第3話 6番打者・新田春馬
今回から本文については記述方法の変更です(既に投稿しているものも、徐々に直していきます)
①段落を2回改行(スマホ・携帯対応の1行空け)
ただし私的判断で改行しないこともあります
②場面転換などを3回改行で表現していたものを
『―――・―――・―――』を用いて表現
もし不都合が発生したら、別方法を考えます
1回の裏を3者凡退に抑えこんだ蛍が丘高校。監督の春馬は冷静に、キャプテンの近江は大喜びでベンチに帰っていく。相反するかのような2人であるが、共通しているのは無失点に抑えこんだことを肯定的に捉えていること。もちろん失点しないのはいいことなのだが、一方で最上は浮かない表情。
「新田、少し時間あるか?」
「おぅ。打席にはしばらくあるけど、どうした?」
と、最上は親指を立ててベンチ裏を示す。あまり表では言えない話らしい。
「な~に、な~に。秘密のお話?」
それに鋭く気付く近江。こうなれば「自分はキャプテンだから」と言って無理にでも話に入ってこようとするわけだが、
「近江。キャプテンとしてベンチ前での円陣、任せた」
「やってくる」
操作に手慣れた春馬は簡単に払いのける。
そうして邪魔者は消えたわけで、最上と春馬はベンチ裏へ。そして近江を中心として7人がベンチ前に集まり始めたのを確認してから話を始める。
「で、最上。なんだ? わざわざベンチ裏に呼び出して」
「新田、おそらくてめぇ並みの頭なら感づいているだろうが……違和感。ねぇか?」
「最上も感じているなら説明が早くていい」
春馬は1回の攻守にて違和感を覚えていた。
そして最上は1回の裏の守備において違和感を覚えた。
2人の違和感がお互いの違和感を確信に変える。
「相手に蛍が丘高校の攻略法が読まれてる」
春馬の意見に最上が頷く。
「蛍が丘高校の守備を多くの強豪校が破れない理由。相手にばれたか」
「だろうな。賢い奴がいたもんだ」
日本野球には常識がある。
①とにかくゴロを転がせ。転がせばエラーがある
②振り回すな。当てて行け
③センター返しを心がけろ
一見すればすべて正しいように思えるが、蛍が丘高校はこの穴を全て封じた高校である。
と、言うのも……蛍が丘高校は日本屈指と言われる超守備偏重。特に、
ピッチャー:打球反応抜群・最上
セカンド:高校野球NO2内野手・近江
ショート:日本アマチュア最強守備巧者・新田春馬
センター:50メートル5秒台の超俊足・大崎
彼らからなるセンターラインは強固。特に近江―春馬の二遊間に関してはプロでも屈指の固さを誇ると噂されるほど。
つまるところが、フルスイングしない『当てただけ』の、『センター方面』の、『ゴロ打球』に関しては蛍が丘守備陣にしてみれば得意中の得意な打球。言わば日本野球の常識的打撃とは、蛍が丘高校にしてみれば……『わざとアウトになってくれる敗退行為』となるのである。
ではそんな蛍が丘高校を攻略するにはどうすればいいか。それは簡単である。
フライやライナーでとにかく外野の頭を越すor外野の間を抜くこと。
言い換えれば、
①とにかく打ち上げろ
②来た球を全力フルスイング
③どこでもいいから外野をぶち抜け
と、常識の真逆を行わなければならないのである。
だからこそ彼らが苦戦した相手というと、春の選抜では全国屈指のスラッガーが並ぶ龍ヶ崎新都市学院大学附属打線。個人で言えば総合鈴征学院の立花道雪、信英館のジェンキンスと東山、そして大野山南の日野・白柳。いずれもリーディングヒッターではなくスラッガーである。彼らについて言えば元々ボールの少し下を叩くタイプであるため、沈む速球を扱う最上と相性が悪いこともある。が、はからずも蛍が丘の攻略法を突いた形となったようである。
「相手バッターがことごとくフルスイング。近江を相手にし続けているいるみたいだ」
「いままでは楽な相手だったんだが、日野さん以来だな。こんなエグイ相手は」
苦言を呈する春馬に最上も同調。
「まぁ、『転がせばエラーがある』って言うけど、『打ち上げれば長打がある』方が真理だもんな」
そもそも簡単にエラーするほど甘い守備はしていないのである。
「つまるところが、作戦を変更する必要がある。か」
「ただ、それは危険なんだよな。新田は覚えてるか? 信英館戦のラスト」
「……あれか」
最上の言う信英館戦のラスト。
一発が出ればサヨナラの場面で打順は一発のある4番、エヴァン=ジェンキンス。ここで蛍が丘高校は外野4人、内野3人シフトに出る。すると信英館は薄くなった内野を抜こうとゴロを転がしてきたのだが、その結果が最上の打球反応と春馬の守備センスに阻まれた形である。
「自分の形を変えるのはリスクがあるぞ。新田」
「分かってる」
相手が自分たちのプレーに対策を立てているのであれば、プレーを変えて相手の対策に対策しなければならない。だがもし相手の作戦の本当の意味がプレースタイルを崩すことであるならば、信英館・ジェンキンスの二の舞になることは間違いない。
単純に今回の相手が蛍が丘対策を立てているだけならいいが、もしも最大の目的がこちらのプレースタイルを崩すことが目的であるならば……
「最上。何か策があれば遠慮なく言え。僕もできる限りの策は打つ」
「もちろんだ。とりあえず、他の奴には言うな。混乱させるだけだぞ」
―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――
2回の表。蛍が丘高校の攻撃。
猿政がサードゴロに倒れてワンアウト。ここでバッターは5番の近江へ。
『(もしも蛍が丘高校のプレースタイルが読まれているのならば、1人で点を奪える近江の存在が大きい。頼むぞ)』
蛍が丘高校で一発を狙える選手は猿政と近江の2人。その2人でも特に長打力があり、また高校通算本塁打が多いのは圧倒的に近江である。その彼女に託したい春馬であったが……
「ま、マジかよ」
「うそっ」
ネクストの春馬、そしてさらにその次の楓音も驚愕。皆月も口を開け放って唖然としており、最上は予想通りとばかりに腕組みして試合を眺める。
「ボ、ボール」
アウトコース高めに大きくウエスト。ランナーがいないこの場面においての、この投球の意味はただ1つ。
「近江を敬遠? 本気か?」
春馬はまだ信じられないかのような言い方だが、そこへ最上がゆっくりベンチの前方へと出てくる。
「蛍が丘高校は守備偏重。信英館みたいに打撃に自信があるならともかく、1点勝負になることは必然。なら、あの選択は妥当だよな」
「そりゃあそうだけど……」
「新田。お前の打順構成が裏目に出たな」
最も本塁打の多い近江が5番の理由。打率がそれほど良くないのもそうだが、一発のある近江を5番に据えることで強打者・猿政の敬遠を防ぐことがある。さらに言えば女子の近江は男子のプライドとして敬遠されない。そんな前提があるからこそ、近江の直後から打撃下手な打者を並べることができているのである。しかしもしプライドを捨てて敬遠策を打たれるようなことがあれば、それは墓穴を掘った形となる。
「ボールフォアボール」
近江が人生で初めての敬遠で1塁に歩いて1アウト1塁。
『6番、ショート、新田春馬君』
予想だにしなかった方法でランナーを出したが、凡退以上に嫌な出塁でもあった。凡退なら以降の打席に期待も持てるが、今回の敬遠は「この試合で近江と勝負しない」と言われたようなものである。
『(そりゃあ、近江は中途半端に勝負するくらいなら敬遠すべきだろうけどさ……)』
1年生の時にはおでこの高さのストレートをバックスクリーンに叩きつけているし経験もあるし、2年生になってからは足元へのデッドボールコースである日野啓二の魔球・ジャイロボール(スライダー)をスタンドに叩き込んでいる。
自分のストライクゾーンでの見極めと言う意味では選球眼がとてつもなくいい近江は、『フォアボール覚悟でくさい所を突いていく』が通用しないため、それをするくらいならば明らかな敬遠を行うのも手ではある。が、理屈でわかっていても春馬には納得できない。
『(くそっ。こうなれば――)』
「ピッチャー。ボール1つ」
春馬は初球、セーフティ気味の送りバント。
サード前へと転がるボールをサードが1塁へ転送。
「アウト」
『(楓音。責任を押し付けるようですまん。あとは任せた)』
できれば塁に出たかったが、そう簡単にはいかない。春馬はアウトで2アウト2塁と変わる。
「まさか近江を歩かせるとはな」
春馬に話しかけるように驚きを表す最上。すると春馬はヘルメットを置きながら答える。
「完全運勝負に負けない方法。それは『勝負をしない』こと。これなら勝てはしないが負けもしない……か。プライドを捨ててくるとは思わなかったな」
「コイントスってなんだ?」
「こっちの話」
あの屋上でサボりの先輩と話した内容を思い出す。もしも相手があの先輩が暗に示していたことをやってきたならば、思いのほか大損害を被る可能性がある。しかし春馬はそれを『完璧な攻略法』であるとは思っていなかった。
『(敬遠されると、大きな期待利益を失う点では損害だ。けど、それ自体は損じゃない)』
主軸打者の敬遠も前向きに考える。それが今の彼にできることだ。
『(全打席敬遠。言い換えれば出塁率10割。つまり、近江はすべての打席で出塁できる。ランナーが出せるんだ。あとはそれを返すのみ)』
続く楓音も空振り三振に倒れ、この回も無得点。
敬遠。そんな簡単であるが、未だかつて打たれたことのない策で近江が封じられた。
―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――
2回の裏、山口工科大学附属の攻撃。
先頭の4番・橋本は思い切ったフルスイングも空振り三振。しかし続く5番・池田もフルスイング。シンカーを捉えた打球は、猿政・春馬の間を抜いてレフト前ヒット。
「きちぃ」
打たせて取るタイプだけに打たれることは慣れている。が、今回の打たれ方は決していい打たれ方じゃない。
『(結果的に抑えているだけでしかない、か。1点勝負とは言ったが……1点で済むか怪しいぞ)』
最上は唇をかみつつ、春馬からの返球を受けてセットポジションへ。
「ストライーク」
初球の甘いストレートにフルスイングで空振り。
「「「ナイスピッチぃぃぃぃ」」」
空振りを奪ったことで湧き上がるスタンド。だが最上は舌打ち。
「せっかく打ちやすい球放ってるんだから、ミートしてこいよ」
結果的にいいか悪いかよりも、自分の思い通りの過程にならないことにいら立ちを覚える。
「最上、とにかく打たせていけ」
『(もとよりそのつもりだっ)』
春馬の言葉にすら過敏に反応。
最上はその不安定な心理状況から2球目。甘く入ったストレートを、6番・伊東が彼もフルスイングで弾き返す。真芯で捉えた打球は最上の足元を抜く痛烈な一撃。二遊間でバウンドしてセンター前を襲う。が、
「近江っ」
がむしゃらに飛びついた春馬。彼のグローブの先にボールがひっかかった。それを迷わずセカンドに向けてグラブトス。
春馬が捕ると信じ、ゲッツーを狙って2塁に向けて走りこんでいいた近江。
そして彼女が捕ってくれると信じ、無造作に投じられたグラブトスを、
「んっ、と」
2塁を踏みつつベアハンドで受けた近江が、ゲッツー崩し対策に左足を引きながら1塁へ送球。
送球はストライクで寺越に届く。
「アウトっ、チェンジ」
相手打線に捉えつつある最上を、バックが猛烈に援護する。
「ふぅ、新田、近江、助かった」
「点が取れない以上、点を奪わせないしかないしな」
「余裕」
敵味方、選手、観客問わず盛り上がる超ファインプレー。それだけのプレーを演じておきながらこの落ち着きよう。頼りになる二遊間である。
これ以降も蛍が丘高校は堅牢な守備を見せつけた。
3回の表は3者凡退に倒れての3回裏。
1アウト2塁から打球は左中間への痛烈打。
これは抜けるかと思われたが、快足・大崎がダイビングキャッチを敢行。見事にボールを受けると、それをすぐさま近くまで来ていた因幡にトス。受けた因幡がその強肩を持って、飛び出していた2塁ランナーを刺す。
二遊間だけではなく他の選手も大奮起。だてに9人ギリギリでありながら、数多くの強豪と好勝負をしてきてはいない。その守備力は高校野球レベルであれば偏差値60クラスですらおさまらないものである。
そしてその守備の流れを打撃に生かしたい蛍が丘高校だが……
「アウトっ」
2番の因幡はセカンドゴロ、3番の寺越もピッチャーゴロに倒れてツーアウト。
「猿政」
「いかがしたか?」
ネクストサークルから打席に向かおうとする猿政に声をかけるは春馬。
「一発狙ってこい」
「構わぬのか?」
「構わん。スタンドに叩き込め」
「うむ。了解した」
大きな素振りを2回するなり走って打席へ。そして代わってサークルに入る近江は、ベンチに帰ろうとする春馬に輝く目を向ける。
「春馬君。私には?」
「私には? って?」
「何か言うこと」
「あぁ~」
別にとりたてて何か言うこともないし、彼女に言ったところで無駄であることは分かっている。だがしかしあれだけ期待感満載の顔を向けられては無視もできない。
「いつも通り、スタンドに放り込んで来い」
「頑張る」
そしてこちらも全力フルスイングでの素振りをする近江。
だが彼はベンチに戻るなり、彼女に聞こえない小さな声でつぶやく。
「……勝負してくれたら。だけどな」
1打席目は1アウトランナー無しの状況で敬遠されている。仮に猿政が出塁した場合、近江敬遠だと最低でも猿政をスコアリングポジションに置くことになる。しかし、2塁に猿政であればバッター春馬勝負でも十分に無失点に抑え込む算段が立つ。猿政が3塁に立つケースは、猿政3塁打+近江敬遠のケースくらい。鈍足猿政に3塁打がでる確率など限りなく0に近い。
「猿政、一発狙いねぇ」
不安そうに試合を眺める春馬に、背後からベンチに座ったままの最上が声をかける。
「一発を狙えるバッターは一発を狙った方がいい。鉄壁の守備を破る一番の方法はホームランだしな」
「心にグサッとささる指摘だこと」
実際に蛍が丘の鉄壁守備陣はホームランで破られることが多い。そして現に山口工科はそれをもって蛍が丘を破ろうとしているのである。
「じゃあ、僕らもホームランを狙った方がいいか?」
ホームランを打ったのなんて小学校以来と、ほんのり楽しそうにする最上だが、
「いいや。ホームランを狙えるバッター。猿政と近江だけにしとこう。僕ら近距離打者が狙ったところで、三振やポップフライが関の山だ」
「ウチの長距離打者は猿政と近江だけだしなぁ」
「僕の認識では、本当の意味で長距離打者は近江だけだな」
「猿政は?」
「一発のある中距離打者。猿政は長打こそ多いけど、長距離打者というには一発が足りない気がする」
「ま、主観だな」
「あくまでも個人的認識だしな」
カウント1―1。アウトコースいっぱいのストレートを、猿政はホームラン狙いのフルスイング。打球は引っ張り警戒のライト線を破り、ライトへのスタンディングダブル。
『5番、セカンド、近江さん』
「よぉし。ランナーを返す」
近江のコールに自信満々で打席に向かう近江。その後ろの春馬は、
「楓音。ネクスト準備」
「え? でも、まだ早い――」
「近江は……勝負してもらえない」
自分に2アウト1・2塁で回ってくる。猿政が2塁に到達した時点でそうなる気持ちで準備を整えている。
「ボール」
精神集中のつもりで下に向けていた目線を、球審のボールコールに合わせて上げる。立っての敬遠ではないようだが、この状況で初球からあれだけはっきり外す理由も敬遠以外にはない。
「ボール、フォアボール」
近江、2打席連続敬遠。
『6番、ショート、新田春馬君』
春馬の予想通り2アウト1・2塁で打席には自分。
「辛いな」
最上以外には簡単に弱音は吐かない春馬の一言。それを楓音の耳が捉える。
「春馬くん、大丈夫。自信を持って」
「ありがと」
楓音の必死の声掛けにも、前向きに見れば落ち着いた、悪く見れば沈んだ様子である。
試合で劣勢であるとき、春馬には選手としての責任と同時に、監督としての責任ものしかかってくる。そしてそれは彼しか背負っていないものなのである。
『(猿政。なんとかしてやる。だから無理してでもワンヒットで帰ってこい)』
「ストライーク」
インハイのストレートに空振り、ワンストライク。
『(チッ。予想と違うところを突かれて、少し窮屈なスイングになったな)』
一度、打席を外してサインを送る。とはいっても特に意味のない空サインであるが、必要な時だけサインを送ると「何かある」とバレてしまうし、春馬にしてみれば合理的に時間を取る方法でもある。
『(さて。次は打つ)』
バッティングには自信がないだけに、ストライクカウントに余裕があるうちに思い切って勝負をかけたい。その力みは明らかにバッティングに現れる。
『(アウトコースいっぱい)』
アウトコースへの緩い球。絶対に猿政を返そうという気持ちがバットを出させる。
「スイング。ストライク、ツー」
「やばっ」
外へ逃げた変化球。慌ててバットを止めたが、かえって中途半端なスイングに。空振りを取られてツーストライク。
いつもの彼ならば見切っていたコース。バットが出ても、瞬時の判断で止めていたかもしれない。しかし彼の焦りがその判断を狂わせた。
『(つ、次はどこに来る?)』
米内がセットポジションに入る。
『(何を投げてくる?)』
ピッチャーの手からボールが離れた。そして、
「ストライクスリー、バッターアウト。チェンジ」
アウトコース低めのボール球。いつもならば驚異的な選球眼で簡単に見切るコースを、泳がされるように空振りという結末である。




