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第1話 データ野球を破る鍵

 多くの主力を欠いて大幅に戦力ダウンした各高校野球部の一方で、全員が1年生から公式戦に出場していた挙句に甲子園出場経験もある蛍が丘高校。圧倒的なアドバンテージを武器に弱小・中堅校を相手に連戦連勝。最上・春馬の2人の投手が耐えきれるかどうかは危うかったが、大量得点差時は近江が繋いで辛うじて持ちこたえ、奇跡的な中国地区大会への進出を決めた。と言う経緯であるが……


「春馬く~ん。ニュ~ス、ニュ~ス」


 ある平日の朝会前。


 かなり早めに学校へ来て近江の試験勉強に付き合っていた春馬。彼のいた教室へと楓音が手を振りながら駆け込んでくる。


「あぁ、楓音か。おはよう」


「うっす」


 いつも通り丁寧なあいさつする春馬と、後ろの席で硬式球のお手玉をしながら雑なあいさつの最上。近江は理系の数学に頭がオーバーヒートしてしまっている。


「なんで近江ちゃんは理系に来たんだろ?」


「僕が理系に行くって言ったら付いてきた。3年生になったら数ⅢCがあるのに大丈夫かな? 最上らは?」


「苦手ではない、ってくらいか。分からないところは新田。教えてくれ」


「私も数学は得意教科だし……でも、困ったら春馬くん、私もお願いします」


「最上も楓音も近江ほどアホじゃないし、それくらいならいいぞ」


 春馬もこの依頼にあっさり了承。しかし彼の興味はそんなものにはなかった。


「で、楓音。ニュースって何?」


「あ、うん。高校野球の専門雑誌。中国地方大会の出場チームについて書いてあるんだけど――」


「どうした? 自分たちが出ていて興奮したとか?」


 こちらは興味なさそうに言う最上。


「近江ちゃんじゃあるまいし」


 普通の高校生なら雑誌や新聞に出ることに少しくらい舞い上がってもいいものだが、死に霊の悪夢の影響で『悪い意味で』メディア露出の多かった彼ら彼女らにしてみれば慣れたものである。


 楓音はページをいくつかめくると春馬に手渡す。


「山口工科大学附属高等学校……次の対戦相手だっけ?」


「うん。山口県予選の成績を見る限り、守備のチームなんだけど……」


 春馬は山口工科大附属の山口県予選の成績、そして他のページの蛍が丘高校の島根県予選の成績を見比べる。双方に言えるのは低得点低失点の『守備のチーム』であること。しかしながら猿政・近江と言った大砲がホームランを放っている蛍が丘高校に対し、山口工科大附属はホームランが0。スモールベースボールかと思えば、犠打数は他校に比べて格段に少ない。


「長打力の無い蛍が丘高校、ってとこか」


「成績的にはね」


 横から覗き見た最上に楓音が返す。


「ただ記事を見ていて気になったのが、徹底されたデータ野球なんだって。相手が強豪校だろうが弱小校だろうが視察は欠かさず、ベンチでは選手たちがノートをめくる姿が確認されているって」


「でも今時、どこの学校でもしてるだろうよ」


「それは甘いな。最上、データが普通の近代でデータ野球を押すってことは、それだけ重視してるってことだろうよ」


 実際に雑誌の写真には、ベンチでノートをめくる選手たちの姿が映し出されている。さらに記事には


「中身は見せてもらえず」としてあるが、『対策ノート』と書かれたノートの写真も。


 そうして次の相手について考えている3人の横で、近江は雑誌を横取りして自分たちの取り上げられているページを開く。


「うぉぉぉぉ。載ってるぅぅぅ」


 ベンチで指示を出している春馬や、2盗を決めている大崎。ホームランを放った猿政。そして器用なカメラマンがいたものである。近江と春馬のスイッチトス完成の瞬間の写真まで。割といい感じにまとめられている。


「春馬君のコメントも載ってる~」


「あぁ、監督としてのコメントな。そんなん受けた気がする」


 中国地方大会出場チームの中で唯一の選手兼任監督である。


「新田。おそらく春のセンバツを除けば、蛍が丘としては最も勝ち進んだのが今回だぞ……ここからは甘くないぞ。選手だけではなく、監督としての経験値も」


「分かってる。島根代表の信英館はもとより、他校も同レベルと見てもいいかもな。むしろ野球人口の多い広島はそれ以上かもしれん。でも、監督しての勝負なら自分にもアドバンテージがある」


「17そこそこの高校生にか?」


「17そこそこの高校生だからこそ。信英館や天陽永禄の監督に言われた」


「なんて?」


「県下有数の選手兼任監督。その存在は大きい、と」


「大方、それだけじゃなくて、深いところまで聞いてきたんだろ?」


 もちろん。と頷く。


「現場を知るからこそ、現場の意見や体験を用いて的確な指示を送ることができる。と」


「でも現場の経験値としては他校の監督の方が上だろ?」


「経験しているのは過去の試合であって、今の試合じゃないけどな」


 春馬は皆と同じ高校2年生。そしてまだ未熟だと自覚しているだけに、周りの意見を取り入れて自分も成長しようとしている。だからこそ自分の意見が絶対的に正しいと過信することも、押し付けるようなこともない。指揮官としての経験値不足は大きな欠点であるも、今現在の現場を知る人間が指揮を執っていることのアドバンテージもまた大きい。


「信英館の監督も言ってたけど、指揮官として一番まずいのは、自分が絶対的に正しいと信じ込んで、現場の主張を一切聞かないことらしいな。選手本人の主張を聞かなかったことに後悔があるらしい」


「へぇ。信英館の監督でも後悔するんだな」


「数えるとキリがないけど、今思うのは信英館のセレクションで『新田春馬』って言う内野を落としたのが一番。少しでも守備の考え方については聞けばよかった。って正面切って言われた。ちなみに笑ってはいたけど、目は笑ってなかったな」


「……笑えない話だな」


「信英館、夏大でウチに負けちゃったもんね」


 それも片っ端からヒット性の打球を春馬や近江に拾われて負けているのである。もしも春馬が指揮官としていなければ蛍が丘野球部がこれほどの力を持つとは考えにくかったわけで、そうした意味でも後悔は並みのものではない。


「ただ、あれだけの強豪、信英館や天陽永禄の監督からのお墨付きを得たわけだ。自信を持って采配しないわけにはいかないだろうな」


「私も頑張る~」


 満面の笑みで抱き着いてくる近江に、春馬は顔を抑えて引きはがそうとする。ただその表情は嫌そうなものではない。もっとも嬉しそうと言うわけでもなく、ただ不安そうであった。


『(徹底されたデータ野球、か。もしかすると中国地区大会は、1回戦にして苦戦必至か?)』


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 昼休みも終わって5時間目。校舎の屋上では3人の問題児(サボり)が集まっていた。


「新田。次の試合は大丈夫なのか?」


 その中の1人。貯水タンクの上でサングラスをして寝転がって男子生徒の見る先には、別の校舎の下の階を見下ろしている生徒会副会長・新田春馬。その先にあるのは第二理科室で、自分のクラスがちょうど物理の授業中。窓際の席にいるのは、先ほどまでよだれを垂らして爆睡していた近江。起きるなり春馬に気付いて小さく手を振り出した。


「信英館や大野山南と比べりゃあ大して強い高校にゃあ見えないけど、どうなんだい?」


 そしてこちらは足組みして島根高校野球の特集記事を見ている3年女子生徒。着崩された制服や派手なアクセサリーから、いかにもな姉御ポジションを感じ取ることができる。


「1点取られなきゃ負けることはないです」


「そりゃそうだけどねぇ。点を取られなきゃ負けないけども、点を取らなきゃ勝てないよ?」


「キツネや僕が無失点に抑えていれば、いつかアイツが点を取る。それだけが攻略法です」


 そのアイツは三振がとにかく多いバッター。だがその一方でチーム最多本塁打を放つスラッガー。ソイツならば、打席数があればいつかは打つ。


「大丈夫とは思えねぇな」


 そして春馬の頭の上。貯水タンク上から顔をのぞかせる男子生徒。


「野球部は今夏で総合鈴征、信英館を破って、さらには甲子園に出た大野山南と善戦。嫌でも注目される戦績だろう。さらには次の相手がデータ野球ときたもんだ」


 彼は校内では使用禁止であるはずの携帯端末で中国地区大会のニュースをチェック


「らしいけど。そこんとこはどうなんだい?」


「どれほどデータが集まっても、対策を立てられないことの1つや2つありますよ。それが僕らのチームを支える根幹ですから、それ以外で対策を立てられても少し痛い程度です」


「だってさ。あんたからの反論は」


 女子生徒の見上げる先の男子生徒は首をかしげる。


「割と対策を立てるのは簡単だろうけどさ。特に攻撃面に関して」


「先輩は麻雀得意ですよね?」


「おぅよ。姉御くらいにゃあ負けねぇぜ」


「言うじゃないか。あとで頭数揃えてやろうかい?」


 煽り合う2人だったが、春馬の答えの最中だったことを思い出してすぐ静かになる。


「麻雀は運の要素も大きい一方で、実力の要素も存在する。いくら運の要素が大きいと言っても、きっと麻雀素人の僕が2人は勝てません。それは野球も同じ。運の要素が絡むとはいえ、実力の要素が大きい。そして作戦や対策が入り込む余地もある」


「じゃあ、次の試合はヤバいんじゃないのかい?」


「えぇ。ただ、ウチの野球部の中に1人、麻雀をしていない奴がいる。そいつがやっているのは……」


 春馬は上着のポケットに手を突っ込むと、中から10円玉を取り出す。先ほど購買部でパンを買った時の釣銭である。それを指の上に乗せて弾いた。


「コイントス」


 さらに宙を舞って落ちてきたコインをキャッチ。


「実力も、作戦も、対策も入る余地のない。完璧な運のゲーム」


「それはつまり……そういうことかい」


「相手が弱者であっても無策であっても、運で負けることがある。しかし、相手が強者であっても対策を立てられていても運で勝つことがある。それがアイツです」


 例え次の相手がどんなに頭がよく、どれだけデータを集めて、どれだけ対策や作戦を立てたところで、近江美優(コイントス)と言う運勝負に勝てるとは限らない。完璧な攻略法などないのである。だからこそ実際に琴ヶ浜女子のエース・石井程度でも三振を奪えた一方で、大野山南の日野ともあろう好投手がホームランを許してしまったのである。


「ふ~ん。いけるじゃない」


「どうだか」


 一見すれば春馬の主張に穴はないように思える。が、男子生徒はそうとは感じなかったようだ。


「素直じゃないねぇ。アンタも」


「素直じゃないとかじゃねぇ。俺ならコイントスで負けないことができるからな。絶対に」


「へぇ。今日のアンタは強気だねぇ。じゃあ、新田とコイントスで一勝負したらどうだい?」


 煽る女子生徒だが、男子生徒は面倒くさそうに昼寝を始める。


「やらねぇよ。んな勝負」


「なんだい。あんだけ言っておいてやらないのかい?」


「やらねぇよ。言っただろ。負けないって」


 意味深な事を言う彼に、春馬はため息をついて返答。


「理論上、1点勝負の試合において、最善の近江攻略法がそれ(・・)なんですがね。果たしてそれができるかどうか」


「まぁ、普通ならプライドが許さねぇわな」


 結局最後はハッキリとモノを言わずに議論終了。


 県内では屈指の不良校であり、偏差値は下から数えた方が早いくらいの蛍が丘高校。そんな学校で授業をサボっているような生徒たちであるが、頭のキレは一般生徒以上のものである。むしろ姉御肌の彼女は学内の3年生で5位の学力。そして貯水タンクの上にいる彼は総合順位こそ10位前後であるが、数学・物理に関しては右にでるもののいない3年理系のエース。そして言わずもがな春馬は2年生全体の学力1位。


 むしろ頭がよくて授業を持てましているからこそのサボりだったりする。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


「しかし新田。地区大会の1回戦に山口工科附属って、なかなかクセのあるところが来たな。今時、あんなデータ野球を前面に押し出してるところなんて」


「ウチも他校(ひと)のことを言えねぇけどな」


「ウチが?」


 練習前の着替えをしながら、秋季大会について話をする春馬と最上。彼らの目線の先では、近江と猫がマウンド上で何やらやっている。


 授業後にグラウンドに出てみると、なぜかマウンド上で寝ていた猫を発見。近江は「人類の強さを見せてくる」と言って出動。


「うぅぅぅぅぅぅ」


「ふしゅぅぅぅぅ」


 両者、四つん這いでにらみ合い。なお、片方は人間である。


「な、クセがあるだろ」


「クセあるのあいつだけじゃねぇか」


 しばらくにらみ合いを続けていた両者だったが、先手を打ったのは人類。


「ふしゃあああぁぁぁ」


 急に二つの足で立ち上がり、体を大きく見せるアピール。対して後手・猫。


「しゃああぁぁぁぁぁぁぁ」


「ふぎゃああぁぁぁぁぁぁ」


 人類に飛びかかり。人類は驚いて敗走開始。


「おい、新田。人類が負けたぞ」


「負けたな」


 負けた人類はさらに猫へと追いかけられる。そして向かう先は人類の最終防衛ライン。


「しゅ、春馬く~ん。たすけてぇぇぇ。猫にいじめられたぁぁぁぁぁ」


「新田、人類が大敗北したぞ」


「大敗北だな」


 着替え終わった彼の後ろに回り込んだ近江。彼の背中から頭だけ出して猫を威嚇するが、逆に威嚇されて引っ込んでしまう。


「人類、弱すぎ」


「まぁ、近江(こんなの)を人類代表だと思われても困るけど」


 春馬は胡坐をかいて座り込むと、威嚇してくる猫と目線を合わせる。


 と、今まで近江とにらみ合いを続けてきた猫だが、二歩三歩と春馬に歩み寄って見つめ合う。そして彼の足の上に乗っかって丸くなった。


「これで野球部のヒエラルキーは僕、猫、近江になったな」


「はっはっは。近江、猫に負けてやんのぉぉ」


 煽る最上。なお本来のヒエラルキーは、監督・春馬、キャプテン・近江、副キャプ・最上……(以下略)である。ということは……


「しかし、新田は動物を扱うのが上手いな」


「いいや。そうでもねぇよ。おじさんの飼ってた犬や猫には嫌われてたし」


「ふ~ん」


 と、最上。彼の足の上に載っている猫の『ある部分』を見て気付く。


「ちなみに新田。そのおじさんの犬や猫って性別は?」


「確かオスだったかな。増えないように性別は統一してたみたいだし」


「……お前、メスに好かれるフェロモンでも出てんじゃね?」


「はい?」


 いったい何の事だか分からない春馬であるが、彼の裏の人間関係や猫事情を知っている最上にしてみばば察せること。


「まぁいいや。さっさと着替えて練習に移ろうか。次の相手は難敵だろうし、気を抜いている暇はないだろうからな」


「データ野球ってことだけど、新田はデータ野球と言えばどんなものを思い浮かべるよ?」


「過去のデータから得意球や苦手球を調べておくとか?」


 せいぜいデータ野球と言ってもその程度のものであろう。


「パソコン持ち込んでカタカタとかは?」


「ベンチに通信機器の持ち込みは禁止だの」


 野球漫画が割と好きな寺越のイメージだが、猿政の一言によって完全粉砕。練習試合くらいならば通信機器を持ち込んでも問題ないだろうが、公式戦ではそんなことができないのである。もっとも荷物チェックが空港並みに行われているわけでもないので、持ち込もうと思えば持ち込めないこともないが。


「最上の投球や皆月のリードってデータか?」


「僕は経験則だなぁ」


「俺も経験則かな。多少は理にかなっていると思うけど」


 打つ意識なら変化球で、待つ意識なら見せ球のストレートを投じる最上。


 アウトを待っているならばインへ投げさせ、インを待っているならアウトへ投げさせる。のように、至極当たり前のリードを行う皆月。

いずれにせよその手段を成り立たせているのは、人生の半分を占めるであろう野球人生における経験である。もちろん相手のデータは多少なりとも試合前に頭へ入れておくものだが、結局のところ試合前のデータよりも経験則や、試合中の臨機応変さの方がものを言う。果たして『データ野球』とはいかなるものか。漫画で見たことがあっても、実際に対峙するのは初めてなナインである。


「しかし、データ野球の相手をするならば、データの通用しない者がいるのはメリットだの」


「「「データが通用しない?」」」


 みんなが猿政の言葉に疑問を持つが、春馬はその言葉を発した直後に気付く。


「あれのことか?」


「うむ。そうだの」


 指さす先では、


「うにゃああぁぁぁぁぁ」


 猫から逃げ回る近江。よほど猫から敵に思われているのか、それともむしろ懐いているのに近江が逃げているだけなのか。


「ま、猿政の言っていることも間違ってないけどな。だからこそ、近江をどう抑えるか興味がある」


データ野球はプロ野球への天道にて土佐野専が得意としていたことなので、

この手の話に切り込むのは初めてではないです

もっともあれはデータを補助的に使っていたので、

ガチガチのデータ野球ではないですけどね

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