアウトになることは許されない。


『3番、ファースト、寺越君』


「さぁ、こい。クリーンアップの意地を見せてやるっ」


 左バッターボックスの寺越に対し、相手の守備は引っ張り警戒。先ほどの因幡は相手の裏をかく形をとったが、果たして彼のバッティングは……


「時に新田殿。少しいいかの?」


「どうした?」


 ネクストに入っていた猿政が春馬を呼び寄せる。さすがにベンチの外に出ると審判に何か言われるだろうし、しかしベンチ内では話が聞こえない。そこで猿政が気付いてベンチへと戻ってくる。


「新田殿。どんなバッティングをすればいいかの?」


「どうって?」


「一発を狙え。と言うのであれば、狙うというわけだの?」


「なぁに、気にするな。とにかくいつも通り――」


「新田殿。自信がある(・・・・・)。と言うことでいいのかの?」


 猿政の重い言葉が春馬に圧し掛かる。


「……猿政」


「うむ」


「お前で決めてこい」


「了解仕った」


 そして折れた。


 猿政の指摘は的を射ていたのである。


「よし、OK。繋いだぜ、猿政ぁ」


 寺越、引っ張り警戒を正面から突き破るライト前ヒット。俊足・大崎は一気にホームインを狙う動きを見せるも、ここも無理せず3塁でストップ。仮にここで勝負に出て生還したところで、まだ2点ビハインド。結局のところ同点には後続が繋ぐ必要がある。今帰っても、後で帰っても同じこと。ここで博打を打つべきではない。


「新田殿。行ってくる」


「猿政」


「新田殿、もし『繋いだ時』は、準備しておいてほしい」


「分かった。だが僕は、お前に賭ける」


 ツーアウト満塁。一発が出れば逆転の場面で主砲の猿政に打席が回る。そしてネクストにはここまで4打席連続敬遠中の近江。


『(猿政。頼んだ。お前が頼りだ)』


 初球。


「ストライーク」


 高めに浮いた球を全力フルスイングして空振り。


「猿政く~ん。力まないで、当てるだけでいいよぉ」


 ネクストの近江は彼を楽にしようと声援を飛ばす。


 猿政はまるで同意を示すように彼女へと頷きを返すも、春馬は淡々と打席に入る準備を整えるのみ。


「ボール」


 次も高めに浮いた球。しかし今度は外れてワンボール。


『(全体的に球が甘いの。ならば、その抜け球は逃がさずスタンドに放り込むのみ)』


 後続の大主砲に隠れがちだが、蛍が丘の4番は猿政。


 その意地と、監督である春馬に託されたという責任感。


 その2つが彼の力となる。


『(さぁ、どこからでも来るがいい)』


 カウント1―1。猿政に向けた3球目。


『(むっ。これは避けられ――)』


 インコースいっぱいのボール球。猿政は回避行動に出るが、


「デッドボール」


 相手ピッチャーがこの状況を意識しすぎたか。2アウト満塁から猿政に対してデッドボール。これで3塁ランナー・大崎が押し出しのホームイン。


「あ、当たってしもうたか……」


「くそぉ。デッドボールか」


 猿政と春馬はここで勝負を決められなかったと、残念そうな声を出す。


 ただそれでも2点差へと追いつめたには違いない。


 いや、しかし蛍が丘高校にとってその1点より大きいことがあった。


『5番、セカンド、近江さん』


 2アウト満塁。ここでバッターは近江へ。


「タイム」


 さすがにここはキャッチャー・須賀がタイムをかけてマウンドへ。さらに監督・朝も控え選手を伝令に走らせる。


「近江、頼んだ」


 ランナーコーチからベンチへ帰ってきた最上は、マスコットバットで素振りをする近江へ声掛け。彼女は無言で頷くと、金属バットに持ち替えて打席へ。


「……勝負するかな?」


 しかし彼女が行くなり春馬の発した言葉に、最上は顔をゆがませる。


「満塁だぜ?」


「2点差だぞ?」


 1点を奪われるが、最も手堅い方法なのかもしれない。


「しかし新田。おめぇも前の打席は実質的なヒットを打っているんだぞ。記録上は打撃妨害だが」


「近江に打たれれば試合をひっくり返されかねない。1点でも危ういのに、2点差を蛍が丘から奪えない。と、相手が考えているとすれば……」


 タイムが解けて内野手がマウンドに散っていく。


 山口工科大学附属の選択は……


「ボール」


「これで1点差か」


 はっきり外したボール球。


 表向きは『満塁敬遠はあり得ない』かのような言い方をした猿政。しかし猿政はなんとなく予感し、春馬も可能性として考慮していた事態。


 ついに近江相手に5打席連続敬遠。それも最終打席は押し出し敬遠である。


「ボール、フォアボール」


「冗談きついぜ。こいつは」


 春馬の頭の中に『負け』の2文字が過ぎり始める。そもそも蛍が丘高校打線は、近江が敬遠されない、さらに言えば近江勝負の猿政敬遠もあり得ないことを前提に組んである。だがもしためらいなく近江を敬遠するチームがあるならば、その打線は破たんする。


「ホームイン」


 因幡が押し出しのホームイン。これで1点差となったが、この追い上げ方は決していい追い上げ方ではない。


『6番、ショート、新田春馬君』


 ツーアウト満塁での1点差でバッターは春馬。


『(2塁ランナー・猿政の足から考えて、1打で逆転は厳しい。となると、僕でなんとか追いつく一打を)』


 なんならヒットでなくてもいい。3者連続となる押し出しでも構わないのだ。


『(ここでなんとか)』


 ピッチャーの球をじっくり見られるよう、最もキャッチャー寄りに立って構える。


 3塁ランナー・寺越、2塁ランナー・猿政、1塁ランナー・近江はそれぞれリード。

3人は託す。ここまで自分たちを導いてきた名将。彼が選手として振るうそのスイングに賭ける。


「ストライーク」


 アウトコースへのストレート。わずかにボールへかするも、そのままミットに飛び込み空振りワンストライク。


「タイム」


 この緊張する状況に春馬は一旦タイムをかけてボックスを離れる。


 島根県ベスト8の常連校である総合鈴征。古豪・信英館を打ち破った。


 ドラ1左腕・日野擁する、甲子園出場校・大野山南とも善戦した。


 これまで並み居る強敵と戦いを繰り広げてきた春馬だが、死に霊の悪夢以降、県外の相手と試合をするのはこれが初めてだ。そしてその甲子園は21世紀枠で出場したことを考えれば、これが初めて実力で手にした県外大会への出場権であるともいえる。


 そうだ。確かに地方大会はクジ運によって強豪校とぶつからず労せずして突破できた。しかしそれでも卑怯な手を使ったわけでも、21世紀枠のような非実力的要素による選出ではない。


 自分たちにはこの舞台に立つ権利があり、そして立つだけの実力がある。


「プレイ」


 春馬が再び打席に入ったことで、球審がプレイ再開宣告。


 エース・米内がタイム明けに投じた2球目。


「ボール」


「スイング」


 アウトコースの変化球にハーフスイングの春馬。キャッチャーの須賀が1塁審を指さしてハーフスイングのジャッジ要請。すると1塁審は両手を横に開く。


『(見えてる。大丈夫。ボールが見えてる)』


 焦って手を出すようなこともなかった。


 猿政に言われた『打撃の自信』はなかったが、自分の武器たる選球眼は生きている。


 外れたボール球はしっかり見極める。ストライクカウントに余裕もあるため、ひとまず狙うのは好きな球だけ。


 米内は大きく一呼吸つき、ついでに右腕を軽く回す。このピッチャーは本日9回まで1人でマウンドを守り続けている。それだけではなく打順は2番であり、蛍が丘対策でずっとフルスイングを続けているのである。近江のように体力絶倫でありフルスイングに慣れているならまだしも、突発的にやっている選手にとってはキツイことだろう。


「ボール、ツー」


 アウトコースに外れるボール球。


 6回以降、敬遠を除く四死球は4つ。フォアボールを意識して甘く入った投球も目立っている。


『(フルスイングは予想外に体力を食う。もうひとつの誤算か? それともそれを見据えていたが、点が取れなかっただけか……いずれにせよ――)』


 バットを改めて構え直し。


『(ここで追いつく)』


 カウント2―1からの4球目。


 セットポジションから放たれた米内の投球。


『(インコースっ)』


 やや真ん中寄り。甘く入ったストレートを春馬がしっかり真芯で捉える。


『(手ごたえ十分、いけぇぇぇぇ)』


 そして思いっきり振り抜く。


 打球は――


「うそっ?」


「マジで?」


 レフトポールのわずか1メートル左。まさかの会心打にバッテリーも動揺を隠せない。


「惜しいなぁ。あともうちょいで逆転グランドスラムだったんだけど……」


 打った春馬はやや落ち着き気味の態度で放り投げていたバットを拾い上げる。


 チーム屈指の高出塁率も、チーム屈指の低打率である春馬。ホームランはおろかヒットを量産することも珍しいバッターなのだが、まさかのホームラン性の一撃である。


 近江・猿政以外に一発はないと読んでいた山口工科にしてみれば誤算であった。なにより記録上は打撃妨害になっているが、彼は先の打席もクリーンヒット。今日は調子がいいのであろうか。


 野球はデータ通りに進行するとは限らない。


 テレビゲームとは違うのである。


 盛り上がる蛍が丘。


 緊張感に押しつぶされそうな山口工科。


 グラウンド中央でその圧力にやられそうなピッチャーへ、3人のランナーが大きなリードでプレシャーをかける。


 ただでさえ全打席フルスイングで疲労しているマウンドの米内。額や手に汗を浮かべながら投球モーションへ。


 そして甲子園を賭けた打席に立つ春馬。左足を引いて投球を待つ。


 米内の手からボールがリリースされた。


 投球はまたも甘く入ったコース。


 計っていたタイミングとバッチリ。渾身の一振りと言うべく、スイングでバットを振り下ろす。


 が――

『(ボールが――こないっ?)』


 空を切り、少しの間をおいてボールはキャッチャーのミットへ収まった。


「ストライクスリー、バッターアウト」


『(ま、まさか、最後の最後までチェンジアップを隠して?)』


 春馬の読みはチェンジアップ。だが、真実はそうではない。


 野球はテレビゲームではない。


 最後に投じられたボールは、疲労と集中力欠如を原因としたストレートのすっぽ抜け。


 さながらナチュラルチェンジアップか。


 だがいずれにせよこの1球で勝負が決した。


 近江敬遠策に徹した山口工科大学附属。終盤にピッチャーの疲労により蛍が丘高校の猛追撃を許したが、


「4―3で山口工科大学附属の勝ちです。試合終了(ゲーム)


「「「ありがとうございました」」」


 逃げ切りに成功。中国地区大会2回戦へコマを進め、対して蛍が丘の秋はこれにて終わった。


と言うわけで

近江美優 5打席5敬遠1打点(押し出し)

にて決着です

ひとまずこれで2年生の大会は終わりですね

いえ……まだセンバツがありますかな?


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